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王宮の庭で ~宮廷の薬剤師たち~  作者: こでまり
薬草園 1

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32/93

帰る場所

「きゃっ!!」


 グラベルが薬室に向かうと入り口で立ち尽くすシャーリーがローレンスの奇行に驚いて声をあげた。


 シャーリーは驚きの声と同時に手にしていた薬草籠を落とした。籠から薬草がこぼれ落ちる。

 シャーリーは薬室に入ってすぐ視界に飛び込んできた光景に驚いていた。

 薬室の薬棚の引き出しを開けて顔を入れていたローレンスはシャーリーの声で顔を引き出しから出した。

「ローレンス様……何をなさっているのですか?」

 シャーリーは恐る恐る聞いている。

「シャーリーか。さいきん、また報告書が増えてちっとも薬草に触れていなかったから、少し匂いを嗅ぎたかったんだ」

 そう言いながら引き出しを閉める。


 最近、また徹夜が増えているとカルロが言っていた。

 匂いを嗅ぎたかったらもっと別の方法があるのではないかとグラベルは思うが敢えて言わない。

 シャーリーは落とした籠と薬草を拾い上げ、籠に入っている薬草を数本、ローレンスに差し出していた。

 ローレンスは生では匂いが……と言っている。

「部屋の窓際に置いておけば乾燥しますよ」

 シャーリーが言うと、ローレンスはそうかと受け取っていた。

 シャーリーは慌てて手を離し、ローレンスを遠巻きにしながら足早に事務室に戻っていった。


「えっ? 僕、避けられている?」

 薬室に取り残されたローレンスが呟くと同時に大きな笑い声が聞こえた。

 カルロが自分の部屋の扉から顔だけを出して笑っている。

「ローレンスが引き出しに顔を入れていて、ぷっ。そしたら、シャーリーが薬室に入ってくるのが見えたからどんな顔をするのかみていたら……ぷぷっ」

 カルロの笑いはおさまらない。お腹を抱えて、涙まで流しながら笑っている。


 グラベルはこの楽しい光景とも、もう少しで終わると思うと少し寂しい気がする。

 今まで自分の帰る場所はここだと思っていたが、今後はそれが北の領地になる。

 この先、ここで過ごした時間を懐かしむようになれるだろうか。

 グラベルは先程、陛下に告げた言葉を思い出す。


『陛下の婚儀が終わったらヴォルスク領に行きます』


 自分で決めたことだ。

 陛下の婚儀が終わって落ち着いたらと考えていたが、出来るだけ早くここを離れたかった。

 陛下からはそんなに急がなくてもと引き止められたが、そろそろ元の自分に戻ろうと思った。

 今までの自分が異常だったのだ。

 政に極力関わらないように過ごしてきたが、いつの間にか陛下を支える為、かなり奥深くまで入り込んでしまった。

 また、昔の薬剤師グラベルとして生きていこう。それが一番自分にとって良い。

 グラベルは薬室長の部屋のドアをノックした。


「本当にそれで良いの?」

 薬室長は先ほどから何度も同じことを聞いてくる。

「もう、決めましたがら」

 この言葉を何度言っただろうか。グラベルはため息をつく。


 陛下へ領地へ行く許可をもらったあと、皇太后に報告した時も同じことを聞かれた。

 グラベルの帰る場所はここではないと、そう説明しても聞き入れてはもらえなかった。

 本来なら、ウィルゼン公爵となりヴォルスク領を賜った時、領地に行くべきだったが、焼く薬剤師見習いになったばかりだったので、領地行きは保留になった。その間の領主代理を従弟に託して。


 陛下や皇太后、薬室長からの引き留めにあって、ずるずるとここに留まっていた。

 やっと領地に行き期日が決まった時、流行り病が起きてそれも延期となった。

 この機会を逃せば本当に領地に行くことはなくなるのではないかと思う。

 もう、ここにいるのは十分だろう。今後は一領主としての役割を果たす。


「シャーリーはどうするの?」

 皇太后にも聞かれたことだ。

「彼女は薬剤師になりたがっています。薬室にいたほうが良いでしょう。それにホルック領の薬草畑の管理も担当していますから」

 グラベルは淡々と答える。

 領地に行くのはあくまでもグラベル一人だ。


「ヴォルスク領も薬剤師が少ないのだろう。シャーリーを連れていけばグラベルの力になると思うが」

「薬剤師は一から育てます。いずれ薬剤師試験を受けさせますから」

 薬室長からそうではないと言われるが、北の領地はそれだけ薬剤師が少ない。シャーリーが来てくれるのは助かるが、グラベルはそれを望んではいなかった。

 時間は掛かってもあの地の者に薬剤師になってもらいたいと考えていた。


「後悔はないの?」

 薬室長は聞いてくる。

 グラベルは薬剤師になりたいと伝えた時も言われたなと思い出にふける。

「後悔は、もうないです」

 グラベルは独り言のように呟く。


 そう、後悔はない。今更、後悔したところでどうにかなるものでもない。

 渋々だが、了承してくれた薬室長に礼を言い、グラベルは次の場所へ向かった。


 陛下の婚儀が四ヶ月後に決まった。明日には発表があるだろう。

 それに合わせて準備が進められていく。


 グラベルがここにいるのはあと四ヶ月。その間に、今グラベルが抱えている仕事を終わらせるか、誰かに引き継ぐかを決めなくてはいけない。

 陛下からは診療所と薬室の管理官は引き続きするようにと言われている。

 ちょうど良かったとグラベルは思った。

 ホルック領の薬草畑の件は他に適任者がいなかった。

 軌道に乗るまでの間だけでもみておきたかったのが正直な気持ちだった。

 領地に行っても連絡さえもらえれば、管理官としての仕事は出来る。問題ないだろう。


 グラベルはサイモン医師がいる診療所へ向かう。

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