プロローグ 魔術修練所の東西試合
「東軍、ビル・フォード、前へ! 西軍、エイト・シドービ、前へ!」
その号令で、瑛人は柔らかい芝生でできたサークルへと入った。
反対側からも、ビルがサークルへと足を踏み入れる。
ビルは、瑛人のクラスでも中の上の実力者だ。
寮のルームメイトということもあり、瑛人とは友達兼、いいライバルでもある。
魔術師志望のくせにモテるために朝の筋トレを欠かさない、五分刈り緑髪のスポーツ好青年だ。
瑛人の元いた世界なら、絶対テニスか軽音部に入っているに違いない。
ここは、街の郊外にある魔術師修練所の中の一画、闘技場だ。
それこそテニスコートぐらいの広さの円を囲む形で、木のベンチが置かれてあり、30人ほどのクラスメートたちが声援を上げて自分の味方を応援している。
この東西戦には、教師の知らないところで大半の生徒達が賭をしているから、というのもあるが、純粋に応援してくれている人たちも中には混じっているだろう。
ベンチ席のぐるりは、さらに頑丈な城壁で囲まれていて、大きな樫の扉の出入口がある。
試合のときには、魔術の余波が外界に影響を与えないようきっちりと閉められる。
「双方、礼! 杖の用意!」
審判の教師の号令で、瑛人はきっちりと礼をした後、古代神聖ヴィエタ語で唱えた。
『真の心よ、来たれ我が手に!』
右手から熱い魔力の光が放たれて、身長ほどの白い杖が手に収まった。
太い棍棒のようで、気のきいた装飾はまるでない。
これは仮杖だ。魔術師は一人前になって初めて、自分の杖を授けられる。
それまでの期間練習するために、この仮杖は用いられている。
威力も通常の杖より抑えてあり、めったなことでは怪我をしない。
それに、競技場から出るとすぐに消える仕組みになっている。
ビルも杖の呪文を唱え終わったらしく、彼の手にも同じような杖が握られていた。
瑛人にとっては、初めての模擬戦だ。
緊迫した雰囲気の中、審判が手を上げ、叫んだ。
「始め!」
試合開始直後に、瑛人はビルに向かって一直線に走り出した。
ビルが何かを唱えている。おそらく攻撃魔法の一種だろう。
だが、この距離ならこのほうが早い!
「そぉい!」
瑛人が振り回した仮杖は、狙い過たずビルの頭にクリーンヒットした。
ビルはすっころんで呻き、詠唱は中断される。
そして、瑛人がさらに追い打ちをかけようと仮杖を上げたとき。
審判の笛が空気を震わせて響いた。
「何をしてるんですか、エイト・シドービ! 失格!」