袖延ばし
魔王城に帰ると、他の四天王は直ぐに自室へと帰ってしまった。定時を過ぎたから働き方改革で残業はできないと勝手ないい訳ばかりする。
いつものように玉座の間で魔王様と二人きりになる。外はもう真っ暗だ。せっかくの赤いユニク□の真っ赤なダウンベストは、お腹が冷えるからと言われ、あっさり却下されてしまった。
今日も一日が無駄に終わるのか……。
「魔王様、人間どもは我ら魔族との共存など、ありえないとの考えにございます」
勇者が断言していた。あれは人間どもの心の声なのだ。
「うん」
……うんって……。
「さすれば我ら魔族は一刻も早く、魔族の魔族による魔族のための世界を構築する必要がございます」
――近日中にも人間界へ攻め込み、この世界を我ら魔族の楽園としましょう――。
「うーん」
……うーんって……。
大きな玉座に座り首を斜めに傾ける魔王様。本当になにかを考えていらっしゃるのだろうか。
「魔王様のお考えを教えていただきたい」
「言うのは簡単。やるのも簡単。しかし、難しいことを考えるのだけがすべて先延ばしにしてはおらぬか」
考える事を先延ばし?
「と申されると」
「人間の未来、魔族の未来、この星の未来。全ての均衡が取れているのが現在なのだ」
「現在?」
玉座から立ち上がり、コツコツと木靴で窓際へと歩かれる。
窓に当たり小さく砕ける雪が、外の黒さと対照的で自然の美しさを感じさせる。外は寒そうだ。
「太古から夢を抱いて築き上げてきた結果の未来が現在であり、それが良いか悪いかを判断できる者がおるとすれば、それは太古を知る者達しかおらぬ。人間であれ魔族であれ、自らの幸せのために愚行を犯したとしても、それを判断することは現在の者達には不可能なのだ」
「……たしかに、さようでございます」
「ひょっとすると、未来から来た者達にもできぬ」
「は?」
未来から来た者……?
「タイムスリップして未来から来た者達ですら、真の良き姿と悪き姿の判断などはできぬ。どれほどまでに見方を変え、物事を相対的にとらまえたとしても、その時代の者達の正否で答えがいくらでも変えられてしまうのじゃ」
……未来から見ても、良き姿と悪い姿の判断ができない――?
「さよう。萌え袖が良いか悪いか、現時点では分からず、未来になってもその答えは出ないのじゃ。流行っておれば良きものとされ、廃れていれば一時の過ちとされよう。だがさらに時代が流れれば、また答えも必然的に変わってしまうのだ」
「ちょ、ちょ、ちょっと待って下さい魔王様。いったいなんのお話でございますか」
「萌え袖の話じゃ」
萌え袖に……過去や未来やこの星の行く末を語るのでございますか?
「予は萌え袖という呼び名はいずれ無くなると考える。だが、昔から少しさぶい時に袖の中に手を入れて暖をとっていたのは明らかだ。それを萌え袖と呼ぶかコーブラ~と呼ぶかは別問題なのだ」
コーブラ~って……なんだ。冷や汗が出る、古すぎて。しかも萌え袖ではない。サイコガンには萌えない。
「昔の魔王は悪の権化だった。悪の権化など二流の映画くらいでしか見なくなった。だから現代には萌え袖の可愛い系魔王がいようとも、不思議ではないであろう」
――可愛い系魔王……。
「魔王も時代の流れに沿った進化が必要なのだ。魔王だって引きこもったり、パチンコしたり、ボランティア活動に参加したり……日々進化していくのだ。その過程において萌え袖があっても一切不思議ではなかろう」
「――御意」
「ハッハッハ、さあ今日は久しぶりに風呂にでも入って温まって寝るとするか」
「はっ! いつでも男風呂は沸いております」
深夜、いつものように風呂掃除をしていた。
モンスター達のチヂレ毛がたくさん詰まった排水口の金網を掃除していると、ふと勇者の言葉が脳裏に浮かぶ。
『……だからあんたは、馬鹿なんだよ……』
『褒美も休みも無しで。つまらない仕事ばかりさせられているのだろう?』
『……週七日働いている。月月火水木金金だ』
冷や汗が出る。古すぎて。
『魔王様を倒してその後はどうする?』
『自由が手に入るじゃないか』
平和や共存よりも自由を求めるのか……。
『言うのは簡単。やるのも簡単。しかし、難しいことを考えるのだけがすべて先延ばしにしてはおらぬか』
皆が自由に生きられる世界など……存在するのか……。
七分丈のダッフルコートなど……存在するのか……。
『この、ちっぱい好きめ!』
……。
早く部屋に帰って……寝るとするか。
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