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虚構世界のナイトメア  作者: 夏芽 悠灯
閉ざされた世界
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第40話 ~あり得ない~

 気が付くと愁翔と音無の目の前には大門が静かに屹立していた。


 それは十二文の世界再構築魔法を成功させたことを意味しており、あとはあの門を潜るだけであった。


「さぁ……」


 愁翔が隣に立つ音無の手を引いて歩こうとした瞬間、視界や感覚が大きく歪んで前のめりに倒れ込んでしまう。


 それに巻き込まれた音無も隣に倒れ込んでしまい、二人揃って大門の目の前で起き上がれなくなってしまった。音無の方を見ると、彼女は小さな寝息を立てて意識を手放しているようであった。


 世界再構築を成功させたにも関わらず、ここから一歩も動けないのではなんの意味もない。


 そう考えるものの愁翔の身体には一切の力が入らず、やがて意識までもが薄れ始めた。


「愁翔、よく聞け」


 その声は肉声として愁翔の耳朶を打った。愁翔はぼやける視界の正面に立つ人物を認識して驚愕した。


 目の前に立っているのは肉体を失って意識だけの存在と化しているはずの七咲 慎と黒乃 沙耶の二人であった。


 なぜ彼と彼女が肉体を持ってこの世界に存在できているのだ。しかしそれを問として声にすることすら今の愁翔には不可能であった。


「お前たちを今すぐ現実世界には還さない」


 愁翔はその言葉を聞き、頭の中が空白で埋め尽くされた。


 七咲の真意が全く読めない。


 それでは自分たちをこの世界に残そうとした黒鉄と何ら変わらないではないか。


「落ち着いて聞いて」


 愁翔のあからさまな表情の変化に、黒乃が優しげな声で語りかけてくる。


「先に現実へ還った三人とは違って、あなたたち二人は全置換型人工心臓で、余命はあと僅からしいわね。魂がもとの身体に戻ってしまえば死への時計の針は再び進み始めてしまう。だからあなたたちの意識をしばらくの間この世界に保存して、現実世界で延命法が見つかるのを待つのよ」


 愁翔は黒乃の説明を聞いたものの、そんな事が可能なのかと疑問を抱いた。


 現代の医療によって定められた余命を覆すことは簡単ではないだろう。そのうえ愁翔たちは人工心臓で生きながらえているため、どうしたって数年しか生きられない。


「大丈夫だ。 現実世界には俺の意志を継ぐ可愛い後輩がいる。彼女の力とこの世界があればすぐにでも、とはいかないかもしれないが近い将来にお前たちは助かるはずだ」


 愁翔の意識と未だに繋がっているのか、彼の疑問に七咲が笑みをたたえた表情で答える。


「無責任なことね……」


 黒乃は呆れたようにこめかみを抑えながら嘆息した。しかしその口角はほんの少し上がって、笑みを浮かべていた。


「だから安心して、今は眠りなさい……」


 黒乃が倒れている愁翔と音無に手をかざすと、彼らの周囲にプログラムコードが発生した。それは愁翔の意識を安らかに奪っていき始めた。


「な、な、さき……」


 愁翔は意識が落ちる寸前に声を絞り出した。


 これまで愁翔を救ってくれた彼に感謝を、どうしても声にして伝えたかったのだ。


「ありが……」


 しかし愁翔の意識は言葉の途中で深い深い眠りに落ちていった。



   ◆ ◆ ◆



「ありがとう、だって」

「あぁ、言葉は途切れても想いは伝わってきたよ」


 七咲は自身の胸に手を当てて呟くように言った。


 彼の内には今もまだ愁翔の大きな想いが熱を持って残っている。


「そうね……」


 黒乃は遠い目をして、再構築されたミッドガルドの大地を見渡しながら小さく頷いた。


 眼前に広がる深緑の大地も、眩しい蒼穹も、そこに生きる人々も、その全てが形を持って存在している。


 壊れゆく運命だった仮想世界の歴史がこうして続いていることは、黒乃にとって言葉にできないほどの喜びであった。


 隣に立つ彼の夢であったもう一つの世界。それが余命僅かな少年少女たちを救えるかもしれない。


 幼い頃に家族を失って天涯孤独の身となり、自分のような思いをする人たちが一人でも減るようにと考えた七咲 慎という少年の大願が成就しようとしているのだ。


 それを考えただけで、彼の人生の大半を共に過ごしてきた黒乃は泣き出しそうになっていた。


「沙耶……」


 黒乃は七咲の声に反応してそちらに振り返る。すると彼はこちらに向かって深々と頭を下げていた。


「すまなかった……。俺の計画に参加しなければお前と空閑くががこんなことになることは……」


 黒乃はその発言に目を見張った。そして驚きはふつふつと怒りへと変化していき、爆発した。


「顔、あげて……」


 その冷徹な声に七咲は折った腰を恐る恐るあげて黒乃を見上げる。彼女は睨みつけるような目線で七咲を見下ろしていた。


「私がこの計画に参加して後悔してるとでも思っているの……?」

「いや……」

「私はあなたが声をかけてくれて、この計画に参加出来て本当に嬉しかったのよ! それをあなたは……」


 黒乃は声を荒らげて自分の胸の内をさらけ出した。常にクールな彼女の変貌ぶりに七咲は冷や汗をかいて少し後退した。


「目を瞑りなさい」

「は、はい……」


 瞳を閉じて視界が暗闇に包まれた後、七咲の唇に柔らかい何かが触れた。


 彼は突然のことに思わず目を見開くと、目の前に黒乃の瞳が見えた。


 つまりこの行為は――


「これが私の答え。結果がどうあれ、最期の時をあなたと過ごせるなら構わないわ」


 唇を離した黒乃は凛とした声で、しかしほんのりと頬を赤らめながらそう言った。


「おま、いつから……?」


 七咲は黒乃よりも盛大に顔を赤らめながら問う。それに対して黒乃は肩にかかった艶やかな黒髪を払いながら堂々と言った。


「出会った頃から」


 七咲はその答えに頭を抱えて唸り始めた。


「なによ、嫌なの?」

「んなわけねぇだろ! 俺だってお前のこと……」


 七咲の言葉に、黒乃が先程よりも濃く頬を赤く染める。七咲も自分の発言を顧みて目をそらす。


「あー! なんでこのタイミングで言うんだよ! 出会った頃って言ったらお前、中学の頃だろ? お前が言ってくれりゃ俺はその頃からリア充だったんじゃねぇか!?」

「馬鹿じゃないの。そういうのは男の方からでしょう?」


 黒乃はツンとした表情で言い捨て、しかし心の中では自分に度胸がなかっただけであったことを悔いていた。


「仰る通りです……」


 七咲は黒乃の正論に肩を落として落ち込んでいた。


 七咲もまた、黒乃との関係性が変化することを恐れて告白出来ずにいたのだ。


「ぷっ!」「ふふ!」


 その少年少女のようなやり取りに二人して吹き出してしまった。


「俺たち何歳だよ、もうとっくに成人だぞ!」

「そうね、こんな初心なやり取りをする歳ではないわ」


 二人はひとしきり笑いあった後、永い眠りについた愁翔と音無の方に目を向けた。


「さて、大人は大人らしく、少年たちの未来を守るか」

「えぇ……」


 黒乃は一度長い瞬きをしてから、表情を真剣なものへと変化させた。


 そして再び二人に手をかざすと、彼らの周囲にプログラムコードが発生して身体を浮かび上がらせた。


 黒乃がかざした手を動かすと、二人の身体は大門の正面、森が途切れた円形の地の中心に移動した。


 そこでプログラムコードの色が黒から水色へと変化し、彼らの足元に魔法陣が発生する。


 刹那、音もなく愁翔と音無の身体が透き通る氷によって覆い尽くされた。


 そのクリスタルのような氷に守られる愁翔と音無は、まるで聖遺物のように神聖なものに見えた。


「これで外、現実世界からの介入がない限り二人の意識は守られ続ける」

「後は俺たちの可愛い後輩に未来を託すとするか」


 七咲はそう言いながら自身の右手の上に、あるものを【想造】した。


「この世界でそれはどうなのかしら……?」


 七咲が作り出したもの、それは彼が現実世界で愛用していたスマートフォンであった。 


 彼はそれを耳に当てながら笑う。


「この世界の通信手段に合わせたら通信クリスタルが限界だろ」


 七咲がやんちゃな笑みを浮かべながらスマートフォンを起動させた。



   ◆ ◆ ◆



「どうして二人だけ還ってこないんだ!?」


 とある病院の一室で、神咲かんざきりんは声を荒らげてテーブルに手を叩きつけた。


 そのテーブルに大きなパソコンを置いて画面を凝視している黒井くろい哀奈あいなは震えた声でその問に答えた。


「唯一機能を持っていたコンソールが、消滅した……」

「それじゃあ、もう二人は……」


 神咲は哀奈の言葉に絶望し、顔をくしゃりと歪めた。


「させない……そんなことさせないよ……!!」


 哀奈は今にも泣き出しそうになる自分に鞭を打ち、キーボードを高速で叩き始めた。


 ひとしきり何かのコードを打つやエンターキーを押し、警告音が病室に響く。


 それを何度繰り返しただろうか。哀奈はしきりに動かしていた手を止めてしまう。


「ダメ……この世界の権限を何も持たない私じゃ、プログラム一つだって書き換えられない……」

「もう、無理……なのか……」


 神咲は病室の床にへたり込み、両手で顔を覆ってしまった。


 一方哀奈はすっと立ち上がり愁翔と音無のベッドの間に座り込んだ。


 そして左手で愁翔の手を、右手で音無の手を握った。その手は四か月前よりかなり細くなっており、骨張っていた。


「ごめんね……何も出来ないお姉ちゃんで……」


 哀奈にはもう謝ることと、奇跡を祈ることしか出来なかった。


 コンソールが消滅してしまったのだから、どう足掻いても二人は還ってこれないのにも関わらず。


 神咲が泣きじゃくり、哀奈が静かに涙をこぼしながら自分の無力を責めている中、愁翔と音無の心電図が放つ音に変化が生まれた。


「!?」


 哀奈は俯いていた顔を跳ねあげて心電図のモニターを見上げる。


 他の三人が還ってきたあたりから心音は落ち着き、それから今まで急激に跳ね上がる様なことは無かった。それが突然、急速に山を刻み始めたのだ。


「何が起こってるんだ……?」


 神咲の問に、哀奈は跳ね上がるようにして立ち上がってパソコンの前へと戻った。そして画面を見て驚愕する。


「仮想世界全域にプログラムコードが展開してる……?」

「どういうことだ?」

「プログラムコード、つまり向こうの世界でいう魔法が世界規模の大きさで発動しようとしているの」


 哀奈の説明に神咲は無理解の意を込めた視線を還す。


「必ず何かが起こるよ……」


 その一言により、希望は途絶えてなかったことを悟った神咲は表情を僅かに綻ばせた。


「頼む……!!」


 神咲と哀奈は神に祈るように自身の手を組んで瞳を強く閉じた。


 そして心電図が示す二人の拍動が再び落ち着きを取り戻し始めた。


 哀奈はこのまま先程のように何も起きない状態になってしまうのを恐れたが、プログラムコードの展開が未だに続いているのを見て安心した。


「来る……!!」


 そしてプログラムの起動、もとい魔法が発動が発動してモニター上の地図が端から書き換えられ始めた。


 徐々に端から消滅し始めていたミッドガルドが崩壊をやめ、さらには再生を開始したのだ。



「世界が……修復されていく……?」



「そんなこと一体誰が……!?」

「この仮想世界の中にいる、現実世界の人間は二人だけ。 ミッドガルドの住人にこんなことは出来ない……」

「ならこれを、二人がやったというのか……?」


 哀奈の呟くような声に、神咲がベッドの上で寝たきりの愁翔と音無に目を向けて呟いた。


「崩壊しかけてた世界が完全に修復した……。コンソールも、復旧したよ!!」

「なら二人は還って来れるんだな!」


 歓喜の笑みを浮かべる神咲に対して、哀奈は怪訝そうな表情を浮かべながらパソコンのモニターを睨んでいた。


 その様子に神咲は立ち上がって歩み寄り、彼女が見ているパソコンの画面をのぞき込んだ。


「どうしたんだ?」

「ここ……」


 哀奈が示したのは愁翔と音無を表す赤点のあたりであった。そしてそれを見て神咲は目を見開いて驚いた。


「なぜ、増えているんだ……?」


 なぜなら愁翔と音無の他に二つ、人を表す赤点が突如として発生していたのだ。


 ミッドガルド人の可能性も考えたが、これまで愁翔たちと共に行動してきた彼らは皆青い点で示されてた。つまりこの二つの点は現実世界の人間であることを示している。


「分からない……。もう私の予測できる範疇を超えてるよ……」


 哀奈は自身の頭を抱えて、発生した新たな赤点を見つめていた。


 それらは愁翔たちの方向へ歩み寄り始める。


 そして次の瞬間に愁翔と音無を示す赤点が急速に浮島の中央へと移動した。


「吹き飛ばされたのか!?」

「ううん……。二人の脈拍は正常値、きわめて落ち着いた状態だったからそれはないと思うよ」


 愁翔と音無の赤点が急速に移動する直前、プログラムコードが起動して何らかの事象を発生させていた。それは新たに発生した彼らが魔法を行使したことを意味していた。


 先ほどから続く奇妙な現象を哀奈が懸命に頭を働かせて思考している中、彼女のスマートフォンに着信が入った。


 病院内のためマナーモードにしていたそれは、キーボードの横でギギギと嫌な音を立てていた。


「ぇ……?」


 そして哀奈は画面に表示される番号を見て吐息のような声を漏らした。


 あり得ない。


 これはあの人が使っていた番号だ。


 間違えるわけがない。


 けれどあの人は三年も前にもう。


 哀奈は戸惑いや焦燥、あるいは小さな恐怖を抱きつつも、震え続けるスマートフォンを手に取って電話を取った。



『久しぶりだな、哀奈』


「嘘……。慎、先輩……?」

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