晴海入港— それぞれの立場 —
いよいよレジェンディアは晴海へ入港します。
そしてここで、BMMクルーズ部門常務エリコ・白鳥・アズナーブルが登場します。
その隣にいるのは、クリスタニア副長のフランス人航海士 ルイ・アズナブール。
少しだけ賑やかな夫婦です。
レジェンディアは、ゆっくりと東京湾へ入っていく。
朝の海は穏やかだった。
遠くに、東京の街が霞んで見える。
巨大な船体はタグボートに導かれながら、静かに晴海埠頭へ近づいていた。
長い航海が終わろうとしている。
アリューシャンの霧。国籍不明機との遭遇。そして荒れた北太平洋。
それらすべてが、ようやく過去になろうとしていた。
岸壁にはすでにBMMの関係者が並んでいる。
船が完全に接岸すると、タラップが降ろされた。
最初に降りてきたのは船長たちだった。
岸壁の中央で、ひときわ目立つ女性が一歩前に出る。
黒いジャケットに細身のパンツ。
鋭い視線。
BMMクルーズ部門常務、
エリコ・白鳥・アズナブールだった。
その隣には長身の男が立っている。
柔らかな金髪。どこか芸術家のような雰囲気。
クリスタニア副長のフランス人航海士、
ルイ・アズナブール。
今回のホルムズ危機で、試験運航中のクリスタニアと共に大型商船たちを率いて協調運航を行ってきた人物だった。
エリコは船長たちを見渡す。
そして軽く微笑んだ。
「皆様、ご苦労さまでした。」
落ち着いた声だった。
「協調運航という難しい任務を、見事に果たして我が社の商船たちを無事連れ帰ってくださいましたこと、心から感謝致します。」
ヘンリー船長が軽く頭を下げる。
エリコは続けた。
「レジェンディアのクルーの皆さんにはホテルをお取りしてあります。そちらでお休みください。」
「それから——」
「レジェンディアのラストクルーズですが、一月後に出航予定です。詳細は後ほどお渡しします。」
「クリスタニアのスケジュールについては……」
そして、ふと視線を動かした。
鋭い目がリヒトを捕らえる。
「ヴァルナー副長。」
一言だけ言う。
「あとでオフィスに来てください。」
それだけだった。
理由は言わない。
そしてすぐに踵を返す。
「行くわよ、ルイ。」
ルイは肩をすくめて笑った。
「Oui, ma chère.」
二人は颯爽と歩き去っていく。
嵐のような登場だった。
その頃——
少し離れた場所で、レイコはエディと話していた。
そこへ海軍の制服姿の男たちが近づく。
敬礼。
「レディ・オーガスティア。」
落ち着いた声だった。
「おかえりなさいませ。お迎えにまいりました。」
レイコは穏やかに微笑む。
「ありがとう。」
エディが紹介する。
「レイコ様、こちらは今回着任した駐在武官のフォックス中尉です。」
若い士官だった。
フォックスは少し緊張した様子で敬礼する。
「お迎えできて光栄です。」
レイコは柔らかく答える。
「ありがとう。おじ様が心配していたでしょう?」
フォックスは少し苦笑する。
「ええ、とても。」
「このあとホテルへご案内いたします。」
「そちらで明日以降のスケジュールをご説明いたします。」
レイコは頷いた。
その会話を——
リヒトは少し離れた場所から聞いていた。
レディ・オーガスティア。
ロイヤルネイビー。
駐在武官。
まるで別の世界の話だった。
リヒトは目を逸らす。
レイコは振り向かなかった。
二人は、結局言葉を交わさないままだった。
レイコはエディと共に車へ向かう。
その背中は、もう遠い。
リヒトは動かなかった。
隣でヘンリー船長が肩をすくめる。
「何があったか知らんがな。」
軽く笑う。
「オーガスティア様は、クルーと一緒に茶会をするような方だ。」
「美味いものも、楽しいことも、皆と共有したいだけなんじゃないのか?」
少し考えてから言う。
「女心は分からんが。」
その時だった。
「ヴァルナー副長。」
振り向く。
BMMの社員が立っていた。
「常務がお呼びです。」
短く告げる。
「オフィスにお願いします。」
リヒトは小さく頷いた。
足取りは重かった。
本社オフィスの扉を開ける。
中には二人の人物が待っていた。
エリコ・白鳥・アズナブール。
そして——
海運統括部門部長、葛城。
リヒトを見た瞬間。
葛城は眼鏡の奥で、わずかに眉を上げた。
物語の中ではクルーズ船の華やかな世界が描かれていますが、その裏では海運会社の本社が常に動き続けています。
今回のようなホルムズ危機のような状況では、商船の安全、航路の調整、各船の協調運航など、本社は非常に忙しい状態になります。
しかもその一方で、クルーズ事業のスケジュールや運航も止めるわけにはいきません。
海運会社は、こうした多くの判断を同時に行いながら世界中の船を動かしています。
この物語を通して、海運の少しだけ裏側にも思いを馳せてもらえたら嬉しいです。




