3.人外に現代人の常識を求めちゃいけません その2
「よう、遅かったな。捌いてるところ見せてやりたかったんだがな。ま、次もあるしいいか。一番上手いところやるからよ、ちょっと待ってろ」
着いた場所では薪のはぜる音と肉らしき塊が炙られていた。らしき、なのは臭いとさっきラグードから滴っていた血液を見たからなのと、目の前の肉もどきが緑色なので確定できないせいだ。そして食欲など焚火から2、3歩離れたところにある炙り肉の本体を見てどこかに失せてしまった。
恐る恐る、ラグードに近づいて聞いてみた。
「あのさ、ラグードたち食べたことあるの?」
上手い、などと言っているが、道具が食べることはないのになぜ分かる。
「剣である俺が頻繁に使われる場所といえば戦場だろ。しかも俺が行くような場所は熾烈極まる激戦地だ。食堂なんざあるわけねぇ。だから食いもんも現地調達が原則なわけで、主になった奴の何人かが中々イケるってんで、よく狩ってたから知ってんだ。お、焼けたようだぜ、食いな」
ラグードは自身で塊肉から一部を切り取ると、枝の串に刺してこちらに寄越した。
ここで生きていくには順応しなくてはならないのは分かる。分かるけど、視覚効果と今まで培ってきた常識がそれを阻むのよ。――ええいっ!
ギュッと串を握りしめ、パクリとかぶりついた。
「……」
しっかり炙ったようで多少固いが噛み切れないほどではないし、臭みも山肉を食べたことがある私には食べられる範囲だ。けれど、
「ラグード、お塩とかってない? 味が付いてないから、ちょっと食べにくいよ」
「そうかぁ? あいつらは焼いたらそのまま食ってたから、てっきり火さえ通せばいいもんだと思ってたんだがなぁ」
…それは食べる時間をとるので精一杯の時だったんではなかろうか。
「これだから野蛮な方はダメなのですわ。さ、リンジュ、こちらをお食べなさいな」
ソルジェから差し出されたのは、やっぱりこの場にそぐわない豪華なお皿に綺麗に盛り付けられた緑肉のステーキだった。付けあわせはないけれど、これまた判別不明なドピンクソースもかかってる。
渡されたフォークで一切れ口に運び、噛んだ瞬間、
「グッ、じ、じょっば、ゲホッ、じょっぱい、み、みるちょーらっ、ゲホゲホッ」
ジュワッと広がった海水並みの塩辛さが喉奥をひどく刺激してむせる。口に入れた肉をグラスにもらった水で流し込み、それでも辛さが抜けきれずグラスの水を飲み干した。
「ふぅ~。ソルジェ、これ塩使い過ぎだよ。ちゃんと分量量った?」
「量るも何も、私お料理するのは初めてですの。食材の知識はありますけど、作っているところなど見たことございませんから、適当に使ってみましたの。面白い体験でしたわ」
「…わたしを味見役にしないでよ」
「まぁ、貴女の他に誰が食べることができて?」
まったく悪びれない様子でいるソルジェに、眉間のしわを寄せつつ、
「ここにはちゃんと料理できるアイテムはいないの?」
と尋ねた。
勘弁してよ~、他は妥協できても、食生活が成り立たないのは死活問題だよ。
「私たちはそういった目的で作られてはおりませんから、知識としては持っていても実際に調理を行うには現時点では難しいですわね」
要はできないってことじゃない。
「別に食えるんだから問題ねぇよ。俺が仕留めてやるから飢えることもねえ」
いや、偏食で体調不調になる。そして滞在期間が大幅に延びるじゃない! 早急に何とかしないとまずい。ああ、もう、ここまで常識知らずだなんて…。
いつの間にか辺りが薄暗くなってきていた。
頭がパンク寸前になり、反論する気力が尽きたわたしは食べることに意識を向け、ラグードとソルジェの用意した物を両方口にすることで、ほどよい塩加減にして食べきった。
「ごちそうさま。ソルジェ、食器どこで洗うの?」
「あら、いいのよ。なんだか疲れているようですし、用事があればお起こししますから、休まれてはいかが?」
疲れてるのは全部あんたたちのせいなんだけど。
けれど疲れたと認識した途端、体が鉛のように感じられて、休むこと以外どうでもよくなり、
「そうさせてもらう」
とだけ言って、洞の方へフラフラ飛んで行った。
途中ガーランが何か話しかけていたようだけど、耳から耳へと素通りし、ヨロヨロとベッドへダイブすると目を閉じた。そしてそのまま深く眠りの世界に入っていった。
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