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天高く龍出づる国ありて  作者: 伊川有子
11話・闇の四帝
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(2)

玉闇が持っているものに、敵のみならず尚泉までもが驚いでいた。


それは三足長が持っているものと全く同じ石版。いや、おそらく彼が持っているものは偽物であろう。だとすると、三足長は非常に酷似しているレプリカを掴まされていたことになる。


「冥昌、君いつの間にそれ・・・」


そもそも彼女が天上に来たのは石版を探してほしいという依頼を受けたからだ。その依頼を達成したならばさっさと報告してくれればよいのに、と尚泉は玉闇にほとほと困った様子で苦情を申し入れる。


玉闇は小さく笑って目を細めた。


「いいじゃないか、減るものじゃなし。

どうせ最後の手段としてこれを使うつもりだろうことはわかってたからね。その前にすり替えさせてもらった、それだけさ」


玉闇の言う“それだけ”にどれだけ周りが振り回されたのだろうか。

尚泉だけではない、それ以外の人々も同じ心境だったらしく脱力してしまう。


そしてそれから、彼女は驚くべき行動にでる。


石版を持った手を前に出し、手からそれが滑り落ちる。地面に着くまでやけにゆっくりに感じたのはただの錯覚だろう。重力に従って降下する石版を見ていた者たちは、一様に目と口を開いて手を伸ばしかけた。


バリン!!


固い陶器が割れるような音を立て、今発見されたばかりの貴重な国宝は砕け散ってしまった。皆は、特に娘3人組は、三足長も顔負けなほどに真っ青になって言葉も出ない。


「こんなもののために国が大騒ぎするとは情けない話さ。

国宝とはいえたかが石版。ない方が為だよ」


だからって今壊す奴があるか、と一同は心の中で突っ込む。もちろん玉闇が恐ろしいのでそのようなことは口にしないが。


「全く人騒がせじゃの」


後宮の方からふぉっふぉっふぉと場違いな老人が現れ、官吏たちは一斉に硬直した。流れでなんとなくわかっていたのだろう、炎岳や那刹らは動じずに彼を迎え入れる。


「やっぱり来てたのかよ、じじい」


「あなたもようやく重い腰を上げましたか」


四帝の残る1人、李賛。


彼は長く蓄えた白髭を撫でながら、うむ、と三足長を眺める。


疎越(そえつ)、久しいのう。このような形で再会したくはなかったが・・・」


三足長は氏州の出身であり、李賛の教え子の1人だった。身体が丈夫でないものの特に才能に秀でた人物で、李賛は彼に一生懸命教えを説いたつもりだったが、これはあまりにも残念な結果だ。


三足長は後ろめたさからか、あまり視線を合わせられず俯く。


「革命を起こすことが悪いとは言わん。新しい時代を、より良きものを作ろうとするのは素晴らしいことだ。

だがお前たちは空ばかり見過ぎたようだな。その所為で、地上にあるものに目を向けなかった」


四帝を無視していたことが大きな敗因だと暗に指摘され、三足長は反論の余地無く無言のまま。


「私利私欲のために権力を欲することがどういう結果を生むかはよく知っているだろう。そうでなかったとしても、無関係の人々を巻き込んだのは良くないのう」


「先生・・・」


「これだけは言っておく。

いきなり全く違う方向へ舵を切ったところで、それでは意味がない。そっぽを向いているものを無理やり引っ張り続けるのは無理がある。だから時代とは目的の方向を向く者が少しづつ増えて、そうして徐々に徐々に移ろうものなのだよ」


「説教かよ、じじい」


「わしには何もしてやれんが、最後の道義を説くことはできるさ」


炎岳の嫌味にもふぉっふぉっふぉと明るく答える李賛。さてと、と彼は踵を返した。


「これ以上教え子が罪を犯すところは見たくないのでの。あまり老いぼれを苛めんといてくれ」


李賛はゆったりとした足取りで来た道を戻り、後宮の奥の方へと消えていく。


場が収まったところで尚泉はポンポンと手を叩いた。


「三足長を捕えよ。疎越、わかっているとは思うが厳罰は免れないよ」


「・・・・はい」


小さいながらもはっきりとした返答を返すと、近衛兵がすぐに取り囲んで腕を拘束する。


そこで一同はドンドンと揺れている扉に気づいて「ああ」と情けない声を出した。そう、ずっと四帝ばかりに気を取られて忘れていたが、未だ扉の向こうは敵の兵がたくさん残っているのだ。外の喧騒は驚きや混乱が多すぎて気にも留めていなかった。


仕方ねえなあ、と炎岳がにやりと笑って大鉈を振り回す。


「いっちょ片づけるか。おめえら、手伝えや」


手が空いている近衛兵を顎で指すと、那刹が南京錠の鍵を取り出して鍵穴に差し込んだ。


「ま、もう少しの間荒れますが、すぐに収まるでしょう」


がちゃりと音を立てて鍵が外れると、扉が勢いよく開いて大量の敵が現れる。


「だ、大丈夫ですかね・・・」


「ええ、大丈夫ですよ」


那刹は怯える娘にニコリと笑みを浮かべ、愛する女性に少しでも良いところを見せようと自らも剣を抜いた。




















なんとか日が暮れる前に混乱を収めることができた。

一仕事を終えた炎岳はふうと腕で額の汗を拭い、共に敵の粛清をしていた瀧蓮の肩をぽんと叩く。


「おう、久しぶりだな」


「ああ」


「なになに、炎岳さん御史大夫とお知合いなんですか?」


ささっと現れたのは、味方兵に手拭いを配っていた咲。はいどうぞ、と2人にも手渡す。


「わりぃな。まあ、知り合いっていうか兄弟だ」


「ああ、兄弟なんです・・・――――――かああ!?」


「似てなさすぎでしょ」


咲の手伝いをしていた幸子も半笑いで口を挟む。


髪の色は赤と濃い紺で真逆だし、顔の造りもいかにもガラが悪そうな炎岳とは対照的に瀧蓮は清廉潔白とした真面目そうな男だ。どこをとっても瀧蓮と炎岳は似ても似つかないし、言われても信じる人間は少ないだろう。


しかしひとつだけ共通点があったか、と幸子は思い直す。


「でも女性の趣味は一緒みたいですね」


ピシっを空気が切り裂かれるような音を立てて寒々しい風が吹き始めた。

話の要領を得ない咲は首を傾げて問う。


「え?どうして?」


「だって瀧蓮さん、ずっと玉闇さんにべったり引っ付いてたし、絶対恋人でしょ。

炎岳さんは玉闇さんのこと毛嫌いしてたけど、それって昔なんかあったんじゃないですか?実は前から怪しいと思ってたんですよね。玉闇さんの話題出すと露骨に機嫌悪くなるから」


嬉々として推理する幸子だが、反応に困る咲は険悪な雰囲気に冷や汗をかきながら愛想笑いを零す。瀧蓮は思いっきり炎岳を睨んでいるし、炎岳は考えたくもないといった表情で元々恐ろしい顔をさらに恐ろしくしていた。


とにかく話題を逸らしたくて辺りを見回せば、琥轍と玉闇が何やら話し込んでいる。


「琥轍、どうしたの?」


しめた、とすかさず間に割り込むようにして会話に加わる咲。何事かとそのまま炎岳らもぞろぞろとついてくる。


「葵杏か。いや、ちょっと石版の件で・・・」


琥轍はぶすっといかにも不機嫌顔で答えた。ああっ、と咲も思い出したように悲痛な声を上げる。

そういえば先ほど玉闇はみんなの目の前で石版を豪快に割ってしまったのだった。石版が無ければ幸子や歩乃花は向こうの世界に帰れない。


「そうですよ、どうして割っちゃったりしたんですか冥昌さん!あ、冥昌さんじゃなくって玉闇さんなんでしたっけ。

とにかく!これじゃあ幸子たち帰れないじゃないですか!」


そうだそうだ、と幸子と炎岳が加勢して問い詰める。


玉闇は扇でゆっくりと自身を仰ぎ、涼しい顔をしてなんでもないように言った。


「別に、気が向いたから」


「お前相変わらず性格ひでえな!」


「なんて自分勝手なんですか!」


「あー・・・」


ぎゃーすかぎゃーすかと抗議しているのは炎岳と幸子。

彼女の今までの所業を幾分か経験している咲は、そうだ玉闇はそういう人だったと思わず一度天を仰いでからガクリと大きく頭を下げた。


しかし、玉闇から視線を逸らしたのは大きな間違いだった。咲が立ち直って再び頭を持ち上げたときには、男がすでに玉闇の背後まで接近していた。

走馬灯のように脳裏に浮かぶのは、意識を失って閉じ込められる前に見た、自分を襲った前僕の男たちの姿だ。取り囲むように迫って来た彼らのうち1人が、今すぐそばに来ている。


「め、冥昌さん後ろ――――!!」


咲が叫ぶや否やパアン!と火薬が弾ける音が鳴り響いて玉闇の身体が崩れ落ちる。


男は両手で銃を持ちながらも、ガタガタと大きく全身を震わせて顔色を失っていた。


悲鳴や叫び声のようなものが上がり、たちまち周囲から人が集まって男に圧し掛かるようにして拘束する。

玉闇の周りもあっという間に人で埋まり、焦った様子で口々に同じことを言う。


「なんだこれは・・・」


「これが傷か。どうやって治療すればいいんだ?」


「見たこともない武器だな」


「っ!どいて!どいて!!」


我に返った咲は慌てて人ごみをかき分け、中心にいる玉闇の傍で膝をつく。彼女を抱きかかえている瀧蓮はショックのあまり言葉も出ないようで、ただ呆然と目を閉じて動かなくなった玉闇を見つめていた。


武器の正体はもちろん銃だ。向こうの世界のものとはいえ、医療に明るくない咲や幸子にはどう対処してよいのかわからない。


「おい!玉闇!!」


動揺の表情で炎岳がバシバシと乱暴に玉闇の膝辺りを叩いているが何の反応もなく、むしろ顔からどんどん血の気が引いていくばかり。

咲が急いで彼女の手首を掴み脈を確認してほっとするも、打たれたのはちょうど脇腹の辺りらしく、このまま放っておけば死んでしまうのは確実だ。


「医者!医者に診せないと!」


「でも咲、この国の医療じゃ無理だと思う・・・」


幸子の最もな言葉に咲は他になにか最良の策はないかと思案する。


石版を使って異世界に連れて行ってしまえばそれが確実だと思うが、さっき玉闇自身の手によって破壊されたばかりだ。


「石版さえあれば・・・」


咲の呟きは小声ながら周辺の人々の耳にまで届いた。


急にヌッと黒づくめの男が表れて、どこも欠けていない完全な石版を差し出す。


「玉闇様のご命令でお預かり申しておりました。主の命を救うためにお使いください」


「えっ!!これが本物!?」


ぎょっとして石版を見つめる人々。三足長の所持していた石版が偽物だったため玉闇のものが本物だと思い込んでいたが、どうやら破壊されたのは偽物だったらしい。そして影人に本物の石版を持たせていたようだ。


一刻も早く医者に診せたい咲は早口で捲し立てる。


「異世界で医者に診せましょうよ!そしたらちゃんと治療できると思います!少なくともこちらの世界にいるよりずっと――――」


咲が最後まで言い終わる前に、瀧蓮が影人から石版を乱暴に奪って読誦し始めた。途端にパアッと石版の周辺が淡い光を放ち、だんだん光の強さが増していく。


成功だ。


「みんな離れて!」


それぞれが一歩後退するや否や、あっという間に玉闇らの身体は石版へと吸い込まれるようにして消えて行ってしまった。




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