第33話「壊して、作る」
答えは、"もっと"ではなかった。"もっと減らす"だった。
その気づきを、シンは次の夜から身体で試し始めた。
身体がいちばん必死に血を作るのは、いつか。――大量に抜かれ、空になった、その直後だ。失った血を慌てて埋め戻そうと、造血の竈が全力で燃え上がる、あの時。ならば、その"空"を自分でもっと深くしてやればいい。竈がこれ以上ないほど激しく燃えるように、底を抉ってやればいい。
シンは大きく抜かれる日を待った。
定期の、大採血。腕からごっそりと血を抜かれ、立ち上がれば視界が白く滲む、あの日。ふらつく身体を引きずって房へ戻り、夜、サイレント・ルームの闇の中でシンは始めた。
空になった身体の、その奥。骨の芯の、暗く熱い場所。造血の竈が、失った血を埋め戻そうと必死に燃えている。血がこれほど激しく作られている、この時だけ。首の刻印の締めつけが、ひとりでにほんの少しゆるむ。まだ封じられたままの力に、たった一つ残された窓――シンは、その隙間へ、数ミリしか動かせない血の感覚をそっと差し入れた。残った血とわずかな力を、骨の芯へ押し込んでいく。もっと燃えろ、と。もっと作れ、と。焚べるように。
――壊して、作らせる。
造血の器を、いったん限界まで酷使して壊しかける。そして、その壊れかけた器が必死に自分を修復しようとする力を、こちらから後押しする。壊れて、作り直す。その"作り直す"働きこそが力を生む。ならば、壊れる底を深くするほど作り直しは激しくなり、器は――少しずつ広がっていくはずだ。
理屈は、そうだった。
だが、身体は悲鳴を上げた。
骨の芯へ力を押し込んだ瞬間、全身が内側から軋んだ。焼けるような痛みが背骨を駆け上がり、頭の奥で白い火花が散る。喉の奥から鉄の味がこみ上げてきた。……こらえきれず、シンは床に血を吐いた。
黒い、塊のような血だった。
意識がぐらりと傾いた。暗い天井が遠ざかり、また戻ってくる。荒い息が闇の中で大きく響いた。シンは四つん這いのまま、ただその荒い息を必死に整えた。
……何も、増えていなかった。
これだけの代償を払って、血を吐いて、意識を飛ばしかけて。それでも、器が広がった手応えはほとんどなかった。あるとすれば、指先で撫でたほどの、かすかな熱。それが、器の縁がわずかに押し広げられた証なのか。それとも、ただの気のせいなのか。……分からなかった。
だが、シンは笑った。
血の混じった唇の端で、掠れた笑いだった。
――手応えは、あった。
ほんのかすかな熱。だが、ゼロではなかった。押し込めば、身体は確かに応えた。壊して作らせれば、器はほんの少しでも動いた。それが分かっただけで充分だった。道は、間違っていない。あとは、これを何百回、何千回と繰り返すだけだ。
闇の中で、ダンが静かに言った。
「……無茶をするな、とは言わん」ダンの声は低かった。「言っても、お前はやめんだろう。だが、覚えとけ。血を吐くのは、身体が"死ぬぞ"と言ってるんだ。その声を無視しすぎれば――お前は、本当に死ぬ」
シンは荒い息のまま頷いた。
「分かってる」シンは言った。「……加減する。ゆっくり壊す。一度に全部はやらない」
ダンはしばらく黙っていた。それから、ぽつりと言った。
「この結界の中でしか、やるなよ」ダンは言った。「外でこんなことをして、血を吐いてみろ。看守がすぐに気づく。"何かをしている個体"だと、目をつけられる。……ここでなら、音も、血の匂いも、力の気配も、外へは漏れん。誰にも知られずに、壊れて作り直せる」
シンは、その言葉の意味を深く受け取った。
この、サイレント・ルーム。これまでは、看守に聞かれてはならない密談の場だった。考え方を、作戦を、この闇の中で安全に交わしてきた。……だが、今夜からそれは変わった。この結界は、シンが世界の誰もやらない危険な鍛錬を、誰にも知られずに続けるための、たった一つの場所になった。
ダンのこの力がなければ、シンの掘削は初日で露見して終わっていた。
その夜から、シンの本当の特訓が始まった。
大きく抜かれた翌朝を狙い、夜、闇の中で身体を壊し、作らせる。血を吐き、意識を飛ばしかけ、それでも、また鍬を入れる。得られるものは、いつも指先で撫でたほどの、かすかな熱。だが、その熱をシンは一つずつ、器の縁に積んでいった。
――壊して、作る。
シンは暗い天井を見上げながら、掠れた声で呟いた。
「壊すほど強く作る。……この身体は、そういう風にできてる」
それは、この世界の誰も知らない、身体の真実だった。生まれで決まっているはずの器が、壊して作り直すたびに、ほんの少しずつ広がっていく。……その途方もない道の最初の一歩を、シンは血を吐きながら踏み出していた。




