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♯26.5 最終ステージ~創世の章・後編

 お定まりの強制動画は、残りの四天王の裏切りの場面から始まっていた。突然の魔法トラップに捕らえられ、苦悶の声を上げるフリアイールの魔女。数々の冒険者を捕らえ犠牲にして来たその仕掛けを、今度は作り出した魔女本人が味わう事になってしまったのだ。


 二人の四天王の罠は、かなり狡猾だった。それは多分、後ろで糸を引く魔族の考案だったのかも知れないが。魔力溜まりの不安定な力場が、偶然生み出した異次元の檻に。魔女を永遠に追放して、魔法制御の新たな人柱になって貰おうと言う姦計らしい。

 これで大樹の精神体さえ支配してしまえば、大樹の吸い取る生気や魔力を、永遠に独占出来てしまう。それはつまり、この地上に敵う者などいなくなる立場を意味するのだ。

 その力は、魔女のして来た復讐など稚戯にも等しい程。


 ――しかし、ほくそ笑んでいるのはもはや首謀者の魔族のみ。操り人形と化した残りの四天王は、もはや自分の感情すら支配されて木偶の坊状態。

 邪魔だった天使も、幸いキャラバン隊の混乱に掛かり切りの様子だ。大樹の願いとは言え、どこまでもこちらの良い様に話は進んでいる。後は……そう、邪魔な冒険者の始末だけ。

 この前は手下が不覚を取ったが、今度こそは息の根を止めてくれよう……。


「わっ、あいつは悪者ですよっ、酷い事を企んでますっ!」

「分かり切った事を言うな、美井奈っ。けど、分かりやすい悪者がラスボスになってくれて良かった……のかなぁ?」

「変な感情を抱えたまま、魔女と戦うよりは良かったとは思うけど。本当に、魔女を救う事が出来るのかなぁ、私達?」


 そんな事はやってみないと分からないと、次のエリアの仕掛けに期待半分不安半分なメンバー達。動画はようやく終了して、一行は周囲の景色を伺いに掛かる。

 そこは何と言うか、風変わりな場所だった。しかしそれを言うと、説明としてはやっぱり変である。何故ならそこは、弾美達が普段目にしている景色だから。

 つまりは、現代世界の街並みのエリアらしく。


 しかもそこは、かなり忠実に再現された大井蒼空町の街並みの様子だ。色付きこそほとんどがセピア色だが、それがかえって気持ち悪いというか。何しろ、普段見慣れた通学路なのだ。

 それに気付いたメンバーの反応は様々。ファンタジーにこれは馴染まないよとか、よく出来てるよねと感心したり。美井奈など、知ってるお店を覗いてみようと早くもヒートアップ。

 それなら『マリモ』だろうと、盛り上がる一行。


 いきなり目的を履き違えて、架空の大井蒼空町を移動に掛かるパーティだったが。視界の中に白い服を着た女性が横切るのを発見して、あれは誰だと訝ってみたり。

 まるで幽鬼か何かのように、生気のない姿。歩みもそんな感じで、一瞬ゾンビ型の敵かと思ったのたが。ひょっとしたら、魔女ではないかとの推測を瑠璃が口にして。

 このエリアでの目的を、ようやく思い出す一行。


 近付いてみても、魔女は全くの無反応振り。NPCとは違う、ノンアクティブの敵表示だと薫が指摘する。つまりは、殴ろうと思えばそれが可能なのだけれど。

 話し掛けようとしてコントローラーを操作した弾美は、自キャラが戦闘態勢を取ったのに大慌て。咄嗟にキャラの向きを変えて、片手剣の攻撃を空振りさせる。どうやら魔女に話し掛けるのは、仕様上無理な様子。

 魔女を倒すのは簡単そうだが、恐らくそれはバッドエンド一直線っぽい。


 白い服を着た魔女の歩みはゆっくりで、果たして目的があるのかも定かではない。追放され囚われの身となった魔女との邂逅は果たせたが、この後どうすれば良いのか全くの不明である。

 そう思って悩んでいたら、突然に画面の中の風景がブレを見せた。気付いたらそこは、駅前のアーケード通りである。人通りが無いので変な感じだが、住民からすれば見間違える筈も無く。

 お店の一軒だけ、色付いている場所があると美井奈が近寄って行く。


 そこはフラワーショップで、色彩豊かなのはそこに売られている花の数々だった。魔女もそこで足を止めて、見るとはなしに花の彩りを眺めているよう。

 続いての発見は薫で、店の入り口にクリック出来る場所があると言う。弾美が近付いてみると、それはアスレチックエリアで何度か目にしたポスターだった。

 これに仕掛けは無いと判断した弾美は、気軽にクリック。


 ――フラワーショップ『恋華』は、宅配サービスやメッセージカードサービスを始め、地元の皆様に愛される経営を目指しております! お店の前を通り掛かりの際は、気軽にお立ち寄り&店員にお尋ね下さい♪

 こんな最終エリアに広告を出す事になって、正直ドキドキではございますが(笑)。この広告をご覧になった方全員に、鉢植えのプレゼントを実施したいと思っております。

 お目汚し失礼しました。それでは引き続き、大樹と魔女の物語をお楽しみ下さい。


「わははっ、確かにこのルートを通るパーティ、ほとんどいないと思うけどな(笑)。ぶっちゃけ過ぎだけど、こう言うの好きだなぁ……おっと、花束のアイテム貰えた(笑)」

「わあっ、鉢植え貰えるんだって……良かったね、美井奈ちゃんっ」

「はいっ、こう言う嬉しい仕掛けもあるんですねぇ……あれっ、お兄さん、私の方には花束来ませんけど?」


 メンバーが順次ポスター広告を発動させるが、花束のアイテムを貰えたのは最初に広告を見た弾美のみ。どうやらパーティに一つだけ供給される、大事なアイテムのようである。

 見逃してたら怖かったねと、のんびり模様の感想が述べられる中。このエリア初の敵影が、ようやく出現して来る。戦闘準備に散らばるメンバー、出て来たのは蔦や食虫草のモンスター。

 殴ってみると、HPも低く雑魚の様子である。それぞれが敵を蹴散らして行きながら、面倒だから範囲スキルで倒しちゃいますねとの美井奈の言葉に。

 弾美もそうしようかと思った瞬間、割と近くに白い服の魔女を見て慄然。


「待て美井奈っ、範囲は不味い! 魔女まで巻き込んで死なせたら、このステージがクリア出来なくなるかも知れないっ!」

「あっ、そうかぁ! うわっ、怖い仕掛けですねぇ……魔女の存在、すっかり忘れてましたよ!」


 仕掛けがどうこうより、少女の粗忽な性格が原因だろう。恐らくパーティ内の数人が、そう心の中で思ったのだろうけれど。誰もそれを口に出さないのは優しさだろうか。

 とにかく敵の数は、至極順調に減って行く。追加の敵も見当たらず、時間も掛からず戦闘は終了の運びに。一息ついたパーティの視線の先は、呆けた感じの魔女その人。

 周囲での戦闘にも、何の反応も無い様子である。


 どうしたものかと思っていたら、次なるブレが画面を襲った。周囲のセピア色の景色は一瞬にして変わり、今度は運動公園の見渡せる美術館前に移動した様子だ。

 ここも地元の住民なら、誰でも見慣れた景色。弾美と瑠璃は、毎日の早朝散歩で散々お世話になっている。美術館は開いてこそいなかったが、正面の掲示板には例の宣伝ポスターが。

 これもクリックすれば良いのかと、弾美は進み出る。


 ――大井蒼空美術館の開館時間は、基本が10時~18時となっております。休館日は毎週木曜日。ゲーム内でも連動して、催し物の写真展示公開などを行っております。

 五月の『ミュシャ展』は、幸いにもご好評頂きまして、スタッフ一同感謝の次第でございます。月替わりまで残り数日となりましたが、まだまだ皆様の来館をお待ちしております。

 それでは、引き続き大樹と魔女の物語をお楽しみ下さい。


「あ~っ、ミュシャ展だって。連休中に見に行けば良かったねぇ、ハズミちゃん」

「むうっ、それよりまたアイテムが貰えた……故郷の風景画だってさ」

「こっちは作動させても貰えないねぇ、さっきと同じクエストアイテムかな?」


 さっきと同じなら、ここから戦闘ですかねぇとの美井奈の言葉は大当たり。今度はブロンズ製の彫像ゴーレムが、一行を囲い込むように出現する。

 魔女もその中に入っているのだが、当然の如く敵のタゲはそちらには向かない。話の流れによると、魔女は今では新しい魔法制御の核となっているらしく。

 それを失う事は、敵にとっては大変な損失な筈。


 今度の雑魚は堅くて厄介、HPも多めに設定されているらしい。それでもこちらも、防御力無視のスキル技《貫通撃》持ちが二人もいる。さらに言えば、魔法のスペシャリストも。

 弾美の指令で、被害が広がらない内にと敵を屠って行くメンバー。何しろ、この後に何が控えているのかも分からないのだ。幸い、追加の敵は出て来なかったとは言え。

 モタモタしていたら、状況の変化についていけない恐れが。


 ところが今回作動した仕掛けも、画面のブレによるワープだった。3度目の正直で、今度こそ鍵となる仕掛けがあるかもと、一行は注意深く周囲を探りに掛かる。

 魂ここにあらずの魔女は、相変わらずパーティの近くに佇んでいた。今回の風景は、完全に建物の中の様子。しかもこれはどこかの店内らしく、陳列棚が無数に並んでいる。

 何となく、クリック出来る場所を探そうと動き出すパーティなのだが。意に反して、見つけ出したのはレジの場所を占領している二つの敵影だったり。

 急な変更に、文句を言いつつ戦闘準備。


「何だよ、今回はポスター無しか。ってか、今度の敵は雑魚とは違うかも。引き締めて行こうぜ」

「了解~っ、大きい敵はロボットかな? 凄く固そうな気がするねぇ?」

「そうだねぇ、小さい方は……ひょっとしたらいつかの呪い人形タイプかも?」

「ああっ、あの時も確か建物内での戦闘でしたねぇ。かなり酷い目に合ったのを覚えてますよ、私っ!」

 

 今回も、そうなる予感は大いに感じる一行である。ドール型モンスターは単体でも厄介なのに、さらに追加で硬くて始末の悪そうな敵が付いて来ているのだ。

 佇む魔女を尻目に、慎重に作戦を練る一行。


 短い話し合いの結果、どうせ堅そうなロボは壁役なのだろうとの推測で。素直にドールを殴らせて貰えないなら、こっちから倒してしまおうとの作戦に決定。

 単身、魔法の強化を貰ったハズミンが近付いて行くと、のそりと動き出すロボ&ドールのペア。ロボの特徴は、当然のような硬質なフォルム。古風な甲冑にも見える、戦人の風情を醸し出している外見。

 手に持つ武器も、戦に使う長槍である。


 一方のドールは、今回はサルか何かのマスコット人形のよう。愛嬌があるといえばそうなのだが、恐らく呪いを使ってくるぞと弾美リーダーが注意を飛ばす。

 引き離し役を引き受けた美井奈は、既に妖精魔法で万全の構え。弓矢でちょっかいをかけながら、店の奥へと敵を誘導しようと画策している。

 攻撃を受けたドールは、顔をリアルに変化させて威嚇して来る。


「怖っ、この人形怖いですよっ! お、お姉ちゃまっ離れないで下さいねっ!」

「う、うん……足止め魔法と、天使魔法のサポートは任せておいてっ!」

「……やっぱりちょっと心配だな。薫っちに引き止め役、頼んだ方が良かったか……」

「何でですか、お兄さんっ! 私とお姉ちゃまが、削りながらキープして見せますよっ!」


 そのお姉ちゃまも、思いっ切り心配そうな顔をしているのに気付かない美井奈。それもその筈、美井奈はともかく、瑠璃は弾美組の回復と削りも言い渡されているのだ。

 美井奈へのサポートは、オマケ程度で良いと通告されてはいるものの。真面目な瑠璃は、おざなりに事を済ますというのがそもそも苦手だったり。

 波乱を含みながら、それでも2体の敵の引き剥がしは順調。


 予想していたロボのブロック行為はやって来ず、思わぬこちらに好都合な展開。このまま美井奈が、猿ドールを一人でキープしてくれれば話は早い。

 案の定の堅い装甲だが、弾美の《闇喰い斬》と薫の《貫通撃》が結構なダメージを叩き出す。瑠璃にも魔法の削りの指示を出しつつ、好調な滑り出しを見せる中ボス戦。

 リズムが狂ったのは、やはりキープ組の不協和音から。


 とは言っても、瑠璃や美井奈を責められるものでもなく。陳列棚の上を軽快に駆け回る猿ドールに、ちょこまかと逃げ回る美井奈。妖精魔法の加護もあって、今の所ダメージも無い。

 これなら平気かなと、中央の陳列棚付近から戦況を見定めていた瑠璃だったのだけれど。後方から魔法支援を始めた彼女が、何故か猿ドールの最初の標的に。

 呪いの発動なのか、思いっ切り陳列棚に挟み込まれるルリルリ。


「わっ、棚が動いて潰されちゃった……! これって呪いかな、天使魔法掛かってるのにっ」

「大丈夫ですか、お姉ちゃまっ……って、私も挟まれましたっ。スタン状態で動けませんっ!」

「二人して何してんだっ! こっちそろそろ特殊技来そうだから、応援行けないぞっ!」

「ってか、回復欲しいんだけど……瑠璃ちゃん、無理?」


 時折放たれる範囲攻撃が強烈で、それにガリガリ削られている二人。弾美の《闇の断罪》も効きが悪く、レジストされてばかりだ。肝心の回復役も、後方でノックダウン状態。

 こちらも痛いが、敵のHPもそろそろ5割。強烈な特殊技かハイパー化が来そうで怖いのだが、呆気なく敵の姦計にはまって、パーティを分断されてしまった。

 やむを得ずポーションで回復を図りながら、弾美は瑠璃にチクリと嫌味。


 その嫌味攻撃を甘んじて受けつつも、瑠璃は必死に態勢を立て直そうとしていた。美井奈は猿ドールに捕まっており、接近を許して爪で直接殴られている。

 問題の動く棚は、瑠璃の周囲の物は元の位置に戻っていた。ところが美井奈の方のは、今もがっちりと雷娘を捕まえている。そのせいで動けないミイナは、サンドバック状態。

 今は辛うじて、残った妖精の光球が攻撃を退けているけれど。本人はパニック状態で、脱出する手段を必死に探している様子。瑠璃はどっちを優先するか、しばし逡巡。

 結局は美井奈の元に駆け寄って、ポケットから水晶玉を使用する。


 驚いた事に、動いた後の陳列棚は壊せるらしい。綺麗に消失した、美井奈の周囲の棚。ついでに猿ドールにもダメージが及び、何となく勢い付いて攻勢に出るルリルリ。

 《三段突き》からの《ハニーフラッシュ》で、怒りの矛先はやっぱりこちらに向いてしまったけれど。ある程度作戦通りの瑠璃は、慌てず棚の無いエリアを目指す。

 《幻惑の舞い》も効いてるし、呪いは天使魔法でキャンセル出来る。


「何だ、結局は瑠璃がキープ役を買って出たのか。んじゃ、代わりに美井奈がこっちのサポートに来てくれ」

「えっ……お姉ちゃまのお手伝いはいいんですか?」

「だから、いざとなったら駆け付けれる場所キープして、こっちの削りと回復を手伝うんだよ。さっさと1体でも沈めないと、こっちが各個撃破の目に合うだろうがっ」


 なるほど、素早く1体を沈めるのには人数が必要で、キープ役に二人も手を取られるのは論外らしい。美井奈は隣の瑠璃を伺うが、弱々しい笑みで大丈夫と言われてしまった。

 取り敢えず棚の列を縫って、弾美と薫の殴っている敵ロボの射線を確保出来た美井奈。ここからだと瑠璃のヘルプにも飛んで行けると、納得した少女は遅れ馳せながらロボ戦に参加。

 二人に回復を飛ばした後、派手にスキル技で削りに掛かる。


 その途端、ロボのHP半減からの特殊技が発動。やっちゃったかと青褪める少女だが、前衛は既にそこまで折り込み済み。敵のハイパー化からの変形に、薫はバックステップから強化魔法の掛け直し。

 範囲攻撃を警戒しての事だが、案の定の大暴れで四肢に連撃を喰らうハズミン。


 強固な防御力と豊富なHPでそれに耐えつつ、変形して獣タイプになった敵ロボに反撃の《トルネードスピン》を見舞う弾美。やっぱり外装は堅く、その点に変更は無いようだ。

 薫も範囲攻撃が治まるや否や《竜巻チャージ》からの前線復帰。美井奈の回復で、二人とも体力は安全圏に引き上げられている。安心感を背中に感じつつ、揃って最後の追い込みに。

 ダブルの《貫通撃》で、削りの速度は一気に増したようだ。


 

 その頃の瑠璃は、一人離れた場所で猿ドールと戯れていた。好きで戯れている訳では無いのだが、敵の見た目が本当に猿のマスコット人形にしか見えないのだから仕方が無い。

 時折くわっと、リアルの形相に変化するのが怖い。そんな時には必ず特殊技が来るので、瑠璃は丁寧に《麻痺撃》と《Z斬り》で潰して行っているのだが。

 ハイパー化が怖いので、ダメージを与え過ぎないように攻撃は控え目に。


 実際、瑠璃のキープは《幻惑の舞い》と《氷の防御》で驚くほどの安定を見せていた。以前にも見せた戦法だが、基本瑠璃がチキンハートなのを弾美は知ってるので。

 大役を任せないようにと、気を使って貰ってるのが本当のところ。ボス級の敵とソロで対峙など、小心者の瑠璃には荷が重過ぎる。前衛の経験値が圧倒的に足りない事も、本人はちゃんと分かってはいるのだが。

 今はそんな事は言っていられない、敵は目の前なのだから。


 MP温存での剣技での牽制は、色々と考えた末での戦術だ。細剣でチクチク殴ってSPを溜めて、それを《幻惑の舞い》に使用する。魔法は防御用の《氷の防御》程度に留めておく。

 氷の蜜酒でMPを回復しつつ、天使魔法を掛け直す事前提での頭脳戦。ドキドキが止まらないのは仕方が無いが、だからと言って崩れる訳には行かない。

 今日が最後のエリア攻略、仲間の為にもケチをつけたくは無い。


 ルリルリの頭上の輪っかの光源が、段々とその輝きを減じ始めていた。それを感じ取った瑠璃は、咄嗟に《魔女の足止め》を敵に使用する。先ほどから猿ドールの呪い散布は、嫌と言うほど飛び交っているのだ。

 天使魔法を切らしたら、はっきり言って戦闘どころでは無くなってしまう。勝敗のターニングポイントを嗅ぎ付けて、瑠璃のドキドキは頂点に達する勢い。

 魔法は何とかレジられずに通って、猿ドールは陳列棚の上で足止め。一息ついた瑠璃は、ちょっと離れた場所で天使魔法の掛け直しを行う事に。

 そして思わず後悔、安全にと移動した先が陳列棚の隙間だったり。


 うっかりと、先ほどの手痛い仕掛けを失念してしまっていた。魔法の詠唱は、やっぱり作動した陳列棚のプレスからのスタンで、何と中断の憂き目に! 

 途端にパニックに襲われそうになる瑠璃だが、それを救ったのは美井奈の絶叫だった。敵の二度目のハイパー化とともに、敵ロボはおもちゃの様な小さなロボを数体生み出したらしい。

 その数の多さに、すっかりこちらのサポートも任されている事を失念している少女。これで自分が戦闘不能になったら、美井奈はきっと自分のせいだと自己嫌悪に陥るだろう。

 そこまで考えて、急に瑠璃は状況を冷静に把握出来る様に。


 猿ドールの足止め魔法は、辛うじてまだ解けてはいない。呪いを掛けるにも、幸いにも距離が遠過ぎる。まずは自分が自由になる事だと、再度の水晶玉の使用に踏み切る瑠璃。

 簡単に壊れる陳列棚、これでこちらは動けるようになった。ところが敵の氷の足止め魔法も同時に解けてしまって、どうにも不味い互いの距離の接近。

 さて、こんな時に使える魔法はあったっけ?


 無理矢理に天使魔法を唱えるのは、まぁ賭けではある。あれは詠唱が長過ぎて、十中八九止められてしまいそうだけど。これならいけるかなと、半分思い付きで呪文を唱え始める瑠璃。

 これもソコソコ長い呪文だが、ほとんど祈りに近い天使魔法よりはマシ。正面にとり付かれて、人形のもふもふした手が再びルリルリを攻撃し始める。

 影分身と氷の鎧が、辛うじて詠唱中断を食い止めてくれてくれた。何とか発動した《水の分身》で、ルリルリの隣に頼もしい味方が参上。ソイツは召喚主を守るように、ぬぴょっと両者に割り込みを掛ける。

 動きはアレだが、何故か綺麗にタゲを取ってくれる水分身。


 こんな呪文だったっけと、唱えた瑠璃は妙な気分。限定イベントは時間制限があるので、取り立てて性能検証に時間をとろうとは思っていなかったのだけれど。

 出て来た水分身は、手に武器すら持っていない。それでも伸びるパンチで、猿ドールに微小なダメージを与えている。削り能力はこの際どうでも良い、タゲを取ってくれただけで充分だ。

 これで魔法を唱え直す時間が貰えた。


 呪いが変なタイミングで飛んで来たが、水分身はぬぴょっとけろっと平気な様子。瑠璃の方はポケットに忍ばせておいた聖水で、変な動作をせずに済んだ。

 そのままエーテルで魔力を回復しつつ、天使魔法をようやく掛け直す事に成功。ついでに《氷の防御》と《幻惑の舞い》も身に纏って、これでやっと万全の態勢に。

 ついでのついでにポケットの薬品も補充し直して、呑気に水分身の活躍を眺める瑠璃。


 猿ドールの攻撃力の低さに、水分身の体力もまだまだ持ちこたえてくれそうな気配。コイツは特殊能力が厄介な分、基本スペックは低く設定されているのだろう。

 それに反して、以前に呼んだ時に比べて幾分成長している感のある水分身。恐らく、ルリルリの水スキルの増加に伴って、この子も強くなっていくのだろう。メイン世界でも取得したい便利魔法かもと、瑠璃はちょっと思ってしまう。

 そんな事を考えていたら、弾美の雄叫びが聞こえて来た。


「よしっ、何とか削り切った! 瑠璃、そっちはどんな具合だっ?」

「う、うんっ。まだまだ平気、水分身に相手して貰ってるから」

「へえっ、意外と便利なのねぇ……それならちょっと、ポケット補充の時間を頂戴~っ」

「ああっ、お姉ちゃまのサポートの任務、私ったらすっかり忘れてましたっ! 大丈夫ですか、お姉ちゃまっ!?」


 だから平気だと返事しただろうと、代わりに突っ込みを返す弾美。今にもすっ飛んで行きそうな美井奈を引き止め、足並みを揃えてパーティ総出で厄介な呪いドールに対峙する。

 ハイパー化なのか、逃走からの陳列棚ドミノ倒しとか変な技に苦労しつつ。実はそれ程の苦労も無く、割とあっさり2匹目の殲滅終了。勝利を祝いつつ、ようやく肩の力を抜く一行。

 戦闘後のヒーリング中に、ドロップの確認など。


 良質の武器装備や術書などの類いは、もはや期待していない一同だったけど。やっぱり出たのは薬品がちょろっと、それから購買券とクレジットカードと言うアイテム。

 クレジットカードは、どうやら譲渡不可のクエストアイテムらしい。購買券は10枚綴りで、お店の入り口の自動販売機で使用出来るらしいのだが。

 休憩の終わった一同が、ぞろぞろと自販機の前に移動する。弾美がまずは試してみるかなと、トレードから購買券を使用する。罠でも何でもなかったようで、購入出来るのはお高い大エーテルや闇の秘酒、氷の蜜酒などらしい。

 嬉しい補充に、パーティの意気も上がる。


 誰が何回使用するかで盛り上がっていた所、ちょっと離れていた瑠璃がある異変に気付いた。異変と言うか、さっきまで一緒に居た筈の、魔女の姿が見当たらない。

 皆にそれを告げると、それは不味いなと和気藹々とした空気もすっ飛んで。自販機の選択も適当に、慌てて白い衣装の魔女の姿を探し始めるメンバー達。

 彼女がこのエリアの鍵である事は、まず間違いないのだから。


 入り口の自動ドアは、壊れているのか電気が不通なのか作動しない。他に出口は無いかと探し回った挙句、ようやく裏口らしき場所を薫が発見する。

 雪崩れ込むようにそこに殺到する一同。魔女はどこかと見回すと、相変わらずセピア色の景色の中に、一箇所だけ鮮やかな緑が目に飛び込んで来た。

 駐車場のような広い敷地の、植木の仕切りの端っこに位置する場所。現代の人間の目から見れば、それは立派な大樹だった。幹の太さは大人の腕で10周くらい、枝振りも素晴らしい。


 その大樹の低く張った枝の一つに、手製のブランコが備え付けてあった。それをじっと見つめるように、魔女は佇んでいる。自我を手放したかに見えた魔女の瞳に、微かな揺らめきが。

 一行が近付くと、ゆったりとした動画が始まった。動画の中では、ブランコの周辺で子供達がはしゃいだ声をあげている。それを見ていた魔女は、手で顔を覆って泣き続けていた。

 それは失った過去への悔恨の涙か、はたまた未来への絶望の涙か。


 ――魔女の涙を止めるため①花束の捧げ物を渡す

                   ②故郷の風景画を渡す

                   ③クレジットカードを渡す

                   ④リボンのついた古い人形を渡す

                   ⑤大樹の新芽を渡す


 選択肢に並んだアイテムは、このエリアで入手したものが3つ、他のエリアで貰ったものが2つ。総勢5つの選択肢は、樹上エリア初の多さと言えるのだけれど。

 ある程度予想をつけていた瑠璃だが、5個目の選択肢にあれっと慌てた表情を浮かべる。ここのエリアで手に入れたアイテムは、最初からダミーだと見当をつけていたのだけれど。

 大樹の新芽まで渡せると知って、そこまでは思い至らなかったパーティの知恵袋。これはどうしたものかと、皆にお伺いを立ててみる。そこから始まる、喧々諤々のおかしな討論。

 はっきり言って、自由過ぎるというかユニークと言うか。


「クレジットカードって、作った本人しか使えないんですよね? 役に立たないじゃないですか」

「いや、これは選択肢として、この世界を生き抜くためのアイテムの象徴的な何かと捉えればいいんじゃないか? お金だと、俺達も使えちゃうしな(笑)」

「この世界って、他に人がいないじゃないですかっ、本当に買い物出来るんですかね? ってか、それなら花束も風景画も自分で買えちゃいますよ?」

「えっと……だから、それも象徴的に捉えるべきもの? 魔女は心に深い傷を負っていて、それを癒すアイテムをこの中から見付けなさいって事なんじゃないかな、美井奈ちゃん?」


 薫にそう諭されて、なるほどと言う表情を浮かべる美井奈。それから瑠璃と相談しながら、画面の選択肢とにらめっこ。それは確かに難しい設問には違いなく、小中学生には酷かもだけど。

 特に気にしていない感じのメンバー達である。他人を思い遣る心情の有無は、接していれば自ずと分かるもの。瑠璃も美井奈も、他人を思い遣る心の温かさは充分に足りている。

 数分も掛からず、二人は選択肢から1つのアイテムを導き出した。


 リボンのついた古い人形――瑠璃が最初から怪しいと思っていたアイテムを、結局は選んだ訳だが。魔女の娘から託された事も踏まえて、妥当な選択だと思われる。

 弾美と薫もそれで良いと同意して、選択はすぐさま実行に移される。それと同時に、再度の強制動画がスタート。懐かしい古びた人形を受け取った魔女は、完全に理性を取り戻していた。

 虚を突かれて止まっていた涙が、再びとめどなく溢れ出す。その場に崩れ落ちた魔女は、娘の名を小さく連呼して謝罪の念にかられている様子だ。

 その涙を再び止めたのは、天からの使者だった。


 天使のマリアベルが、いつの間にか天から射す光と共に大樹の前に降り立っていた。優しい笑みで魔女に手を差し伸べ、浄化の旅に出ようと促している。

 魔女はその瞬間に、全てを悟ったのだろう。自分の運命と、そして自分が消え去ってしまった後の大樹の運命を。自分が消え去ると言う事は、大樹が新しい魔力制御の要を失うという事。

 人柱の自分が消えてしまうと、大樹の滅びはもはや防ぎようが無い。


 光の柱にもう一つの気配を感じ、魔女は驚いたようにその人物を仰ぎ見た。大樹の精神体も、また彼女を迎えに訪れていたのだ。天使の導きで、この旅立ちを励ますために。

 よく見れば、光の柱の中にはもっと多くの人影が伺えた。冒険者達が知っているのは、魔女の娘とその恋人くらいだろうか。その後ろに立つ男性は、恐らく魔女の夫だろう。

 今度は懐かしさの涙で頬を濡らす魔女は、その光に向けて一歩踏み出す。


 天使のマリアベルが、彼女の手を取る前に後ろの冒険者達を指差した。それは最後のお別れと言うより、懺悔しなさいと優しく諭しているよう。

 魔女の姦計で、命すら落としそうな酷い扱いを受けた冒険者達。それでも彼等は、魔女の娘の依頼を快く引き受けたり、キャラバン隊の危機を身を挺して助け出したりしたのだ。

 最後には大樹と魔女のために、こんな閉ざされた空間にも足を運んでくれた。


 罪は課された罰を終えた瞬間に償われるのではない。その人が本当に罪を悔いた瞬間に、少なくとも浄化は完了するのだ。魔女の過去に悲劇があったとしても、その悲劇を自分勝手に広げて良い理由にはならない。

 魔女はうなだれて、マリアベルの話を聞いていた。それから冒険者達に向き直ると、深々と頭を下げる。傲慢だった魔女の面影はもはや無く、憑き物が落ちたような清々しさで。

 最後に冒険者達にお礼の品を渡すと、魔女は導かれるまま天に昇って行ってしまった。


「良かった……んですかねぇ、ちょっとしんみりしましたけど。魔女さんもようやく家族に会えて、やっぱり良かったんでしょうねぇ」

「そうだねぇ、選択肢も間違ってなかったみたいだし。私達も苦労した甲斐があったよねぇ」

「貰ったアイテムがまた変だな。世界転移の札だって……ふむふむ、元居た世界に戻れるのか」

「えっ、エンディングまだ見て無いよねっ? どう使うんだろう?」


 それはキャラの使えない、どうやら譲渡不能のクエアイテムらしく。それを見て瑠璃が、恐らく最後の選択肢か何かに使うのではと、自信無さそうに推測を口にする。

 最後と言えば、残ったワープ先も本当に最後。魔女と天使の退場後に、魔方陣がセピア色の地面に現れて。ルーン石碑の前に戻った一同は、たった一つだけ浮かぶ行き先を揃って見つめる。

 最終ステージは、大ボスの待つ熾烈なラストバトルになるだろう。待ち受けるのは、分かっているだけで魔女の契約した魔族と、裏切った四天王の二人。

 ポケットの補充を各自行いながら、自然と身も引き締まる思い。


 アタッカー陣は、とっておきの巻き戻りの風呂敷も使用に踏み切る事に。先ほどの堅い敵相手に、武器の耐久度もかなり消費してしまっていたのだ。

 本当に最後の締めくくりと言う意識が強過ぎて、何となく浮き足立つメンバー達。瑠璃と美井奈は特にそうだが、肝心の弾美もいったん熱が入ると思考がぶっ飛ぶタイプ。

 舞い上がったパーティは、意味も無く気合いの掛け声を上げて突入準備に忙しい。作戦はどんなと訊かれた弾美だが、入ってみなけりゃ分かんねぇと変なテンションの返答。

 そのテンションを察して、ますます不安になる瑠璃と美井奈。


 


 ――何たる事だ、まさかあの不安定な力場に設置した、異次元の檻に入り込む愚か者がいるなんて! 首謀者の裏切の魔人は苛立ちもあらわに、側に控えていた残りの四天王の二人を睨み据える。

 人柱の魔女がいなくなって、この膨大な魔力の制御はいよいよ行き詰まってしまった。万一の戦力にと生かしておいた、この二人を即席の制御措置に使うしかないようだ。

 その強引な魔術の施行は、完全に二人の人格を崩壊させてしまったが。取り敢えず魔力の供給は、しばらく安定している筈である。これを使って自身の強化と、戦力の強化に同属の召喚を急がなければ。

 冒険者などと軽視していたが、今度こそ直接雌雄を決してくれよう!


「わっ、四天王さんの人格が崩壊しちゃったそうですけど……悪い事すると、自分に返って来るって本当なんですねぇ!」

「そうだよ~、だから悪い事はしちゃ駄目なんだよ~っ。……残った四天王二人もとうとう、戦力から外されちゃったっぽい?」

「そうだな……もし戦場にいたら、そいつらを先に倒したらボスが弱体するパターンかもな」

「なるほど、さっきの動画を見る限りは、強引にパワー供給の要にされちゃったみたいだしね。弾美君がボス抑えててくれるなら、私と美井奈ちゃんで倒すのがいいのかな?」


 それがいいだろうと、弾美も素直に同意の返答。瑠璃は皆を気にしつつ、回復やらの支援に従事する感じで。他に雑魚がいたら、素直に四天王を倒すのはしんどいかもだが。

 そんな話し合いの末、とうとう覚悟を決めての最終ステージへのダイブを敢行。って言うより、選択しての動画挿入の間の作戦会議だったのだけれど。

 パーティが放り出されたのは、モロに異次元感の漂うグニャリと歪んだ変な空間。円形らしきフィールドの中央には、大ボスらしき魔族が佇んでいる。

 人間タイプで、黒ずんだ体躯以外は武器は持っていない。


 その背後には、一行の読み通りの人物が二人。生き残った可哀想な四天王は、今や魔力供給源として強引にこの場に連れて来られている感じである。

 二人の側には歪んだ空間が存在し、これはひょっとして異次元ゲートか何かかなと身構えるメンバー達。一行が強化に勤しんでいる間に、案の定のゲートから雑魚召喚。

 これを食い止めないと、どんどん不利になってしまいそう。


 時間はもう6時過ぎだが、2時間縛りが発動するまで20分以上はありそうだ。慌てる必要は無いのだが、ゲート召喚の仕掛けがこちらを焦りに駆り立てる。

 現に2つのゲートから、再度の雑魚召喚の発動。今度の敵は足元が鋭利な矢尻のよう。逆三角錐の体付きに、顔と翼と細い腕が取り付けられている。

 最初の雑魚は、飛翔タイプの前にも対峙した事のある敵なので強さは知れているが。初めて見る未知の敵と、その召喚間隔の速さは如何なものか。

 意気込み過ぎたり慌てたり、その感情から始まるマイナスの連鎖。


「わっわっ、どんどん敵が増えて行きますよっ! はやく何とかしないとっ!」

「どうやってもボスは反応しちゃうな。よしっ、作戦通りにボス抑えておくっ!」

「りょ、了解っ! わっ、また雑魚が増えたっ!」


 そこからは本当に大慌てで戦線を組むパーティ。ボスのキープは、慣れている弾美の仕事。重要なポジションだが、キャラの熟成具合からも危なげなくこなせる筈。

 大ボスの魔族は、黒光りする巨大な体躯のモロ肉弾戦タイプに見えたのだが。胸の奇妙な紋章が光る度に、無詠唱呪文が放たれる厄介な難敵の様子。

 鉤爪の重い一撃は、何とかブロックは出来るのだが。魔法には高い防御力も効果を示さず、ハズミンのHPはじりじりと減って行く。さすがラスボスだけはあると、弾美は変に感心してみたり。

 終いには《カオスタッチ》と言う呪い魔法に、やむなくポケットの聖水使用。


 こちらの便利な闇魔法も、ボスの高い耐性には歯が立たない様子。スタン魔法やHP吸収魔法を封じられ、ひたすら我慢の攻防になってしまっている弾美。

 瑠璃が回復を掛けやすいようにと、ぐるりとボスを反転させての位置取りまでは良かったけれど。背後でのゲート潰しの戦闘も、隣の声を分析するにかなりてこずっている感じを受ける。

 足止めが解けたとかまた雑魚が湧いたとか、嫌な情報ばかり乱舞する有り様。


 実際、女性陣は初っ端から苦戦していた。薫が《竜巻チャージ》で雑魚の体力を減らしつつ、一気にタゲを取る作戦から。その隙に、美井奈が四天王を倒す算段を整える。

 瑠璃はやっぱり、両方のサポート役になって貰うしかなく。弾美の体力のチェックも含めて、かなりの大任となっているが仕方が無い。ピンチのキャラに駆けつけられる位置で、八方に目を光らせている状態である。

 その少し前方に陣取って、ミイナが四天王の片割れに矢を射掛けている。相手は無抵抗のサンドバック状態かと思いきや、定期的に反撃がやって来て始末が悪い。

 妖精魔法の加護がある内にと、削りのスピードを増す美井奈。


 そこまでは作戦通りで、四天王のオートの反撃が唯一の誤算程度だったのだけれど。新たに湧いた雑魚が、一直線に美井奈に殺到した頃からシナリオは崩壊を始めてしまう。

 薫の雑魚討伐を手伝っていた瑠璃は、美井奈の悲鳴を聞きつけて大慌て。2体の雑魚の片方を氷の足止め魔法でキープ、もう一方を前に出て殴り始めるのだが。

 薫の方の雑魚も、ようやく2体倒し終わった所である。雑魚とは言え、1対4は少々キツイかも。


 そこへやって来た、大ボスの魔族の哄笑と言う特殊技。逆三角錐の形をした雑魚魔族が、急にスピンを始めて縦横無尽にフィールドを暴走し始める。

 ぶつかったキャラ達は手痛いダメージを負ってしまい、特に瑠璃と美井奈は酷い有り様。丁度暴走した雑魚の近くにいたためか、防御魔法も解けて体力がずんと減ってしまった。

 範囲の及ばなかった弾美はともかく、体当たりでスタン状態の薫はピンチ。回転の終わった矢尻形態の魔族は、全部で4体。今はタゲ切れで、四天王の前に護衛する形で整列している。

 残った飛翔タイプの敵2体に、スタン状態が解けるまでボコられるカオル。


「うわっ、凄い攻撃が来た~っ! 3回ぶつかっただけで、ルリルリのHP半分も減っちゃったよ。防御魔法掛けてたのにっ!」

「妖精魔法も完全に解けちゃいましたっ! 今度来たら本当にゲームオーバーですよっ!」

「大ボスから派生した特殊技らしいけど、止める手段が無いっ! 敵減らすとか何とかで、取り敢えず凌いでくれっ!」


 なるほど、スピンする逆三角錐の魔族を倒してしまえば、あの技も確かに怖くない。スタンがようやく解けた薫は、少しだけ冷静さを取り戻して反撃のスキル技を敢行。

 飛翔タイプの魔族を蹴散らし、瑠璃にヒールを貰って一息付けたものの。ゲートからは新たに闇の精霊が2体ポップ、数がちっとも減りやしない。

 げんなりしながら、こちらも助っ人が欲しいものだと思った瞬間。


 昨日の会話が鮮明に蘇り、思わず背筋がしゃんと伸びてしまった薫。こちらにも確か、助っ人が残っていた筈。最後の戦闘で使わず、何としようぞ。

 やや慌てた口調で、女性陣の指揮の仕切り直し。


「瑠璃ちゃん、確かお助けアイテム残ってたよね、それ使おうっ? それから、私がもう一回雑魚を引き受けるから、美井奈ちゃんと協力してゲート1個潰してっ!」

「あっ、ゴメンなさいっ……持ってるのすっかり忘れてましたっ! 使いますねっ!」

「もう一回妖精魔法掛けて、今度こそ畳み込みますっ! 薫さん、いつでもどうぞっ!」


 瑠璃がその存在を思い出して、ようやく出現した助っ人天使。文字通りの切り札になるかは別として、期待値は急上昇。ついでに使い忘れに気付いた退魔の砂時計が、負の連鎖を断ち切るべくフィールドを明るく照らし出す。

 瑠璃もその頭上に輪っかを光らせているので、合計3個のリング効果は絶大と言うべきか。覿面に怯み出す魔族達、それを見て最初から使っていればと今更の後悔の瑠璃だったり。

 みんな忘れていたのだから仕方ないと、温かいメンバー達のフォローだが。言い換えると舞い上がって忘れていたのは、実は全員のせいだったと言う。バツの悪さの棚上げなのかも。

 それはともかく、ここからはこちらの手番だと張り切る一同。


 などと考えるより先に、助っ人天使は近くの雑魚に突進を掛けていた。たちまち6匹の雑魚が反応して、逆にタコ殴りの目にあいそうになっているやんちゃな天使だが。

 薫のチャージ技でタゲを取ってからのマラソンに、待ちなさいよと付いて行く愛想の良さ。視界が開けた瑠璃と美井奈は、先ほど少しだけ体力を減らした四天王をロックオン。

 反撃にも委細かまわず、とにかく一気呵成の畳み掛けを見せる。


 最後は瑠璃の《ウォータースピア》で、四天王の片割れは崩れ落ちて行く。それと同時にゲートの片割れも消失、やったぁと嬉しそうに歓声を上げる少女達。

 これでかなり気が楽になったが、まだ稼動しているゲートから新たな雑魚が出現。昨日相手にした、堅い甲殻を持つ棘蟲型の魔物である。

 その報告を受けて、薫が器用に雑魚の数を減らしながら戻って来る。


 実際、複合スキル技の《幻影神槍破》は、削りながらのマラソンにはぴったりの技だった。殴り合う回数が少ないので、どうしてもSP不足で頻繁には使えないが。

 この技を使えば、複数の敵とは言え一瞬自分の姿を見失ってくれるのだ。その隙に反対方向に逃げれば、自分が囲まれる事も無いという使い勝手の良さ。

 付いて来てしまった天使が、雑魚の1匹のタゲを取ってくれたのも大助かり。SPが貯まったのを確認して、得意の《竜巻チャージ》でその止まった敵に瞬間移動。

 置いていかれた雑魚達は、やっぱり一瞬タゲを見失ってポカンとしている。


 そんな頭脳プレイも、退魔の砂時計が敵を弱体している恩恵が大きいから。年少組がゲートを1つ潰している間に、薫と天使のペアも雑魚を2匹撃破していた。

 新たに湧いた雑魚も引き受けようと、ゲート前に取って返した薫だったのだが。今度の敵は、昨日の攻防で割と強かったという印象の魔物である。どうしようかなと逡巡している間に、年少組はかなり思い切ったプランを用意していた様子。

 と言うより、薫に群がる弱った雑魚を見て咄嗟に取った行動なのだろうが。まずは美井奈が、範囲矢束での吹き飛ばしスキルスクリューアローを敢行。つられるように、瑠璃も思わず《ブリザード》を選択。

 雑魚の大半が、これでバタバタと倒れて行く。


 ついでにゲートを支える四天王の生き残りにも、少なからぬダメージが入った様子。薫もお付き合いにと《炎のブレス》での範囲攻撃。引き回していた最後の雑魚は、やっぱり舞い戻って来た天使が倒してくれた。

 生き残っているのは、湧いたばかりでピチピチ状態だった棘蟲と四天王だけ。遠慮無しに殴り掛かる天使につられる様に、薫も敵をタゲって殴り始める。

 後方からは年少組の派手な遠隔攻撃、何とかなりそうな手応え。


「ハズミちゃんっ、こっちもうすぐ終わりそうだよっ!」

「おおっ、ようやくかっ! こっちも今の所、無事にキープ出来てる……退魔の砂時計を遅らせて使ったのが、結果的には良い案になるかもな」

「ああっ、途中で効果が切れて慌てるよりは、確かにマシかもねっ……よしっ、ゲート2つ目壊し終わったよ、弾美君!」


 ご苦労様と、幾分余裕のある弾美の返答。その雰囲気に、女性陣も多少余裕を取り戻している様子である。大ボス戦への合流前に、ポケットの補充とヒーリングをきっちり済まして。

 合流を果たしたパーティは、最後のボスに渾身のアタックを開始する。順調に行き過ぎるのは弱体のリング効果のせいかなと、弾美などは訝るのだが。

 意外と弱い大ボスに、戦闘は終始こちらのペース。


 時間をたっぷり残して、ハイパー化をも軽くあしらって、大ボス戦は決着を迎えそうな気配。この現場の異変は、そう言えば魔力供給源の四天王を始末した恩恵かも。

 美井奈の母親がいつの間にか、娘の後ろに陣取って応援を飛ばしていたのも小さな異変と言えるかもだが。少女はさらに勢い付いて、最後の追い込みに熱を入れる。

 そしてとうとうやって来る、活動を止める大ボスのシーン。


 途端に上がる歓声、抱き合う瑠璃と美井奈を、さらに後ろから抱きすくめる沙織さん。弾美は薫とハイタッチ、雄叫びを上げながらさすがに抱きつくのは不味いかなと自制してみたり。

 興奮の治まらない部屋の中、画面の経緯を真剣に観察している者など誰もいなかったのだが。膝を屈した状態の魔人が、不気味に振動しているのは何事だろうか。

 動画の中の魔人は、体力を全て失っていたが死んではいなかった。かと言って、最後の捨て台詞を発するための間でもなく、不気味な振動は笑っているため起こったもの。

 黒ずんた肉体は、地面に這いつくばるようにして徐々に形を変えて行く。

 

「あれっ、動画で……ええっ!?」

「うおっ、最終形態のパターンかっ、道理でラスボスにしては弱過ぎると思った!」

「ええっ、まだ戦いあるんですかっ!?」


 驚き方は様々だが、慌てて自分のコントローラーを持ち直すのはみんな一緒。薬品の残りはどうだったかとか武器の耐久度は大丈夫かとか、各々チェック事項を確認しつつ。

 そんな冒険者達を尻目に、動画はなおも続く。これが終わらない限り、自分のキャラ状態を確認出来ない。最後の敵の形状を見て、皆の顔が段々と青褪めていく。

 その形態は何と、巨大な黒龍だった。


 最後に迎える敵としては、確かに倒す達成感は高いだろうけれど。倒される危機感も高い訳で、これは微妙な敵のチョイスである。弾美でさえ、さすがにこれは無いだろうと言いたげ。

 それでもリーダーとして、これが本当に最後だと渇を入れるのを忘れない。みんなからもオーッと返事が返って来て、ちゃんと臨戦態勢にある事を知らせて来る。

 動画が終わるや否や、素早く愛するキャラの確認に走る一同。


「武器は大丈夫みたい、貫通撃はそんなに使ってなかったし。ポーションは減っちゃってるけど、一戦くらいは持ちそうかな?」

「わっ、私も武器の耐久度は平気ですっ! あれっ、さっき四天王が相手だったから、破魔矢使わなかったんですけど……この敵には効果あるんでしょうか?」

「もろ闇属性だし、元が魔族だから効きそうな気もするけど……美井奈は光魔法も持ってるし、このパーティの肝なのには間違いないな、頑張れっ!」

「そうだね、頑張って美井奈ちゃん! 私もエーテルもエリクサーも、結構残ってるから平気」

 

 周囲からの期待を一身に背負い、美井奈はかなり有頂天。後ろに控える母親からも、頑張りなさいと励まされ、やる気は初っ端からマックス状態である。

 そんなヤル気を吹き飛ばす、いきなりの誤算な出来事が戦場に舞い降りる。強化を掛け終わって見回すと、隣に召喚切れしていなかった天使が佇んでいたのだ。

 そこまでは良かったのだが、問題はそこから。弾美が一歩踏み出すと、天使もそれに反応。フィールドの中央の敵を見初めて、弾美より先に突っ込んで行く。

 止める間もなく単身敵に挑んだ天使は、黒龍のブレスに一発昇天。


 今の威力はナニとか、死んだのは誰のキャラとか、驚き慌てるパーティの中で。度胸一発、敵の懐に飛び込んで行く弾美。さすがにブレスの連発は無いだろうと、計算しての行為だが。

 それに応じて、正気を取り戻した女性陣。リーダーの後に続いて、それぞれお決まりの配置に付いて行く。ここら辺は、これまでに培ったチームプレーだ。

 淀みなく場所取りをして、次にするのは見極め作業。


 属性の相性や武器でのスキル技の効き、さらには魔法耐性などは素早く見極めないと後で痛い目を見る事になる。効率重視が全てではないが、無視してバカを見るのはこちらなのだ。

 役に立ちたいと願うのは、ひとえに信頼し合った仲間のため。自分の能力を活かす事が、仲間の命を生かす事に繋がるのだ。ゲーム内の遣り取りだから、手を抜いても良いと考える者は、ここには一人もいない。

 その不思議で真剣な連帯感を、傍で見る美井奈の母親はしっかり感じ取っていた。


 その仲間に溶け込んで、しかも頼りにされている娘には、誇らしささえ感じてしまう。傍観者でしかない自分の立場が、ちょっとだけ歯がゆく思ってしまうけど。

 それはともかく、言葉を発したのはその娘が最初だった。


「隊長の予想通りに、破魔矢の効きは凄くいいですねっ! 影縫いは全然効きませんっ、貫通撃主体の削りでいいですかっ!?」

「直接攻撃は、悲しいほどダメージ低いなぁ……私も貫通撃を主体に削るね、弾美君!」

「細剣のスタン技も、同じく効果がないみたい……敵の特殊技が素通しは怖いなぁ……回復要員になるね、ハズミちゃん」

「おうっ、特にブレスが怖いからよろしく頼む。さすがに一発で沈む事は無いと思うけど……」


 自信無さそうに、言葉を返す弾美。今の所の黒龍の攻撃は、噛み付きや尻尾攻撃程度で済んでいる。警戒していた暗黒系の魔法が来ないのは、まだ生きている退魔の砂時計と瑠璃の天使の輪っかのお蔭なのかも知れない。

 肉弾戦のみと言っても、前衛にはかなりきつい仕様には違いなく。特に防御手段を持たない薫は、尻尾のビンタにいいように晒されている。弾美は盾持ちとは言え、龍のパワーは受け切るには辛いものがある。

 回復役の瑠璃も、なかなかに気が抜けない。


 ひたすら順調なのは、安全地帯に陣取って破魔矢を射続けている美井奈のみ。ダメージも好調を維持、最初の頃のヘッポコ振りを知っている弾美や瑠璃は感慨深いモノが。

 黒龍のHPが8割を切った頃に、恐怖の2度目のブレスはやって来た。それを単身受けたのは、今度は助っ人ではなくハズミンその人。HPは一気に半減、さらに防具破損のログが酷い。

 瑠璃の回復だけでは、ハズミンの体力は全快には程遠い。美井奈の後ろで息を呑んで見守っていた沙織さん、慌てた様子で娘に回復の指示を出す。

 皆の前では割と素直な少女だが、母親相手だと地が出るのか返答は邪険だったり。


「分かってるってば、お母ちゃまはうるさいっ!」

「分かってないじゃないのっ、魔法の射程に入ってないわよ、美井奈」

「いや、親子喧嘩は後にしてくれ、頼むから……」


 力の無い弾美の制止に、ちょっと気まずそうな沙織さん。美井奈はようやく回復魔法を飛ばすに至ったが、こちらもやっぱりバツが悪い様子。

 とにかく危機は去ったかと、再度攻撃に移ろうとしたら。いきなりフィールドに変化が現れ、それはまず光の明滅から。何事かと思ったら、沙織さんが娘の画面から目ざとく原因を見付けて報告してくれた。

 どうやら退魔の砂時計が、時間切れを迎えたらしい。10分位はもっていたので、それも当然なのだろうけど。戦闘はまだ続いており、効果消滅は歓迎されない事態である。

 瑠璃の天使の輪だけで、果たして敵の能力を抑えておけるものか?


 それが無理だった事が、効果消滅と共に判明。黒龍がいきなり、暗黒魔法をバンバン唱え始め出したのだ。ハイパー化とも様子が違うので、やっぱりこれはアイテム効果切れのつけだろう。

 《カオスタッチ》はまだ良い方で、呪い系最凶の《デスタッチ》と言う魔法に、弾美はてんやわんや。瑠璃が忙しなく、天使の輪っか効果でキャンセルしているが、それもいつまで続くか。

 直接攻撃も相変わらず痛いし、まだまだ波乱はありそうだ。


 退魔の砂時計の消失の際に、実は瑠璃にも異変が起きたのだが。それが一体何なのか、本人さえ分からないという。天使が昇天した場所からも光の明滅が起こり、ルリルリを一瞬光が包んだのだ。

 ログには《奇跡の残光》が発動したと、よく分からない解説が入ったっきり。どんな奇跡か知らないが、そう言えば以前にも天使の助っ人が小さな奇跡を残してくれた事があったような。

 あの時も確かドラゴン戦だったと、瑠璃は思い返すのだが。


 効能が分からないのでは、それを発揮しようもなく。何となく焦れている内に、フィールドはとんでもない事に。黒龍の暗黒魔法の《ブラックレイン》は、度肝を抜く範囲攻撃だった。

 名前通りの酸の黒い雨は、ダメージこそ無かったものの。パーティ全員に、毒状態+武器防具破損を引き起こす。大ブーイングの一同、しかしこの技はこれだけでは終わらなかった。

 地面に落ちた滴たちは、プルプルと形を成して行き。気付けば黒い小さなスライムが、足元を埋め尽くしていたのだ。今度は絶叫を上げるメンバー、何しろ数が半端ではない。

 しかしこれすらコンボ技の序章。次なる黒龍の《哄笑》で、合体を始めるスライム群。


「うわっ、ちっちゃいスライムが合体して巨大に……これって、龍族お決まりの召喚魔法?」

「いや、ただの特殊技な気がするな。多分、後でまた何か召喚するぞ、コイツ」

「ハード過ぎます……ふあっ、こっちに来たっ!」

「わっわっ、数が多いからどこに動いても反応しちゃいそうっ!」


 黒スライムの数は合体してかなり減ったとは言え、フィールドを見回せば10体はいる勘定。盾役の弾美に反応した奴を、薫が《炎のブレス》でまとめて引っこ抜く。

 短く礼を言う弾美、まぁパーティの盾役が沈んだら全滅コースなので、当然の選択なのだが。そのせいで一気に3体にたかられた薫は、ちょっとしたピンチ。

 美井奈に取り付いた黒スライムは、自然と瑠璃が引き受ける事に。美井奈は引き続き、黒龍の削りの続行と同時に、みんなの回復を担うようにと指令を受ける。

 状況はかなりきつくなったが、黒龍の削りを休む訳には行かない。


 下手に動かなかったお蔭で、瑠璃の相手はたった1匹で済んだ様子である。それでも周囲を徘徊する黒スライム達が、いつこちらに反応するか分かった物ではない。

 特殊技を丁寧にスタン技で止めながら、何とか有利にスライムを料理して行く瑠璃。すぐ隣に美井奈がいるので、下手に範囲技など発動させられない。

 MPをケチったせいで通常技を結構喰らってしまったが、幸いスライムはそれ程強い相手ではなかった。相手をしていた1匹を倒し終え、ポケットに入れてないエーテルを使おうと、カバンのウィンドウを開いた途端。

 あれっと違和感が脳裏を襲い、その原因究明にしばし固まる瑠璃。


「ああっ、さっきの奇跡ってこの事だったんだぁ! わっわっ、捨てなくて良かったよっ!」

「何の話ですか、お姉ちゃまっ? どうでも良いですけど、薫さんがさっきからピンチですよ?」

「どうでも良くないっ! 瑠璃ちゃん、ヘルプッ!」

「はいっ、助っ人召喚しますね~っ!」


 何の話だと、弾美も瑠璃の言い回しが気になった様子。その疑問に行動で答えるべく、ルリルリは復活していた天使の呼び鈴をカバンから使用する。

 再召喚された天使は、元気良く一番近い敵に向かって突進して行く。丁度薫が殴っていた敵で、ちょっと助かった感はあるけれど。次いで回復要員の妖精を呼び出して、フィールドはどんどん賑やかに。

 これが《奇跡の残光》の効果らしく、捨てずに持っていた呼び鈴が全て再使用可に。


 この奇跡には驚きの一同、再度のお助けキャラの出現は素直にありがたい。泉での修理を諦めてなかった瑠璃のカバンには、結構な量の呼び鈴が残されていた様子で。 

 絡んで来そうでおっかない近くの黒スライムも、瑠璃は積極的に退治の構え。今度呼び寄せたのは、いつか裏エリアで貰ったジョーカーの兵士だったり。

 召喚士みたいですと、素直な美井奈の感想。


 召喚されたジョーカーは、黒スライムにさっそく《カード封印》を実行。それが効かないと見るや、何と《全カード召喚》と言う特殊技を発動。エースのカードから王様まで、強さもてんでバラバラなカードたちは、一斉に手に持つ武器で敵を攻撃し始める。

 この敵は何とかなりそうだと、瑠璃は再度薫のヘルプに。


 瑠璃と天使と妖精の助けもあって、何とか窮地を抜け出た薫。黒スライムの特殊技にてこずりながらも、取り敢えず受け持った奴は全部平らげる事に成功する。

 ポケットの薬品を補充しつつ、賑やかになったフィールドを観察してみるが。遠くの黒スライムまでは、とても倒しに向かう気力も余裕も無い。天使はそうでは無い様で、もう1匹おかわりに手をつけているけれど。

 下手に黒龍に特攻を掛けられるよりは、まだマシかも。


 その黒龍の削りも、ある程度順調なペース。相変わらず沙織さんの声援と、珍しく集中力の切れていない美井奈の頑張りが目に入る。弾美のキープも冴えを見せ、瑠璃の支援も頼もしい。

 さて自分も再び削りに参加しようと、薫が黒龍に向かった瞬間に。ソイツは後ろ足で立ち上がって呪文詠唱の構えに突入した。慌てる一行に、咆哮のスタンが襲う。

 敵のHPは7割、やっぱり来ちゃったかと一行のため息。


 竜言語の呪文で召喚されたのは、2体の真っ黒なワイバーンだった。自身の体力も、2割近く減らしている黒龍。それで公平かと問われれば、皆一斉に首を横に振るだろうけど。

 リーダーの弾美がそいつらの相手にと指名したのは、やっぱり薫と瑠璃だった。それはそうだろう、美井奈はくっ付かれるとお終いなキャラだし、黒スライムの残っているフィールドでは、とてもマラソンが出来る状態ではない。

 体力を5割に減らした黒龍を横目に、薫は飛竜に《パラライズ》を飛ばす。


 遠隔釣りの為の魔法使用、レジられる事は分かっていたが。飛翔からの鉤爪攻撃を、華麗にステップでかわしつつ。邪魔にならない場所に陣取って、黙々と飛竜退治を始める薫。

 すぐ近くでは、相棒の天使が妖精を従えて黒スライムと格闘していた。2組のカップルの、火花を散らすような舞踏会。ダンスパートナーは、両者とも真っ黒で無粋だが。

 薫の目論見としては、天使と妖精の回復に期待しての位置取りだ。


 

 もう1体の飛竜の相手を申し付けられた瑠璃も、作戦は既に考案済みだった。薫と反対のスペースに陣取って、魔法で釣った飛竜にソロで対峙するルリルリ。

 そこで取る行動は、やっぱりカバンからの助っ人召喚。自分でもちょっと、召喚士みたいだと変に可笑しさがこみ上げて来る。とにかく存在感のある巻貝は、早速敵を見初めた様子。

 いきなりの《ブロッキング》の使用でタゲをとった巻貝は、自分のペースで飛竜を削り始める。触手を伸ばして、空中の敵と良い勝負を繰り広げている感じだ。

 巻貝も大きいので、見た目は怪獣大戦争みたい。


 カバンの中には、赤龍のダンジョンで入手した天使の呼び鈴も入っていた。天使の2体同時召喚は無理かなと、半ば駄目モトで使用に踏み切った瑠璃だったけれど。

 ピヨッと2体目の天使も、元気に出て来て飛竜に向かってアタックを掛け始める。巻貝が下手に放ったアクアブレスに反応して、近くに居た黒スライムも絡んでしまっていたので。

 これで何とか均等は取れそう、瑠璃は弾美のサポートに戻る事に。


 ようやく体力半減した黒龍を相手取っていた弾美は、やっぱりやって来たハイパー化にかなり苦労していた。まずは敵の攻撃力上昇、代わりに防御は低下しているとは言えかなりキツイ。

 暗黒系の魔法はそれ程来なくなったが、咆哮の範囲スタン技が頻繁に来るように。さらには哄笑と言う相変わらず嫌味な技で、飛竜はパワーアップしているようだし、黒スライムは不気味な動作で中央に近付いて来るし。

 ポケットの薬品が危うい弾美は、気が気では無い。


 それでもキープを投げ出す訳には行かないし、削りも続けないと終わりが見えて来ない。正直、武器や防具の耐久度が無くなっても、この一戦に勝てればどうでも良い。

 そんな気持ちで臨んでいても、敵の能力は侮れないのは確かだ。まだまだ底は見せていない感じのラスボス、隙を見せたら一気に持って行かれそうで怖くもあるし。

 それでも弾美は、仲間のために一切の弱音は見せたりしない。


 幸いな事に、破魔矢での高い削りを見せている美井奈が、今もフリーでボスに攻撃出来ている。コンスタントに回復も飛ばしてくれるし、後ろの母親の存在のせいか、精神状態も安定している様子である。

 欲を言えば、ポケットの補充の時間が欲しい弾美だが。下手に焦って盾のブロックをミスれば、血ダルマになるのがオチである。支援を信頼して、前の敵への集中が大事。

 とにかく咆哮がウザいが、哄笑で黒スライムが接近しているのも気掛かりだ。


 瑠璃も召喚した助っ人に飛竜を任せて、支援に戻って来てくれた。背後に感じるいつもの安心感、これだけでプレッシャーが数割は減じてくれる。先ほど《竜人化》の再詠唱を失敗したが、今度は行けそうかも。

 敵の哄笑に合わせて、こちらも魔法を掛け直し。


「うわっ、いつの間にか黒スライムがこんな近くにっ……! あれっ、でもこっちに反応しない?」

「えっ、さっきはアクティブでしたよね? どうしてかな、ハズミちゃん?」

「知らんっ、薫っちの方終わりそうか?」

「天使の方の戦闘に近付き過ぎて、スライムの範囲喰らっちゃった……うん、飛竜あと2割くらいで終わる~!」

「相変わらず粗忽ですね、薫さん……痛いっ、お母ちゃまっお尻つねらないでっ!」


 母親に、悪口の制裁を下された美井奈は放っておくとして。果たして黒スライムは、放っておいて良いものだろうか。こちらを攻撃して来る事は無いが、正直気味が悪い。

 一見大ボスの黒龍を守っているようにも見えるが、積極的な行動はナシ。キャラ側の奴はほとんど倒しているので、一斉範囲攻撃などが発動しても被害は少なくて済むが。

 無言のプレッシャーは、結構侮れないモノが。


 黒龍の攻略自体は、美井奈の削りと瑠璃の回復支援のお蔭で順調そのもの。薫もようやく受け持ちの飛竜を片付けて、応援へと駆けつけて来た。

 黒龍のHPも4割まで減じており、このまま最後まで突っ走りたいところ。ところがやっぱり、奥の手を隠し持っていた大ボス。鍵は寄って来た黒スライム、《生贄》という特殊技の発動で。

 黒スライムの体力を吸い取り、ちゃっかり回復を果たす黒龍。


 これには一同、大ブーイング。せっかく必死に削っての、10分近くの作業だったというのに。敵のHPは完全ではなく、1割程度の回復だったのは幸いだけれど。

 まだまだ黒スライムは、黒龍の後ろに4体程控えている。


「わっわっ、敵が回復しちゃった! さっきの特殊技が来るたびに、ひょっとして回復して行っちゃうのかなっ?」

「ううっ、酷いな……せっかくここまで削ったのに! 多分そうだろうから、黒スライムを先に倒しちゃうのが賢いのかっ?」

「ううっ、それって私の役目だよね……? 最終戦なのに、役割がほとんど雑魚の相手って……」

「その分、私が頑張りますから安心して下さい、薫さん。ってか、私の削りを変な回復技で無駄にしないで下さいよっ!」


 それもそうだねと、大人しく再び雑魚狩りに赴く薫。弾美もちょっと可哀想だなと思うけど、そこはパーティでの大事な役割分担。黒スライム4匹は、相手にとって不足は無い筈。

 いや、一度に対峙するにはかなり苦しいかも?


 それでも程なく、黒龍から引き離したよとの薫の報告。いち早く戦闘を終えて突っ立っていたカードの兵隊さんの群れを見つけ、それ目掛けて突っ込んで行く。

 助っ人は召喚時間が切れるまで、周囲の敵かプレイヤーの動きに反応して戦闘の補助をしてくれる。反応する者がいなくなったら、こんな感じで動きを止める仕様である。

 今は新たな獲物を察知して、ヤル気モードに突入したようだ。


 生き残ったカードは、6枚はいるようだ。これで数の不利は逆転したが、数字の低いカードは戦力に数えるのも躊躇われる弱さである。周囲を見回すと、生き残りの飛竜と火花を散らしている巻貝と天使のカップルが。

 なかなかの奮闘振りで、チェックしてみると飛竜のHPは残りわずかの様子。彼等も仲間にしてしまえと、思いっ切り良く《竜巻チャージ》で削りのお手伝い。

 足の遅いスライム達は、カードの兵士にたかられながら、のそのそとこちらにやって来る最中。その隙を利用して、スキル技のオンパレードで飛竜に猛烈アタック。

 助っ人の支援も手伝って、2匹目の飛竜も何とか没。


 これで数の優位は拡大して、かなり余裕の生まれた薫である。ついでに2体目の天使と妖精のカップルも、戦闘が終わってこちらに反応した模様。トテトテと近付いて来て、カードの兵士に回復を掛けている。

 助っ人大集合の戦線は、実際かなり賑やか。それぞれ得意な戦法で、黒スライムに一丸となって攻撃を仕掛けている。特に巻貝のタゲ取り技は有り難く、薫にさらに余裕が生まれる。

 そんな間隙を突くように、再度の黒龍の《哄笑》が。


 弾美のチームに被害は無かったものの、助っ人軍団には被害甚大。黒スライムの勢揃いでの範囲粘弾放射で、バタバタと倒れて行くカードの兵隊さん達。

 残ったキャラ達も、総じて体力は良くて半減かそれ以下の有り様。クイーンカードや天使達が、甲斐甲斐しくも回復を飛ばす中。これで勝負は、どっちに転ぶか分からなくなって来た。

 ポーションを使いながら、忙しない思考の薫だったり。


 一方の黒龍のハイパー化だが、これ位で済んでいるのはまだマシな方か。ブレスも頻繁に来るようになって、お気に入りの盾や防具の数値はもうボロボロに近い。

 敵もボロボロにしてやると、スキル技を見舞う弾美だが。序盤よりはダメージを出せるようになったとは言え、いつもの破壊力は望めない。ようやく先ほどの回復分を削れはしたが、もたもたしていると2時間縛りまで発動してしまう恐れが。

 弾美はとうとう、瑠璃にも削り参加の要請を飛ばす。


「瑠璃っ、SP貯まってるなら光のスキル技で削りも頼むっ! でもブレスや尻尾が来そうなら、すぐに下がるんだぞっ!」

「りょ、了解っ……何とかやってみる!」

「時間もそろそろ限界ですしねぇ……お姉ちゃまっ、頑張りましょうっ!」


 ついでに薫っちも、さっさと片付けて戻って来いとのお気楽な言葉。そんなに簡単な作業ではないと、やや切羽詰った薫の返答。あれから敵は1体減ったが、味方も2体倒されていたのだ。

 黒龍のHPも、もう3割まで減っている。瑠璃の削りも加わった結果だが、お蔭で弾美の回復がやや心許なくなっている。それでもようやく終わりが見え、俄然ヤル気も上昇すると言うもの。

 弾美の掛け声が飛び交う中、パーティは一丸となっての猛攻を披露する。


 このまま終われば、まだ可愛げがあったラスボスだったのだが。2割半にHPが突入した途端、何と自らの命を削っての再召喚を披露。どこまでも悪足掻きは続く。

 そのせいで敵の体力は残り1割を切り、本当に最後の嫌がらせ技っぽい。ところがヘロヘロの黒龍、ここに来て何故か無敵状態に。察するに、召喚された敵を先に倒さないと、手出しを出来ない仕様なのかも。

 それは無いだろうと、一同からのブーイングはこれで何度目か。


 召喚された敵は、強そうな魔族が2体。左右非対称な部分鎧と不気味な紋章を肌に身に纏っていて、その2体も鏡に映っているような左右対称のデザインである。

 強そうな上に、洗練された外見の敵の出現に。美井奈や薫辺りは、またかといい加減プッツン来そうな気配。弾美などはちゃっかりと、黒龍の召喚魔法の詠唱中に、自分のポケットの補充を済ませていたりしてたけど。

 敵の能力を過小評価せず、隙があれば見逃さない姿勢はさすがかも。


「ぬおっ、ボスに攻撃が通じなくなった! 最後に来て無敵化……ああっ、ラスボスが雑魚より先に倒されると格好が付かないからか!?」

「また仲間呼びましたかっ……えあっ、本当に攻撃のダメージ出ませんよ、隊長っ!?」

「ええっと、つまりは今召喚された敵から倒せばいいのかな、ハズミちゃん?」

「そうだな……大ボスに攻撃通じなくなったから、美井奈も雑魚の削りに回ってくれ。薫っち、そっちは終わりそうか?」


 今も戦闘中の薫は、フィールドの変化もろくに感じ取れない状況である。それでも黒スライムは後ちょっとで終わるよと、自分の担当中の戦闘経過を報告する。

 ついでに言うと、回復役の妖精とカードの兵隊の大部分が、激しい戦闘の結果に倒されてしまった。それでも天使2体と巻貝、それからジョーカーとキングとクィーンの兵隊はまだ健在。

 最後の戦闘にも、役立ってくれそうな雰囲気だ。


 ボスのキープには必要無いと言われた美井奈、またも張り切りながら雑魚を釣りに掛かるのだが。片方だけ釣った筈が、反応したのは何故か2体とも同時。

 中型の魔族が、悠然と宙を飛びながら後衛陣に近付いて来る。瑠璃がもう片方に魔法を放つが、タゲを取れる気配はまるで無し。氷の足止め魔法もレジられて、慌てる少女達。

 やむなくマラソンに持ち込もうとするが、その前に魔族達の特殊技が炸裂した。


 2体同時の《闇のブレス》で、張ってあった光球の防御を剥ぎ取られて行く雷娘。後ろからの母親の指示も一足遅く、とうとう2体の魔族に張り付かれてしまった。

 慌てる瑠璃の近付いての《ハニーフラッシュ》で、ようやくタゲを奪えたものの。やっぱりシンクロする2体の魔族、同時攻撃で今度は瑠璃がピンチに。

 それを見守る美井奈は、どうして良いものかとオロオロ。


「わっわっ、どうしましょう……タゲ取ったら2体がいっぺんに来るし、お姉ちゃまがピンチッ!」

「取り敢えず回復は飛ばしなさい、美井奈……ちょっと離れて弓撃てる距離はとっておいて!」

「こっち終わったよ、二人ともっ……助っ人にも協力して貰おうっ、こっち連れて来て!」


 必死な瑠璃に、薫の助言が有り難い。天の助けと、何とかそれに従おうとする瑠璃だったが。母親の助言に距離をとっていた美井奈が、薫の手前まで移動してのスキル技の敢行!

 強引にタゲを取り戻して、後は年長者に何とかして貰おうと言う、思い切りの良い作戦を実行。お蔭で助かった瑠璃、2体同時の魔族の攻撃には、まるで成す術がなかったのだ。

 体力も半減していたし、あのままでは確実にやられていた。


 計画通りに近付いて来る魔族達に、どっと群がる生き残った助っ人軍団。瑠璃が召喚してから、獅子奮迅の活躍振りでパーティを助けてくれている。

 頼もしい限りだが、頼ってばかりはいられない。薫はタゲ取りにと《大車輪》からの《貫通撃》を見舞うのだが。なかなかこちらにタゲが来ず、美井奈の批難を浴びる破目に。

 その本人はと言えば、天使やクィーン札から回復を貰って、割と余裕なのだが。それでもMP持ちの助っ人は、魔力枯渇になると当然ながら魔法を使わなくなる。

 幸いこの場の助っ人は、全員オートMP回復を持っている様だが。


 そんな感じで散々三人で殴ってみて、分かった事が幾つか。結局、光属性の攻撃を持つ年少者の二人の方が、圧倒的にタゲを取りやすいと言う事が一つ。

 もう一つは、2体の魔族はタゲを共有すると言う事実。つまりは、タゲを取ったキャラは2体に殴られる運命になってしまうのだ。巻貝のタゲ取りスキルも空振りに終わり、安全に削るとは行かない現状で。

 後ろに位置する母親の、あなたは回復に回りなさいよとの言葉に否と唱えた少女。攻撃を諦めきれない美井奈は、とうとう密集地帯に突っ込んで光魔法の連打に踏み切る。

 この密集した状況が、後の勝負のあやを作り出すとも知らず。


 薫はなおも、冷静に敵の特性を分析していた。右側に位置する魔族は、部分鎧に赤い縁取りが施されている。使って来る特殊技はMPやSPの吸収や、スキル封印などの特異系が多い。

 反対の左側の魔族は、見分けがつきやすいようにか、鎧に青い縁取りが行われていた。使って来る特殊技は、前方ブレスやスタン技、単体への強力攻撃技が多いようだ。

 先に潰すならこっちかなと、薫は年少組に指示を飛ばすのだが。


 助っ人NPC軍団は、そんな指示などどこ吹く風。気ままにタゲった敵を殴り、近くに体力を減らした味方を見付ければ回復を飛ばし。それでも賑やかな支援は有り難く、安定した削りをサポートしてくれている。 

 数の暴力と言うか、削り手には不自由しない戦況となっているのが現状か。美井奈も光魔法で削りに参加して、タゲを取ったら周囲の回復待ちと言う戦法。

 妖精の光球防御もあるし、離れての遠隔削りでは、タゲを取るたびに皆を移動させて迷惑を掛けるのだ。MPは大量消費するが、幸いエーテルには余裕があるし。

 そのお蔭もあって、瞬く間に魔人の片割れの体力は減って行く。


 体力半減のハイパー化は、薫もある程度予測していたものの。呪い系の《等価変換》という魔法は、周囲の敵対キャラ全員を自分のHP値と同等にしてしまうモノ。

 かなりひやりとさせられたが、そこは瑠璃の《波紋ヒール》で何とか凌ぎ切る事に成功。呪い魔法の犠牲のせいか、まだ体力に余裕のあった片割れ魔人のHPも半減まで落ち込んでいる。

 召喚魔法など、大掛かりな技や術にはよくある仕掛けではあるが。


 何となく腑に落ちない薫は、この事態に危機感を募らせて行く。そもそも薫は最初から、この対称的な魔人の仕様には疑問を感じていたのだ。

 ひょっとしたら、同じようなペースで2体の体力を削って行くべきなのかもと思わなくも無いが。それはそれで大変なのも確か、しかし、1体倒して取り残された魔人が怖い事になる可能性も。

 ぐるぐると駆け巡る薫の思考、年少者に言うべきか否か?


 実際には、薫の予想していた危機はもっと早い時期に到来した。体力が2割半からの魔族達の特殊技は、文字通り薫達の反撃も許さない凶悪さを見せる。

 2体に囲まれたキャラ達は、黒い檻に封じられて大ピンチ!


 それは《咎の黒牢》と言う特殊技だった。いつの間にかキャラ全員を挟み込むように移動を完了していた2体の魔族。その間の空間に、名前通りの黒い檻が出現する。

 閉じ込められたキャラ達は、助っ人NPCも含めて何と全員と言う有り様。美井奈の接近戦が、完全に裏目に出てしまった事になる。何しろ、閉じ込められた者は、一切の行動不可なのだ。

 しかも、最悪なのは継続ダメージのオマケ付き! 


「わわっ、黒い檻に捕まっちゃった! 魔法も唱えられないよ、どうしようっ?」

「動けません~っ、助けて~っ! ひあっ、体力がどんどん減ってっちゃってます!」

「これは……ああっ、やっぱり片割れの魔族が鍵を握ってたみたい! アイツの体力が、じりじりと減って行ってるけど……2割半になるまで、これ解けないかもっ?」


 薫の推測を聞いて、慌てて赤鎧の魔族をタゲる年少組。ソイツの体力は、ようやく4割を切ったくらいである。薫の話が本当だとすると、術が解けるにはまだまだ掛かりそう。

 その前に、確実にこちらが倒れてしまうのは想像に難くない。そんな事を考えている内に、クィーン札が継続ダメージでトン死してしまった。それを目にして、ますます焦る女性陣。

 何とかしてと、一斉に頼る先は大ボスを相手している弾美その人。


 弾美の現状も、実際は楽では無かった。瀕死の黒龍は無敵化で、攻撃自体は単調になっているとは言え。そのパワーは依然強烈なままで、せっかく入れ直したポケットの薬品も、着実に減って行くばかり。

 はっきり言って、ストレスばかりが溜まる現状である。さっさとこの状況を解除してくれと、コントローラを持つ手にも苛立ちで余計な力が入っている始末。

 そこに舞い込んだ救出依頼、何やってんだと文句を放つ前に。


 身体は勝手に反応して、荒振る黒龍に背を向けるハズミン。肝心の2体の魔族と黒い檻は、簡単に視界に飛び込んで来た。駆け出す弾美と、それを猛追する巨体の大ボス。

 作戦などは考えてなかったが、薫は赤鎧の魔人の体力を減らしてと助言を飛ばして来る。まどろっこしいやと、弾美は近付いてからの複合技を敢行する。

 貯まりに貯まった鬱憤とSPを行使しての《グランバスター》からの《ドラゴニックフロウ》の範囲技。追従する黒龍まで巻き込んで、弾美の秘技は猛威を振るう。

 そのせいで《竜人化》は解けてしまったが、戦場に新たな変化が。


 範囲技の《ドラゴニックフロウ》で、何故か追いかけて来た黒龍にもダメージが入ったのだ。たたらを踏んで、ふらつく巨体を支える大ボス。今畳み掛けると、倒せるかもと弾美は思いつつ。

 心は仲間を救う方へと傾いて、大ボスの状況など歯牙にもかけない弾美。


 何しろ、未だに黒い牢のダメージは継続中なのだ。天使の片割れも、とうとう再び天に召されてしまったと瑠璃の報告。そんな当人も、体力は既に半減以下らしい。

 元々が後衛キャラなので、体力の値は高くないのだ。薫はともかく、美井奈もそろそろ不味いらしい。今は母親の言い付けを無視した事を悔やみながら、やっぱり半泣きで助けを求めている。

 弾美は焦りつつも、倒すべき敵をロックオン。


 そんな助けに応じる余裕も、実は弾美にも無かったようだ。大ボスをフリーにしてしまったツケは大きく、後ろからいきなり攻撃を受けるハズミン。

 盾の防御も《竜人化》も無い今、受けるダメージは洒落にならない程。二撃目は何とか盾でブロックしたが、黒炎のブレスが弾美ばかりか後ろのみんなを直撃!

 ミイナが自動召喚した雷精が、意味も無く主人の周りを飛び回る。ルリルリの残りHPも、いよいよ1割に突入してしまったよう。お助けキャラも大半は破壊され、肝心の弾美もポーションで回復しないと不味い状況。

 パーティに絶望感が漂う中、最後の奇跡は訪れた。


 それを演出したのは、女性陣と一緒に囚われの身のジョーカー札だった。既に呼び出した仲間は全て倒されており、自身の体力も2割にまで減じている。その特殊技の発動条件は、何だったのかは定かでは無いが。

 フィールドに降り注いだのは《最後の切り札》と言う、ジョーカーらしい名前の特殊技だった。呆気に取られるメンバーだったが、その効果は絶大。

 各々のログに無敵化という表示と、ジョーカー札の頭上にカウントダウンが。


 その効果にいち早く気付いたのは、黒い檻を外から見ていた弾美だった。次いで女性陣も、自分達のHPが減って行かない事実に気が付いて。

 驚きのコメントを発している内に、ジョーカーの頭上のカウントは既に1桁に。何故か切れた筈の《竜人化》を纏っている弾美、急かされるように《ドラゴニックフロウ》の連打。

 周囲の敵たちは、いい様に翻弄された上にかなりのダメージを受けていた。無敵化の間は、何とSPもMPも減らない仕様だと理解した弾美。容赦ない連続スキル技を周囲に浴びせかける。

 気が付いたら、檻の特殊技はとっくに解けていた様子。


 それどころか、弾美の後ろにはいつの間にか倒された大ボスの姿が。黒龍は無念そうに、その巨体を地面に横たえている。脱出を果たした女性陣は、2体の魔人相手に最後の追い込みを掛けていた。

 瑠璃の《マジックブラスト》が、最後の魔人の息の根を止めたようだ。動く敵影の無くなったフィールドに、クリアおめでとう! の文字が浮かび上がる。

 その瞬間、皆の口から部屋を轟かす絶叫が上がった。

 

 部屋の中は、完全にひっちゃかめっちゃか状態。抱き合って喜ぶ者もいれば、絶叫で喜びを表現している者もいる。美井奈は完全に泣き出しており、それでもやっぱり嬉しそう。

 画面の中では、最後の締めに向けての動画が始まっていると言うのに。誰もほとんど見向きもしないで、エンディングとしてはこれで良いのかと言う感じ。

 大樹の滅びはもはや止める術も無く、その中を必死に逃げて行く冒険者達。

 

 


 ようやくみんなが落ち着きを取り戻したのは、それからもうしばらく経ってから。仲良く画面の推移を見つめながらも、すきやきの歌などを合唱していたり。

 沙織さんは再び、階下の手伝いに降りていってしまって今はいない。ゲームクリアの感動とこれまでの冒険の感傷に浸りつつ、呑気な雰囲気のメンバー達。

 高揚した気分のままに、瑠璃も笑いながら合唱に加わってみる。ゲームのクリアも美味しい夕食も、確かに楽しく浮かれるイベントだけれども。

 何よりも、気の合う仲間と迎えられた事が最上の喜びだと瑠璃は思う。


 言い換えれば、どんな楽しい出来事も一人ぼっちだとつまらないだろうと言う事。ついこの前の休日に、地元の神社で神様に感謝を捧げた事を思い出す。

 良い仲間に巡り合わせて下さって、本当にありがとうございます。





 ――今も気持ちは全く同じ、最大級の感謝で一緒にいる仲間と喜びを共有する瑠璃だった。

 



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