第一話 旅立ち・遭難・タンパク質
20歳の誕生日に俺は死んだ。
生まれつき身体が弱かったせいか、唐突な心臓発作で呆気なく人生を終えた。
思えば虚しい人生だった。
子供の頃から病弱でスポーツすら医者に止められていた。
病室では小説や漫画を読むばかりの日々。
大好きだった漫画の中で大立ち回りをする格闘家や武術家を見て、いつかは僕も!なんて思ってたっけ。
いつかなんて来なかったんだ。
「……生まれ変われるなら、健康で丈夫な身体に生まれて……思う存分……身体を鍛えてみたいなぁ……」
薄れゆく意識の中、恨み言のよう呟いた一言は誰の耳にも届かなかった。
誰にも届かないはずだった。
「貴方の願い、私が叶えましょう」
女神エリーゼだけが、拾い上げてくれたんだ。
第一話 旅立ち・遭難・タンパク質
「お母さん、お父さん……今までありがとうございました!! 最強になって帰ってくるねーーーー!!!!」
この世界にエルフとして転生して早20年。
今では銀髪ショートのナイスバディ(エルフ比)腹筋バキバキ美少女エルフに成長することが出来た。
そして20歳の誕生日も無事に終え、エルフ族伝統の「選択の儀」もこなすことが出来た。
エルフの国に残って生活するか、旅に出て見聞を広めるか選択しろと言われ、私は迷うことなく旅立ちを選んだ。
この日を20年、待ち侘びたのだ。
エルフの国は……絶望的なほど筋トレに向いていない!!!!
主食は豆や野菜、果実と少量の魚のみ。
圧倒的に動物性タンパク質が足りない!!!!
自分で魚を取ったり、魔猪や魔鹿を狩って食べたりもしたけど物凄く効率が悪い。
この世界で物心ついた時に決めた『思う存分、身体を鍛えて最強になる』という私の夢のためにはこの国を出ないといけないんだ。
優しくて綺麗なお母さんと、魔術至上主義のエルフ的には奇行である筋トレを認めてくれたお父さん。
二人と離れるのはとっっても寂しいけど……筋肉のためなんだ!!
私は自家製干し肉や豆類をパンパンに入れたリュックを担ぎ、両親にたくさん手を振りながら大草原を走り出した。
目指すは『国境防衛貿易都市 グランゼル』!!
大きく息を吸って空気中の魔素を取り込み、魔力生成器官である魔臓が大忙しで魔力に変換する。
エルフの魔臓は他種族と比べて圧倒的な性能を誇る。
私、魔術は下手っぴだけど、魔力操作によって肉体強化をするのは大の得意!!
全身を魔力で強化し、思いっきり地面を踏み締める。
私の魔力によって肉体強化された健脚なら、走って1日で着くはず!!
「待ってろ美味しいタンパク質〜〜〜!!!!!!!」
私の筋肉ロードは始まったばかりだ!!!!
〜1週間後〜
「やっと……やぁ〜〜〜〜〜〜っと着いたぞグランゼル〜〜〜〜〜!!!!!」
地図上には真っ直ぐ走るだけで着くと書いてあった。
どうやら現実はそう甘くないようで、山あり谷ありの道を突き進むことになってしまった。
魔術が苦手な私は水も極少量ずつしか出せず、とっっっても厳しい旅になった。
この世界の魔術では、魔力を物質に変える際のイメージが大切なのだが……前世の知識が雑念として混ざって上手く変換することが出来ないんだよなぁ。
食料が底をついた時は焦ったけど、たまたま森の中で巨大魔猪を見つけられて良かった。
肉体強化で力、速さ、硬さが強化された私の右拳でぶん殴り、仕留めることが出来た。
あの肉は中々歯応えがあって良かったな〜……。
「いやいやそんなことより上質なタンパク質!! この街なら美味しいお肉が食べられるはず!!!!」
本来であれば宿探しが最優先なのだが、私にとっての最優先は筋肉だ。
エルフだとバレると変に目立ってしまうので、深くフードをかぶって全速力で市場に向かった。
「グランゼル名産、三足鷄の串焼きだよ〜安いよ〜!」
市場に入るやいなや、神の一言が耳に入ってきた。
エルフの国では飼育すらされていなかった鷄!!!!!
鶏肉が食べられる!!!!!
「お兄さん!!!! 串焼き一本ください!!!!!!」
鬼気迫る表情で銅貨を差し出し、引きつった顔のお兄さんから串焼きを受け取った。
「あぁこれが……夢にまで見た鶏肉……うっ、輝いてみえる!!!!」
なんか後光すら見えてきた。
「いったっだっきまーーーーす!!」
一口食べて、脳が弾けた。
エルフの国で食べてた肉は、あくまで素人の私が処理した猪や鹿の肉。
血抜きも完璧ではなく、肉質も硬くて筋張っていた。
だがこの肉はどうだ?
血生臭さは一切感じず、良質な油の甘みと肉の旨みが口いっぱいに広がる。
私の筋肉からも喜びの歓声が聞こえる。
これが、これが本来の肉のポテンシャル!!!!
20年ぶりの美味い肉!!!!!!
気づけば私は涙を流していた。
気づけば串焼きは全て胃の中だった。
「お嬢ちゃん、うちの串焼きそんなに美味かったのかい!! もう一本サービスするから持っていきな!!」
あまりに感動している私を見て、お兄さんが手渡してくれた。
うっ! お兄さんからも後光がっ!
「あっ、ありがとうございますーーーー!!!!!!!!!」
最大限の感謝を伝え、私は一口一口大事に噛み締めながら市場を散策していた。
あぁ、これが幸せか。
この世界に感謝。
「おい! おめぇちょっとこっちにこい!」
最後の一口を食べようとしたその時、グラサンみたいな物をかけたチンピラが絡んできた。
無視しよう。
「おいおいおいおい! 無視してんじゃねぇよ!! そのフード、おめぇ長耳だろ!」
むむ、ちょっと無視できないか?
長耳とは恐らくエルフの蔑称だろう。
「おめぇが長耳だって周りにバラされたくなかったら……こっちに来い」
そう言って路地裏を指さされた。
「……何のようですか?」
「お前に聞きてぇことがあんだよ、大した時間は取らねぇよ」
怪しい……怪しいがすごく弱そう。
見た感じ魔力も大して感じられないし、筋肉量ももそこそこっぽい。
まぁ何かあれば殴り倒すか。
軽い肉体強化をしつつ、路地裏に入った。
「へっ、案外素直じゃねーか」
「で、聞きたいことってなんですか?」
「……お前、あのクソ薔薇の仲間か?」
くそばら? 豚バラの親戚か?
全く心当たりがない。
「……多分違うと思います」
「あ゛ぁ? 多分ってなんだ! 『狼の牙』舐めんじゃねぇーぞ!! しらばっくれてんじゃねぇ!!」
そう言いながらチンピラが振り回した手が、串焼きに当たった。
油断、慢心、傲慢……私は20年の努力で強くなり、驕っていたのだ。
大切な物を……手放してしまった。
いつでも相手を殴れるよう串の握りを甘くしていたのが裏目に出てしまった。
拾おうとした時にはもう遅く、鶏肉は無惨にも地面に落ちた。
しかも落ちた先には運悪く泥水の水溜りがあった。
あぁ、女神エリーゼ様……なぜこの世はこんなにも残酷なのでしょう。
悲しみが全身を包んだと同時に、沸々と怒りが湧き上がってきた。
「……貴方、自分が何をしたのか分かっているの?」
「あ゛ぁ? 食い残しの肉が落ちただけだろ!!」
魔力を練り上げ、肉体を強化する。
「歯、食いしばってね」
コンパクトな振りで放たれたボディブローはチンピラのレバーに食い込んだ。
「おぐっ!?!? なんしやがっ……てめぇ……うごぁ……ぎぃ……」
言葉にならない呻き声をあげ、チンピラはうずくまってプルプル震えている。
「貴方、さっき『狼の牙』とか言ってたよね」
頭を踏みつけて言葉を続ける。
「貴方のボスがいるんでしょ、連れて行って」
「ぐぅ……てめぇ……」
ぐっと足に力を入れる。
「ぐあぁ!! わ、分かりましたすんませんでした案内しますぅ!!」
「ふん、案外素直ですね」
足をどかしてニコリと笑う。
私のキュートな笑顔を見てチンピラは小さく悲鳴を上げた。
なんて失礼な。
暫くして動けるようになったチンピラは怯えながら、とっても素直に道案内をしてくれた。
「あ、あの……なんでうちの兄貴に会いたいんすか……?」
「なんでって……貴方がいきなり因縁をつけてきて私の鶏肉を落としたんですよ! 部下の失敗は上司の責任! 貴方のボスにも謝ってもらわないと気が済みません!」
「は、はぁ……そうっすか……」
チンピラの案内通りに歩き、入り組んだ路地裏を進んだ先には意外にも立派な建物があった。
看板には『ギルド 狼の牙』とデカデカと書いてある。
「ここにいるんですね、貴方のボスが」
チンピラはこくこくと小さく頷いている。
「さぁ、鶏肉の落とし前……きっちりつけてもらいましょーか!!」
力強く扉を開けると、中にはチンピラっぽい見た目の奴らがうじゃうじゃいた。
そして広間の一番奥、豪華なソファーに腰掛けている右頬に傷のあるオールバックのデカい男……あいつがボスだろうな。
人族にしてはかなり体格が良く、遠目から見ても分かるほどに筋肉質だ。
「あぁ……んだよリグ! またお前が厄介ごと連れてきたのかぁ!!」
ボスらしき男はグラサンチンピラに向かって怒鳴った。
「ヘイ兄貴!! すんません!!!!」
「ったく仕方ねぇなぁ……で、あんたは……驚いたぜ、エルフの客が来んのは初めてだ」
「……私もこんな怪しいとこに来たのは初めてです」
「そうかい、そんで……要件は?」
「……この人がいきなり私に因縁つけてきて、挙げ句の果てに私の串焼きを台無しにしたんですよ」
「……はぁ?」
「とっっっても怒っているんです、私」
「……はっ! そんな理由で来たのかよお嬢ちゃん! で、食いしん坊のお嬢ちゃんは俺に何をして欲しいんだよ」
「別に串焼き100本買えとか無茶なことは言いません! ただ、ボスである貴方からもしっかりと謝って欲しいんです!!」
「……俺は狼の牙ギルドリーダー。このギルドを引っ張っていかなくちゃならねぇ立場なんだ、それは分かるよな、お嬢ちゃん」
小さく頷く。
「まず、うちのもんが迷惑をかけたのはすまなかった」
男がしっかりと頭を下げて謝った。
余りの素直さについ呆気に取られてしまう。
「あっはい……分かってもらえれば良いんです!」
「じゃあこれで要件は終わりだ!はい解散!…… といきてぇが、さっき言ったように俺にも立場がある。あんたみたいな可愛らしいエルフのお嬢ちゃんに喧嘩売られて、素直に謝って帰ってもらうなんて真似は出来ねぇんだ」
ロウはゆっくりと立ち上がり、壁にかけられた大剣に手をかける。
「あんたに恨みはねぇんだがよ……」
片手で大剣を軽々持ち、剣先を向ける。
「構えな」
男の全身に魔力が漲る。
魔臓が比較的小さな人族でも、魔力を扱って肉体強化が出来る者は多い。
「リグを倒したってことはある程度動けるんだろうが……実力の差を思い知らせてやるよ、そしたらこんな舐めた真似は2度と出来ねぇだろ」
むむ……まさかこんな展開になるとは。
「そんなつもりはなかったんですが……仕方ないですね」
全身に魔力を巡らせ、皮膚を筋肉を骨を内臓を魔力で強化する。
拳を軽く握り、半身で構える。
「……はっ、仕方ねぇ? 元からそのつもりだろうが、ワクワクが顔に出てんぞ」
男から感じるチリチリとした魔力、服の上からでも分かるほど鍛え上げられた筋肉。
あぁ……前世で何度も夢に見た戦士同士の熱い戦いが出来る!!
嬉しい、嬉しい、嬉しい!!!!
「……私の名前はエリゼ=ローリエ。エルフ族の戦士です」
「……名前なんて聞いてねぇよ」
「貴方がこの先、困ると思って」
「あぁ?」
「リベンジする時、名前を知らなかったら探しに行けないでしょう?」
「……良い度胸してやがる!! 俺の名はロウ=ガジル!! 後悔すんじゃねーぞぉ!!」
ロウは怒鳴り声と共に突っ込んでくる。
血湧き肉躍る、戦いの時間だ!!




