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天高く龍出づる国ありて  作者: 伊川有子
8話・咲の告白
34/49

(3)



咲はあまりにもショッキングな場面を目撃し、しばらくの間は呆然としていた。例え玉闇の相手が片想いの人ではなくても、彼女には少々刺激が強すぎたらしい。


激しく悩んでいた恋の葛藤も、故郷への恋しさも、琥轍が御史台であったことも、すっかり全部頭から抜け落ちてしまった。その結果、逆に気持ちが吹っ切れ、皮肉にも咲の心情は安定したのであった。


なにはともあれ、突然のショック療法によって思いがけず立ち直った咲。

あんなにぐずぐずしていた自分が信じられないほどに今は清々しい気分だ。たかが失恋くらいで仕事に支障が出るほど弱るなんて、自分らしくなかったなあと今では反省している。


「咲?何かいいことでもあったの?」


首を傾げながら歩乃化に訊かれて、咲は手元にあった茶器を降ろして頷く。


「まあちょっとね。

・・・・いや、いいこと・・・・ではないんだけど・・・」


何しろ目撃したのは向こうの世界で言う不倫。

いや、もっとヤバイであろう。なにせ国王の女と国王の息子。架空のお話ではありがちだが、かなり不道徳で危険な行為だ。


きっとのめり込んでしまっているのは瀧蓮の方だと咲は推測する。睦み合っていた時の彼の仕草や目が本気だと語っていた。

傍目から見ただけで顔が真っ赤に茹であがってしまうほどに、瀧蓮の情熱は真直で分かりやすい。


一方で玉闇は、その情熱を受け入れてはいるものの返してはいないようだった。彼女の性格上、誰かを深く愛するということはなさそうだ。

はっきり言って、咲の片想いよりもずっと不毛。


「可哀そう・・・・」


同情を禁じ得ない咲に、2人揃って小首を傾げる歩乃花と幸子。咲は苦笑いをこぼして首を横に振る。


「ああ、こっちの話。それより・・・」


咲は3人で囲んでいる丸テーブルから視線を離し、言い争っている2人の方を向いた。


「だからそれじゃ間に合わねえって言ってるだろ!?」


「しかし事の発端がわからない以上他に方法はないでしょう?」


「どんだけ時間がかかると思ってんだよ!」


頭に血が上っているらしい炎岳と、厭味ったらしく応酬する那刹。いつまでたっても平行線を辿る言い合いに咲が宥めに入ろうとしたが、幸子が手をひらひらと横に振る。


「やめときなって。心配しなくても根本的に気が合わないから仲が悪いんだよ」


「それって心配することなんじゃ・・・」


「四帝同士だからじゃない?李賛さんが四帝は普通お互いに不介入らしいよ」


「うーん・・・かなあ」


もう一度2人の方を向き、ため息を吐く。このままでは話が纏まらない。


まあまあ、と3人娘に笑顔でお茶とお菓子を進めるのは峯州大守の北葉。


「気にしなくても大丈夫ですよ。彼らは仮にも四帝。やるべきことはやりますし、彼らの力は我々この国の国民皆が保証します。

これは大変珍しいお菓子ですよ。さ、どうぞ」


お餅のような柔らかいものを切り分けて配る彼に、咲は小皿を受け取りながら口を開いた。


「四帝ならもう一人、たしか情報屋さんが居ましたよね。その人を頼ることはできないんですか?」


北葉は少し難しい顔をして答える。


「確かに情報屋ならそれなりの情報は所有しているでしょう。おそらく我々よりも幾分かは。

しかしそう簡単に教えてくれる方ではありませんし、少々癖のある御方ですから。一応聞いてはみたのですがね」


「あんまり教えてくれなかったってことですか?」


「ええ」


「同じ四帝なんだから協力してくれればいいのに」


炎岳と那刹は国の危機に立ち上がりここまでやってきた。もう一人の四帝・李賛も地上で情報集めに終始し、手紙で有益な情報を送ってくれている。

だとしたらもう一人の四帝にも手伝ってもらわなくては、なんとなく不公平じゃないか。


咲が不満そうに言うと、北葉は困ったように笑った。


「確かに情け深い方ではありませんが、傾く国を見過ごすような方でもありません。彼女にも事情があるはずです」


「そうですか・・・。

じゃあやっぱり陛下の返事待ちですね」


「冥昌さんがちゃんと伝えてくればいいけど」と独り言のように呟く咲。隣の席でその声が自然と耳に入って来た幸子は、餅を口に運びながら咲に尋ねた。


「その冥昌って人、誰なの?」


「私がここで働けるように陛下と話をつけてくれた人なの。後宮にいるんだけどね」


「へえ・・・後宮かあ・・・」


具体的な想像はできないが煌びやかなイメージだけは漠然と浮かび上がる。


「やっぱり、咲ってすごいんだねえ。

私も一度でいいからお姫様みたいな格好してみたいなあ」


「蘭花さんのお願いであればいつでも叶えて差し上げますよ」


夢見る口調で可愛らしい発言をする歩乃花に、すかさず那刹が会話の間に割って入った。

顔を覗き込まれて顔を真っ赤にする彼女に、傍観していた咲と幸子は呆れたようなため息を吐く。


「すごいのは四帝を従えてる歩乃花の方よね」


「同感」


「違うよ、那刹さんが優しいだけだよ!」


顔を赤らめたまま抗議する歩乃花だが、2人はぶんぶんと一斉に首を横に振った。

那刹が甘やかすのは歩乃花限定なのだ。彼女以外には優しくする義理もないといった態度で、基本的に全て傍観している。


傍から見れば好意があると一目瞭然だが、何事にも鈍感な歩乃花は全く気付いていない。


「どこもかしこも、上手くいかないものなんだねえ・・・」


大きなため息と共にしみじみ言う咲に、幸子と歩乃花は再び揃って首を傾げたのだった。

















瀧蓮と玉闇の秘密を知ってしまった琥轍は途方に暮れていた。


一官吏として、御史台の人間として、この不祥事は国王に報告しなければならない。しかしあまりにもその不祥事が大きく、そして意外なものであったためなかなか決心がつかないのだ。


このままでは秘密を抱えたままずるずると無駄に時間だけが過ぎてしまう。精神的にもよろしくない。


さっさと報告してしまおう。そう思って一歩踏み出すも、それ以上は足が動かず琥轍はガクリと肩を落とした。

こんな時でも働く上司への忠誠心に嫌気がさす。


部屋に留まっているのも落ちつかず、彼が意を決して向かったのは国王の執務室では無く御史大夫の部屋。

軽く頭を下げて室内へ入れば、そこには昨日の出来事など一切なかったかのように黙々と執務をこなす瀧蓮の姿があった。


「失礼します・・・、長官」


「なんの用だ」


「妾の件で・・・」


不義の話題を遠まわしに始めると、瀧蓮は俯いたまま視線を動かして琥轍を睨む。その鋭い眼光に琥轍は一瞬怯んだが、なんとか視線を反らさずに見つめ返した。


「忘れろと言ったはずだが」


「納得できません、ちゃんと説明してください。何故あのような女に・・・」


「お前には関係ない」


「関係あります」


琥轍はきっぱりと言い切った。


「俺も御史台の人間ですから、不正を見逃すことはできません。

・・・それに、あの女と葵杏に接点がある可能性もあるから・・・」


同じ時期に王宮へやってきた玉闇と咲。

2人に接点があるのならば、玉闇と瀧蓮の関係が表に出た時、咲にも直接的な被害が及ぶ可能性がある。警戒心のない無防備な彼女を守ると決めたのだ。官吏としても男としても看過できない。


本気だと通じたのか、瀧蓮は小さなため息を吐いて口を開いた。


「陛下に不義を訴えたいのならば訴えればいい」


「まず間違いなく、死罪かと・・・」


「覚悟はできている」


あっさりと言い放った言葉に眉間を寄せる琥轍。


「陛下は孤児だった長官を拾って育ててくれた恩人じゃないですか。その陛下を裏切っているのですよ?」


「ああ」


「・・・・・」


固く揺るがない瀧蓮の意思。自分が何を言っても無駄なのだと悟り、琥轍は黙り込んで俯いた。


玉闇の性格から察するに、彼女は瀧蓮に対して本気ではない。平気で人をからかい弄ぶような人間なのだから、瀧蓮についてもいい玩具という認識しかないだろう。

愚かだと思うと同時に瀧蓮が不憫だ。


瀧蓮は琥轍が考えていることをなんとなく察したのか、至極不快そうな顔で口を開く。


「言っておくが、俺は自分を不幸などとは思っていない。同情は不要だ」


琥轍はゆっくりと頷き、顔を上げてしっかりと視線を捉えた。


「長官、俺がこのことを黙っている代わりにひとつお願いがあります。

葵杏の調査の件を、しばらく保留にしていただけませんか」


ただ秘密を知って動揺するだけ、琥轍はそんな男ではない。転んでもただでは起きない精神をみっちりと仕込まれた御史台の人間なのだから。


瀧蓮は薄く嗤って反論する。


「お願いではなく脅迫の間違いだろう」


「長官だって妾の調査を滞らせてるじゃないですか」


「言うようになったじゃないか」


「お陰様で」


互いの鋭い視線が交わり、どちらも一歩も引かない雰囲気が漂う。しかしバチバチと火花が散りそうなほどの睨み合いも、やがて瀧蓮の方が折れた。


「・・・わかった、好きにしろ」


「ありがとうございます」


その瞬間、琥轍の中で引っかかっていたものがすっと消え去り、彼はようやく気付いた。自分が動揺していたのは瀧蓮のことだけではなく、咲のことも含まれていたのだと。


口づけを目撃したのは、泣きながら逃げだした咲を追いかけた矢先の出来事。

彼女にどういう事情があれど、琥轍が咲を傷つけてしまったことに変わりはない。知りたいことがたくさんある。しかしそれよりも先に、まずは謝らなければ。


わだかまりがとけた琥轍は踵を返し、部屋を出て頭を下げる。


「では、失礼します」


「待て」


そのまま咲の部屋へ向かおうとした彼は瀧蓮に呼び止められて足を止めた。


「なんでしょう」


「・・・気をつけろ」


琥轍は目を丸くする。今まで数多くの任務をこなしてきたものの、こう言った気遣いの言葉をかけられるのは初めてだ。


なんとなく嫌な予感を感じたが、優秀な官吏はあまり多くを語らないもの。琥轍はもう一度頭を下げて、今度こそ咲の下へ向かうべく人気の無い廊下を歩き出した。





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