新しい管理官 前編
「大分大きくなりましたね」
イザベラの膨らんだお腹を見てシャーリーは言った。
冬が来る前に生まれる予定の子だ。
「皆には感謝しているのよ」
王宮の一室でシャーリーはイザベラに誘われてアンヌとエレノアと一緒にお茶を飲んでいた。
「私たちこそイザベラ様に感謝しているのですよ」
アンヌは家のために年の離れた男性へ嫁がされそうになっていたと言う。エレノアは次期当主の弟の補佐として生きることを強いられていたと言っていた。
アンヌは両親とエレノアは弟と陛下に挨拶に来た時にイザベラと会い、シャーリーのことを聞いたと言う。
シャーリーという前例があるので貴族の娘でも薬剤師になることは出来ると。
二人は家の束縛から逃れるために薬剤師になることを望み、イザベラは薬室長とローレンスに頼んで二人の勉強を見てもらっていた。
「薬草園でグラベル様達に会った時にはどうしようかと迷いましたがエレノア様の機転で何とか誤魔化すことが出来ました」
「アンヌ様もとても上手に演じられていましたよ」
アンヌとエレノアは薬草園でシャーリーに会った時のことを懐かしむように話す。
あの時、薬室長から勉強に必要な本を受け取る予定で立ち寄ったと言う。
「イザベラ様が一番の演技者では?」
アンヌがイザベラを見て言った。
「演技者ですか?」
シャーリーはあの時イザベラは演技していただろうかと考える。
「だって、陛下の薬をシャーリー様から貰うという言葉を鵜呑みにしてあの人はシャーリー様の名を騙って陛下に毒を盛ろうとしたのですから」
今度はエレノアが言うとイザベラはクスクスと笑っていた。
「えーっ?」
シャーリーは驚きを隠せない。
そう言われればあの時、イザベラはそんなことを言っていたような。
「シャーリーは気づいていないようね」
イザベラは更におかしそうに笑う。
「イザベラ様、もしかしてシャーリー様は何もご存知ないとか」
アンヌは怪訝そうに訊いている。
「グラベル様が必死に守っていたから、ご存知ないわね。カルロもローレンス様、薬室長までもシャーリーを守っていたから。もちろん貴方たちも守ってくれていたけど」
シャーリーは改めて言われると恥ずかしくなる。すべてが公になった後、イザベラから聞かされたのはカルロやローレンス、薬室長にアンヌとエレノアもシャーリーを守っていたと言う。
「グラベル様に頼まれたのよ。自分は陛下や薬室長に言われて王宮を離れることが多くなるからシャーリーを守ってほしいと」
イザベラから聞かされる内容に頬が熱くなる。
「その節は本当にありがとうございました」
シャーリーは深々と頭を下げる。
「ところで、シャーリーはいつヴォルスク領へ行くの?」
イザベラが首を傾げながら訊いてきた。
「行きませんよ」
「どうしてですの?」
エレノアが信じられないといった顔で聞いてくる。
「グラベル様がヴォルスク領へ赴任される前に誘われましたが一緒に行く理由がありませんでしたので断りました」
「理由って、結婚をお断りしたのですか?」
今度はアンヌが驚いている。
「断るもなにも、申し込まれていないのですから」
出来れば言いたくなかったが本当のことを言う。
「えーーーーっ?」
三人の声が揃った。
「シャーリー、申し込まれていないってどういうこと? 皇太后様からシャーリーがグラベル様と婚姻すると聞いたわ」
イザベラが困惑気味に聞いてくる。
シャーリーは分かってほしいと思い首を振る。
そう、シャーリーは父から聞かされた。その父は皇太后様から聞いたと言っていた。だが、グラベル本人から婚姻のことは何一つ言われていないのが現状だ。
珍しくイザベラに動揺が見える。手を不自然に動かしているのだ。多分、信じてもらえていないのだろう。
「婚姻のことは父から聞いていますが、その父は皇太后様から打診されたと言っていました。ですが、グラベル様本人からは何も言われていないのでお答えのしようがないのです」
「グラベル様って……」
アンヌとエレノアに向けられる視線が気まずい。
「グラベル様は何をしているのかしら」
信じられないと言った様相のイザベラ。
私だって信じられないけど、それをここで言っても仕方がない。
「あれほどシャーリーのことを心配して頼んできたのだからてっきりそう言う話は出ているのだと思っていたけどそうじゃないのね」
イザベラが溜息交じりに言う。
「あの人のことがあってすぐにシャーリー様に求婚とはならなかったのではないでしょうか」
アンヌが救いの手を差し出してくれる。
「あの時、すぐにシャーリー様と婚約とでもなったら、あらぬ噂を立てられたかもしれません。事実、あの人はシャーリー様の名を騙ってあのような恐ろしいことをしたのですから。グラベル様もそれを分かってらしたのかと思います」
エレノアもグラベルの擁護に回っている。
あの人とはグラベルの元婚約者、ソフィーのことだ。
グラベルと結婚することだけを夢見て、それを邪魔する人たちに次々と毒薬を送っていた。そして、とうとうシャーリーの名を騙って陛下まで毒殺しようとしていた。イザベラが先を見越して手を打っていてくれたおかげでシャーリーは無実を証明することが出来た。
三人には本当に感謝している。もちろん、薬室長やローレンス、カルロにも感謝している。
シャーリーが少しでも一人にならないように、そしてソフィーが秘かに送り付けてくる毒からも守ってくれていたのだから。
「グラベル様も領地で薬草園を作り始めたそうです」
シャーリーは話題を変えようと薬草園の話をした。
「北の地でも何人かの領主たちが薬草畑を作ることに賛同してくれたとか、私たちも頑張らなければと励みになります」
エレノアはイダの話を聞いた時から俄然薬草畑を作ることにやる気を見せている。
「グラベル様も管理官の任を解かれるようで、薬草畑のことに専念できるわね」
イザベラの言葉にエレノアとアンヌは渋い顔をした。
「どうしたの?」
「イザベラ様、それが……」
アンヌの沈んだ声でよくないことが起こっているのがイザベラにも分かったようだ。
「新しい管理官はリズバルク伯爵パウル様です」
シャーリーが告げるとイザベラは怪訝そうに三人の顔を見渡した。




