10 『それは 恐れを与える者たち』
しばらくの時が過ぎ、随分と夜も更けてきた。
先ほどまでは、宿泊客や食事だけを楽しみに来た外部の客で込み合っていたこの場所も、少しずつ人が疎らになっていく。
満腹と疲労から、最年少のスズがゆっくりと船を漕ぎ出したあたりで、一行は、
「んじゃ、そろそろ……」
と、自分達が借り受けた小屋へと戻ろうとする。
寝ぼけ眼のスズを起こさぬよう、カガミがそっと抱きかかえた時――――突如。入り口からガシャンと何かが割れる音が鳴り、間断入れずに絹を裂くような女性の悲鳴が聞こえた。
ギルド職員含めた全員がとっさに鋭い視線を送る。
「俺達に酒が出せねぇとは、ずいぶん舐めた台詞じゃねぇか!」
「こっちゃ客だぞ? そんな態度とって良いと思ってんのか! オラァ」
激しい物音と共に、粗暴な男の声が一行の元まで届いた。荒々しくも品性に欠けるその声は、どこか聞き覚えのある男達のモノだった。
暴力的極まる入店を果たした男達は、なおも乱暴を繰り返す。
品よく設置された玄関周りの調度を蹴り倒し、窓のカーテンを引きちぎる。止めようとすがりつく従業員を殴りつけ、襟首を掴んで店の奥へと投げ飛ばした。
「こんなふざけた店には、お仕置きしてやらねぇとなぁ!」
騒乱は、時間と共に激しさを増していく。慌てて逃げ出そうとする客や、衛兵を呼びにいこうとする従業員もいなくはないが、入り口付近を固められては、店の外に出ることもままならない。
先ほどまで、優雅な夜のひと時を演出していたこの宿は、あっという間に、騒音と壊れた家具が散らばる粗暴な空間へと変貌してしまったのだった。
流石に見るに耐えない状況である。
楽しかった時間に水を差されたギョクと、苦手な女性の同席していた会話で微妙にストレスを感じていたツルギは、視線を交わして頷きあう。このお呼びでない男達に、一般常識のなんたるかを体で学んでもらおうと心に決めた。
スズを抱きかかえたままのカガミが、様子を見るべきだと止める間もなく、二人は男達に向かって足を踏み出し、
「やめてくださいっ!」
しかして出鼻を挫かれた。
「あれは……。確か、マチネさんだっけか?」
「だな。そういえばあの娘、ここの支配人だとか言っていたな」
二人の視線の先には、殴り倒された従業員を庇うように両手を広げる一人の女性の姿がある。自分よりふた回りも大きな男達の前に、マチネは気丈にも立ちふさがっているのだ。
だが、そんな彼女の必至の抵抗も、男達にとっては興奮を増すちょっとしたスパイスでしかない。
「おやぁ、ようやくお出ましかい。マチネちゃん」
「すまねぇなぁ。そこの店員が舐めた口聞きやがるから、つい手が出ちまった」
「むしろ礼を言ってほしいもんだぜ。お前さんの代わりに教育しといてやったんだからよぉ」
ゲラゲラと笑いながらマチネを取り囲む男達。
横暴な男達の体躯に圧力を感じたマチネは、思わず片足だけ後ずさり、それでもキッっと見返しては口を開く。胸元で固く握られた拳が、わずかに震えていた。
「それはっ! ……失礼があったなら、謝ります。ですが、皆さんにはウチの店に来ないようにとお願いしたはずじゃないですかっ」
「知らねぇよそんなモン。俺達ゃ、リエイのアニキが此処で楽しく呑んで来いって言うから来ただけだぜ」
「そんなっ……。リエイさんにはきちんとお金をお支払いしてるのに。今月分だって……」
「はぁ? マチネちゃんよぉ。お前、リエイのアニキに文句でもあるのか。だったら直接、アニキんトコに言いに行けよな」
「おぉ。そうだな、それが良い。兄貴とじっくり話をして、誤解を解けば良いじゃねぇか」
男達はマチネの手首を掴み、店の外へ連れ出そうとする。
身の危険を感じた彼女が及び腰で抵抗するも、ニヤニヤと笑いながら無理やり引っ立てる男の力には敵わない。マチネの体が、引きずられるように入り口へと運ばれていく。
「や、やめてくださいっ!」
涙声になりつつ抵抗するマチネ。従業員達に助けを求めようと振り向くも、暴力という物理的な恐怖を目の当たりにした一般人では、この荒くれ者に対して声を上げられる人物など居ようはずがない。
それは勇気云々ではなく、単純な慣れの問題として、このような事態で体が竦んでしまうのは当然のことなのだ。暴力を拠り所とする者たちの恐ろしさは、まさにその、一般の人間を瞬時に非日常に叩き込む事にこそあるのだから。
――そしてだからこそ、常に荒事の中に身をおいている人間は、他の誰よりも早くその場に割り入ることが出来る。
「オゥ、テメェら。ヒトサマが楽しくやってるトコに水差してんじゃねぇぞ。何様のつもりだ?」
「女は力ずくなのもたまにはアリだが、本気で嫌がる相手にはルール違反というものだ。無粋に過ぎる」
遠巻きにしていた人垣の中から、二人の美少女が姿を現す。
それは、アゴを突き出し肩を怒らせながら前に出るゴスロリ魔法少女と、堂々と腕を組みながら男達を見下ろし女性の口説き方を語る姫騎士。……何かが間違っている気がしないでもない。
男達はこの思わぬ乱入者に一瞬身構え、そして相手が、態度はどうあれ見目麗しい少女達であることに気付くと思わず唇を歪ませる。そして、これまた一瞬で蒼白に顔を染めた。
「ちょ、お前等っ!」
「なんでここにッ!?」
先ほどまでのふてぶてしい態度とは一点、男達の顔は、実に情けなく歪む。とたんに下手に出始めた男達の姿には、やはり二人は思い当たるものがあった。
この場にいる男のうち数人は、つい先ほど衛兵へと突き出した、あの野盗モドキだったのである。
鋭い目線で男達を射抜く二人。
「オィ。なんだってテメェら、シャバに出て来れてやがる。キッチリお縄になっただろうがよ」
「間違いなくオレ様たちが突き出したヤツラだな。衛兵の前で罪も認めていたはずだが、一体どういう事だ」
「い、いやぁ……。リエイのアニキが上手く取り成してくれやして……」
「リエイ? そりゃ、あのちょいと図体のでかかった、あの男の事か?」
「そそそ、そうですぅ。オレ達全員、アニキの計らいで、金を払って釈放になりましたんで……」
「金? 金で済ませた、とな?」
「っけんじゃねぇぞ!? ヒトサマに畜生働こうとしたヤツラが、金払って無罪放免ってのはどういうこった。この国の法は、そこまでオモシロおかしく出来てやしねぇだろうがっ!」
手直にいた男を蹴り飛ばしながら吼えるギョクである。もしも今、この場に衛兵が駆けつけたとすれば、しょっ引かれるのは果たしてどちらの側であろうか。
だが、このチンピラ魔法少女の憤りもむべなるかな。
この世界は、人権思想に守られた現代と比べるまでもなく、犯罪容疑者に対してある種粗雑な対処をする。キッチリした裁判など、庶民には一切行われることはない。物取りならば腕を切り落とす、殺人ならば縛り首……などの、乱暴とも言える刑罰が、問答無用で下されるのが常なのだ。
だというのに、曲がりなりにも善良な旅人への強盗致死未遂を働いておいて、罰金だけで事が済むというのはあまりにも特別すぎる。例え気の短いギョクでなかったとしても、この処分の軽さには、文句の一つも言いたくなるというものだった。
だが、今はそんなことを考えている場合ではない。なおも虚空に向かって世の無常を吠えたてるギョクの肩を、隣にいるツルギが押し止めた。
「ギョク。それよりも先ずはそちらの女性だ。コイツ等の追及は、後でも良い」
「……だな。オゥ、テメェら。大人しくその姉ちゃんをこっちに寄越せ。へんなマネしてっと、まぁた足の指がつぶれることになるぞ?」
「ヒッ」
鋭い悲鳴をあげる男達。既に何人かは、この宿の門に向かって後ずさりを始めている。そして、もう一歩足を踏み出すと同時に、
「ず、ずらかれっ!」
それまで盾にしていたマチネの体を突き飛ばすと、一目散に逃げ出すのだった。
投げ出された女性の体を、小さな腕で抱きとめるギョク。ふと視線を下ろすと、男の力で握り締められていた手首の辺りが、痛々しくも赤く染まっている。
だがそれ以外に目立った怪我も無いマチネの様子に、ひとまずは安堵のため息を洩らした。
荒くれ者たちを撃退した二人の美少女に、店のあちこちから歓声が沸きあがる。殴り飛ばされていた若者に至っては、見ているこちらが申し訳なくなるほど、何度も頭を下げてはお礼を口にしてくる。
とはいえ、これでめでたしと終いにするわけにはいかない。
この店とあの無頼漢どもの関係は気になるし、アイツ等をココに寄越したというリエイには、言ってやりたい一言もある。それ以前に、どうしてアイツ等が、捕まったその日の内に大手をふるって外を出歩いているのかについて、きちんとした説明を要求したかった。
目線だけでやり取りし、この場をギョクとカガミに任せて男達の後を追おうと動き出すツルギ。だが、そんな姫騎士の動きを止めたのは、今だ腰を抜かして小さな魔法少女にすがりつく、この店の実質的な支配人であった。
マチネは、震える体を必至で押さえながら口を開く。
「待って……待ってください。あの人達には、手は出さないで……」
搾り出されるように紡がれるその声に、冒険者達は思わず顔を見合わせた。
「あの人達は放っておいて。……それよりもお願い、私の話を聞いて欲しいの!」
鬼気迫る勢いのマチネを前に、三人の冒険者たちはこっそりと声を繋いで、
(不味いぞ、オレ様知ってる。これ、このまま厄介ごとに発展していくパターンだ)
(逃げちゃダメか? ……ダメだよなぁ)
(だから止めようとしたんスよっ!)
益体もないやり取りを交わすのだった。
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※※完結済みシリーズ※※
つじつま! ~いやいや、チートとか勘弁してくださいね~ (旧題【つじつまあわせはいつかのために】)
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