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天高く龍出づる国ありて  作者: 伊川有子
12話・そして
46/49

(2)

事件からおよそ3か月。

歩乃花と幸子は無事に帰って、再び日本での生活に慣れて来たころのことだった。


高校からの帰り道、突如現れた白いベンツに生徒らの視線が集まる。

2人は並んで歩きながらその派手な外車を見やり、好奇心旺盛な幸子がそれを指さした。


「あれ咲ん家の車じゃない?」


「そうかなあ。ちょっと違うような・・・」


首を捻る歩乃花に幸子も思い違いかとよくよく車を眺めた。すると、ガチャっとドアが開く音と共に、見慣れない若い男性が車から降りてくる。

ほら!と歩乃花は幸子に勝ち誇った表情。


「ね、違ったでしょ」


「うん、うーん、んんん!!!!?」


ところが幸子は眉間に皺を寄せ凝視した後、仰天した様子で現れた若い男性を指さした。


「歩乃花!!ほら!!あの人!!」


「へっ?」


男は迷いなく2人の元へ歩を進め、頭を下げる。


「お久しぶりです、蘭花さん。・・・・そしてそのお友達も」


男は喜びに溢れた輝かんばかりの笑顔。濃い藍色の髪と目、色気のある独特の雰囲気。歩乃花はここにいるはずのない人物の登場で呆気にとられた。


「な、那刹さんですか?」


「はい、そうですよ」


「嘘!」


確かに口調も容姿も3か月前までいた世界の住人である那刹のもの。

異世界とこちらの世界を行き来する石版があるのは身を持って知っている。しかし彼の出で立ちは襟付きシャツに上質な生地のズボン、どこからどうみてもこちらの世界の人間だ。どう考えてもおかしい。


「どうしてここに!?」


「もちろん貴女に会いたかったからですよ、蘭花さん。いえ、今は歩乃花さんでしたね」


相変わらず歯の浮くような台詞を吐く彼に、2人は絶句して顔を見合わせた。そんな彼女らにクスリと余裕のある笑みを浮かべて那刹は続ける。


「実はあれから何度か石版が使われたのですがね、どうやら少々使いすぎてしまったようで、“穴”が空いてしまったんですよ」


「穴・・・って、こちらと向こうが繋がっちゃったってことですか?」


「ええ、そうです」


それって大問題なのでは、と青い顔になる歩乃花と幸子。銃で国が傾きかけたのだから、それこそ頻繁に異物が持ち込まれれば前回の騒ぎどころの話ではない。


そんな彼女たちの心中を察して、那刹はすぐに説明を始める。


「大丈夫ですよ。穴はきちんと警備が敷かれていて人の行き来を我々が管理していますから。

それでついでに、こちらでも商売を始めてみました」


冷やし中華はじめました、くらいの軽いノリで言い切る那刹。確かに彼は向こうの世界でも大きな権力を誇る人物ではあるが、異世界で商売を始めようなどというバイタリティには天晴だ。そしてベンツを乗り回しているところを見ると、やはり商売は繁盛しているに違いない。


「ね?これからはいつでも会えますよ」


ふふふ、と艶めいた表情で嬉しそうに笑う彼に、歩乃花は下手な愛想笑いで返事をする他なかった。




















玉闇が戻って来た。そう咲が瀧蓮から聞いたのは、季節が2度ほど移り変わった頃のことだった。

溜まっている仕事はすべて放って、咲は後宮の一室を駆け足で目指す。


「冥昌さーん!!!」


バーンと大きな音を立てて開いた扉の向こうには、長い髪を垂らして寝台に横になっている女性の姿があった。くっきりと濃い化粧、まるで人をあざ笑うかのようなその視線。懐かしさのあまり咲は感激して涙目になる。


「相変わらず騒がしいね、こちらの世界は」


「お帰りなさい。・・・そして退院おめでとうございます」


「それはどうも」


真っ赤に塗られた唇を三日月のようにして怪しく笑う玉闇。咲は嬉しさと同時に、瀧蓮から聞いていたほど機嫌が悪くなくてほっとした。


「具合はどうですか?向こうで何か変わったことはありませんでしたか?」


「別になにも、問題ないよ」


「冥昌さん・・・・何かいいことでもありました?」


完璧な返答に咲はちょっとだけ不安を覚える。彼女の機嫌がいいのはとても良いことだ。しかし今の玉闇の機嫌の良さは、動乱で玉座の間に居た彼女のテンションに通じるものがある。他人の不幸が楽しくて仕方ないといった、目をぎらぎらと輝かせて恍惚の表情をしていた、あの玉闇に。


そう、すべては彼女の手のひらで転がされていたに過ぎない。反乱を起こした大尉も三足長も、そして咲たちも。ただの暇つぶしという名の歪んだ遊び。

しかしそれが終わった今、彼女の胸をときめかせるようなことは無くなったと思っていたのだが。


「さあね」


否定をしないということは、やはり何かあるのだろう。咲は玉闇の新しいターゲットに心の底から同情の念を送った。


ちょうどそのとき、バーンと再び大きな音を立てて部屋の扉が開かれる。


「冥昌!!帰って来たんだって!?」


新しい客人の正体は子供のように表情をきらきらと輝かせた尚泉。咲は慌てて立ち上がるが、彼は気にしない気にしないと顔の前で手を横に振る。


「病気治ったんだってね、瀧蓮から聞いたよ、おめでとう。

石版も戻って来たし、一件落着だよね」


めでたいねえ、と尚泉は笑顔を振りまく。以前ならば面倒そうに対応する玉闇だが、今日の機嫌のよい彼女の対応は一味違った。


「そうだねえ、なにもかも順調さ」


さすがに驚いた尚泉は目を丸くして玉闇の顔を覗き込む。


「え、なに、何があったの?」


まさか治療の間に人格変わっちゃったんじゃ、なんて呟いて咲の方を見るものだから、彼女も肩を竦めて首を傾げるしかない。

玉闇の方はクスリと笑って目を細めた。


「別になにもないよ。

そんなことより、尚泉、約束の物は渡してもらうからね」


「あ、うん、まあそうだね、うん、すぐに用意する」


急に歯切れの悪くなった尚泉の返事に何事かと咲が問えば、玉闇は得意げに話し始める。


「依頼の報酬さ。この私を使って石版探しをしたのだからね、国庫が多少寂しくなっても当然」


「あー、なるほど・・・・」


どんだけ掠め取るつもりなんだこの人は、と遠い目をする咲と尚泉。こういうところはやはりさすがの玉闇も変わらない。


ところで、と話題を変えて玉闇は咲の方を向いた。


「葵杏、結婚したそうだねぇ、おめでとう」


「あ、ありがとうございま・・・す」


「ああ、そうだ。結婚祝いに向こうから持ってきたんだよ、新しい衣」


やっぱりおかしい。無情で残酷なまでに意地悪な玉闇はいったいどこに行ってしまったのだろう。向こうの世界で彼女に何が起こったのかと、咲と尚泉は目が点になったまま顔を見合わせたのだった。







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