北の大地
冬の名残が残る領地は少し肌寒かった。
馬車を降り屋敷の前にグラベルとシャーリーは立っていた。
久しぶりに来る領地を見てグラベルはここで過ごす自分を何となく想像してみた。
隣にいるシャーリーは王都とは違う景色に驚いている様子で周囲を興味深そうに見渡していた。
「シャーリー、後で温室に行こう。ここで使う薬草は殆どがここの温室で育てられている」
シャーリーは首を傾げている。
「冬になるとこの辺りは一面雪に覆われる。薬草を植えても雪に海れてしまうのと、寒さに弱い薬草は育たない」
シャーリーは以前、報告書のために調べたことを思い出したらしい。納得した様子で頷く。
「グラベル、おかえり」
従弟のロベルトが出迎えてくれた。
「ただいま」
グラベルは無意識のうちに返事をしていた。そう、ここは『ただいま』なのだ。自分が本来帰る場所。
「シャーリー、従弟のロベルトだ。ここの領主代理をしてもらっている」
シャーリーは丁寧にお辞儀をして挨拶をしている。
ロベルトはグラベルの部下のシャーリー殿ですか?と聞いていた。
どうしてそのことを知っているのだろうかグラベルは気になった。グラベルからはロベルトにその話をしていない。
ロベルトは侍女に伝えて、シャーリーを温室に案内するように伝えていた。
グラベルは自分が案内したかったのにと思っていたら、ロベルトからは話が終わったら温室に行けばいいと言われてしまった。
ロベルトにはグラベルの考えがバレているようだ。
「ロベルト、手紙に書いた通りだが、どうだろうか」
シャーリーと分かれて、グラベルとロベルトは歩きながら会話を続ける。
「大丈夫だ。その量ならすぐにでも手配できる。陛下のお許しは出ているのだろう?」
「お許しはもらった。ホルック領からも少しだが手配できる」
「ホルック領か……。グラベル、あそこをどうするつもりだ?」
「何かあったのか?」
「他の領主から言われたのだが、ホルック領で薬草畑を作り出しただろう。それを国が買い取るとして。それが他の領主としては面白くないらしい」
ロベルトが言うには領主がグラベルだから直接は言えない代わりにロベルトに言っているらしい。それならブランデンも言われている可能性もあるだろう。
ロベルトは一応、男爵の爵位を持っているが、ブランデンは騎士だ。他の領主からしたら爵位もない者が領主代理をしているだけでも不愉快に感じるものもいる。
グラベルはそれに見合うものをブランデンにと考えている。その為にも薬草畑の成功が絶対条件になる。
国の為、ブランデンたちの為にも薬草畑の計画を成功させなければいけない。
ロベルトは国内の食料事情を考慮して、今年は多めに農作物を作るように農民に指示を出していると言った。
ヴォルスク領はそれだけのことができる環境が整っている。そして、近隣の領主にも声がけをしてくれていたらしい。
グラベルが領地に来た翌日から近隣の領主が挨拶に訪れるようになった。
グラベルは現状の国内の食料事情を説明して、食料不足に陥っている領地があることを伝えた。そして、過剰に出来た農作物は国が買い取る方向で話をつけると領主たちは快く協力することを約束してくれた。
ヴォルスク領に来た甲斐があった。
リンゲル領の食糧調達だけでもと考えて寄ったが、近隣の領主からの申し出に感謝した。どれだけの収穫が期待できるかも含めて改めて連絡をもらうことにした。
そして、薬草畑にことも話をしておいた。領主たちは最初、驚いていたが、そちらも協力してくれると言ってもらえた。
グラベルとロベルトが近隣領主と会談をしている間、シャーリーは毎日のように温室に行っていた。ケリーとハンスも同様に。
三人は温室で育てられている王都にはない植物や薬草に興味を示していた。
「グラベル、そろそろこっちに来る時期じゃないのか」
ロベルトは温室で薬草の観察をしているシャーリーを見て言う。
「発表はまだだが、陛下の婚儀が四ヶ月後にある。それが落ち着いたらこっちにくるつもりだ」
「シャーリー殿はどうするつもりだ?」
グラベルはすぐに答えることはできなかった。
「グラベルが珍しく女性を伴ってくるから、結婚を考えているのかと思ったよ」
ロベルトはグラベルを揶揄ってくる。
「シャーリーは流行り病で婚約者を亡くしている。父親からは王妃候補にされ、今度は私の妻になることを期待されているのだ」
グラベルはシャーリーの王妃の話はなくなったが、先日見た光景が忘れられなかった。
本当は王妃になりたかったのではないか?
「カーネル伯爵は野心家だと噂に聞くから。そんな話も普通じゃないのか。どこの家でも考えることだと思う」
ロベルトはグラベルがどうしたいのかと聞いてくる。
グラベルの気持ちは出来れば、この地に来る時にシャーリーを連れてきたいと思っている。それがどんな意味を持つ感情から来るものなのかよくわからなかったが。
薬室でシャーリーと過ごす時間はとても心地よかった。出来ればこの地でも同じように過ごせたらと思うが、シャーリーは薬剤師になりたいと本気で考えている。それを叶えるには薬室にいたほうがいい。
自分の都合でシャーリーを領地に連れてくることに抵抗を感じてシャーリーに言えずにいる。
ロベルトからは間に合わなくなる前にしっかり決めたほうがいいと言われた。
シャーリーがグラベルに気づき走り寄ってくる。
「グラベル様、ロベルト様、こちらの薬草はここでしか育たないのですか?」
「シャーリー殿、もしよろければこ、こちらの苗をお分けしますよ。王都で育ててみてはいかがですか?」
ロベルトが代わりに答える。
シャーリーはロベルトに質問を繰り返している。見たことのない薬草を前にシャーリーの目が輝いている。
グラベルはその様子を眺めながら、やはりこの領地にシャーリーがいてくれたらと思った。
王都へ帰る時、シャーリーはロベルトからいくつかの薬草の苗と種をもらっていた。
寒冷地区での薬草管理を見据えてのことだろう。既にシャーリーは国中に薬草畑を作る計画の先を見ている。
グラベルは自分も、もっと頑張らなければと思う。
途中でリンゲル領に立ち寄った。
食糧調達のことを伝えるためと、リンゲル領への応援要請を王都にしていたので、その確認も含めて。
領主の館に着くと驚いた。
「グラベル様」
陛下側近のダルキス伯爵が来ていたのだ。
「ダルキス伯爵、どうして?」
「状況的に、他の者では駄目だと陛下に言われまして」
「そうでしたか」
「混乱は落ち着きました。今後の対策も決まりましたので、部下を置いて私は一旦帰ろうかと思います」
ダルキス伯爵は農民たちの要求をはっきり退けたと言っていた。
年若いエリクやアランでは出来ないだろう。そう思ってグラベルは応援を頼んでおいた。
食料も第一陣がホルック領から届いていた。
それが農民たちを黙らせることが出来た一因だとダルキス伯爵は言う。
「エリクたちに領地を治めることは出来るだろうか?」
グラベルは心配で聞く。また、同じようなことが起こらないとは限らない。
「大丈夫でしょう。あの二人はしっかり前領主から教育されていますから」
グラベルは安心する。
領主のエリクと弟のアランに必要な食料の手配が出来たと告げると安堵していた。
多分、ずっと気を張っていたのだろう。二人の表情が前より柔らかくなった。
グラベルはもう一つの問題の回答を聞いた。
エルクによるとイダの家は貿易商を営む家系で代々跡取りがその権利を有するとのことだった。
その権利は家長が代わる度に領主に許可を新たにもらうことになっている。
イダの親戚はそれをすることなく、イダの家屋敷を他人に売り払い貿易商の許可証も勝手に持ち出したことになる。
ヨハンの調べで、イダの親戚は王都で貿易商を営もうとしていたところを、調べていた騎士団に見つかり今は取り調べを受けている。
「貿易商の権利はイダに移る考えていいだろうか?」
グラベルはエリクに確認する。
「申し出ていただければ、イダに許可を出すことは可能です」
イダに聞いてみたほうがいいだろう。
イダが大人になった時に将来を考える選択肢の一つになればと考えた。
エリクたちと話が終わり帰ろうとした時、中庭でシャーリーとダルキス伯爵が話しているのが見えた。
流行り病で亡くなったと言うダルキス伯爵の息子がシャーリーの婚約者だったことを思い出した。
あの二人の関係は今、どうなっているのだろうか。
グラベルは気になって建物の陰から二人の様子を伺った。
「もう縛られなくてもいいのですよ。貴方は自由になったのですから」
ダルキス伯爵がシャーリーに優しく諭すように言っている。
「ですが、それではあまりにも……」
シャーリーに戸惑いの色が見えた。
「陛下もそれを望まれています。陛下があんなに楽しそうに笑うのは久しぶりに見ました。余程嬉しかったのでしょう」
グラベルはあの書庫での出来事だろうかと思った。確かにあの時、陛下は楽しそうに笑っていた。本当に久しぶりに。
陛下はシャーリーのことが好きなのだろうか。しかし、シャーリーは王妃になりたくないと言っていた。
王妃はラウエン伯爵家のイザベラに内定している。そのことをシャーリーは知っているのだろうか。
イザベラを王妃にと決めたのは陛下だ。
陛下はシャーリーを側室にでもするつもりなのか?
グラベルは胸がキリリと痛む。シャーリーはどうしたいのか、聞くのが怖い。
「グラベル様、出発の準備が整いました」
アーリシュが迎えに来た。
グラベルは分かったとだけ告げ、馬車の方へ歩き出す。




