3 わたし、みてしまったのです。
佐々木が裏路地を覗き込むのと人影が宙を舞い、地面に叩きつけられたのとはほぼ同時。人を一人拳でぶっ飛ばした男は叩きつけた相手など一瞥すらせずに次の相手を殴りつけていた。
それは分かり易いほど明解、まるで彼女がこよなく愛して止まない漫画のような。
「けんか、だぁ」
しかも一対多数。お約束のように一人の方が鬼のような強さだ。
「そして、鬼のように強い人が鬼のような顔で攻撃しててこわい」
狭い裏路地、強面が相手しているのは五人、足下に数人転がっている所を見るに最初はもう少し多かったようだが彼は全く問題にしていない。
「あ、また倒した」
強面に数のハンデは全く感じない。
相手も見るからにヤンキーだし強面は売られた喧嘩を買っただけに思える。
(警察は、呼ばなくて大丈夫?)
このままならあと数分で強面が制圧しそうだし今から呼んでも間に合わないだろう。
(巻き込まれても困るしもう行こ)
そう思って、覗き込んでいた顔を引っ込めようとした佐々木の目の端に何か動いた。
「え…」
鼻血をダラダラと流しながらヨロヨロと立ち上がるヤンキーの手には折りたたみのナイフ。軽い音で刃が飛び出す光景は酷く現実味がない。
だけど、ナイフが使われる先は?
閃光のように身体が動いた。
「あほかぁ!」
「ごほぁ!」
絶叫、ジャンプ、ヤンキーを下敷き。一連の流れはまるで一瞬のようで、気づくと佐々木はヤンキーの上に座り込んだまま彼の手からナイフを取り上げ遠くに全力投下していた。
「だ、誰だテメェ!」
誰かがあげた誰何の声に頭真っ白な佐々木は咄嗟にこう返していた。
当たり前で根源で変わることない自分という人間を的確に表す誰もが納得のその言葉を。
「どこにでもいる善良なオタクだ!」
その時、彼女は実に誇らしく無い胸を張って宣言したという。
そして、その場にいた男達は「あ、はい」と思わず一瞬、納得しかけたと後に当事者の一人は語った。