静かな夜のデッキ ―副長の目は怖かった―
ニューヨークを出港したレジェンディア。
船は北大西洋を東へ向かい、
ジブラルタル海峡を目指して航行しています。
夜の船は昼とはまるで違う顔を見せます。
静かな海、
遠くに灯る船団の明かり。
そんな夜のデッキで、
少しだけ二人の時間が流れます。
第20話
「静かな夜のデッキ ―副長の目は怖かった―」
お楽しみいただければ嬉しいです。
レジェンディアの夜は、いつも以上に静かだった。
客室の窓の外には、黒い海。
遥か遠くには、BMM船団の灯りが点々と浮かんでいる。
軽い食事を終え、レイコはシャワーを浴びて戻ってきた。
ソファには、リヒトが座っている。
「さて。」
レイコは髪を軽くまとめながら言った。
「寝ましょ。」
「ええ。」
リヒトは頷いて立ち上がる。
だが、レイコは窓の外を見たまま動かない。
「でも……」
振り向く。
「せっかく誰もいないんだもの。」
リヒト
「?」
レイコは少し楽しそうに笑った。
「少し探検してみたいの!1人で行くと迷子になって、皆を起こしてしまうから、一緒に来てくれない?」
リヒトは一瞬だけ天井を見上げた。
(……いつになれば、甘い夜とやらを過ごせるだろう…神よ……)
だが、もちろん口には出さない。
「分かりました。行きましょう。」
二人は軽く上着を羽織り、客室を出た。
夜のレジェンディアは、昼間とはまるで違う。
乗客がいない船内は、波と風とエンジンの音しか聞こえない。
廊下の灯りは最小限。
電力は節約されている。
戦時に限りなく近い航海なのだ。
「何だか幽霊船みたいね。」
レイコが小さく笑う。
リヒトは肩をすくめた。
「あぁ、おもしろいものが見れるかもしれません。」
二人はそのまま階段を上がり、外へ出た。
ムーンカフェデッキ。
リヒトのお気に入りの場所だ。
夜の海には月明かり。
遠くにはどこかの船団の灯り。
レイコは思わず息をついた。
「綺麗ね…」
「ええ。」
リヒトは椅子を引いた。
「ここが一番好きなんです。考え事をしたい時は、よくここに来ています。」
温かいお茶が運ばれてくる。
レイコは両手でカップを包んだ。
「思ったより寒いわ。」
「夜の海ですから。アラスカはもっと冷えますよ。」
しばらく、二人は黙って海を眺めていた。
やがてリヒトが口を開く。
「そういえば。ヴェイル少佐ですが。」
「エディがどうかしたの?」
「ええ。ニューヨークでロイヤルネイビーの制服でしたが、どういうことです?」
レイコは少し首をかしげた。
「そういえば……」
思い出すように言う。
「おばさまとビデオ通話した時、そんなこと言ってたわ。中佐になったとか……なんとか。」
「なんとか?」
レイコは困ったように笑った。
「それが…あんまり覚えてないのよね。」
少し頬を染める。
「……その…」
ゴニョゴニョと小さく言う。
「あなたのこと…考えてて……。」
リヒトは動きを止めた。
数秒の沈黙。
「その話の続きは。」
「え?」
リヒトは静かに立ち上がる。
「部屋で聞かせてもらいましょう。」
低い声。
「誰にも聞かせたくないので。」
そう言って、ふとカウンターの方へ目を向けた。
そこには――
いくつかの影があった。
「Oh,my god…!」
慌てて身を隠すクルーたち。
「どうしたの?」
リヒトは何事もなかったように、レイコの手を取った。
「行きましょう。」
その時の副長の目は――
かなり怖かった。
物陰では小声。
「やばい。」
「副長、気付いてた。」
「完全に怒ってる。」
「でも…何か、いい感じじゃない?」
「蕩けそうだったよね?」
静かさの中、温かく小さな笑い声がいくつも広がった。
ジブラルタルは近くて遠い。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
大型船の航海では、夜のブリッジやデッキは
とても静かな時間になります。
遠くに見えるのは星と、
そして他の船の灯りだけ。
同じ会社の船が近くを航行している場合、
夜の海には不思議と安心感が生まれます。
レジェンディアの船団も、
少しずつジブラルタルへ近づいています。
次回、笑い声の主たちが、レジェンディアをビバリーヒルズに変えていきます。
引き続きお付き合いいただければ嬉しいです。




