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天高く龍出づる国ありて  作者: 伊川有子
6話・龍神の国と山賊
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(2)




炎岳の言っていた通り気合いでなんとか着替えることのできた幸子。腕の裾を捲り上げて少し部恰好ではあったが、借り物なので文句は言えない。

そして今、目の前の円卓には見たこともない果物や何の動物か分からない謎の肉が美味しそうな香りを放っていた。


「さあ、どんどん食え」


いささか抵抗はあったが、幸子は炎岳に進められて恐る恐る箸をつける。見た目の予想に反して味はとてもあっさりして食べやすい。意外と美味しいと分かると、お腹が空いていたのか彼女の端はどんどん進んだ。

向かい側に座っている炎岳も豪快に笑って、彼女から貰ったスナック菓子をつまみ始めた。2人きりの小部屋にボリボリと音が響く。


「さっきのヤツも美味かったがこれも美味いな。なんて名前なんだ?」


「それはポテトチップスです。じゃが芋をスライスして・・・・あ、じゃが芋ってこの世界にもありますかね?」


「おう、あるぜ?」


「じゃあこちらの世界でも作れるはずですよ。じゃが芋をスライス・・・薄切りにして、油で揚げて塩を振るだけですから」


「そんなに簡単なのか!?

そうか、ならこれを使って店を出すこともできそうだな。かなり儲かるはずだ。問題はこの薄さをどうするか・・・よほど器用じゃなきゃ難しいぜ」


炎岳は興奮した様子でぺらぺらと話し出す。真剣に出店を考えているらしく、幸子は山賊が笑顔でポテトチップスを販売している姿を想像し、その奇怪さに顔を青くした。


「ちょ、ちょっと炎岳さん?マジで?」


「マジだ。山賊もある意味商売人だからな」


「えええええ!?」


幸子は目を見開いて大きな声を上げる。山賊と言えば村を襲って金銀財宝を奪う悪い奴らではなかったか。それともこの国で言う山賊は向こうの世界の山賊と違うのだろうか。


「人を襲ったりしないんですか!?追い剥ぎとか!」


「あんまりしねえな。無差別に人を襲ったら役人共がうるせえから」


「ははは・・・・」


役人の命令を聞く山賊、あまりにもシュールだ。概念を覆されて乾いた笑いを洩らす幸子に炎岳は片眉を上げて話を続ける。


「もちろん逆らう奴がいたら容赦しねえぜ?村を襲うことだってある。

が、基本俺たちは護衛や暗殺を生業としてるんだ。暴力沙汰に関してはほとんど俺らが関わっているといっても過言じゃねえ。他に大きな仕事は妖魔退治だな」


「妖魔なんているんですか!?怖っ!」


妖魔という穏やかではない単語に、幸子は平和な故郷が恋しくなってきた。元気を無くした彼女を、炎岳は頬を人差し指で掻きながら慰める。


「あー、まあそう落ち込むなや。俺が責任もって異世界に送り届けてやるから」


「はい・・・。

あの、炎岳さんが最初に異世界人って聞いた時にあまり驚いてませんでしたけど、異世界人って私以外にもいるんですか?」


「さあ、聞いたことねえな。

だがこの国には異世界にまつわる伝説が多くある。大概がニセモノだが、中には本物もあるかもしれねえだろ?別に異世界人が居ようが全く不思議じゃないからな」


「じゃあ、あまり役に立ちそうな情報は無いんですね・・・」


「大丈夫だ!約束は守る!」


慰めたつもりが逆効果になってしまい、炎岳は慌てて声を張り上げた。自信満々に言い放つ彼に幸子は小首を傾げる。


「何かアテでもあるんですか?」


「そうだな、こういうことに詳しい奴が居る。が、俺はできるだけあの女とは関わりたくねえ。

まずは自力で探すさ。手始めにお前が見つかった場所から、だな」


ニヤリと笑う炎岳。幸子は口の中に残っていたものをごくりと飲み込んだ。















食事が終わると幸子は外に連れ出された。家の中はとても人工的だったが、一歩外に出れば壮大な自然が広がっている。道らしい道が無かったので、幸子には10分で迷う自信があった。足場は不安定で歩き辛く、むせかえるような草の匂いに彼女は顔を顰める。


「ものすごく・・・その・・・、野性的ですね」


「山賊だからな。どこのアジトもこんな感じだ」


通りやすいように行く先々の枝をバキバキ折りながら前を進む炎岳。幸子は彼の返事に疑問を覚えて訊ねた。


「どこのアジトも?

炎岳さんのアジトって他にもあるんですか?」


「他にもじゃねえ、この国の山賊のアジトは実質全部俺のもんだぞ?

俺はこの国内全ての山賊の頭だからな」


「はいいいいいぃぃぃぃぃ!!?」


国中の山賊を従えているという事実に、彼女は目を点にして絶叫した。家の大きさから部下はせいぜい30人程度だと勝手に思っていたが、とんでもない人だったらしいと今更に気付く。

しかし振り返ってみれば炎岳の発言はやたら自信に溢れていた。さらにアジトは貴族の屋敷の如く豪華でお金に困っている様子は全く無くかった。やっとその理由が理解できて、幸子は青くなりながらも大きく頷く。


「なるほど、それで・・・」


「山賊全てが集まれば国軍にも匹敵する戦力になるぜえ?だから国も俺たちを野放しにしてる。

国民としても、依頼すれば妖魔を退治してくれる俺たちを頼ってる状態だからな。必要なのさ」


「国の兵士さんが倒せばいいんじゃないんですか?妖魔」


「そりゃ難しい話だ」


ほらよ、と炎岳は幸子の腰を掴み、男性1人分の高さはある大きな岩の上に乗せる。彼女は腰を低くしたまま足元の岩に張り付いたが、後から自力で這い上がって来た炎岳に腕を引っ張られて立ち上がる。


不安定な足元と崖下の光景に足を震わせる幸子には、どこまでも続く広大な絶景に感動する余裕はない。その様子を見ていた炎岳は転ばないようにがっしりと彼女の肩を掴んで引き寄せた。


「見てみろ、あっちに国の中心がある。ここからじゃ遠くて王宮は見えねえが」


炎岳が指差した方角には小さな村落が点在しており、遠ざかれば遠ざかるほど山が減って整地されているのが分かる。


「国の中心に王宮がある。そのお膝元に国軍がある。妖魔が出るのは国の端だから、とてもじゃないが間に合わねえ」


「じゃあ端っこに軍を配置すればいいんじゃないですか?」


「その通りだが国軍ってのは治安を維持するためのものじゃねえ、国王を守るためのもんだ。民を守るのは州軍、この州なら氾州(はんしゅう)の軍隊だ。

ところが州軍ってのは徴兵された一般市民だから、妖魔を倒せるような実力も技術もねえ」


「なるほど・・・」


治安を維持するという観点で、悪い人を捕まえたり警備をする分には一般市民でも通用する。しかし妖魔という強く恐ろしい生きものを退治することに関しては、山賊の熟練されたプロの力が必要なのだ。


ところが幸子の疑問は尽きない。もし山賊のような強力な力が治安の維持に必要不可欠ならば、それに見合う軍隊を作ってしまえばいい。その方が山賊に報酬を払うよりも安く済みそうだ。


「作ればいいんじゃないですかね、州に強い軍隊を」


「それはだな・・・」


炎岳は身体を翻すと、今度は逆方向を指差して口を開いた。


「反対側、あの先の尖った高い山が見えるだろ?」


「はい」


炎岳が言うのは日本ではお目にかかれないような、それこそ中国の秘境でしか見られないような変わった形の山だ。


「あれより向こう側は国の外だ。妖魔が溢れかえってる。

龍神の加護があるから妖魔は国の中には入ってこれねえ。稀に迷い込んでくる奴もいるが、基本的には国内に居れば安全なんだ」


「すごい、本当に神様が居る国なんですね」


「そうだ。だが、一歩でも国の外に出ればそこは妖魔の世界。山だろうが海だろうが途端に食い殺されちまう。だからこの国は外からの侵略を受けることがない。外に出ることができないから、他に国があるのか無いのかも分からねえ」


「あ・・・・」


そこで幸子は気付いた。この世界には他国から侵略を受ける危険がないのだと。そうなれば危険なのは、むしろ外より内の敵。


そう、脅威となるのはそれぞれの州に設置されている州軍なのだ。


「そりゃあ、強い軍隊なんて作れませんよね。軍事力を持てば国に逆らって内戦が始まってしまうかもしれない」


「その通り。州軍に必要以上の戦力を持たせるわけにはいかねえから、結果妖魔は倒せねえ。

妖魔自体もそうぽんぽんと現れるもんじゃねえから、偶に出たら依頼するだけで事足りるのさ」


「はあ・・・」


妙に感心してしまった幸子。国にも黙認されているような巨大な力を持つ炎岳なら、本当に帰る方法を探し出せるかもしれない気がしてきた。

炎岳は腕を組んで得意げに笑う。


「この国には俺の他にも3人、影で国を動かせるような力を持つ輩がいる。総称して“闇の四帝”と言う。もちろん俺も四帝の1人だ」


「他に3人も!?」


「おう。さっき言ったこういうのに詳しい奴ってのも四帝の1人、情報屋だ」


「情報屋さん!?じゃあその方に訊けば・・・!」


幸子は期待を込めて炎岳を見上げたが、彼は苦々しげに顔を歪めて頭を振る。


「さっきも言ったがあの女とはできるだけ関わりたくねえ。そもそもそう易々と情報を寄こす奴じゃねえ。

頼るなら最後の最後の最後の手段だ」


心の底から嫌がっているらしい炎岳に、幸子は何も言えず苦笑した。


「頼るなら情報屋よりもまずは国王だな」


「国王!?無理ですよそんな!」


いくらなんでも一国の王が異世界から転がり込んだ平凡な娘を助けてくれるとは思えず、彼女は素っ頓狂な声を出して首を何度も細かく横に振る。


「まあ普通に考えりゃあ無理だろうな。だが、あの女以外で異世界に関しての知識がある奴といったら、国王の可能性が一番高い」


「いやいやいや、無謀ですって。コネがあるわけじゃないんでしょう?」


「そりゃあ正攻法で謁見するのはどうやっても無理だ。なんたって雲の上の御方だからな」


うんうん、と幸子は首を縦に振る。


「だが他に頼りになりそうな奴がいねえ。異世界人だなんて前代未聞だからなあ」


「他に方法はないんですか?王様を頼る以外に」


「ない」


えー、と幸子は不満の声を漏らした。さっきは自信満々に四帝だのなんだのと言っていたのに、やっぱりちょっと頼りない気がする。特に計画性の無さはとても不安だ。

今日も幸子が倒れていた場所へ調べに行くはずだったのに、何故か2人は岩の上で議論している。無鉄砲というか、彼はやはりどこか抜けているような気がした。


幸子は顎に手をかけると考えながらぺらぺらと話し出す。


「とにかく、今までに前例がないなら国の端っこをうろうろしたって帰れないでしょうね。もしどこかに異世界の扉が開いているなら、私の他にも異世界人が来ているはずですから。

ここが神様や異世界に対する考えがある以上、前例はなくても情報は国の中枢にあるかもしれません。少なくとも山の中をうろうろするよりは生産的かと」


そうだよなあ、と腕を組んだ炎岳は同意した。


「仕方ねえ、やっぱり国王に直談判するっきゃねえな」


「えっ、私が言ったのは図書館とか御老人に話を聞きまわるとかそういう・・・」


「よし!帰って支度するぞ!明朝出発だ!」


「ええええええ!!?ぎゃっ!!」


膝裏を掬うようにして持ち上げられた幸子は四肢をバタつかせたが、炎岳は全く意に介しない様子で横抱きしたまま岩の上から飛び降り、何の説明も無しに道なき道を走り出す。幸子はこれから先も炎岳に振り回されるのだろうと思うと眩暈を覚え、無事に日本へ帰れますようにと心の底から祈った。







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