第4話(最終話):永遠に震える碧い兎
(シオン視点)
身体が、とても軽い。
胸を貫いた矢の痛みも、じわじわと体温を奪っていく死の冷気も、いつの間にか消え去っていた。
視界は、美しく透き通った碧一色に染まっている。
燃え盛っていたはずの炎も、僕を救い出そうと叫んでいた人間たちの怒号も、すべてが奇妙な静寂の中に消えていた。
まるで、世界の時間が一瞬にして止められてしまったかのように。
けれど、その静寂の奥から。
世界で一番美しく、そして切ない「歌声」が聴こえていた。
「――シ、オ……ン……」
それは、彼女が自らの喉を潰してまで守り抜こうとした、本当の声だった。
かすれていて、だけどどこまでも透き通った、震える愛の歌。
(ああ……、なんてあたたかい歌なんだろう)
私の心臓は、すでにその鼓動を止めているはずだった。
手足は凍りつき、私の全身は今や、彼女がずっと恐れていた「青い氷の彫刻」と化している。
それなのに、私の魂はまるで、うららかな春の陽だまりの中にいるように熱かった。
エルザ。
君はうさぎのように臆病で、誰よりも優しい、僕の美しい魔女。
君が僕を殺したんじゃない。僕は、君のその凍える腕の中で死ぬために、君の歌を聴くために、この森へやってきたんだ。
氷の身体となった私は、もう彼女を抱きしめ返すことも、その涙を拭ってあげることもできない。
それでも、私の顔はきっと、最期に彼女を見つめた優しい微笑みのまま固まっているはずだ。
ありがとう、エルザ。
私は君の歌声をその身に抱きしめながら、幸福な、永遠の眠りへと落ちていった。
*
(エルザ視点)
歌い終えた館には、ただ、どこまでも深い静寂だけが残されていた。
私を殺そうと押し寄せていた人間たちは、松明の火ごと、すべて青い結晶の彫刻となって庭に立ち並んでいる。
風すらも凍りつき、この森を脅かすものはもう何も存在しない。
私の腕の中には、世界で一番愛しい人の形をした、青い氷の彫刻。
「……シオン」
冷たい彼の頬に、私の頬を寄せる。
喉から結晶の棘をむしり取った傷口から、もう血は流れない。
代わりに、私の口からこぼれ出る吐息は、二度と誰も傷つけることのない、ただの冷たく静かな冬の風へと変わっていた。
人間たちは、完全に青い結晶と化したこの魔女の森を恐れ、二度と近づかなくなるだろう。
誰にも邪魔されない、二人だけの、永遠に碧い世界。
私は、氷となった彼の首に腕を回し、そっと寄り添う。
私の碧い耳は、彼の冷たい胸へとぴったりと押し当てられていた。
二度と動くことのない、その心臓の音を。
あの優しくてあたたかかった、彼の鼓動の残響を、いつまでも、いつまでも聴き続けるために。
「寂しくないわ、シオン。だって、あなたはこんなにも私の近くにいてくれるもの」
言葉を持たなかった、歌えなかった碧いうさぎは。
静まり返った結晶の館で、愛しい人を抱きしめながら、今も静かに、届かない愛の歌を囁き続けている。
(完)




