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♯25.7 最終ステージ~魔女の章・後編

 天使の示すルートに、否応無く飛び込んだパーティだったけれど。それが正しいルートなのかと問われると、首を縦に振る自信など皆無かったりして。

 他にルートは存在しないのだし、まぁ仕方の無い選択なのは確かではある。そんな訳で、光る穴の中に順次飛び込んで行った冒険者一同。

 残り時間も気になるところだが、ルートはこれ1本きり。

 

「大樹に会うルートだって。椅子に湧いた選択肢には、確か無かったよねぇ? 回り道になるのかな、それとも分岐でこのままラストまで真っ直ぐ?」

「どっちなんでしょう……もう1時間近く経っちゃってますから、回り道だとしたらあんまり時間をかけたくは無いですねぇ?」

「そうだなぁ、せっかく補修用素材が手に入ったのに、使わないままだと勿体無いぞっ」


 それぞれ勝手に推論を口にしながら、そろそろ今日のインのラストまでの道のりを計算し始めてみたり。限定イベントのこんな所で、失敗などあっては洒落にならない。

 入った場所は、苔が一面地面にクッションのように広がる樹海のような場所。太陽の光がシャワーのように降り注いでいて、倒れた樹木と垂れ下がる蔦が迷路のように道を作っている。

 苔の色も雑多で、倒木の表面にもびっしりとコーティングされている。ここでの目的をさっさと果たしたい一行は、イベントを起こそうとあちこちチェックして回るのだけれど。

 大樹を見つける前に、瑠璃が妖精の泉を発見する運びに。


 思わぬ場所での出会いに、一同はややハイ状態。さっきの戦闘でドロップした装備の呪い解除を頼もうと、使えそうなものをピックアップして行く。ピアスとネックレス、指輪と腕輪がセットで揃っていて、これを四人で分担してトレードする事に。

 サファイア装備より上等な呪い解除装備に、束の間沸く一行。

 ――真紅のピアス MP+8、腕力+2、SP+12%、防+4

 ――真紅のネックレス MP+10、腕力+3、SP+12%、防+5

 ――真紅の指輪 HP+8、腕力+3、SP+12%、防+6

 ――真紅の腕輪 腕力+5、SP+12%、攻撃力+10、防+12


 仲良く四人で分け合って、不意に起こったパワーアップ作業はお終い。清楚な小さな泉は、どうやら湧き水で出来ているらしく。蔦のカーテンの向こうには、ちょっとした広場が広がっていた。

 何やらバトルフィールドみたいで、そこに侵入するのを警戒するメンバー達だったが。貰ったばかりの新装備に勇気づけられて、弾美を先頭にぞろぞろと入って行く事に。

 しばらく進むと、地面の苔は無くなっていった。代わりに白い砂地が広がっていると思ったら、その奥に巨大な樹木の幹が見えて来て。その表面に動く物体は、巨大なカミキリ虫や樹液を吸う虫の幼虫の類いの様子。

 これは大樹の天敵だと判断した一行は、遠くから魔法や弓で虫モンスターの掃討を開始。特に草花を愛する薫の憤慨振りは相当なもの。遠距離系のスキルが無いものだから、一人でどんどん前に出張って行く。

 それが罠だと分かったのは、細かな砂地が陥没した瞬間。


「わっ、何これっ? 地面が陥没って……アリ地獄がいたっ!」

「うわっ、何か罠がありそうって思ってたけど、下からとはなぁ。脱出出来そうか、薫っち?」

「ひあっ、上からも何か来ますよっ、隊長! わっ、でっかい蜘蛛が降りて来たっ!」


 美井奈のその知らせが、戦場でのカオス状態の始まりだった。あからさまに動揺した弾美は、蜘蛛よりアリ地獄を相手にすると逃げ腰な宣言。だからと言って、頭上から迫って来る巨大な蜘蛛を放置する訳にも行かないので。

 美井奈がマラソンしますねと、キープ役を買って出たのは良いのだけれど。アリ地獄を殴るにはすり鉢状の流砂の牢獄に入らねばならず、そこら辺の心配もまだ解消されていない。

 一足先に落っこちた薫は、一番底で巨大な顎鋏の持ち主と戦端を開いていた。足場が悪くてステップが全く使えず、相手にいい様に殴られて早くもボロボロの状態である。

 悲鳴を上げて助けを求めている様は、年長者の面影は全く無い。


 何とかなるさの精神で、放っておけない弾美も流砂の中にダイブする。下って行くのは案の定早くて、そのままの勢いで殴りつけてタゲ取りの《ブロッキング》を敢行する弾美。

 一方の瑠璃は流砂に飲み込まれないよう、ぎりぎりの場所取りからの回復作業。魔法が届かなかったら酷い事になっていたと、取り敢えずは安心の瑠璃だったのだが。

 またもや隣から聞こえて来た悲鳴は、今度は美井奈のものだったり。大蜘蛛相手にマラソンをしている筈の少女は、いつの間にやら蜘蛛の糸に絡め取られて酷い有り様になっていた。

 助けの手を伸ばせるのは、何と瑠璃一人!


 大慌てで美井奈を回復しつつ、半分パニック状態の瑠璃。それは美井奈も同じ事で、ちゃんと俊足魔法を掛けていたのにと画面に当り散らしている。頼りになる弾美と薫のコンビは、まだ半分も削れていないと自分達の状況を解説するのみ。

 いよいよ追い込まれた瑠璃だが、とにかく敵の注意をこちらに引き付けようとの努力の一撃。《三段突き》からの《アイススラッシュ》で、何とかタゲは取れたのだけれど。

 掛けてあった《幻惑の舞い》も、敵の攻撃で瞬時にかき消され。いよいよピンチなルリルリ、立ち向かうのも無謀だと、レジ率を《魔女の囁き》で下げての足止め魔法に全てを賭ける。

 魔法は何とか掛かってくれて、ようやく距離を置いて一息つける時間の確保。


「油断しちゃ駄目ですよっ、お姉ちゃまっ! コイツ粘着糸飛ばして来ますから、それを浴びたら私みたいに動けなくなっちゃいますよっ!」

「りょ、了解……でもこの後どうしよう、ハズミちゃんっ? そっちに連れて行っていいかな?」

「よせっ、来るな! 蜘蛛は苦手だと言ってるだろうがっ、バカ瑠璃! 頼むからそっちで処理してくれっ、薫っちも手伝いに渡すからっ!」

「えっ、登れるかなぁ私のキャラ、この流砂をっ? 瑠璃ちゃん、もうちょっと蜘蛛を流砂の淵まで近付けてくれるかな?」


 薫は、ダメ元での《竜巻チャージ》での強引な駆け上がりを脳裏に描いていたのだが。大蜘蛛が瑠璃に襲いかかろうと近付いた瞬間、目論見通り流砂からの飛び出しに成功。

 指を鳴らしてしてやったりを表現する薫だったが、状況はさほど変わっていない。ただし、三人で大蜘蛛の殲滅に当たれるのは大きいし、もちろんそれを狙うために削り始める女性陣。

 なかなか安定しないタゲと、大蜘蛛の特殊技の粘着糸飛ばしのせいで、パーティ側にも被害は少なくない。瑠璃は途中から諦めて、殴りに接近するより回復と魔法削りにシフト変え。

 美井奈はタゲを取るたびに、悲鳴を上げて抗議模様。


 そうは言っても、薫もちゃんとしたキープ役職では無いのだし。さらに粘着糸で移動不可になると、移動する敵を追いかける事も、チャージで強引に間を詰める事もままならない。逆に美井奈は、下手に逃げて流砂に落っこちそうになって、弾美に叱られる破目に。

 流砂に落ちたら、おっちょこちょいでは済まされない。瑠璃も頑張ってタゲを取ろうとするのだが、詠唱の遅い魔法攻撃ではスムーズな連続攻撃とは相成らず。

 結局は再びマラソン気味の削りの最中に、敵のハイパー技が炸裂。つまりはHPが半減になった訳なのだが、マラソン中だったのが幸いした感じ。近くに誰もいなかったので、何とも空回りな特殊技のスパイダーネット飛ばしからの細い足先での6連打。

 技の相手に指定された美井奈は、必死で逃げていたので完全に無傷。それでも脅威は感じていたらしく、本人は絶叫しながら冷や汗ダラダラの様子である。

 ネットの効果で、近付きたい薫はタゲ取りも侭ならず。


 ハイパー化が治まるまで、こんな感じで騒がしい対応は続いて行き。結局はタゲが曖昧なまま、何とか撃退までこぎ着けてしまった。何とかなるもんだねと、タゲをろくに取らなかった瑠璃などは呑気なものだが。

 HP量の少ない美井奈は、本気のマジビビリ振りを披露していた。終盤に何度か噛り付かれて、良い加減にボロボロになっている。薫も攻撃は受けてはいたが、普段からポーションを使い慣れているので、そこまで悲壮感は漂ってはいない。

 要するにここら辺は慣れの問題で、確かに美井奈のポケット内の回復薬は一つも減っていない有り様。戦闘後にそれを指摘された美井奈は、その事実に何となくモジモジしてみたり。

 忘れてましたと、自らドジッ娘振りを認める発言。


「こっちも忘れるなよ、まだ敵がいるんだからな!」

「おっと、そうでした。でも全員でアリ地獄の砂のトラップに入り込んでも平気なのかな?」

「上って来れなくなったら嫌ですもんねぇ、私とお姉ちゃまは上で支援してましょうか♪」

「まぁ、私と美井奈ちゃんはそれでも平気だけど……」


 慎重に考え込むのと時間制限、どちらも大事と言えば大事なのだけれども。いたずらに戦闘を長引かせても良い事は何も無いと、一気呵成に削り始める一同。

 カオルは結局、チャージからの近接削りを敢行、瑠璃と美井奈は後方支援。これも必殺パターンであるのに変わりなく、終わってしまえば楽勝ペースでの勝利をもぎ取る。

 後半の敵の特殊技、砂渦巻きには前衛陣大わらわだったけれども。砂の波にさらわれて、一体何周敵の周りを強制回転させられただろうか。

 それでも後衛からの攻撃に支障は無く、前衛の目が回っただけ。


 敵のドロップに、幾つか補修用素材が入っていたのは素直に嬉しい一行。最近は大幅な武器装備の交換は望めないので、持ってる装備のパワーアップの方が喜ばしいのだ。

 他には防具類も出たが、案の定の使えないアイテムばかり。薬品や消耗品の方が、ずっと嬉しいとは瑠璃の言葉。確かにそうかもと、ポケットの補充をしながら前衛陣の合槌。

 そんな話をしている間に、フィールドに異変が。すり鉢の砂下で移動の侭ならないハズミンとカオルは、光る玉に囲われて空中遊泳を始めていたのだ。

 これにはビックリの瑠璃と美井奈も、素直に二人に追従の構え。


「楽でいいですねぇ、お二人は。ところで、どこに向かってるんですか?」

「そんなの知るかっ、自分で操作出来ないんだから。ある意味、捕虜状態だな」

「う~ん、そんなに危険には感じないけどな……あっ、広場が見えて来たよっ!」


 薫の発見した広場とは、昨日見た大樹の精神体のスタート地点だった。同じかどうかは判然としないが、少なくともそっくりである。大樹の精神体の姿も、太い木の幹に浮き出て、こちらに視線を送っている。

 その瞳は、どこか悲しそうで苦しそうでもあり。


 光の玉の捕虜状態も解除され、ようやく自由を得たパーティだったが。広場から先は進む道も無く、完全にドン詰まり状態。ただし、精神体とその前の木の幹の前の祠と、クリック出来る場所は2つほど存在している。

 試しに祠をクリックしてみると、行き先のタイトルが1つだけ浮き出て来た。四天王との対決のフィールド行きらしく、どう見てもそれは最終イベントっぽい感じ。

 時間はまだあるのだが、ルートを反れてしまった為に選択肢が選べなくなってしまったよう。


「あれっ、せっかく補修用素材貰えたのに、鍛冶屋に行く選択肢が消えちゃった!」

「本当だ、行き先1つだけだね。まだ時間あるのに、勿体無いかなぁ?」

「ううむっ、何とか鍛冶屋に寄る選択肢、出せないか瑠璃っ?」


 切羽詰まった弾美の無茶な相談も、瑠璃は真剣に受け止めた様子。周囲に見落としが無いか歩き回って観察した後、今度は自分のアイテム欄を開いてじっくり何やら検証。

 他のメンツは、彼女なら何かしてくれるだろうと期待半分、不安半分。それより大樹の精神体に話し掛けないのかと、年長者の薫がアドバイスして来る。

 ひょっとしたら、何かヒントが貰えるかもよ?


 それに従って、暇してた弾美がいつもの様に代表して進み出る。何となく、後戻り出来ない事になるのではとの予感で、大樹との会話は避けていたのだが。

 大樹は最初にお礼を述べて、パーティが自分の滅びの際のごたごたを回避してくれた事に感謝してくれた。自分が滅して行くのに、誰も巻き込みたくない様子の大樹である。

 もっとも、その後始末のせいで、自分達は選択肢を無くしたのだとの弾美の文句。それもそうだと、勢い良く追従する美井奈。何とかしなさいと、モニターに向かって批難轟々。

 そんな大樹は、お礼にと①時間が無い、ステージクリアまで飛ばして

                 ②パワーアップしたい、補修用素材をくれ

                 ③思い出として、大樹の新芽が欲しい


「わっ、こんな時に選択肢が出て来たぞっ、余計ややこしい! しかもショートカットしてクリア出来る選択肢が混じってるし!」

「本当ですねぇ、後の選択肢は……補修用素材貰っても、鍛冶屋に行けないんじゃ仕方ない?」

「確かにそうだねぇ。最後の大樹の新芽って……これは明日以降の、エンディングに影響ありそうなアイテムの予感が」

「あっ、さっきの天使に貰ったアイテム! どこかで見た形だと思ったら、今日の最初に椅子にトレードしたアイテムと同じ形なんだ。ひょっとして、これもトレード出来るのかもっ!?」


 大樹の選択肢について論じていたメンバーは、瑠璃が突然叫び出してビックリ仰天。それでも、自分の無茶な振りを瑠璃が解いたと知って、弾美は早速試してみろと急かして来る。

 天使に貰ったアイテムは『異界の道標』と言う名前。この名前から使い道を推測しろと言われても、それはそれで一苦労である。瑠璃が恐々トレードしてみると、そのアイテムは素直にポイントに吸い込まれてくれた。

 そして生まれる、新たな道標。


 歓喜するメンバーに示された、新たなルートは2つ。鍛冶屋もしっかり入っていて、その点は一安心である。これで大樹の選択肢で、②番を選ぶ手も出て来た。

 ところが瑠璃は、弾美の画面を覗き込むと③番の新芽が良いと言う。特別なアイテムは、持っているだけで嬉しいもの。例えそれが、使い道が分からないものだとしても。

 結局、美井奈が真っ先にお姉ちゃまに賛同して、多数決で新芽を貰う選択肢に決定。謎解きと選択肢の決定で時間を取られていた一行は、取り敢えずな感じで鍛冶屋までワープする。

 また消えてしまうのを恐れるような、一行の揃っての決定だったり。




 鍛冶屋は最初に来た時と、趣は全く変わっていなかった。ただし、こちらは持参した補修用素材をカバンにしっかり入れて来ているのだ。補修メニューを見ながら、一同は暫し相談。

 補修用素材は、辛うじて全員が1箇所は使える程度の数しか集まっておらず。回ったルートが悪かったのか、はたまた選択肢で素直に欲張れば良かったのか。

 オマケに、全く入手出来なかった素材まである。


「退魔の砂時計とか巻き戻りの風呂敷って、結構便利なアイテムもあるねぇ? 素材があれば作って貰えたらしいね、全く無いけど。聞いた事の無いアイテムが結構あるなぁ……見逃しちゃったのかな?」

「補修リキッドとか強化パーツとか、そんなのばっかりですね、逃げてたキャラバン隊から貰ったのは。さて、どうやって使いましょうか……私は弓の強化に決定してますが」

「強化パーツの方が、価値が高いっぽいなぁ。レア防具の強化には2つも使わないと駄目らしいや。俺も武器の強化にしようかな、それだと1つで済むし」

「弾美君は盾役なんだし、レア防具強化でいいんじゃないかな? なんなら私の分、譲ってあげるよ?」


 強化パーツの数の少なさで、紛糾する4人での配分の仕方なのだが。結局は弾美はレア防具、暗塊の鎧をパワーアップして貰う事に。同化の完了していない部位なのだが、向こうもそれは心得たもの。

 あっさりと装備したまま、一瞬の魔法仕様で補修は終了してしまう。他のメンバーも、武器や盾を補修して貰ったけれども、これにも時間はほとんど掛からず仕舞い。

 喜ぶ一同の、補修部位はこんな感じ。

 弾美――暗塊の鎧 闇スキル+6、土スキル+6、HP+40、防+35

 瑠璃――精霊封入の盾 HP+45、MP+45、防+12《耐久8/8》

 美井奈――妖精の弓矢 攻撃力+25、ポケット+2、敏捷度+5《耐久16/16》

 薫――神木の槍 HP+30、精神力+3、攻撃力+42《耐久12/12》


 大抵は補修リキッドと強化パーツの組み合わせで、補修強化は出来た感じである。武器だと攻撃力と耐久度のセットで、リキッド4つと強化パーツ1つが必要という具合だ。

 弾美の補修強化が一番素材を多く使ったけれど、その甲斐あってさらに頑丈に生まれ変わった暗塊装備。パーティ的にも各々強化された武器や盾に、皆がご機嫌である。

 ただ一つ、さっきも話題に上がった見つからず仕舞いの素材が気になる一同。


 退魔の砂時計は、使用する事で悪魔系や闇属性を弱らせる効果を発揮するらしい。ただし作るのに闇の血というアイテムが必要らしく、それが見つからなかったと騒いでいたのだが。

 ルート的な問題らしく、それはもうどうしようもない感じ。同じく、巻き戻りの風呂敷は武器や盾の耐久度を完全に直してくれる優れものアイテム。こんな最後に出て来ないで、もっと最初から使用させてよとは、貫通撃を持つ美井奈と薫の言葉。

 残りの2人も、全く同じ意見なのだけど。


 そんなごたごたがありつつも、ちゃっかり補修強化を済ませてしまえば、もうここには用は無い。再びワープで戻って、残り時間をチェックする一行。

 色々と補修メニューのチェックに時間を取られてしまい、残り時間はあと30分程度。ここからもう2箇所ほどエリアを巡るのは、ちょっと辛いかなと言う感じなのだけど。

 ここに至っても、まだノートに補修メニューを書き写していた薫だが、他のメンバーからは特に文句も出なかった模様。ゲームの攻略の、それは1コマでもある訳だから。

 何とかなるだろうと、時間の配分を指示する弾美。


「残りの2箇所は15分ずつで、ちゃっちゃと終わらせようぜ。次はここかな、入るぞ~!」

「了解っ、パワーアップもしたしね~。次は何かな~?」

「天使のアイテムで新しく出て来た選択肢ですよね、亀裂ってタイトル入ってますけど」


 果たして、その亀裂が何なのかは、入ってみての強制動画で判明。敵の四天王の残された2人が、暗い密室で密かに離反の申し合わせをしていたのだ。

 彼等の言い分はもっともで、自分達のボスの魔女のやり方はいかにも中途半端。そのせいで四天王の一角が倒されて、こちらも大樹からのエネルギーの供給に支障をきたす有り様。

 彼等は魔女が、大樹へと歪んだ愛情を注いでいるのを知っていた。だがそれは不要だと、彼等は本心では思っていた。自分達が必要なのは、大樹からの圧倒的なパワー供給のみである。

 大樹に感情移入して、一体何の徳があるというのだ?


 彼等にしてみれば、このまま大樹が枯れて行くのは死活問題であった。我が子のように大樹を溺愛している魔女には、正直理性や正当性など期待出来ない。

 つまりは自分達の力が、このままでは失われてしまう危機が迫っているのだ。そうは言っても、魔法による主従の契約を交わしている彼等には、面と向かって抗う手段は無い。

 そんな残りの四天王に、悪魔の囁きが。


 ――そんなに主権が欲しいなら、奪い取ってしまえばいい。私と契約した魔女は、今は腑抜けてしまって使い物にならないしな。あの魔女と大樹の互いの思いやりには、正直反吐が出る。

 生き残りたいと欲するのは、人間の本能だ。自分の身を差し出してまで相手を救おうと思うのは、浅はかな思い上がりに過ぎない。自分の事だけ考えろ。幸い大樹が弱まったせいで、契約の上塗りは可能だ。

 腑抜けた魔女を追い払って、覇権を握るなら今しかないぞ。


 唆しているのは、部屋の暗い場所にいる悪魔だった。二人の四天王は、明らかに逡巡しているよう。彼等は盗賊の出で、警備隊に追われ散り散りになって死に掛けているところを、魔女に拾われたのだった。その後に大樹の魔法システムに組み込まれ、力は得たが自由を失くした。

 元は荒くれ者の彼等だが、悪魔と契約するとなると躊躇うものがある様子。この悪魔は元々、魔女が天使を押さえ込むために召喚した従者だった筈なのだが。

 今では暴走して、独自の考えで動くようになったらしい。


 その悪魔が、不意に注意を促した。誰かが魔法で、こちらの様子を伺っている! 逆探知して、そいつ等を始末してから改めて話し合おう。その時は……。

 ――悪魔の含み笑いは、四天王の2人には見えなかった。


「あれっ、最後のボスだと思っていた魔女が追放されちゃうの? ひょっとして、私達の選択肢で思いっきりルートが変えられちゃったのかなっ?」

「そうかも知れないですねぇ、今まで選んだ選択肢の断片が、チラホラ伺えますし。私達が大樹と魔女に肩入れし過ぎたから、最後のボスが変わっちゃったのかも」

「なるほどぉ、選択肢システムって侮れないですねぇ! あれっ、動画が終わっちゃいましたね」


 薫と瑠璃の推測に、しきりに感心していた美井奈だったが。不意に動画が終了して、キャラの自由が戻って来たため、慌て気味に周囲を伺い始める。

 それは皆も同じ事で、見慣れない場所に揃って不審顔。どうやら小さな家の裏庭らしく、どこかで見た事のあるような建物を一行は見上げてみたり。

 そこが魔女の家だと気付いた時、襲撃はやって来た。


 蝙蝠のような羽根を生やした、獰猛な顔つきの黒い獣のような魔族が数体、上空からパーティに襲い掛かって来たのだ。それが先ほどの動画と繋がってると、美井奈以外はすぐに気付いたのだが。

 少女は瑠璃に解説して貰って、やっと納得がいったよう。その間にその魔族は、一行の手馴れた戦術によって、あっという間に片付けられていく。遅まきながらもボス級の敵が出張って来た時には、既に雑魚の存在は数えられる程に減っていた。

 パーティの被害は、瑠璃の回復によって全く目立たない。


 裏庭に落ちるように出現して来た敵は、やっぱり魔族のようだった。片腕だけがやけに大きくてごつごつした不恰好な人型の敵と、真っ赤なマントを着込んだ髑髏のモンスターだ。

 気持ち悪い形の敵を二体前にしつつも、裏庭のフィールドは狭過ぎてマラソンには不向き。仕方なくパワーのありそうな巨大腕の敵を弾美が、髑髏を薫が引き受ける事に。

 今まで散々試してみて、結局効率が良い戦法はと言うと。弾美ががっちりキープした敵から、アタッカーが全力で倒すパターンである。弾美がキープ役も悪くは無いのだけれど、薫の盾役はタゲがぶれてしまって、美井奈が全力を出せない事もしばしばあるのだ。

 そんな訳で、今回は弾美のキープしている巨大片腕魔人から倒す事に。


 ところがその作戦も、裏庭の狭さから上手に運ばないと言う事態に。赤いマントの髑髏魔人が、頻繁に範囲技を使用して来るのだ。スタン技を持っていない薫は、それを止める事も侭ならず。

 髑髏魔人のあばら骨が、ワサワサと動いたと思ったら。地中から湾曲した尖った骨が、周囲に突き出るという範囲技に。近くでキープしている弾美も巻き込まれ、てんやわんやの大騒動。

 キープ役同士が離れると、今度は遠隔持ちの美井奈が距離を潰され働く事が出来ない有り様。瑠璃が思いついて、天使魔法を掛けて前衛に出張っていったが、範囲技の止む気配は無し。

 敵の魔人たちは、かなり怯んでいたが。


「そのまま瑠璃がそっちの髑髏キープ出来るか? 範囲をスタンで止めて、魔法で防御固めればいけるだろっ! いい具合に敵が怯んでるな、天使魔法もキープしてくれ」

「うっ、うん……やってみるけど、失敗したらゴメン」

「お姉ちゃまなら平気ですよっ! こっちをスパッと片付けて、すぐに応援に行きますからっ!」

「ごめんね瑠璃ちゃん、本当にすぐに片付けてそっち行くから!」


 ところが巨大片腕魔人も、一筋縄では行かない能力持ち。髑髏キープの交代は案外すんなり行ったのだが、巨大片手魔人の削りが上手く行かない。

 巨大な片腕は硬質で、まるで大型の盾の様。怪しく暗いオーラをまとう魔人たちは、遠隔攻撃にもそれなりの耐性があるらしい。攻撃こそ、時折使う呪いは天使魔法でキャンセルされているが、細い方の腕に持つ奇妙な形の剣技はなかなかの冴えを見せる。

 盾持ちの弾美と、気を抜けない剣技の応酬が繰り広げられる。


隣の髑髏魔人の範囲攻撃は、ようやくその数をグンと減らしてくれた。瑠璃は必死の集中力で、自分に掛けた防御魔法の持ち具合と、相手の範囲技の仕草と睨めっこ。

 その甲斐あってか、堅い装甲の巨大片腕魔人のHPも順調に減っている。珍しく機転を利かせた美井奈が、時折光魔法を混ぜたお蔭もあるのだけれど。

 闇属性の敵に覿面の効果を上げる破魔矢が、既に切れて手元に無いのが微妙に痛い。ルートの脱線で、最終局面は魔族との戦いが待っていそうだと言うのに。

 もう少し多めに買っておけば良かったと、過ぎ去りし過去に思いを馳せる一行。


 そんな事を話し合っている内に、ようやく巨大片腕魔人のHPが半分を切った。特殊技に身構えていたパーティだったが、その技は盾役の弾美をモロに直撃する。

 かわし様の無い、太い方の腕での近距離からのショルダーチャージに吹き飛ばされたハズミン。スタン状態のハズミンに、なおも追撃は用意されていた様子。巨大な腕をバズーカ砲に見立て、その指先は真っ直ぐに弾美に向けられている。

 慌てて殴り掛かる薫の意向はまるで無視、飛んで行った手首は弾美をがっちり掴み取る。


「うわっ、手首が飛んで来たっ! 掴まれて動けないっ!」

「わわっ、タゲがこっちに来たっ! 弾美君、早く戻って来てっ!」

「隊長っ、何してるんですかっ! 私より後ろに引っ込まないで下さいよっ!」


 優しくない女性陣の発言に、弾美は動けないのだと再度の反論。どうやら手首には別のHPがあるらしく、破壊しない限りはずっと掴まれたままの仕様らしい。

 美井奈が《ホーリー》で焼き切って、ようやく弾美も戦線復帰。その間に薫は、敵のハイパー化にソロでお付き合いしてしまった様子で。使い切ったポケットの薬品を補充すべく、いそいそと一度後ろに下がるという一幕も。

 それからメンバー揃い踏みの削りは、なかなか堂に入ったもの。


 ハイパー化の敵は、攻撃力上昇の代わりに防御力を捨て去った様子。巨大な片腕は攻撃に使用されていて、その分弾美は痛い目に合っているのだが。

 敵もそれは同様で、薫と美井奈のアタッカーは容赦の無い攻めを見せる。気付けばHPは3割を切っており、再度の特殊技もハイパー化込みの荒れ模様。

 ショベルフックだのジョルトだの、多彩なパンチが弾美に見舞われる。


「これもプロレス技ですか、隊長? 後ろからじゃ、よく分からないですけど」

「違う、ボクシングのパンチの技だ。軌道が違うんだよ、真横からとか来るからな。うわっ、ボディにめり込んでスタン喰らった! こいつハードパンチャーだなぁ」

「何を呑気な事言ってるの、弾美君! 後もうちょっと……うわっ、フットワーク使い始めてる!」


 ボクサー張りのステップで、薫の槍でのジャブを華麗にかわす巨大片腕魔人。体力はもう1割を切っていて、押せば倒れるグロッキー状態なのだけれど。

 スタンから立ち直った弾美が、範囲での追い込みにシフトする。《グランバスター》からの《ドラゴニックフロウ》で、隣の骸骨魔人をも巻き込んでの派手な追撃に。

 ようやく1体目の魔人が撃沈、湧くパーティ。


 その頃には瑠璃の天使魔法は切れていて、思わぬタイミングで前衛陣が呪いを浴びてしまったけれども。ドタバタしながら、呪い解除やタゲの切り替えに奔走する弾美達。

 ようやくいつもの布陣に腰を落ち着け、瑠璃もポケットの補充と天使魔法の掛け直しに成功して。敵の一芸の範囲攻撃を封じ込めつつ、順調に削りへとシフトしていく一行。

 本当に一芸しか持たない髑髏魔人は、範囲を封じられると武器のハンマー攻撃しかして来ない有り様。これは楽だなとの弾美の感想は、確かに改めて指摘するまでも無い感じである。

 その楽勝ムードに翳りが見え始めたのは、やっぱり体力半減の敵のハイパー化から。


 ハイパー化による敵の変化は、外見にも及び始めていた。骸骨のあばら骨の間隔が広くなったかと思うと、より鋭利なフォルムに魔人は姿を変えて行く。一見すると、スカスカで弱くなった感じにも見受けられるのだけれど。

 ところがその姿には、重要な意味が隠されていたようで。何と突属性の武器の攻撃が極端にあたり難くなり始めたのだ。突属性と言うと、槍に細剣についでに弓矢。

 必中の筈の遠隔攻撃を外し、思いっきりうろたえる美井奈。


「うええっ……隊長っ、弓の攻撃が外れちゃうんですけどっ! 何が起こってるんですかっ!?」

「槍もスカスカなんだけど、敵の特殊能力かなっ? 考えられるのは、回避アップとか?」

「俺の剣の攻撃は普通に当たってるぞ? 瑠璃はどんなだ?」

「えっと……わっ、スキル技も外れちゃった! 骨の隙間が広くなって、細剣がすり抜けてるみたいだね~っ?」


 なるほどと、美井奈は弓矢が急に当たらなくなった原因をイメージ変換出来た様子。ひっくるめて回答を出すに、どうやら突属性の攻撃のみ回避され易くなっていると推測出来る。

 それならばと、女性陣は魔法攻撃へとシフトする。ここら辺の臨機応変さは、練り込まれたキャラならではの順応性であろう。MPに注意しながら、さらに容赦の無い削りが続く。

 最後の敵のハイパー化は、今度は攻撃面に突出した強化らしかった。HPが3割を切った時点で、突然骸骨魔人の腕が追加で4本増えて行き。

 そこから繰り出すハンマーの連打は、敵とはいえ超絶。 


 弾美はそれでも、長引かせるよりはと瑠璃に攻撃続行を指示。盾でのブロックを巧みに使って、一人耐える構えを見せる。タイミングを見極めての盾防御とステップは、ある意味こちらも超絶。

 回復そっちのけで削りに従事したお蔭で、何とか短時間でけりはついた模様。敵を全て掃討し終えた一行は、ホッと安堵のため息四つ。

 上空高く飛んでいた、偵察用の目玉コウモリがポンと音を立てて消える。それと同時に、裏庭を隔てていた庭戸がゆっくりと開いて行くのが伺えた。

 どうやら、やって来た空間に強制送還は無い模様。


 この戦闘で、薫がレベル34へとアップした。前衛のレベルアップも、恐らくこれが最後だろうとの弾美の言葉に。美井奈が羨ましそうに、自分も何とか皆に追い付いて終わりたいと口にする。

 ドロップの報告をする瑠璃は、ちょっと意外なアイテムを見てうろたえている様子。先ほど話にのぼっていた闇の血というアイテムが、雑魚やボスからドロップしていたのだ。

 これで魔族の出て来るボス戦は有利になるかもと、皆が期待の声を上げる中。また鍛冶屋に行けるのかなと、一人冷静な瑠璃のツッコミが。

 メンバーは慌てた様子で、時間を気にしつつキャラ移動。


「鍛冶屋へのルート、消えてないかなぁ? ってか、強制動画のせいで時間が厳しいかもな」

「でも、お助けアイテムはやっぱり欲しいよねぇ? あっ、瑠璃ちゃん……まだ使えるお助けアイテム、あと幾つくらい残ってるのかな?」


 薫の質問に、瑠璃は立ち止まってアイテム欄の確認。その間に他の面々は、魔女の家に玄関から入り込んで階段を目指している。2階にあった椅子は、まだ選択肢を3つ持っていた。

 一行は喜びながら、早速ルート選択。ボス戦前にもう一度鍛冶屋に寄ろうと、弾美が浮かんだ選択肢をチョイスする。一人遅れていた瑠璃も一緒に、3度目の鍛冶屋への訪問。

 それからせっかちに、瑠璃にアイテム交換の催促を促す弾美。律儀に薫の質問に答えようとしていた幼馴染みを黙らせて、時間が無いのだと無理矢理な説得。

 その結果、3度目の訪問は2分も掛からず終了。


「えっと、天使の呼び鈴はまだ使えますね。他の呼び鈴とか写し身の鏡は、残念ながらもう壊れちゃってますけど。今貰った退魔の砂時計ってのが2個で、使えそうなのはそれ位かなぁ?」

「薫っち、質問はもっと暇な時にしてくれ! 瑠璃はバカ正直なんだから、移動無視して答えちゃうだろうがっ!」

「ご、ごめん……ちょっと気になっちゃって」


 ひたすら恐縮する薫に対して、美井奈はお姉ちゃまをバカ呼ばわりとは何事ですかとヒートアップしている。当人の瑠璃は、自分発信の混乱に少し困った様子ではあるのだが。

 時間が無いから次に行くぞとのリーダーの発言に。ようやく場の騒ぎも収まって、皆の表情も真剣になって来る。なにしろ次は、今日最後の敵との戦いなのだから。

 時間も少ないし、熾烈な戦いになるのは必至である。


 弾美が代表で進み出て、四天王との戦いを選択する。小さなフレームに写っている映像では、今回は魔術師風のボスのようなのだけれど。どちらかと言えば、従える魔族の方がボスっぽい強面の容姿をしている。

 始まった強制動画でも、目立つのはやっぱり魔族の方。魔女の契約した魔族から、部下を借り受けでもしたのだろう。体躯の大きなそいつは、魔女の家を殴り壊しそうな勢い。

 外での騒ぎを聞きつけて、慌てて階段を駆け下りる冒険者達。これも動画なので、弾美達は操作してなどいないのだけれど。とにかく無事に外に出終えて、二つの勢力は対面を果たす。

 名乗りをあげたのは、敵の魔術師が先だった。


 ――お前達が、滅びをもたらす例の冒険者か。お蔭で我等の完全なる世界は、脆くも崩れ去ろうとしている。フリアイールの魔女の命令により、この私がお前達に処罰を下す。

 魔法で統制されたこの世界の価値すら分からぬ輩に、それを壊す資格など無い。貴様等はこの大樹の幹についた悪い虫に過ぎないのだ。

 この私が、直々に取り去ってくれる!


「はあっ、悪い虫ですか……昨日の四天王みたいに、今日の人は性格良く無いですねぇ」

「そうだな……ふふふっ、それじゃ遠慮無くギタギタに返り討ちにしてくれる!」


 それじゃこっちが悪役ですよと、冷静な美井奈の突っ込みも。強制動画が終わってしまえば、慌ただしく強化魔法を掛け始めるメンバー。接敵しない限り、敵は動き出さない仕様を踏まえての行為なのだけれど。

 何と今回は敵も、こちらが近付く前に同様の素振りを見せていた。まずは魔術師が、自分の体力を減らして風の精霊を2体召喚。巨大魔人も、同様に雑魚の魔族を召喚。

 それを横目で見ていたメンバーは、どんどんと増えて行く敵の数に呆気に取られるばかり。幸い召喚された雑魚の魔族は、さっき戦ったコウモリの翼タイプで強さは分かっているけれど。

 2体の風の精霊は、ちょっと洒落にならないとの意見が多数。


「あいつ確か、吹き飛ばし使ってくるんじゃなかったっけ? うわっ、嫌だなぁ」

「あっ、魔術師が風の癒し使ってますっ! 減らした自分のHP、回復してるじゃないですかっ!」

「うわっ、酷いなっ! ぬうっ、雑魚から倒したいけど……上手く雑魚だけ釣れるかな?」


 出来ればHPもMPも減らしている魔術師を、速攻で倒したいのは当然なのだけれど。その前に立ちふさがる雑魚の多い事、これを無視してさすがに突っ込む訳にもいかない。

 そんな訳で、お互いに距離を置いて睨み合ったまま、慎重に作戦を出し合うメンバー。美井奈が単独フェアリーヴェールを掛けて、感づかれないように移動して、魔術師を暗殺するという作戦はもちろん却下。

 面白い案には違いないが、危険過ぎるとの反論が。第一、当の美井奈がビビッて嫌がってるのでは仕方ない。それを考え出した弾美は、今度は真っ当な作戦を提示する。

 それはちょっとずつ近付いて、反応した雑魚から掃討するというもの。


 ありきたりな戦法だが、ボスまで釣らない完璧な方法では無い。ボスが反応する前に範囲攻撃を織り交ぜて、なるべく素早く数減らしを行おうとの事前での話し合い。

 時間も残り少ないため、早速戦闘の火蓋は切って落とされる運びとなって。盾役のハズミンが囮となって、じりじりと少しずつ敵方へとにじり寄って行く。

 反応したのは、幸いにも雑魚のコウモリの翼タイプの魔族のみ。


 途端に火花が飛ぶほどの斬撃の遣り取り。もっとも、雑魚相手にそれ程の手傷を負うメンバーでもなく。あっという間に敵の数を減らして行くのだが、それと共に予期せぬ出来事が。

 何と敵の巨大魔人が、再度の召喚に及び始めたのだ。それに気付いた瑠璃が、慌て気味に仲間に報告と注意を促す。その時には既に、半ダースの新しい敵がフィールドに居座っていた。

 今度の敵は、棘付きの甲羅の気味の悪い蟲の幼虫タイプ。


 召喚の代償に減った魔人のHPを、再度魔術師が魔法で癒して行く。この無限ループは放っておけないと、弾美は現行の作戦案を修正する事に。

 雑魚の素早い殲滅は、さっきまでと同じだが。今度は薫が先行して、やや前に位置している巨大魔人にちょっかいを掛ける。サポートは美井奈で、再度の召喚は《影縫い》で絶対止める事。

 雑魚が片付いたら、こちらも応援に駆けつける。


「りょ、了解……頑張って、あの大きい敵を翻弄してればいいのね? ステップと移動スキル持ってる私が、確かに適任だわよね!」

「美井奈もこっちの数減らしを手伝いながら、薫っちのサポートするんだぞ? 危なくなったら回復と、召喚し始めたらスタン技使うんだからな?」

「む、難しそうですけど……頑張ります! 遠隔使いは移動の手間が省ける分、こういう場面で活躍しないと駄目なんですねっ!」

「二人とも頑張って~。なるべく早く、私達もボス戦に参加するからっ!」


 お姉ちゃまだけが頼りですと、美井奈の明るい返事に。そういう奴はもう庇ってやらないと、弾美の拗ねたようなコメント。画面の前の面々は、あくまで明るくて窮地など感じさせない。

 それでも画面の中では、初っ端から結構な苦戦を強いられる事に。召喚された半ダースの棘蟲は、数が少ない分さっきの雑魚より強く作られていたのだ。

 それでも範囲スキル技で、全部の敵のタゲを取った弾美は奮闘する。もとより強固な防御力に、さらに魔法での強化はもはや反則かも知れない。

 敵の攻撃をほとんど1桁に抑えて、瑠璃と共に棘蟲を削って行く。


 瑠璃の戦い方も、ある程度こなれて来て迷いは無い。最初にする事は、弱体系の魔法の《アシッドブレス》を全体に掛ける事。メイン世界のルリルリは、もっとたくさん魔法を持っているのだが。このキャラは今のところ、この毒付与の魔法のみなのが少し悲しいけれど。

 敵への殴りは、あくまでSP貯めの手段でしかない。タゲを取らない程度に、時折範囲魔法の《ブリザード》を織り交ぜつつ。弾美の殴っている敵に、貯まったSPでスキル技を放つ。

 後ろからの、美井奈の遠隔援護が地味に有り難い。こんな感じで、二度目の召喚雑魚は、思ったよりは早く片が付きそうである。


 

 一方の薫は、与えられた任務を確実に遂行していた。試しに殴ってみるのだが、幸いな事に魔術師は反応しなかった。距離がある程度離れていたので、予想はしていたのだが。

 相手取る巨大魔人の印象は、防御力はともかく体力は見た目通りに豊富そう。小山のように大きな敵は、攻撃力もそれなりのようで侮れない。特殊能力は、今のところ特に無し。

 殴られないようにステップを駆使しつつ、危ない場面では《幻影神槍破》で敵の視界から一気に消え去る。この技の翻弄時間がもっと長ければ、ポケットの薬品交換も可能なのだが。

 そんな贅沢も言ってられず、とにかくキープに専念しながらの孤独な戦い。そんな単独戦に翳りが見え始めたのは、頼りにしていた《幻影神槍破》からだった。

 このスキル技の使用後に、着地した場所が不味かったようで。


 アッと思った時には既に遅く、魔術師の召喚した2体の風の精霊が反応を示していた。なだれ込む様にカオルの元に新たな敵が追加され、本人は割と本気の悲鳴を発する。

 ステップ使いは、敵が複数になると途端に不利になる。囲まれるくらいなら、マラソンの方がまだマシとも言える程。騒ぎ出した薫の状況に気付いた美井奈が、リーダーの弾美に指示を仰ぐ。

 アノ人、わざわざ敵を増やしてますけど?


「ごめんなさい~っ! 着地地点が悪くて、敵が反応しちゃった!」

「仕方ないな……こっち後3匹だから、ついでに釣って来てくれ、美井奈」

「了解ですっ、隊長! ……あれ、魔術師も反応してるんですか?」

「えっ、そうなの?」


 変な動きをしている魔術師は、しかしその場からは動こうとせず。代わりに使う魔術は、再度の召喚のようで。メンバーはそれを知って、絶叫の嵐。

 時間が無いのにとの弾美の言葉はまさに正しく、正味残り5分程度だろうか。新たに出て来たのは、ちょっぴり強そうな風の魔人が1体ほど。

 魔術師の真横に、悠然と構えている。


 美井奈が風の精霊を釣っても、魔術師と風の魔人のコンビはまるで反応せず。それでも残り時間を考えると、あまり有り難い状況でも無い訳で。

 弾美が無理矢理、範囲魔法で美井奈が釣って来た敵のタゲを取る。その範囲で、残った棘蟲も虫の息。瑠璃と美井奈が、それぞれ止めを刺して行く。

 ここまで戦って来て、ボスの数は変わらず。


 こんな持久戦に持ち込まれるとは、想像もしていなかったメンバーである。鍛冶屋に何度も訪れた時間消費が、良くなかったかもねと今更の反省の言葉。

 それを聞いた瑠璃が、ふと作って貰ったアイテムの存在を思い出す。2個しか所持してないけど、ここで使って良いものかと弾美にお伺いを立てるのだけれども。

 効果は良く分からない『退魔の砂時計』だが、持っているだけでは確かに仕方が無い。


 弾美もそう思ったのだろう。遠慮無しに使えとの言葉に加えて、こっちはすぐに片付くから薫っちを手伝えとの指示が飛ぶ。確かにボス級のこれ以上の野放しは、召喚魔法も含めて危険かも。

 瑠璃は了解と返答して、巨大魔人の近くまでトテトテと走り寄って行く。それからアイテム欄を確認して、さっき交換して貰ったばかりの退魔の砂時計を使用。

 ――その瞬間、フィールドが眩い光に包まれた。


「んあっ、どうなった? くそっ、精霊系は防御高くて嫌だな……でもあともう少しっ!」

「アイテム使ったら、天使の輪っかが出て来たよっ、ハズミちゃん! これって、私の天使魔法と同じ性能かも?」

「なるほどっ、天使魔法持ってないパーティにはとっても有り難いかもねっ。私達にはちょっと微妙かも知れないけど」

「大きな敵が怯んでますね~? あの輪っか、白いボールの上に浮いててヘン! 隊長、はやくあっちを手伝いに行きましょう!」


 そうしたいなら、口を動かさずに手を動かせと弾美の叱咤。呑気に観察をしていた美井奈は、やや慌て気味にスキル技の敢行。それが最後の追い込みとなって、ようやく墜ちる雑魚の群れ。

 これでようやくフリーになった、弾美と美井奈ペア。魔術師が相変わらず反応しないのは、良い兆候なのだろうか? それでも両方一度に相手するよりはと、こちらも敢えて無視の構え。

 4人で巨大魔人を囲み始めるパーティだが、近付くと大きさが際立つ。


 大きさの割に敵に勢いが無いのは、瑠璃が召喚した輪っかの効果だろうか。どこかちぐはぐな動きで、華麗にタゲを取ったハズミンに対峙する巨大魔人。

 お決まりの場所に陣取ると、時間ももう無いぞとの合言葉と共に。各々、熾烈な攻撃を繰り出し始めての削り作業。攻撃能力はともかく、魔人の体力は相当に侮れない。

 時折見せる範囲攻撃は、瑠璃が確実にスタン技で止めてみせている。


 いつもの優勢なサイクルなのだが、制限時間の残り少なさが一行に不安の影を落としている。そんな中、美井奈だけがのんびりマイペース。一人輪っかに近付いて、クリックするとボールの中は砂時計のようになっているのが分かるとか、近付くとHPが徐々に回復するだとか。

 無論、攻撃の手は緩めてないのだが、緊張感も無いという。


 2時間近いプレーのせいで、集中力が切れてしまったのだろう。弾美は敢えて強く嗜めず、HP半減からの特殊技に注意しろと警戒を呼びかけるのみ。

 念のためにと、瑠璃も自分に天使魔法を掛けるねとの言葉。これで備えは万全に思えたのだが、世の中そんなに甘くない。巨大魔人のハイパー化は、かなり特異で出鱈目だった。

 獣の咆哮の構えで身を低くした状態から、大きな口を開いて異空間ゲート発動。


「わっ、コイツ口から味方を召喚する気だぞっ! 瑠璃、スタン技効くかっ?」

「だっ、駄目みたい……天使魔法も効き目無いかな? やっつけた方が早いかも?」

「召喚魔法で、勝手にHP減らしてくれてるしねぇ。とは言っても、口から出て来る敵が、さっきのよりも強そうなんだけど……」


 それは嫌だねと、何とか術の発動を止める手立てを探す一行。出て来る敵も放っておけず、仕方無しに殲滅に掛かるパーティなのだが。3体目の敵が躍り出て来てからは、様相はガラリと変わって来た。

 召喚された敵は、完全に巨大魔人のミニチュア版だった。つまりは半獣半人の容姿で、黒い肌に赤いぎらつく瞳。それに加えて、長く伸びた爪と背中にはコウモリの翼を持っている。

 召喚主と性能は一緒らしく、二重に張られた天使魔法にいきなり怯んだ様子を見せている。そして3匹目に召喚されたのは、イベントではすっかり見慣れた小太りインプ。

 そいつが手に持つ角笛を鳴らすと、今まで無反応だった魔術師に異変が。


 魔術師どころか、隣にいた風の魔人まで魔法を唱え始めているとは美井奈の報告。前に位置する小山のような魔人のお蔭で、他のメンバーは全くその様子は伺えず。

 何としても潰せとの弾美の言葉は、完全に空回り。美井奈の位置からは、遠隔さえも届かない距離に2体の敵は位置していたのだ。それでも何とかしようと、美井奈は魔術師に近付く素振り。

 結果的に範囲魔法を浴びた前衛陣は、その一撃で結構ボロボロに。慌てて瑠璃が範囲回復で治療に掛かるが、ウィルス系の毒魔法は天使魔法でもキャンセルされない仕様のようだ。

 一緒に浴びたハリケーンという範囲魔法ともども、かなりの痛手である。


「わっ、この魔法は天使魔法で消えてくれないんだ~。光のヒール魔法で……あれっ、2時間縛りの衰弱が始まっちゃってる!」

「えっ、このタイミングで? 敵は増える一方なのにっ!」

「この嫌味なインプめっ! 美井奈っ、魔術師と風の魔人を頼む、何とか引き離しといてくれっ!」

「りょ、了解です~っ。風の癒しだけ掛けて行きますね~っ!」


 さすがに慌てた様子の、美井奈の返事であったけれども。何とか役に立とうと、パーティに癒し効果の風の魔法を掛け終えて。あまり広くも無いフィールドを横断して、素早く射程範囲に魔術師をロックオン。

 続けて唱え始めていた魔法は、強引に吹き飛ばし技で中断に持ち込む事に成功。その後に、美井奈は敵のHPバーを見て、アレッと言う表情に。

 何と言うか、畳み込めば自分一人でも倒せちゃいそうな?


 風の魔人がこちらに近付いて来ているのが、美井奈のモニターにはっきり映っていた。美井奈は度胸一発、距離を潰される前にコイツにも吹き飛ばし技をお見舞いする。

 魔術師と似たような位置でピヨッている風の魔人を尻目に、美井奈は連続スキル技を魔術師に集中して行く。SPは闇の秘酒で強引に回復、魔術師のHPは一気に半減。

 構うものかと、美井奈の《貫通撃》がハイパー化模様の魔術師を襲う。


 結果は実に呆気ない幕切れであった。高位魔術を唱えようと構えた姿勢で、魔術師はドサッと倒れて行く。召喚された風の魔人は、召喚主を失って静かに消えて行く。

 足止めどころか邪魔者を倒してしまった美井奈は、逆にどうしようかと少しオロオロ。


 巨大魔人とその召喚魔族を相手していた弾美達は、相変わらず苦労していた。弾美が出て来る敵達のタゲを取っての時間稼ぎ、その間に薫が巨大魔人を削っている。

 瑠璃は回復と、ようやく通り始めたスタン技で、敵の増援の阻止に翻弄されている感じ。巨大魔人のHPは、ようやく2割までに減って来てはいるものの。

 召喚のゲートは閉じる気配も無く、さらに時たま咆哮技まで使って来る始末。

 

「わ~っ、咆哮で回復魔法止められちゃった! エーテルも残り少ないし、ジリ貧かもっ!」

「コイツ体力が多過ぎるよ~っ! 殴っても殴っても、ちょっとずつしか減って行かない!」

「お助けしますよ、この美井奈がっ! 皆さん、さっきの私の華麗なボス退治は見てくれてましたかっ!?」  

 

 そんなの誰も見る暇など無かったのだが、取り敢えず賞賛が返って来た事にご満悦の美井奈。削り要員が単純に二倍になると、あれ程減らなかった敵のHPバーも確実に細くなって行く。

 2時間縛り発動から、実に10分は経過しただろうか。ようやく巨大魔人が姿を消して、召喚されていた魔族もそれに釣られて消滅の運びに。

 安堵と共に、一斉にモニター前で脱力するメンバーだったり。


     *     *


 はしゃいだ声を上げているのは、終盤に褒められた美井奈だけだったのだが。最後の強制動画が始まると、成り行きを確かめようと皆が否応無くモニターに注目。

 敵がいなくなったフィールド、つまりは魔女の館の前庭で。ゆっくりと、周囲の風景がスクロールして行く。変化が起こったのは、魔女の館の後ろの壁の辺り。

 音を立てて崩れて行く壁の向こうに、新たな空間が出現する。つまりは大樹の洞と言うか、空洞同士が繋がった形になったようだ。

 そちらに向かって進み始める冒険者達、その所持するアイテムが淡い光を放ち始める。


 『輝く果実』が4人のリュックから勝手に飛び出して、崩壊で出来た木屑の山の上に虹色の橋を作り始める。驚きながらそれを見つめる冒険者達、それが恐らく次のステージへの架け橋なのだろう。

 その橋の丁度中央に、ステージ間の中立地帯が。キャラ達がそこに入って行くと、どうやら今日の攻略は全て終了となったようだ。衰弱状態も解除され、ログオフするのに支障も無い感じ。





 ――最後のエリアは、その口を開けて冒険者を挑発するかのよう。

 


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