12話 そうだ、願い事をしてみよう。
今年は村長たちですら覚えがないくらいの収穫高だったらしい。
(幻の)G計画の一端が成果をみせた形になった。
恩恵にあずかった村人たちはどこか後ろめたそうだったけど、成果は成果なんだし普通に享受しとけばいいと思うよ。
大人たちの表情はこれでもかと明るい。
労働と、それに見合う以上の対価を得られたのだから羽目も外そうというもの。
豊かなのはいいことだ。
冬が少しでも楽になれば俺も嬉しい。
収穫祭は昼間から始まり、夜には大きなキャンプファイヤーが登場した。
今年は心なしか大きい。
煌々と照らされた夜は赤く揺らめき、祭りの雰囲気を色濃くしていく。
いつもは心強い月明かりが炎でかき消されそうだ。
……てかさ。
俺、毎回思うんだけど。
これ、周りを囲う篝火だけでよくね?
それだけで十分に明るいよね?
巨大キャンプファイヤー分の薪を温存して冬の燃料に使った方がいいと思うんだ。
さすがに全部なくせとはいわないからさ。
冬は人が死ぬ。
食糧不足、燃料不足、外敵、理由は様々だけど「あとほんの少しの暖があれば」死なずに済んだかも、なんてこともね。そりゃ、ある。
とはいえ、村の人たちは収穫祭がショボくて文句を言う事はあれど、豪勢で文句を言う事はない。
だって収穫祭は神だか自然だか幸運だかに対する感謝でもあるからね。
面白いことにこの世界の人たちには「世界は総じて均衡」という考えが根本にある。
つまり得をしすぎると損する可能性が高まるから、その分還元しようという思考になるわけだ。
得たものをある程度返却することで均衡を保とうとってことだな。
神への奉納というにはちょっと俗っぽい。
「お前は情緒のねえやつだな! がははははは!」
と、酒が入って異様に陽気なダンおじさんに頭を押さえつけられた。
これで撫でているつもりらしい。
お酒ってこわい。
「なに主役がこんな端っこでしょぼくれてるんだ。お前も踊れ! 俺も踊る!」
掴んだ酒を乱暴に呷ってダンおじさんはキャンプファイヤーの周りを踊る人々の中に飛び込んでいった。
裕福ではないダンおじさんにとっては一年に数度の飲酒の機会ではあるけど、……裸踊りはない。ないよ。
明日、イザベラにチクってやろう。
一番の上座、村長の席では成人を迎えた数人が願い事をしている。
だからといって他の人たちが静粛にする義理なんてないので、関係者以外は飲めや歌えやの大騒ぎのままだ。
うーん、この俗っぽさ、嫌いじゃない。
誰も注目しない所をみると今回は目新しさのない、ありきたりなお願いばかりらしい。
と思ってたところで大きめの拍手が聞こえて、俺はおやと顔を上げる。
つられた周りが祝福の言葉を口にしているから何が起きたのかはすぐにわかった。
はいはい、結婚ね。
いいことだと思うよ?
リア充爆発しろなんて思ってない。
オメデトウ。
冬は出来ることが少ないから、村では冬を前に結婚ってのは定石なんだ。
来年の夏秋頃には人口が増えてることだろう。
意味がわからない人はそのまま純粋でいてね?
明かりは贅沢品。
夜も深まってきたこの時間、普段は日没とともに就寝するしかない村人たちの中ではすでにチビたちが離脱した。
この現場では新成の俺たちが最年少になっている。
成人の願い事が終われば、次は新成の番だ。
ちなみに年が若い新成の方が順番が後なのは、成人の方がメイン扱いだからという単純な理由。
一番手を務めるアランが決意を湛えた目で村長の前に跪いた。
別に願い事がなければしなくてもいいんだけど、普通は貰えるものは貰うよな?
俺も欲しい。
一番の願いなんて決まってるけど、もちろん七つの球を集めて叶う願い事みたいな無茶なものは無理だ。
残念ながら死人は生き返ったりしない。
それが世界の摂理。
さて、村人たちが「出来る限り」で叶えられるもの、という制限は曖昧で叶える側の裁量が大きい。
願いを伝える側としては断られない中で、かつ一番大きな願い事をすれば勝利だ。
けど、アランは初めから言うことが決まっていたらしい。
伝える相手は両親と村長。
「スキルをもらう為に、町へ降りることを許可して欲しい」
ダンおじさんに聞いていた通りだった。
村長には村を出る許可。
両親には費用の無心ってところか。
アランの両親と村長は顔を見合わせて頷いた。
「いいだろう」
「お前の将来に期待してるよ」
威厳をもって是を返した村長と、にっこりと笑ったアランの母。
先行投資の価値をアランに見出したということだ。
いいと思うよ、だってこいつ絶対安全株だもん。
金があるなら俺も投資する。
きみが大変な時に援助したんだからこっちが大変な時は……ほら、わかるよね? とかやってみたい。
男のような凛々しい台詞で存在感を示したアランのお母さんだけど、元冒険者なだけあって見た目が筋肉質で、雰囲気はアマゾネス。
反対にお父さんの方は細マッチョで、柔和な雰囲気のイケメン。
ちなみに、見た目を裏切って彼が村で一番強いらしい。
都会ではどうだか知らないがこんな田舎町ではそりゃもう見目麗しい美女と美男だ。
なのに両者に微笑まれると肉食獣に牙を剥かれたような気分になる。
俺だけかな?
小動物すぎかな?
今日も今日とて自分に向けられたわけでもない彼女の笑みに俺がビビってると、そんなものが怖いわけがない我らが英雄、アランの顔が喜色に染まった。
け、羨ましいぜ!
俺もスキル獲得の旅に出たいぞぉー!
ま、俺が同じ願い事をしたって、それは「無茶な」願いの範囲になっちゃうから無理なんだけどね。
だって金を出してくれる両親がいないんだから。
そうなると費用は村での負担になる。
つまり許可なんて出るわけがない!
わかってる。
わかってるからそんな願いは口にしない。
方法は無くはない。
村長の孫娘であるユリアが俺の同行を願ってくれれば、俺にもワンチャンあるかもしれないけど、――そういうのは妄想と言う。
スキルに関してはスキルをくれる人間が村を訪ねてくることを願う以外に、俺に出来ることはない。
もちろん一番手をアランに譲ったユリアの願い事は当然、自分がアランと同行することだった。
「スキルを貰いに行く」ため、とは言わず、アランと「同行すること」を願うのはユリアらしい。
村長は二つ返事でかわいい孫娘の願いを聞き届けた。
やったな、とアランがユリアにアイコンタクトをしているのが見える。
リア充め!
クズスキルが出る呪いを今お前に掛けたからな!
まあ、英雄オーラに跳ね返されるのが見えたけども。
クソがっ!
「さて、あとはイサークか」
お、よかった、忘れられてなかった。
もう終わりだな、とか言われたらどうしようかと思ってたけど、杞憂だったらしい。
司会進行の村長はどちらかというと反俺派なので。
疑ってごめんね、村長?
注目は苦手なので、周りがわいわいと騒がしいのはありがたい。
「願う相手はいるのか?」
いるとも!
事前の聞き取りにより、この村だと該当者は二組だけだと俺は知っている。
「村長か、アランのご両親に」
お願いしたい。
と、言ったらアランとユリアがすごい勢いで振り返った。
え、なに?
そんな変なこと言った?
「イサーク? お前が俺の両親になにを頼むって言うんだ?」
アランに睨まれた。
なぜだ。
指名しただけだぞ。
あと、村長の名前も挙げたよ?
なんか既視感がある目だと思ったら、そうだゴブリン事件後の時だ。
反発と敵愾心。
ん?
ということは……?
「今さら俺たちに取り入ろうって? はっ、スキルの話を聞いて羨ましくなったか」
え゛!?
スキルの話はただの事実だけど、取り入るってなに!?
「そうね。あんた、魔法が使えるわたしたちを羨ましそうに見てたもの。あんたが魔法を得るにはもうスキルしかない」
ユリアが有罪の証拠を積み上げ、断罪を告げる検事のような視線を俺に向ける。
「『将を射んと欲すればまず馬を射よ』ってことね。相変わらず小賢しい男!」
「それがイサークのいつものやり方だろ? 僕の父さんをまんまと落としたようにね」
テオが突如参戦してきた。
おい、新成前はもう寝る時間だぞ?
あと俺はテラーさんを落とした覚えはない。
ニッチすぎるだろ、ツンデレおやじを落とす乙女ゲーとかさ。
「次は俺の両親か、村の全権を担う村長かってことなんだな?」
いやいや、それは考えすぎですよアランさん。
ってか、何を願えば取り入ることになるの?
むしろ取り入れるものなら取り入りたいんだが!?
例えば養子になりたいとか?
……あ、サーセン、なりたくないです。
俺の両親は死んだ両親のみですので。
うん、やっぱりお前の示してくれた選択肢はぜんっぜんナシだわ。
なし寄りのナシ。
後ろで俺に指名されたお三方が困った顔をしている。
さすがに俺がそんなアホなこと言わないとわかって頂けてるようで何より。
俺はこれ見よがしに深いため息を吐いて、やれやれと肩を竦めた。
「落ち着けアラン、妄想が過ぎるぞユリア。あと、テオ」
「な、なんだよ」
「アホか」
ギャース!! と三人が一斉に叫び出した。
小さな怪獣が騒ぐせいでいつの間にか注目が集まってしまった。
大体の人が「ああ、いつものやつね」みたいな目で見てくるのがかなしい。
俺、そんなにこいつらときゃっきゃしてるかなあ?
ま、そういうわけで。
アランたちは置いておいて、さっさと先に進もう。
「魔道具をみせてほしい」
なかなか邪魔が入って言えなかったけど、最初から頼むつもりだった願いを違わず口にする。
「ほ」
「ふうん」
「――なるほど」
村長と、アマゾネス母と細マッチョ父の反応は子供達に比べてわりと静かだった。
意表を突かれたのか、アランが驚きに目を瞬く。
「きみは魔道具に興味が?」
「あるある! すっごいある!」
魔法、スキル、魔道具!
ファンタジー世界での定番三兄弟やぞ!
触れずして死ねるか!
世界を探求する冒険心はさらさらないけど、不思議には触れてみたい。
「それで? なぜわしらにそれを頼もうと思った」
「うちの村で魔道具を持ってるのが村長とアランの両親だけだって聞いたので」
そのはずだ。
『村長』は職業柄絶対に持ってるんだけど、そこに元冒険者二人の名前を足したのはダンおじさんから貰った情報から。
「正解だね」
アラン父がふふと笑った。
やはり彼らも持っているらしい。
それにしてもアランの両親は見た目が強そう。
俺の本能が強者を前に勝手に屈してるのを感じる!
だって、どうせ素手で俺の首、ねじ切れるんでしょう?
都会なんて行ったらこんなのがゴロゴロしてるらしい。
俺、通りを歩いただけで熱を出す自信がある。
それを思うと、アラン、さてはお前まだ雑魚だな?
だってぜんぜん圧がない。
あ、俺とは比べるなよ?
アランが雑魚なら俺はミジンコだと胸を張って言えるからな!
「わしの魔道具に関しては許可できん」
ちぇ。
でもまあ、最初から村長に関しては期待してない。
村長が持っているのは国から支給された杖型の魔道具だ。
いわゆるスタッフって言われる、長めの杖。
どこの村、町、であろうともその長が必ず持っているもの。
逆に言えば、これを持っていない集落は国から認められてないってことでもある。
権威を示すものでもあるので、普段はしまい込まれているが必要とあらばお目見えもアリだ。
俺も二度くらい見た記憶がある。
端的に言えば、杖の先に宝石か魔石だかがついてる連絡用魔道具だ。
こう聞くと便利そうだろう?
ところがどっこい、実はかなりの不公平仕様らしい。
それはまた別の機会にでも詳しく話すとして、一番重要な点は、この魔道具はこちらからの任意発動が一度きり。
うっかり俺に触らせて、万が一にでも発動でもしようものなら……多分俺の命では贖えない事態になるだろう。
こわい、でも見れるなら見たい。
とはいえ、断られても仕方ない頼みなのであっさり諦める。
元々本命はこっち。
アランの両親に懇願の視線をちらちらと送る。
ガン見できないのは彼らの視線がこわいので。
なんかさー、こういう人たちの目線って強くない?
直視すると逸らした瞬間に喰われそうな気配しない?
未来のアランってこんなんになるの?
いやだわー、親近感湧かないわ~。
「どうする? マチルダ」
アラン母の名がマチルダ。
父はルパートという。
強者オーラだけど、名前はすっごく普通。
ファンタジー小説とかでよくある展開の、実は序盤のボスだったりはしなさそう。
「そうねえ、」
「母さん、そいつの話をマトモに聞くなんてどうかしてる! だってイサークは、」
何事かを言い募ろうとしたアランという闖入者はいたが、ヘビのひと睨みで黙り込んだ。
こっわ!
アランも黙らせるマチルダさん、こっわ!
「と、父さん!」
助けを求めるように呼ばれたルパートさんは「え? おれ?」みたいな顔をした。
首を傾げながらも、同意する相手は妻だ。
「これは僕たちがイサークに頼まれたことだから、お前は関係ないかもしれないな」
言われたらグサッとくるかもしれない一言だ。
俺なら泣いちゃう。
「まあ、息子の気持ちもわからなくはない。あたしたちも卑怯者はきらいだ。――特にお前のように弱者であることに胡坐をかいてるような人間は」
ずばっと言われた。
卑怯者って、ゴブリン事件の事ですね?
ご子息置いて敵前逃亡しましたもんね、俺。
「仲間だったら叩き出してるところだ」
ぎろりと睨まれてるのが見なくてもわかる。
本能で体が縮こまったけど、実は指摘事態は痛くも痒くもない。
なんでかって?
え? だって、ただの事実だし。
ふ、ふははは!
ほら全然不思議じゃないっしょ?
「――だけど、そのふてぶてしさもきらいじゃないよ」
ふてぶてしい!?
謙虚が服を着たようなこの俺が? なんでだよ!?
心外だと思ったのがバレバレだったのか、アラン父が小さく笑ってる。
「個人的には、あんたのことは面白いと思ってる」
ふぁ!?
驚いて顔を上げるとにやりと笑ってるマチルダさんと目が合った。
まるで肉食獣!
そうだね、と続けたのはルパートさんだ。
「手前味噌になるけど、うちの有望息子に比べるときみは天と地ほどの差がある。魔法も使えない、スキルも当分持てない。――なら興味があるという魔道具くらい見せてやってもいいかな、と思わなくもない」
おお!
これは!?
もしや!?
慈悲に縋れるのでは!?
怖いけど今回ばかりは真正面からその顔を見つめます!
その瞳の中に、希望の星を見つけられると思うからー!!
「でも、魔道具ってのは本当に貴重なんだ」
知ってる!
この機会を逃したら俺には一生目にすることがないだろうくらいに貴重なことは!
だから今なんだよ!
頼んでるんだよ!
土下座する?
やるよ、今すぐ!
「お願いします! 一生のお願いなんです! 俺に魔道具を見せてください!!」
がばっと地面に額をこすりつけた。
「イ、イサーク、一体なにを!」
「ちょっと、あんたプライドってモノないわけ!?」
プライド?
なにそれ、おいしいの?
アランとユリアがドン引きしてる気配がした。
だが、答えを貰うまで俺は顔を上げない!
恥ずかしいから顔を上げろ、いや上げない、とアランと攻防してるうちに、深い深いため息が頭上から聞こえた。
「顔を上げな、イサーク」
はいはい!
ご命令とあらば、喜んで!
がばっと顔を上げると、マチルダさんとルパートさんが並んで俺を見ていた。
「そこまでされては、僕たちも応えないわけにはいかない」
そこまで、って、……もしや土下座の事?
え、いつでもできますよ?
どうやら土下座の重さが俺と彼らではちょっと違うみたい。
でもわざわざ指摘しないもんね!
だってチャンスだから!
「いいだろう、見せてやる。ただし、――使い物にならない魔道具をね」
ん?
「なんならお前にやってもいい」
え?
どゆこと?
「か、母さん、父さん!?」
一体あなた方は何をおっしゃってるので?
貴重な魔道具を誰にくれるって?
「もしきみがそれを直せたなら」
ニヒルな笑いは、出来るものならやってみろと言っている。
直せたなら?
つまり、壊れた魔道具ってこと?
「どうだい、この条件で了承するかい?」
魔道具を見せてくれと願ったら、壊れた魔道具なら見せてやると言われたでござる。
ついでに一度も見たこともない魔道具を、直せたならあげるといわれたでござる。
……これ、夢かな?
だって、魔道具だよ?
あの魔道具だよ?
そう、壊れてたって魔道具。
腐ったって魔道具。
見れるどころか貰える?
……だと?
こ、声が震える。
だけど、なかったことにされてはたまらない。
今すぐ答えるんだ、俺!
「ぜぜぜぜ、ぜひ! お、お願いしま―――――す!!!!」
思わぬ提案に心臓が縮み上がる。
興奮して鼻血出そう!
今すぐ見せて!
魔道具、ほら早く!
ギブミープリーズ!
「おっと、そうそう忘れてた。時間を決めないとな」
……はい?
「修理には制限時間がつきものだろう?」
ばちこーんとでっかいウインクをされた。
……んな格言聞いたことないんですが。
とっても嫌な予感がする。
「この収穫祭が終わるまでがきみの持ち時間だよ」
俺はがばりと顔を上げた。
ぐ、ぐぎぎぎぎぃいいいい――――!




