11 『それは 巡りあわせた者たち』
店を騒がせた乱暴者たちが姿を消し、その場の片づけを従業員達に任せた一行。そして今は、借り受けている自分達の小屋の中へと移動していた。
この場に居るのは六人。
美少女モドキの冒険者三人組と、その被保護者であるスズ。宿の支配人マチネ。そして何故か、ギルド職員の女性も同席している。
先ほどまではうとうとしていたスズも、この騒ぎですっかりと目を覚まし、三人の隣で卓についていた。
夕方の快活な笑顔もどこへやら、すっかり憔悴しきったマチネをテーブルの向こうに見ながら、据え置きのお茶を一口飲み込んだギョクが口火を開く。
「それで。わざわざ場所を変えてまで相談したいことってのは、一体なんだ? こう言っちゃなんだが、さっきは成り行きで助けただけだ。俺達は、余計な揉め事に首を突っ込む気はねぇぞ」
「それは……わかってるわ。というか、先ずはお礼を言わせて頂戴。さっきはありがとう。あのまま連れて行かれてたら、どんな目に合わされてたかわからない。本当に、助かったわ」
そのまま頭を下げ続けるマチネに、面白くも無さそうに頭を掻くギョクである。そこに、カガミが横合いから口を出す。
「うちのギョク先輩も申しているように、先ほどは、言わば流れで助けた形になっただけですわ。そのお礼でしたら、今のお言葉だけで充分です。でも、それでお終いではないのでしょう?」
「そう、ね。……まず確認させてほしいのだけれど、今日、あの人達を街の衛兵に突き出した冒険者っていうのは、本当にあなた達のことなの?」
「間違いねぇな。たまたま外で襲われて返り討ちにした。んで、聞きゃあこの街のヤツラだって言うモンで、殺すわけにもいかねぇからココまで連れてきたってワケだ」
「そぅ……。商売柄そういった噂はすぐに耳に入るけれど、本当の事だとは思ってなかったわ。あの、手の付けられないリエイ一党を、まさかこんな可愛らしいお嬢ちゃんたちが取り押さえただなんてね」
面と向かって口にされる、可愛らしい、の単語に、妙に気恥ずかしくなりそっぽを向くギョクである。だがそんな言葉になど動じないカガミは、台詞を言い終えたマチネの口元が、かすかに動くのを見逃さなかった。
(殺してくれていれば……ねぇ……)
そして、カガミの感じた不穏な予感は、一ミリたりと外れる事はなかった。
マチネの語るあの男達の所業。それは、この世界に限らず何処にだって転がっているような……ごくごくありふれた、聞くに耐えない悲惨な物語であった。
この手の話の基本から外れず、あのリエイという男は、このハクトーの街を支配する貴族の息子であった。全くもって価値の無い王道である。
とは言え、本人が爵位を有しているわけではなく、今はただの次期跡取り候補にすぎないそうだ。そしてそのリエイは、これまたご多分に漏れず貴族のバカ息子を地でいく大戯けであり、自身のいずれ持つ権力をかさに、このハクトーの街で好き放題の狼藉を働いているのだという。
無銭飲食。街人達への暴力。目に付いた娘達への暴行などなど。イチイチあげていれば、まさにキリがない無法の数々を、マチネは語った。
「なんでそんなバカ息子を親は放置してんだよ。いくら貴族だからって、流石に問題になるだろうが」
「今の領主様は、数年前からご病気なのよ。私の親と同じ、流行り病で体を壊してしまったの。だから、領主様もリエイを抑えようとはしてくれているみたいだけど、上手くいかないみたい」
「この街の衛兵が、まるであのリエイという男の死を願っているような口ぶりでしたのは、そんな事情がありましたのね」
「……えぇ。もしもどこかであの男が死ねば、領主様は大手をふるって他から後継者を連れてくることが出来るもの。今はまだ家族の情がお有りのようだけど、きっと領主様も心の底では、自分の息子が居なくなることを望んでらっしゃるに違いないわ」
「ぞっとしねぇ話だ。温かすぎて、寒気が来らぁ」
「……話を、続けるわね?」
ギョクの皮肉に何事も返さぬマチネを、カガミは身振りで促した。
父親である領主からの小言に飽いたリエイが最近になって始めたのが、今回一行が行きあってしまった、旅人に対する盗賊行為なのだという。
「恐らくあなた達は、ヤツラの狙った最初の獲物だったのだと思う。正直、返り討ちにあったと聞いてスッとしたわ。ザマァ見ろ、よ」
ここ最近始めたその行いでは、幸いなことに、いまだ被害者が出たという話は無い。だが、独行の行商人も頻繁に利用するのがこの街道なのだ。もしもヤツラが今後も同じ事を続ければ、いずれ誰かが、リエイ一党の魔手にかからないとは限らない。
そしてそれと平行し、あの男が今、一番に力を入れて企んでいる事。それが――
「この街で一番歴史が長く、街の組合の中でも大きな発言力を持ってるここラビリアの宿を、自分の手中に入れることなのよ」
マチネはそう呟き、今迄で一番深いため息をついた。
この街の支配権は、領主である貴族にあるのは間違いない。だが、実際に街を運営しているのは、各種商業組合の会長であったり、街の主産業である宿屋の経営者たちであった。両者がしっかりと協力体制を取ることで、このハクトーの街はここ十数年で大きく発展していったのだという。
だが、街の支配を目論むリエイは、実権がない領主の立場では気にいらない。名実共に、この街のトップに立ちたいのだという。
その為、自分が貴族として爵位を継ぐと同時に、この街で一番の歴史を持つラビリアの宿を自分の支配下に入れようとしていた。あくまでも領主を立てるという、街の人々の配慮を良いことに、暴力交じりの脅迫行為をするようになったのだという。
「店をマトモに続けたければ、言うとおりにしろと言って来たわ。この店と……私に。ふざけるなって突っぱねてやりたかったけれど、相手は衛兵以上の暴力を持っているヤツラなの。強く歯向かう事も出来なかった」
「いよいよロクなヤツじゃねぇな、あのヤロウ」
「例の盗賊行為もね、アイツは、続けていれば街に損害が来るのをわかってるのよ。盗賊が野放しになっている宿場なんて、誰も通りたがらないもの。そして、それで一番最初に被害をこうむるのは、ウチのような宿を経営している者たちだわ」
「なるほど。やめて欲しければ、言うことを聞け……というワケですか。少しは頭を使うのですね、あの方も」
「このままいけば、この店はどうなってしまうかわからない。今まではみかじめを払って手を引いてもらっていたけど、今日の様子じゃ、それも長続きするとは思えないわ。そして私も、何時あいつ等に、無理やり……」
マチネの両膝の上に置かれた拳は、今もふるふると震えている。握り締められた悔しさが、彼女の手のひらに食い込んでいるようだった。
痛ましさに目を細めてしまうギョクたちの前で、マチネはなおも、言葉を紡ぐ。
「私さ、ホントはもうすぐ結婚するはずだったの。相手はこの街の同業の人。でも、私に目をつけたリエイに難癖を付けられて……。幸い、騒ぎを聞きつけた人達のおかげで命は取り留めたけど、後ちょっとでも遅かったら殺されてたかもしれない。今は、ずっと病院のベッドの上よ」
「何でそんなになるまで我慢してんだ! 確かに衛兵はアテにならんかったのかも知れん。だが冒険者のことを知ってるなら、何とかやりようがあっただろうよ?」
「どうにかして欲しくても、この街には冒険者ギルドが無いのよ!」
「ギョクさん。この街の立地を覚えていますか? ここは、王都とヤーアトという二つの大きな街の、丁度境にある地域なのです。数十年前まではココにも支部が存在していたのですが、当時は小さな宿場町でしかありませんでした。効率の点から撤退してしまったんです」
ギョクの放った当然ともいえる質問に、マチネと、ココまで黙って成り行きを眺めていたギルド職員が口を開いた。
「一度撤退したという歴史がある以上、いくら人の数が増えたとは言え、それではすぐにと再設置できるものではありません。まぁ、このままいけば数年内に支部が開設することにはなるでしょうが、現時点でこの街の人々は、依頼があれば王都かヤーアトに足を伸ばすしかないのです」
「なんともお役所的なこった……」
「王都で依頼を出したくても、そもそもそこまで安全に辿りつく手段が私達にはなかったわ。たまに通りかかる冒険者の人は居ても、話を聞いてくれる人は居なかったの。……でも! 今、やっと私は、信頼できる冒険者と面識を持つことが出来たわ。こんな好機、これから先に何度もある事だとは思えない」
そう言うとマチネは、それまで伏せていた顔を上げ、ギョクたちの顔を見つめる。暗い炎を宿した瞳で、三人を強く見つめた。
「……冒険者の規定として、ギルドを挟まない依頼は受けられねぇ。だったよな、ギルドの姉ちゃん」
正面から叩きつけられる強い思いを前に、ギョクは敢えて、同席する知己のギルド職員に水を向けた。冷静な顔を崩さないその女性は、まるでその質問が来るのを予想していたかのように口を開く。
「ギョクさんの仰るとおりです。……もしもココで安請け合いをしたのなら、私はギルド職員の権を持って、皆さんを処罰する必要がありました」
「そんなっ……!」
「ですが。……幸い、と言うべきかはわかりませんが、此処にいる私は冒険者ギルド上級職員の資格を有しています。私の裁量で、この場で依頼の受注をとり図る事は可能です」
「じゃあ、お願い!! お願いよっ、皆さん。私達を助けてっ!」
この振って湧いたような幸運なめぐり合わせに、思わず立ち上がって訴えるマチネである。
個人としても、経営者としても脅威であった乱暴者たちを、実力で排除できる者が目の前にいる。そして本来ならば受け入れられることのなかった話を、受け付けることの出来る人間が此処にいる。
人の巡り合せに好機というものがあるのなら、今がまさに、その好機であるとマチネは考えた。
だから彼女が、奮い立つような興奮を抑えることが出来なかったのも、どうしようもないことなのだった。
「お願いっ! このままいけば、私はあの男にどんな目に合わされるかわからない。アナタ達も同じ女ならわかるでしょう? あんな男に体を差し出すなんて、考えただけで恐ろしいの。……だから、お願い。お願いだからッ――」
「ちょ、待て。マチネさん!」
「ギョク先輩っ!」
気持ちが先走り、ツバを飛ばさんばかりにまくし立てるマチネ。そんな彼女から放たれようとした言葉を押し止めるべく手を伸ばすギョクと、そのギョクを咎めるカガミの鋭い声。
そして、
「お願い、あの男を。リエイを、殺してください――――」
決定的な一言を、マチネは口にした。……言ってしまった。
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