(3)
幸子は見る物全てに目を輝かせた。通り過ぎる人々、牛車や露店、そして見たこともない建物の数々。良い香りを放っているのは歩きながらでも食べられる手軽な食べ物。大衆向けに作られており、お手頃な値段で素早く食べられるようにできている。
「どこの世界の人も忙しいんですね」
せかせかと足早に歩く人たちを観察する幸子は、しみじみと哀愁を漂わせながらそう言った。馬の手綱を握っている炎岳は自分の前にある彼女の頭に向かって怪訝な視線を寄こす。
「お前の国も慌ただしいのか?持ち物を見た限り、かなり技術が発展してんじゃねえか」
「そりゃあそうですけど、いくら技術があろうと労働の過酷さはあまり変わらないんじゃないですか?
私の国は豊かでしたけど労働時間がとても長くて、中には過労死する方もいるくらいですよ」
「働いておっ死ぬなんて、なんのために働いてんだ」
「まあまあ、そこはいろいろあるんです」
「難儀だなあ」
呆れと同情が混じったような口調で炎岳がそう零したとき、幸子はある一点を見て首を傾げる。それは神社の鳥居のような赤い門構えだが、門が隔てた向こう側の通りには人の姿が見当たらない。かといって豪華な造りの建物が並んでいる向こう側が私有地には見えず、また言い様の無い不思議な雰囲気があった。
幸子は赤い門を指して炎岳に問う。
「炎岳さん、あれなんですか?神社?」
「あー・・・・、あっちは花街だ」
「花街?花畑でもあるんですか?」
「違えよ。その場合の花は植物じゃなくて女、あれはいわゆる遊郭が立ち並んでる特殊な場所だ。
功州の花街は特に有名でな、情報屋のお膝元でもある」
「情報屋さんって、例の?」
幸子は彼が情報屋を毛嫌いしていることを知っていたが、どうしても聞かずには居られなくて訊ねる。予想通り炎岳はまるで一番嫌いな物を見たかのような顔をする。
「そうだ。四帝の1人、花街の情報屋」
「その方も四帝なんですね!・・・・女性?」
「ああ、女だ。美人だぜ?気が効くし賢い。
ただ・・・なんだ、性格が悪いのが玉に傷って奴だ」
「へえ、会ってみたいな」
「止めておけ。言い様に利用されて捨てられるに違いねえ。最後にゃ奪えるもんは全て奪われて身も心もボロボロだ」
「へ・・・へえ・・・」
日本に帰る方法を知ってるかもしれない情報屋。幸子は近くを通るなら会うだけでもと思ったが、あまりに炎岳が顔を青くするものだからきれいさっぱり諦めた。泣く子も黙る山賊の頭が恐れているくらいだ、きっと妖魔よりも恐ろしい人に違いない。
これ以上情報屋の話題で炎岳の機嫌を悪くしないよう、彼女はちょうど花街が見えなくなった所で慌てて話を変える。
「四帝ってあと2人いらっしゃるんですよね?どんな人なんですか?」
「後は意地汚ねえ商売人と老いぼれのじじい。
どっちもいけすかねえ奴らだ。商売人の方は特にな!」
結局、情報屋のみならず他の四帝も嫌いらしいと分かって幸子は苦笑いをした。山賊という仲間意識の強い彼は、身内以外は全て敵とみなしているのだろう。もしくは同族嫌悪という可能性もあり得る。
「そうですねえ、あまり穏やかではない話ですけど、ここは面白い世界ですね」
「そうかあ?」
「はい、とっても!
だってお城が宙に浮かんで・・・・・浮かんで――――――ええええええええ!?」
前方の空に雲の隙間から見える王宮を見て幸子は仰天した。先ほどまでは雲に隠れて見えなかったが、徐々に晴れてきた空には王宮や岩山まではっきりと見える。
彼女の常識では考えられない光景に、半ばパニックになりながら空を指を差すと、もう片方の手で炎岳の裾を掴み激しく揺すった。
「なんですかあれ!!お城が!!空の上に!!
あれが噂の天空の城ってヤツですか!?不思議な石がお城を浮かせてるんですか!?」
「落ちつけ。よく見ろ、ただ山の上に乗ってるだけだ」
幸子のあまりの興奮ぶりに炎岳は落ち着かせようと静かに諭す。もちろん彼女にも岩山はしっかりと見えているが、まるで絵本の中の世界のような光景に興奮は鎮まらない。
「山ってあれが山!?めちゃめちゃ高くないですか!?雲突き破っちゃってますけど!?あんなところに人住めるんですか!?絶対空気薄いですって!高山病になっちゃいますよ!
高いところが好きな人間の心理は分かりますけど限度超えちゃってますから!上から見下ろすにも程度ってものがありますから!よく建設できましたねあんな所に!」
「・・・良く喋るなあ、お前」
「だって炎岳さん!!お城があんな高いところにあるんですよ!もし飛行機が飛んでたらぶつかっちゃいますよ!!」
大げさな身振り手振りを交えながら必死の形相で訴える彼女に、炎岳はすっかり呆れ顔になっていた。周りの人々からの視線も集まっており、彼は頭を抱えてどうしたものかと唸る。
「あー、そうだなあ・・・。とりあえず俺たちには別に不思議とは思わねえ。
どうやって建設したかは知らねえがあれが国の中心の象徴だ。感覚的には地上とは別世界だがな」
「天国みたいな感じですかね?神様の住んでる所?」
「ああ、たぶんそれで大筋合ってるだろ。
あの王宮に居るのは天上人、地の民とは別の生きもんだ」
「天上人って仙人みたいな?」
「仙人とはちと違うがそんな感じだな。
天上人は国と民を治めて、地の民は税を払う」
「じゃあ天上人は政治家なんですね」
納得した幸子は何度も大きく頷いた。
炎岳は人混みが少なくなったところで馬を加速させ、目的の山の麓へ向かう―――――。
山の真下とも呼べる場所へ到着した2人。しかしその周りには州境のように塀で覆われており、天上人が行き来する門には兵士が常に見張っているらしい。
正式な訪問者でない幸子らは当然通してもらえないだろう。
「どうするんですか?」
「飛び越えるしかないだろ」
「ええええ!?」
炎岳は簡単に言いのけたが、塀は炎岳2人分の高さがある。
どう考えても無理だろうと彼女がおろおろしているうちに、炎岳は幸子の腰を掴んで走り出し、一気に塀を飛び越えてしまった。
遊園地のアトラクションよりも恐ろしい浮遊感に真っ青になる幸子。
「ヤワだなあ」
「あんたが無茶なのよ!!」
ぐったり、といった様子で拳を握る彼女に炎岳は笑いながら歩を進める。向かうは階段、天上の入口である。
しかしそこではた、と幸子は大切なことを思い出した。一体全体どうやってこの山を登るのだろうか、と。
目を凝らして見たところ階段以外に変わったものは見られない。スロープもエレベーターも、もちろんない。
「・・・・?どうやって登るんですか?」
「歩くに決まってるだろー」
「はあああああ!?」
あんた馬鹿じゃねえの、といった目で絶叫しながら炎岳を見る。いくらなんでも、この高さを自力で登るのは自殺行為だ。岩でできているこの山では食べ物はもちろん、水すら途中で手に入れることはできないはず。
途中で力尽きる光景が簡単に想像できてしまい、幸子は目眩を起こしながら炎岳に制止をかけた。
「待って、待って・・・。無理ですからね、本当に」
「まあ、自力で上れたら天上人になれるっつー言い伝えがあるくらいだからなあ。デマだが」
「無茶です、無謀です、無理です、有り得ません!他に方法はないんですか!?」
「ない!」
自信満々に胸を張って言いのける炎岳に、幸子の顔色はますます悪くなるばかり。彼の表情には一点の曇りもなく晴れやかで、本気で自力で階段を登りきれると信じているようだ。
「わかってるんですか!?力尽きて引き返せなかったら“死”ですよ“死”!!白骨になるのは御免です!
もう一度よーくこの岩山をみてください!休憩所は!?お手洗いは!?食事は!?」
「わーかってるって。なんとかなる!!」
なんて無計画で無責任な。
返す言葉も見つからず立ち尽くしている間に再び身体を持ち上げられ、俵担ぎされながら幸子は半泣きで絶叫した。
「嫌だああああああああああ!!!」
無事に天上までたどり着けるのかは神のみぞ知る。




