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第1話 先立つものの消失

 試合の後。職員室でめちゃめちゃ怒られた挙げ句、「神聖な杖は殴打武器ではありません」という文言を百回書き取りをするはめになった。

 それに、瑛人に引きずられたのか、試合は東軍の勝利で終わってしまった。

 さんざんな展開だ。

 頭がちがちの教師相手に、「異世界から来た直後に実戦で教わった戦闘を再現しただけなんです」という言い訳は通用しなかった。

 そう、瑛人の本名は椎堂日瑛人しいどうびえいと

 半年ほど前に異世界から落ちてきた、この世界ではレアな元高校生だ。

 落ちてきた直後に、不審者と疑われて頭を杖で殴られたことは未だに印象に残っている。

 ちなみに、大分経ってからなぜあのとき魔術で攻撃しなかったのかと相手に聞いたら、「魔術よりもタイムラグが少ないし、杖を出したら当然魔術が来ると思い込む連中も多いので、ブラフにもなる」という理路整然とした説明付きだったので、瑛人は試合では是非使おうとしていたのだ。

 ……まあ、杖を出しておいて殴り合いでは、魔術修練所じゃなくてもいいということになりかねないが。


 書き取りを済ませたら、既に外は真っ暗になっていた。お昼を食べる隙もなく、腹が減っている。


「エイトさん、大丈夫ですか?」


 見ると、金髪美人の同級生が心配そうな顔をして廊下に立っていた。

 少しつり目だが、十人中十人が認める、正統派の美少女である。

 修練所の制服である紺色のワンピースがよく似合っている彼女は、瑛人の以前からの知り合いで、名前をキャロルという。

 彼女は寮ではなく、雇い主の領主の家から修練所へ通っている。

 この時間まで修練所にいるということは、瑛人が怒られて出てくるまでわざわざ待ってくれていたということだ。


「ごめんごめん、俺は大丈夫。がっつり怒られただけで」

「……そうですか」


 怒られた瑛人よりも、キャロルの方が沈んでいる。


「私も、負けてしまいました。

 こんなことで、私、杖持ちロダーになれるのでしょうか」

「いやいや、まだ入学して二ヶ月だし! 今日だって初めての東西試合だったし!」


 瑛人は慌てて慰めた。

 魔術師には二つの区分がある。

 自分の杖を持ち、国際魔術師連盟に所属して強い魔法を使える杖持ちロダー

 そして、それ以外の薬草作りや占いなどで生計を立てる山野フィールダー

 瑛人やキャロルは修練所で杖持ちロダーになるために、毎日勉強をしているのだ。


「でも、生え抜きの人を見ていると、段々自信が……」

「うーん……」


 瑛人達は、自発的に入学試験を受ける『一般』としてこの修練所に入っている。

 特待生として入学試験と授業料は免除になったものの、それ以外は全て一般と同じカリキュラムで動いているのだ。

 それに対して、『生え抜き』と呼ばれる生徒達は、小さいころに救貧院や孤児院でスカウトされた、いわばなるべくしてなった魔術師見習いである。

 彼らは授業の合間に修練所や魔術師連盟の雑務を手伝いながら、修練所で勉強して杖持ちロダーを目指している。

 入学したとき、やたら小さい少年少女がいるなあと横目で見ていたら、そういうことだった。

 確かに、生え抜きの子供たちの試合は恐ろしい。

 一度見学したが、もう見るのが嫌になるほどレベルが違った。


 しかし、だからといって、瑛人やキャロルが杖持ちロダーになれるかどうかはまた別問題だ。

 一生懸命やれば、後二年で杖持ちロダーになる杖授試験が受けられる。

 いくら生え抜きでも、年が十八以下なら杖持ちロダーにはなれないのだ。

 そういうことを話していると、キャロルの顔が徐々に明るくなってきた。


「そうですね、私たちは私たちで頑張ればいいんですよね」


 エイトさんと話すと元気が出ます、と言いながら、キャロルは手を振って帰っていった。

 キャロルはドラゴンテイマーになるために、領主の館で飛竜の世話をしながら毎日修練所へ通っている。

 瑛人は手を振りかえし、キャロルの方が何倍も努力しているのに、なぜ慰める必要があるのか疑問に思った。


「いや、キャロルちゃん、俺を心配してくれればいいのにな。

 殴られたのは俺だし」


 突然、脇の廊下からビルが出てきた。

 瑛人はハイタッチして問い掛ける。


「おー! 頭、大丈夫か? 俺思いっきりやっちゃったけど」

「まだ痛えよバカ。ま、賭け金もらったし、次は俺が試合で叩きのめしてやるからいいよ」


 そう言われ、瑛人は微妙な顔をした。

 確かに、一週間前賭けにのって、自分のいる西軍の方に銀貨3枚ほど出したのは覚えている。

 今考えてみると、なけなしの金だった。

 なぜそんなことをしてしまったのだろう。

 ビルは瑛人がしゅんとしているのを見かねたのか、元気よく腕を回してこう言った。


「さて、今日も夜が更けたら繰り出そうぜ!

 タロットパーティーに!」


 タロットカードは、占いの魔術に必須のカードだ。

 だが、魔術修練所の近所の酒場『おじか亭』では、占いではなく賭け事に使われる。

 タロットパーティーは、この修練所が出来てから今まで、連綿と受け継がれてきた修練所学生の習わしだ。

 夜更けに寮を抜け出して、散々賭け事とバカ騒ぎを楽しむ。

 そして夜明け前に帰り、何事もなかったように寝るのだ。

 そんな楽しいイベントを前に、瑛人は浮かない顔で言った。


「……実はさ……無いんだよね。先立つものが」

「なんだって? お前、授業料免除の特待生なんだろ? そうは見えねえけど」


 一言余計だが、その通りだ。

 半年バイトしていたことも考えれば、少々遊んだってなくなるはずのない金額を持っていたはずだ。

 一体どこに行ってしまったのだろう。

 瑛人は思い返してみた。





 数日前。瑛人は一人で酒場に行った。

 ビルは彼女と待ち合わせて抜けてしまった。

 デートかちくしょうと羨みながら、酒場の戸をくぐる。

 他の寮の部屋の常連に挨拶し、いつものエールを注文する。

 酒は魔力出力を最大限に弱めるので、魔術師見習いは当然飲酒禁止だ。

 だが、エールぐらいの弱い酒なら朝には抜ける。

 そういうわけで、瑛人たちはいつもそれを注文することにしていた。

 別にお酒が欲しいわけではない。

 ただ酒場にいる皆と楽しく盛り上がりたいだけだ。

 しばらく常連とカードを楽しんでいると、変なヒゲ親父が因縁を付けてきた。

 お前たちのカードのやり方はなっていない、というのだ。

 瑛人たちはもちろん怒った。

 そして乗せられやすいエイトは、そのバルドという親父とカードの三番勝負にのってしまった。

 ……結果、そこでの酒代すら残らず吸い取られた。


「おいおい、しっかりしてくれよ。なんで全額賭けちゃうかな」


 ビルがため息をついた。

 レイズされてしょうがなかったんだよ、と瑛人が言うと、ぽんと肩を叩かれた。


「お前、カード向いてないわ」






 そういうわけで、夜が更けたころ、瑛人は窓から抜け出すビルをうらやましく思いながら見送った。

 あとに残ったのは、質素ながら重厚な作りの二段ベッドと、釘で歴代の生徒の落書きがかかれた机と面白くもない本が詰まった本棚だけだ。

 テレビも漫画もありはしない。

 こんな環境では酒場に行くくらいしか娯楽が残っていないのだ。


 ふと考えてみると、久々に部屋で独りになった気がした。

 ここ二ヶ月はビルと同室、そしてその前は口汚いインコと同室だった。

 そういえば、バイトをしていたときは娯楽なんて考えている余裕がなかったな、と瑛人は思った。

 起きて収穫、店番しながら鍋の世話、夜には草をちぎったり叩いたりして、疲れ果てて寝る、の繰り返し。

 収穫期が終わり、やっとゆっくりできると思っていたら、雪下ろしが仕事に加わった。

 それに、バイト先の店長のセトが、魔術師修練所に妙な対抗意識を燃やしだした。

 私の手伝い人で特待生入学する手前、あまりに馬鹿では恰好がつかないと言い出し、なぜか修練所以上にスパルタな課題を毎日出された。

 おかげでペーパーテストでも入学できたレベルに到達したが、最中はたまったものじゃなかった。

 そんなシビアな毎日を乗り越えられたのは、あの女の子のおかげだ。





 と、ケーッと大きな鳴き声がして、窓ガラスが割れんばかりにカンカンと叩かれた。

 あまりの騒音に、エイトは顔をしかめて、窓を開けた。


「何だよ、何の用だよ!」


 キャキャキャ、と笑いながら黒い闇から飛び出してきたのは、真っ赤な羽根をした極彩色のインコだった。

 エイトがバイトをしていた魔術店のペットのインコ、ロッドである。

 インコがしゃべるというのはよく知られているが、ここまでマシンガントークをするインコを瑛人は知らない。

 ロッドは羽ばたいて机の上の羊皮紙を撒き散らすと、快活に尋ねた。


「よう、エイト! 元気でやってる? 今日はみんなと一緒にタロットには行かねーの?」

「金がつきたんだよ」


 と答えて、エイトは慌てて取り消した。


「いやいや、俺はタロットなんてしないし! 

 夜も抜け出さないし酒も飲まないし!」


 ハハ、と鼻で笑ってインコは言った。


「もう割れてんだよ。

 実はこの間も寮に来たんだ。

 お前が抜け出してから意気消沈して帰ってくるまで楽しく観察してたんだよ」

「言ってくれよそれなら!」


 エイトは二ヶ月ぶりにロッドの発言に突っ込んだ。


「いやあ、他の人間がいるところじゃしゃべりにくいからな。

 なに、用ってのは他でもねえ。

 次の連休に、植え付けのバイトを探してるんだ。

 お前、どうせ帰省するところがないし、寮にいてもカード三昧だろ?

 だったらうちでちょっと稼いでけよ」


 ああ、やっぱり。

 次の連休の名前が「種まき休暇」だと聞いて多少覚悟していたが、やはりその手の話がきた。

 魔術店のバイト改め農家のバイト、再びである。

 だがちょうど金がつきたところで、ありがたい申し出でもあった。

 職業紹介所でバイトを紹介してもらったところで、魔術師の手伝い人には同じような農作業しか回ってこないのは学習済みだ。

 二つ返事で承諾すると、ロッドが首を傾げた。


「金がねえ? いやいや、まさか二ヶ月で半年分のバイトの金をすっちまった、っていうんじゃねえよな?」

「そのまさかだよ」エイトは頭を抱えた。

「キャーハハハハハ!」


 インコは爆笑して部屋のなかで器用に宙返りをした。


「お前馬鹿の極みだな!」

「うるさいな、俺だってあんなに賭け金が上がるとは思ってなかったんだよ!」


 インコはそれを聞いて、にやっと笑った。


「俺にいい考えがあるぜ!

 ただし、危ない橋を渡らなくちゃならねえ。やるなら次の水の日だ。

 覚悟はいいか?」

「本当に?」


 瑛人は感激した。このインコにこんな男気があるとは思ってもみなかった。


「それで、一体どうするんだ?」


 ロッドは分かってるだろ、と言わんばかりに叫んだ。


「嬢ちゃんに決まってるだろ!」

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