ニューヨークから愛をこめて ―翻る船旗―
ニューヨーク出港。
レジェンディアはいよいよ、商船たちが待つジブラルタル海峡へ。
そんな中、レイコとリヒトは甲板に立ち、
静かな朝を迎えます。
そして――
翻る船旗。
原子力空母ウォーアドミラルからの「投げキッス」をどうぞ。
第19話
「ニューヨークから愛をこめて ―翻る船旗―」
お楽しみいただければ幸いです。
レジェンディアは静かに港を離れようとしていた。
タグボートが大きな船体を、ゆっくりと押し出す。
摩天楼が朝日に輝き始めていた。
甲板には、リヒトとレイコが立っている。
風はまだ冷たい。
リヒトは自分の制服のジャケットを脱ぎ、そっとレイコの肩に掛けた。
「風が冷えます。」
レイコは小さく笑う。
「ありがとう。」
その時、オフィサーの一人が駆け寄ってきた。
腕には大きな旗。
「副長!!」
息を切らしながらその旗を差し出した。
「船長室に飾ってある船旗です!」
リヒトが受け取る。
「見れば分かる。どうしろと言うんだ?」
「船長が“アメリカの女王にご挨拶を”と。」
「あぁ、女王様は、派手なことがお好きなんだった。」
リヒトはそれをレイコへ渡した。
同時に、風に煽られないようレイコの手に自分の手を添える。
そして腰に腕を回した。
「船旗を掲げてください。あちらの艦橋から見えるように。」
レイコは旗を高く掲げる。
朝日にレジェンディアの船旗が翻った。
オフィサーが叫んだ。
「Legendia with love!!」
リヒトも声を上げる。
「Legendia with love!!」
その瞬間。
レジェンディアの汽笛が響いた。
長音三声。
空母ウォーアドミラルへの別れの挨拶だ。
ニューヨークの海に、低く重い音が広がっていく。
すぐに応答が返ってきた。
こちら、原子力空母。
ウォーアドミラル。
「War Admiral to Love!」
そして。
長音単声。
空母の汽笛が、レジェンディアを見送った。
巨大な灰色の艦体が、ゆっくりと遠ざかる。
ニューヨークの街も、少しずつ小さくなっていく。
レイコは静かに言った。
「……空母とは思えない素敵な船だわ。」
リヒトは頷く。
「ええ。アメリカ海軍の空母たちは、こういう時にこそ洒落たことをするのです。」
そして続けた。
「部屋に戻りましょう。
これからのことを話さないといけません。」
レイコの部屋。
扉を開けると、ちょうどエディが戻ってきたところだった。
「お帰りなさいませ。」
エディは、恭しく頭を下げた。
しかし、見慣れない装いをしている。
レイコはソファーに腰掛け、首を傾げる。
「ねぇ、どうしてエフおじさんと同じ格好なの?」
エディは静かに言った。
「そのうち分かります。まだ内緒です。
さて、今後の航路についてはリヒト様からご説明いただくとして……」
一通の封筒を差し出す。
「その前に、レイコ様。お届けものです。」
レイコが受け取る。
銀のトレイに置かれた封筒には金色の文字。
Ocean Crest cruise line
そしてその下には――
『我らがオーナー
ミス・オーガスティアへ』
レイコは目を見開いた。
ゆっくりと封を切り、空色の美しい便箋を開く。
そこには短い言葉が書かれていた。
『レイコ。
あなたが黒鳥とともにニューヨークへ向かっていると知り、我々は気がかりでなりませんでした。
どうかご無事で。
大洗で会いましょう。』
レイコの目が潤む。
「……サフィール。」
エディが説明する。
「オーシャンクレスト・アメリカの社員が、サフィールからのメッセージを届けに来ていました。
幸い、あちらの船たちに影響はないそうです。」
リヒトが顔を上げる。
「サフィール?」
エディは続けた。
「レジェンディアが日本に着く頃、サフィールは晴海に入港するでしょう。」
レイコは便箋を胸に抱いた。
「待ってて、サフィール。」
「今行くわ。」
その時。
リヒトがふと気づいた。
「待ってくれ。」
腕を組む。
「“我らがオーナー”とはどういう意味だ?」
エディがニヤニヤしながら答えた。
「レイコ様はBMMだけでなく……」
一拍置く。
「ノースレイジアの株主でもあります。」
リヒトは目を見開いた。
「オーシャンクレストはノースレイジア傘下ですから、レイコ様はサフィールのオーナーの一人でもある、ということです。」
リヒトの目が細くなる。
「そこまで愛していたのか、サフィールを。」
エディは静かに言った。
「レイコ様はサフィールに会うたびに、どんな自分でいられるだろうかと努力を続けてこられました。船や海運のこと、世界のクルーズ各社のことや船の儀礼のことも。」
「今度会う時は、彼らにもっと相応しい人間になりたい、と言ってね。」
リヒトは小さく呟く。
「……妬けるな。」
エディが笑う。
「リヒト様。」
紅茶を一口飲む。
「レイコ様の恋人なら、この程度でヤキモチを妬いていては身が持ちませんよ。」
レイコが顔を上げた。
「ねぇ!」
少し嬉しそうに言う。
「私、東京に帰ったら、すぐサフィールに会いに行くわ!」
リヒトは小さく笑った。
「それなら。」
真剣な声で言う。
「本船は必ず、無事にお連れすると約束しましょう。」
リヒトは海図を広げた。
「ジブラルタルまでは最大速度で航行します。」
指で示す。
「七日以内、深夜には到達する予定です。そこで商船たちと合流し、カナダからアラスカに向かいます。出来る限り全速で。ノンストップになるので、船内の電力は最小限に抑え、食事はまとめて複数に分けて支給することになるでしょう。設備は通常どおり使用できますが、VVIPのラウンジと、ムーンカフェデッキは使えるようにしておきます。」
エディが頷く。
「それなら、レイコ様も退屈しなくて済みそうですね。」
「その間、クルーは必要要員を除き交代で休暇扱いとなります。」
「もちろん、リヒト様もですよね?カナダまでは、ゆっくりされるとよろしいかと。そうでないと…」
レイコを見る。
「レイコ様はとんでもなく方向音痴ですから。リヒト様がおられない時は女性クルーたちに案内をお願いするとよいでしょう。」
レイコは肩をすくめた。
「分かったわ。」
小さく笑う。
「大人しくしてるわ。女性クルーの皆と女子会でもしようかしら。」
エディは立ち上がる。
「リヒト様。あなたの身の回りのものは、この部屋に運んでくれるそうです。」
帽子を軽く触る。それは見覚えのあるものだった。
「私はブリッジ近くの部屋に移動しなければいけませんので。」
扉へ向かう。
「後は、お願いしますよ。」
エディは軽くウィンクをすると、静かに部屋を出て行った。
部屋には――
レイコとリヒトだけが残った。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
大型船が出港する時、
船旗はとても象徴的な存在です。
その船の誇りであり、
帰る場所を示す旗でもあります。
今回、レジェンディアはニューヨークを離れ、
再び長い航海へと向かいました。
そして物語はいよいよ、
北大西洋へと進みます。
仲間の船たちとの合流、
そして新しい航海。
次回もお付き合いいただければ嬉しいです




