46話 そうだ、自分語りを聞こう。
「妻を選んだのは、」
村長の自分語りが始まった。
え、いらないんだけど。
しまった、慰めるそぶりを見せたせいか!
うっかり隙を作ってしまった。
「村の若い女性の中で、一番弱かったからだ」
……なんだよ、気になる導入するじゃん?
やるじゃん?
いいだろう、聞いてやる。
「普通の生活をして、生き残るのは厳しい。そういう人だった」
だが村長の妻という若干の特権があれば、生きられるかもしれない。
「そう思ってな。……村の長として、助けられるならと彼女を選んだ。――本音を言えば誰でも良かったでのう……。その中で最良を選択しただけの事。人一人の命を救えるなら、悪くいない選択だと思ったんじゃ」
村長は少しだけ苦笑して、口の中でもごもごと続けた。
若い頃の儂にとって『一番』以外はみな同じだった、と。
ふと以前聞き知ったお婆と村長の婚約破棄騒動の話を思い出す。
あの時は「ざまあ」くらいの気持ちで大笑いしたけど、……アレか。どうやら笑ったらいけないヤツだったらしい。
スマン、村長。
まあ本人も今さら語るつもりはなかったんだろう。俺に聞かせるために言った訳でもなさそうだし。
ここは一つ聞かなった事にしておこう。
「結婚してから妻は随分と元気になった。やらねばならん重労働が減ったせいだろう。……代わりに村長の妻としての仕事が増えるのだがな。……本来は」
はいはい。俺はちゃんと裏も読むよ!
つまり奥さんは本分を全うできてなかったワケね。
「そもそも村人として一人分の仕事を担ってこなかった彼女に対する目は厳しかった。人の上に立ち村を纏める仕事など、任せてはならんかったんだろう」
おおう。いきなり難しい問題になった。
体が弱いのは本人のせいじゃない、とは言え、みんなギリギリの生活している中で彼女がこなせなかったなら、その仕事を誰かが肩代わりするしかない。
そりゃ反感抱くよね。
仕方ない、が許されるほど豊かな村ではない。昔ならなおさらだ。
だが当時はまだ経験も浅い若造でしかなかった村長にはわからなかった。
村長も始めは楽観視していたんだそうだ。
嫌味を言われようが怒鳴られようが、穏やかに微笑んでいる娘の姿しか知らなかったから。
辛抱強く、根気強いその性格で、いつか彼女の真摯で健気な姿勢は人々の心を溶かすだろうなんて。
村長は深いため息を吐く。
「最初から反発があった上に、妻は懐柔より威圧を選んだ。居丈高に人々を従えるようになったのだ」
村長は慌てて彼女から仕事を取り上げた。
それは悪手では?と思ったが当然村長もそれ以前に手を打ったはずだ。それが一手目なわけがない。
なにか他にできなかったの?とは軽々しく聞けなかった。
「それからというもの、妻は家に籠ってしまってな。思い出したように外へ出てはあれやこれやと文句を言って回った」
ひえ。奥さん、言っちゃ悪いけど行動が大分ヤバいよ!?
村長が首を振って当時の苦悩を物語る。
「その頃から、」
続く話に口を開いてから、村長は思い出したようにちらと俺を見て少し目をさ迷わせた。
なに。
言い辛いこと?
はて、と首を傾げてみせると、村長は一つ咳ばらいをした。一応続けることにしたらしい。
なになに。
「妻は子をせがむようになった」
なんだ、子作りの話か。
なにいい年して照れてんだよ。
自然な人の営みだろうが。
人の距離が近い排他的な村では、前世の保健体育よりよほどその辺の知識は共有されてる。今さらな話だった。
ウチだってもう少し長く両親が生きてたら、俺にも妹か弟か生まれてたと思うんだよ。
なんならリンですらその程度の認識はあるハズだ。
「それはもう、毎日のように……」
村長?
村長!? しっかりして!
もういいから、そこは飛ばして次の章に行こう!
だって思い出してるだけでその顔とか!
ゲッソリという言葉がこれほど相応しい表情はないだろう。
「だんだんと妻と距離を置く様になったのは、」
ごにょごにょ。
そのせいだとはさすがに口に出来なかったらしい。
ごほん。どうもケツの座りが悪いな。もぞもぞ。
「知っての通り、子は出来た。あいにく娘だったが、妻は構わなかったようだ」
少しだけ懸念していたらしい。
男児が生まれるまで満足しないのではと。
当時の村長もホッとしたらしいけど、今の俺もほっとしたよ!
本当によかった!
聞いてるだけで奥さんの心の不安定さが増してって、ちょっとしたホラー話聞かされてる気分だったからね!
ここにきてやっと安堵できる要素が来た。
「しかし困ったことに、妻は一人で子を育てた始めた」
!?
全然ホラー展開終わってなかったんですが!
せめて上げて落とすのやめて? フラットで行こう?
実はこんな貧相な村だと、子育てはそれこそみんなでするものだ。
だって両親が子供の面倒を付きっきりで見られるような余裕はないからね。
俺がチビ達の子守をしていたように、生まれたばかりのスイをリンが負ぶって遊びに来るように。
乳が出る女性が他の子どもを預かるなんてしょっちゅうだし。なんなら同じ年の子どもは一緒くたに育てられるから、兄弟に近い感覚すらある。
……俺みたいに途中離脱すると別だけど(黒歴史)
「そもそも娘の名前をクローディアと付けた時点で儂は目が点になったからの」
村長は遠い目をした。
ま、まあね。いや、いいんだよ? 名前だからね。何をつけようが。特に決まりはないんだけど、確かに『クローディア』はこの村では浮いたカンジがする。
なんだろう、ちょっと場違い的な。
生まれも育ちも日本で、血も顔も純日本人に、明らかな外国名をつけた時のような違和感と言えば近いのかもしれない。
「彼女はとにかく干渉を嫌った。その様子はまるで子育て中の獣たちもかくやと言わんばかりだ」
自分の奥さんなのにこの例え。
村長の冷めた感情にどうにも指先が冷えた。
仕方ないけど! 仕方ないけども!
ウチの両親(今世)が仲良かっただけに、ちょっと堪える。
今更だけど村長は現状一人身だ。離婚ではない。死別である。
亡くなったのは確か俺の両親が死んだ例の年。
おかげで俺には彼女の葬儀の記憶すらない。ワンチャン参加すらしてないかも。ごめんなさい。今度墓参りします。
「仕事が無いのも辛かろう。やっと自分にできる仕事を得て奪われまいと執着してるのだと思えば、無暗に口を出すのも憚られてな」
結果、彼女が娘を一人で育てることを許容した。
――そうして今日のクローディアさんが出来上がったわけですね。はい。
一体なにを吹き込んで育てたのやら。
鬼の形相のクローディアさんを思い出す。
立派に奥さんの血を引いた娘さんですね!
ぶっちゃけそんな感想しか出てこない。
「そう簡単にまとめてくれるな」
村長が疲れた顔で俺を見た。
確かに同情の余地はあるかな、と俺は肩を竦める。
「クローディアの二の舞にしてはならんと、ユリアは出来る限り手元に置くようにはしたが。親元から離すのには限度がある。どれほどの効果があったのかは今も良くわからん」
村長のユリアへの溺愛ぶりは有名だったけど、実態がコレとは。夢がない。
でもそれなりに成果はでてるんじゃないの?
だって俺たちの認識でもユリアはクローディアさんの娘って言うより村長の孫だもん。
ユリアの家って言ったら生家より村長のところだし。
「確かに儂が止めんかったら、ユリアの名前もエリザベートだったからのう」
それなりに貢献できたのかもしれないという意味で村長は言ったんだろうけど、俺はついつい噴き出してしまった。
ユリアが、エリザベート……。面白すぎる!
よし、帰ってきたらそう呼んでやろう。
どんな反応するかな。わくわく。
てか、果たしてユリアはこの名前騒動を知ってるんだろうか。
……知ってたらぶん殴られそうだな。
マジで死ぬかもしれないからやめておこう、うん。
「ちなみにサリアの時は?」
サリアはユリアの妹の名だ。
「あの時は確か、ベアトリーチェだったかの?」
名付けに関してはクローディアさんの趣味が一貫してて逆に清々しい。
でも採用されてないのは子どもにとっては幸いだ。村長グッジョブと言わざるを得ない。
俺だって、例えばクリスティアンとか名付けられてたら捻くれるかも。
さすがの村長も二人目まであの夫婦から取り上げられなかったようで、サリアは今も両親の元で健やかに成長している。
年齢としてはリンたちより少し上の少女なのだが、ませたガキってのが客観的な印象じゃないかな。
今思い出してみれば確かに態度がデカい。でも正直あの年頃なら許容範囲だと気にしてなかった。
「お主、たまに懐の広さが狂っておるぞ?」
そうかな?
そうでもないと思うけど。
「セルジの事も、なにも言わんかっただろう」
いまさら終わったはずの池ポチャ事件の事を蒸し返された。
ぶー、もういいじゃーん。
セルジさんは俺がなにも言わなかったせいで、かなり寛大な措置になったんだとさ。
「いや、マジでなんとも思ってないし」
こうしてぴんぴん元気に生きてるんだぜ?
コレってなにもなかったと言ってもいいのでは?
「良いわけあるか、馬鹿者ッ!」
カッと村長が目を見開いた。
ババアと同じ反応しやがる。クソ。誰も納得してくれないじゃん。
だってー、俺のせいで人の人生左右されるとかヤだろ?
俺は無責任でいたいんだ。
「人どころか村の未来まで、これほど左右しておいて本気で言ってるのか!?」
し、してない。
俺はなにもしてからね!
村長とぎゃんぎゃん言い合いをしてたら、唐突に後ろから場面転換を告げる声がした。
「……取り込み中悪いんだが、そろそろソイツを借りていいか?」
振り向くとテラーさんだった。
なんか用事があったらしい。
いつからいたの。いきなりはビビるよ。
もっと足音立てて近づいてくれない?
「お前以外は気付くから問題ない。お前以外は」
と言うわけで村長は気付いてたらしい。
どうぞとばかりに体ごと差し出される。
ええー、テラーさん何の用? 面倒なヤツ? 場合によっちゃ逃走を……。
テラーさんは俺の後ろ襟を掴んで引きずる体勢を取った。
いやいやいや、ちゃんと自分で歩くから!
仕方なしに付いていこうとしたら、ふとテラーさんが村長を振り返った。
「これでもまだ子供なんだ、現実逃避くらいさせてやれ。どうせそのうち逃げられなくなる」
さすがテラーさん、村長にもタメ口。
そこに痺れる、憧れない。
聞き捨てならない台詞に関しては、当然聞き捨てておいた。
自分も村長にタメ口であることはたぶん気付いてない。




