14 『それは それぞれの立場での妥協点』
部屋の中央に置かれた二脚のソファー。
その一方に、ツミワタの一族であるディリホとフォオリが座っていた。そして両脇をギョクとカガミによって固められた少女が、そんな二人に相対するように腰掛けている。
本人ではままならない事情から鎧を着込んだままのツルギは、並んで座る三人の後ろに立っていた。
不安と恐怖を浮かべつつ、それでもしっかりと目の前の大人を見つめる少女の両手は、それぞれが隣に座る美少女冒険者の手に重ねられている。自分に足りないモノをそこから補うかのように、その手はしっかりと繋がれていた。
「ふむ。……それでは、冒険者諸君は我々を欺き、無関係の少女を連れてきたという事かな?」
「そんなワケが無かろう。オレ様たちはギルドから預かったこの娘を、そのまま此処に連れてきた。下手な小細工などしておらんわ」
「ですが……そうですわね。結果として別人だったということなのでしょう。当の本人がそう言っているのですから」
当主ディリホの切り出した質問に、ツルギとカガミがそれぞれの口調で答える。いつも通り偉そうな態度を崩さないツルギと異なり、カガミはあくまで丁寧に答える。
そんな対照的な態度の二人が口にする、つじつまの合わない発言に、
「さて、どうしたものか……」
ディリホはアゴをさすりつつ続ける。そして、市井の者にしては鋭すぎる眼差しを、目の前の少女に向けた。
「お嬢さん。我々は、父の残し種である妹を探す為、これまで少なくない労力を払ってきた。ここにいる誰もが、君が我が妹であることを望んでいると言っても良いだろう。それでも君は、自分がトヨマフィーその人ではないと主張するのかね?」
「……はい。その、お金を使わせちゃったことは、ちょっとごめんなさいって思います。でも、私はこの家のお嬢さまになんかなれないです」
「君はこれまで、浮浪孤児として過酷な生活を強いられていたのだろう? この家に来れば、食事の不安どころか、これまで夢に見たことも無いほどの贅沢を約束するぞ」
「それでも! 私は嫌です、もう嫌なんですっ」
グッと両手を握り締め、正面からの強風に立ち向かう少女は、これまで以上にはっきりと異を唱える。ひとつ嫌を口にするたびに、彼女の瞳から不安が抜けていくようだった。
「私は、もう嫌なんです。誰かに振り回される生活も、誰かの都合に左右される人生も。この家にいれば、それは贅沢な暮らしが出来るのかもしれない。でもアナタ方の勝手で、私を決められたくなんか無い」
「元の暮らしに戻れば、そう遠からず野垂れ死ぬ運命が待っているかもしれんのだぞ?」
「それでも良い。どうせ死ぬなら、死に方だって自分で決めたい。知らない所で自分の生き死にが決められるような、そんな生き方なんて真っ平です!」
その言葉を耳にしながら、三人の冒険者は少女の体を支えている。両脇の二人は掴まれた手にそっともう一方の手を重ね、後ろの一人は少女の肩に手を添えていた。
彼女の瞳に宿った炎が、逆境に絶えてしまわぬように。
そして、ギョクが口を開く。
「どうやら、我々の仕事は失敗のようですねぇ」
普段と違い乱雑さが押さえられたギョクの言葉に、思わず少女が視線を送る。いくらコイツでも、依頼主くらいには敬語の一つも使うのだ。曲がりなりにも社会人経験者、給料を払ってくれる相手には、給料分くらいの礼儀は払う。まぁそれでも、チンピラ具合の拭いきれない話し方ではあるが。
ギョクのその、美少女然とした風貌からは考えられない男くさい口調に、当主の弟は思わず目をむいている。だがディリホは、そんな不釣合いな中身にいささかも動揺を表す事無く返答する。
「君達は、それで良いのか?」
「良いも悪いも無いでしょう。こちらは間違いなく、ギルドから預かった娘を此処まで連れてきた。でも、当の本人が自分は違うと言ってんですから」
「途中で別人とすり替わったなどという事でもなければ、そもそもこちらが人違いをしていたということになる。君達が、依頼の成功を主張することも出来よう?」
「まぁ、その辺は落とし所ということで。こっちにすり替えを否定する材料はありゃしませんし、そちらさんに不手際があったって言い立てるつもりもありませんからね」
「であれば、約束の報酬は渡せぬぞ? 成功報酬の金貨五枚とは、君達冒険者にとって安い金だとは思えぬが」
「ソイツに関しては諦めるよりしょうがないでしょう。逆を言えば、そちらさんだって無駄金叩いたことを諦めてもらわなきゃならないんです。ここは一つ、痛み分けってことでどうでしょう?」
「この期に及んで、既に渡した前金を返せというつもりも無い。今回の依頼には、違約金の規定も無い事だしな」
「流石、これだけのお屋敷を維持してるだけはありますな。損切りってモンをよくご理解してる」
「顔に似合わず知った口を叩くものだ。まぁそうでもなければ、冒険者などやっていけぬのかもしれぬが……」
「こちとら、分不相応な欲かいて、長生きできる商売じゃありませんからねぇ」
ニヤリと口の端を持ち上げる目の前の美少女に、ディリホはどこか納得したように頷き返した。
そんな二人に対し、今度は横合いから声があがる。
「あ、兄上。宜しいのですか? こんな結末など……」
「仕方あるまい、フォオリ。我々の捜索に落ち度があったとは思わぬが、それでも本人が受け入れぬといっているのだ」
「で、では、父上の隠し子は……」
「我等が妹トヨマフィーは、とうの昔に死んでいたということなのだろう。そもそも、その可能性も想定していたはずだ。母親も居らぬ幼子一人、街の路地裏で長く生きられるものではない」
「それは、そうですが……。ですが……」
「もう良い。例え真実がどうであったとしても、無理に押し付けられるようなものではなかろう? 我等が末の妹は既に死んでいる。ここにいるのは、全く無関係の娘だ。……それで良いではないか」
「わかり、ました……」
兄であり当主である男の言葉を、フォオリは割り切れぬ思いをそのままに受け入れた。
結論から言えば、この事態は彼にとって望むべきものである。目の上のたんこぶになるはずだった血縁者は存在しないことになり、彼の血族が、次期ツミワタ家の当主となる目が色を増した結果なのだ。
だが、手に入るはずであった栄華を自ら投げ捨てたこの娘の存在には、どうしても理解の及ばない不気味さを感じざるを得なかった。これまでの人生を、ツミワタ家の繁栄だけを主柱に生きてきた男にとって、自分の大前提を拒絶した少女の存在を受け入れることが出来ないのは、ある意味仕方のないことなのかもしれない。
自分の中に存在しない価値観で生きる人間を受け入れるということは、大の大人であろうと容易いことではないのだ。
けれどそれと同時に、男は自分の理解を超えた何かで生きようとするこの少女が、二度と自分の脅威になることはないとも感じていた。そして、少女を手にかける結果とならずに済んだことに対し、どこかしら安堵の念を覚えるのだった。
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「ではお嬢さん。最後にもう一度だけ確認しておこう。君は、我がツミワタ家とは全く関係の無い孤児であり、今後も我等と血縁であると主張することは無い。良いかね?」
「はい」
「たとえ今後、どこかの誰かが君を我が血族として担ぎ上げようとしても、君自身はそれを否定するし、我々も決して認めない。誓えるかな?」
「誓います。その代わり、皆さんも私に関わらないと誓ってください」
「受け入れよう。恐らく今後二度と、私が君と会うことはないだろう。
……そしてもう一つ。君に付けられるはずだったトヨマフィーという名は、我がツミワタ家の長女に代々受け継がれる名前だ。である以上、今後その名を君が名乗ることは認められない」
「わかり……ました。もともと、お母さんからもそんな長い名前で呼ばれたことなんて無いです。私は今後、違う名前で生きていきます」
「宜しい。……では、これで話は終了だ。わざわざ足を運んでもらってすまないが、他人である君をこれ以上この屋敷に置いておく訳にもいかん。早々に立ち去られよ」
「わかりました。でも、その……」
名前の無くなった少女は、もう一度だけギュッと両手を握る。そしてその場に立ち上がり、家族だったかもしれない男達に向かって、精一杯の思いを込めて頭を下げた。
「いろいろ、ご迷惑おかけしました。……私の我がままを聞いていただいて、ありがとうございました!」
そして、兄になり損ねた二人の男達は、あえて言葉を返す事無く、ただ大きく頷き返すのだった。