強化
最高位、患者の称号をもつ学園長――クラウスは貯めてあった書類仕事を机の上に広げたまま放置していた。上等な質の椅子を味わうように体重を預けながら、虚空を覗く。
そこには、別の場所と繋がった窓があった。
先程置いてきた剣聖の弟分と、才能に恵まれたために英雄になれなかった教師が見える。
魔力測定の頃から繋いでいたこの魔法は、クラウスのみが使う第2魔法――千里の窓だった。
等級によって表されない、魔法の真髄。
クラウスの敷いた法。創作魔法、その二つ目である。
「私はね、諦めたわけじゃないんだよ」
片手で転がしていたボールを握り込む。
広げられた手の中には小さな鳥が呑気に寝転がっていた。
「運命はまだ、君を見捨てていない」
「強化を一度使ってみてくれないかな?」
「? はい、分かりました」
オレはイーヤ先生に言われるまま、腰に下げた折れた剣を抜いて構えた。
そして、あの時を再現するように、剣へ向けて念を送る。
「っと、出来た。これでいいですか?」
ブンブンと振り回すと、折れた剣の先まで伸びるように、光が剣の軌跡を描き始める。
実態は全くないはずなのに重さが増した。
「ああいや、違くて。僕が言ったのは身体強化の方なんだ」
「? それってどんなイメージですか?」
「イメージ……イメージかぁ。そうだな、例えば、握力が強くなってりんごを片手で潰せたり、屋根の上まで跳躍できる脚力なんかが出来たりするよ」
「やってみます」
今度はオレ自身へ向けて念じてみる。
不思議な感じだ。
対象が外からうちへ向いた途端にイメージが曖昧になってしまう。
そもそもどんな魔法の作用で、オレは身体強化されるのか。魔法を纏えば兄ちゃんみたいな動きができるようになるのだろうか。
ズルしてるようで気が引ける。だけど、もう心に決めたことだ。たとえどんな手段を用いようとも。兄ちゃんがいる高みへ上り詰めてやるんだ。
「こう、じゃない。あーなんか惜しいような、でも違う。えっと、外から抑えるんじゃなくて、中から外に出すようにして……」
修正はわりと簡単にできた。
イメージを掴む、よりはイメージに合わせる感覚だった。
理想とする形が保てることがわかれば、もう意識を向ける必要さえなかった。
「……できた」
「あー、なるほど。君は魔法の成功を知らないと思っていたけど、違ったのか」
いきなりなんだ?
イーヤ先生がオレを、というか魔法の状態をみて無表情に考えている。
「学園長が失敗だと言っていたのに、自信満々に成功と言い切ってただけはある、か」
「えっ、オレ強化できてないの!?」
「……? あ、ごめん。違う違う。勘違いさせたみたいなようだけど、ちゃんと強化出来てるよ」
「まじ?」
「マジもマジ、大真面目だ。試しに、ほら動いてみなよ。実感湧くよ」
何やら後ろめたそうな顔をしてるけど、わざわざ問い詰めるつもりもない。
なら、アドバイス通り、確認がてらに魔法の威力を知ってみよう。
まずは軽くジャンプでもするか。
「あっ、そうそう。君の場合注意した方がいいよ。たぶん、それは制御できないはずだから」
「ゑ?」
ちょうど屈伸から伸びて、つま先が離れる直前だった。
普段なら止まれていただろう。だけど、何かオレの体が誰かに操られているように、止まる動きに移れなかった。
そして――。
オレは今日、この日二つの伝説を作ることになる。
ひとつは編入試験で、吸魔水晶を魔法で破壊してしまうという前代未聞の大事故を起こした当事者として。
もうひとつは、天井を突き抜けて空へ打ち上がった変人としてだった。
深夜帯なので実質毎日投稿です