陛下と公爵
アグネスがイダを連れて王宮に来ていた。
イダの事をある人物に託すためだ。
今、グラベルは普段使っている王宮の一画にある部屋の一つにアグネスとイダ、そしてダルキス伯爵がいる。
「イダ、リンゲル領の領主に確認したのだが、イダが家業を継ぎたいのなら許可がもらえるそうだ。すぐに決めなくて良いからゆっくり考えるように」
「家は?」
イダは親戚に取られたと言っていた家のことを聞いてきた。
「取り返したよ。あの家はイダの家だ」
イダの家を買ったのは隣国から流れてきた者だった。
隣国でも流行り病が出てその混乱の中この国にやってきたと言った。
あの家を買い、商売をしようと思っていたようだが、この国では領主の許可がない限り商売はできない。それを聞かされていなかったらしい。
元々、あの家はイダの両親が領主から許可をもらい貿易商を営んでいた。
イダの親戚は王都で騎士団に捕まり、イダの家を売った金銭を押収した。
家を買った者に金銭を返して家を取り戻しておいた。
イダの親戚を名乗ったものは、赤の他人で農民だった。
混乱に乗じてイダの家の金目のものを持ち出し、家屋敷を売った金で国外逃亡を図ろうとしていた。
騎士団の取り調べの結果、横領、詐欺、逃亡罪が科せられ今は牢屋に入れられている。
出てくることができたとしても、領地に返され農民として暮らすしかない。それも一度逃げ出した者は今までよりも、もっと厳しい環境に置かれるのが常だ。
イダは俯いたまま何も話さない。グラベルはアグネスを見た。
「イダ、思った事を話しても良いのですよ」
イダはアグネスを見る。目が迷いを表していた。
「両親からは商売の話は聞いていましたが、自分が出来るようになるとは思えません」
「それでもいい。家はそのままにしておくから」
グラベルは流石にまだ早すぎたかと思う。
グラベルとダルキス伯爵は部屋を出た。
「ダルキス伯爵、あの娘を頼めるだろうか」
「ウィルゼン公爵、あの娘をどうするおつもりですか?」
「読み書きが出来るのだ。商家の娘だったからそれなりの教育も受けたいたらしい。出来ればなんだが、ホルック領のブランデンたちの助けになればと思っている。もちろん本人が希望すればだが」
「あの娘のような子供はまだいるのでしょうね」
ダルキス伯爵はどうしたものかと呟く。まだ見ぬ、イダのような子供達のことを思って出た言葉だと分かる。優しい人だ。
シャーリーが以前、言っていた言葉を思い出し、ダルキス伯爵にイダを託すことにした。
実際はアグネスの家で生活をすることになるのだが。護る者は多い方がいい。
数週間前に陛下の婚儀の発表がされた。
一時は陛下の体調が悪く、危ぶまれていたが体調が良くなったためと流行り病の混乱がある程度落ち着いたとのことで婚儀を進めることになった。
王妃はラウエン伯爵家の令嬢、イザベラだ。
イザベラは陛下の体調が思わしくないことも承知で王妃になると言ってくれた。
グラベルが見る限り、イザベルはしっかりした女性だ。きっと陛下の力になってくれるだろう。
皇太后はお茶会の後も、何度かイザベラを呼び見極めてた。
最終的には陛下が決めたのだが、皇太后が王妃にと希望したのも大きい。
「本当に領地に行かれるのですね。陛下はウィルゼン公爵に側にいて欲しいと思っておられますよ」
ダルキス伯爵は周囲に誰もいないことを確認してから言う。
グラベルが領地に行くことはまだ、数人しか知らない。薬室では薬室長だけだ。もちろんシャーリーにも言っていない。
「優秀なあなた方がおられるのです。私は領主として陛下をおささえします」
陛下の体調は周囲の協力のお陰で外には漏れていない。もし、陛下の体調不良が漏れたら即、グラベルにと言ってくる者が出てくるだろう。それを避けるためでもある。
政から離れ、王都から離れた地の領主なら、そんな話は出ないだろう。
ダルキス伯爵は何か言いたそうにしていたが気がつかない振りをした。
グラベルはダルキス伯爵と分かれて薬室に戻る。
「グラベル、薬室長が探していたよ」
カルロが薬を作りながら伝えてきた。
グラベルは礼を言い、薬室長の部屋に行くとローレンスがいた。
「グラベル、いま、ローレンスとも話していたのだけど、ホルック領の薬草畑をもう少し増やせないかと思っている」
ローレンスはホルック領の農地がまだ余っていることをブランデンに聞いたらしい。
農民たちも少しずつ慣れてきているので、この際、余っている農地も薬草畑にしてはどうかとブランデンが提案してきたと言う。
「いいと思う。色々な種類の薬草を試してみた」
グラベルが言うとローレンスはすぐに計画を立て直すと言ってくれた。
「言い忘れていたことがあった。陛下が近々、ホルック領の薬草畑の視察をされる。ローレンスとシャーリーで案内を頼む」
「え〜? グラベルは」
「別のところへ視察に行く予定が入っているから行けない。頼んだよローレンス」
グラベルは港町の領地へ視察に行くことが以前から決まっていた。
流行り病で一番被害のあった領地だ。
「グラベル、もう国中の領地を見て回っているね」
「まだ、ぜんぶではないけど」
王都にいるうちに残りの領地を見て次の薬草畑の候補地を決めておきたかった。
○○○
シャーリーとローレンスは馬車に揺られていいた。
「陛下がホルック領を視察されるのは何か理由があるのでしょうか?」
シャーリーが問題でもあるのかと心配になる。
「ブランデン殿はホルック領の領主代理をしているけど、それはかなり特殊なケースなんだよ」
そうだったとシャーリーは思った。
領主代理ができるのは兄弟などで爵位を継げるものが代理を務める。しかし、ブランデンは騎士で爵位はない。多分、グラベルが陛下に特別に許可をもらって代理をさせているのだろう。
「ブランデン殿が領主代理をすることに疎ましく思う方もいる。陛下はそれを抑えるために視察に来てくださった」
確かに爵位がある、なしでは風当たり違ってくるだろう。特に、グラベルの領地を管理するとなると尚更だ。
「グラベル様は来られないのですね」
シャーリーは本来ならこの案内はグラベルがするべきだろうと思っていた。
「グラベルは別の領地の視察に行っているよ」
グラベルは薬剤師だけど、陛下の弟で今は皇太子の地位にいて、ウィルゼン公爵だ。
ローレンスは流行り病が起きる前まではここまで出歩くことはなかったと言った。
今ではすっかり公爵の仕事をこなしながら薬剤師の仕事もしているけどと言った。
「グラベル様は公爵でしたね」
「薬室にいると忘れることがあるよね。ウィルゼン公爵だけど、グラベルは薬剤師だよ」
ローレンスのいいたいことが分かった。
あくまでもウィルゼン公爵なのだが、薬室にいるグラベルは薬剤師で自分たちの仲間だと言うこと。
しかし、このまま陛下に子が出来なければグラベルが国王になる立場にいる。
今日はウィルゼン公爵として仕事をしているのだとローレンスは言う。
いつまでも薬室のグラベルでいることは叶わないのだろう。
もしかして陛下になるかもしれないグラベルと公爵のグラベル。シャーリーはどちらも遠い存在だと思った。




