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第35話 ~正体~

「良くここまで挫けずに進んできたな、愁翔……」


 その声は真っ暗闇の中で反響しながら愁翔の意識に介入してきた。


 『彼』との対面はいつも闇の中で行われ、姿を見た事は一度もない。


「なぁ、いい加減教えてくれよ。あんたは一体何なんだ……?」


 『彼』の介入は四ヶ月の間に幾度もあった。その度に愁翔はこの問をかけてきたが、一度も答えが返ってきたことはない。


「あぁ、もう答えても良い頃合だな」

「……」


 愁翔は息を飲んで『彼』の次の言葉を待っていた。


 これでようやく自分の中にいる誰かの存在が明らかになる。


 それに『彼』は間違いなくこのミッドガルドの根幹に関わる途轍もない重要人物であるような気がしている。


「俺の名前は七咲」



 ブツンッッ!!



 しかし突然『彼』の気配が愁翔の知覚の内側から弾かれ、待ち望んでいた答えは闇の中に消え去った。


 それと同時に鼓膜を打つ叫び声のようなものが段々と近付いてくる。



   ◆ ◆ ◆



「……翔!!」

「……?」

「しっかりしやがれ、愁翔!!」

「!?」


 愁翔の意識が闇の中から戻ると、眼前に焦燥を隠せないでいる灰葉の姿が見て取れた。


 灰葉だけではなく、愁翔の周囲には音無、本郷、不破の三人が不安げな表情を浮かべて集まっていた。


「どう、したんだ……?」


 戦いは終わったはずだ。何をそんなに焦っているのだろうか。


 しかし愁翔のその疑問は眼前に広がる惨状によって吹き飛ばされた。


「なんだよ、この状況は……」


 愁翔がいるのは大門から最も離れた後方支援部隊の、さらに最後方であった。


 なんでも愁翔はヴァルアとの【詠唱(スペル)連結(コネクト)】の直後に意識を失って後方支援部隊の元へと運ばれたらしい。それから二、三分昏倒して今に至るようだ。


 そして目を覚ました愁翔が見た王国軍陣営は惨状と言っても差し支えがない様子であった。


 千人近くいたはずの王国軍が一人残らず戦闘不能に陥っているのだ。


 まさかあの魔法を持ってしてもエクリプセを倒せなかったというのか。


 その不安を瞳に宿して眼前の灰葉に問いかける。


「何があった!?」

「後方支援部隊の中枢で魔力の暴発が起きたんです……」

「暴発? 一体誰が……」


 この場に集っている魔道士たちに魔法を暴発させるような者はいなかったはずだ。そうならないように厳選に厳選を重ねた王国軍だったはずだ。


「……クロウだ」

「!!」


 愁翔はその意外過ぎる答えに愕然とした。


 彼ほどの魔法技能がある者がどうして暴発などしてしまったのか。


「クロウさんは北の山脈に近付くにつれて体調を崩していたんです。 最初は軽い頭痛程度でしたが、山脈についた頃には立っていることすらままならないと言った様子でした」

「セルリアさんが言ってたけど、エクリプセの大きな魔力に当てられたんじゃないかって……。他にも魔道部隊の何人かが体調を崩してたから……」


 愁翔はそれらの情報を元に黙考し、それでもクロウがそう簡単に魔力に当てられるなんて事は考えられなかった。


 これまで氷雪竜ラヴィーネ、灰獅子ラヴァレーヴェ、星光馬シュテルンといった四方獣と相対してきて全くそのようなことが無かったのだ。


 いくらエクリプセが他の四方獣よりも強大だとしても、それほどまでに衰弱することは無いだろう。


「今、クロウはどこにいる……?」


 そして愁翔はクロウの元へ向かうため場所を問うた。それに答えるように本郷が大門の方角を指さす。


「いくぞ、あいつを止める……!!」


 大門へと足を向けた愁翔の背に、他の四人も意を決して足を踏み出した。



   ◆ ◆ ◆



「なん、だ……あの魔法は……」

「身体が、動かない……」


 大門の目の前で、五人の王は成す術なく地に伏していた。


 意識は明瞭で、大したダメージは受けていないようだが全く起き上がることが出来ないでいるようだ。


「何があった!?」


 その一方的な戦線へ、愁翔を筆頭とした五人が駆け付けた。そこで倒れ込んでいるエルアに声をかける。


「ぼくたちは魔力の暴走を起こしているクロウさんを追いかけて大門までたどり着きました。その直後に、全く見たこともない魔法によってぼくたち五人は戦闘不能にさせられてしまったんです」


 エルアがうつ伏せのまま呻くように状況を説明する。それについでセルリアが口を開いた。


「あれは魔法などではない……。この世界を形作る何かを意図的に操作していたんだ……」


 セルリアが言う「この世界を形作る何か」というのはプログラムコードの事だろうか。


 ミッドガルドでは物が形作られるときや消滅する際に零と一のコードが発せられる。それを操作する魔法などミッドガルドには存在しないはずだ。


「シュウト、彼の行使した力は俺たちの身体から何かを抜き取った。ダメージはないもののその影響でこんな状態なんだ……」


 ミッドガルドの住人からプログラムコードを抜き取って行動不能にする。


 そんなことは一魔道士にできることの範疇を超えている。愁翔は現状からこれまで考えていた最悪の結末を連想してしまっていた。


「クロウッ!」


 愁翔は焦燥を隠しながら、大門の頂点に腰掛けるクロウに声を放った。彼の姿は中天にかかる太陽と重なっており、ほとんど目視できない。


 そんな彼は十メートルはあろうかという大門から軽々と飛び降りた。そして着地の寸前、足元に風を巻き起こして衝撃を殺しきった。



「やぁ、シュウトくん。 いや、黒井愁翔くんと呼ぶべきか……?」



 クロウは着地してから数秒後に口を開く。その口元には小さな笑みが浮かべられていた。


「!!!」


 これまでクロウやミッドガルドの住人は愁翔たちの名を、異国の言葉を話すようなたどたどしい口調で呼んでいた。


 しかし今のクロウはどうだろうか。明らかに日本語を使い慣れた者の発音であった。


「お前は、やっぱり……」

「『私』の正体に気付いているようだね」


 一人称が変わった。それによって愁翔の疑念は確信へと変わる。


「愁翔さん、どういう事ですか……?」


 隣で二人のやり取りを聞いていた本郷が訝しげに聞いてきた。


 この確信は通信で会話していた愁翔と哀奈にしか理解出来ないものなのだから疑問も当然だ。



「クロウ=ロードライト……。こいつの正体は黒鉄くろがね総司そうじだ……」



「「!!??」」


 愁翔の断言に、この場に立っている四人が愕然とした。


 特に本郷と音無の反応は大きく、信じられないといった表情を浮かべていた。


「そうだろ、クロウ……?」

「ご名答、クロウ=ロードライトは黒鉄総司のアバターだ」


 クロウの、いや黒鉄の答え合わせに本郷は目を見開いていた。


「で、でもなんで黒鉄先生がミッドガルドに入れるの……?」

「それはこいつが漫画家になる前に、電脳世界の研究者としてある程度の成功を収めていたからだ」


 愁翔は現実世界で哀奈が調べてきた黒鉄総司の経歴からこの世界に入れる理由を述べた。


「よく調べているね。けど電脳世界の研究者だからといってそう簡単にこの世界に入ることは出来ない。本来人工心臓を移植された人間しか入れない世界なんだから。そのせいで今の今まで私としての記憶は封じられていたんだ」


 その説明によってこれまでの全てに合点がいった。


 賢者の子孫でもない彼がなぜ【想造】を行使できるのか、なぜ始まりのあの場所にいたのか、なぜこの世界の理を理解していたのか。


 それは現実世界の人間だったからなのだ。


「これまで不可解だったクロウについてこれで全てが繋がった。だが人工心臓を持たないお前がなんでこの世界に入れているんだ」

「マスター権限だよ」


 愁翔はその言葉を聞いて王国軍の惨状に納得がいった。


 全くの無傷で千人近い王国軍を無力化することなど普通の魔法では不可能だ。しかしマスター権限を行使したプログラム的介入であればどうだろうか。


 先ほどヴァルアは何かを抜き取られたと言っていた。それがAIの身体の自由を司るプログラムコードだとすれば王国軍の壊滅にも納得が行く。


「なら、この世界はお前が作り上げたってのかよ?」


 その答えを聞いた灰葉は、睨みつけるような表情を浮かべながら黒鉄に問いかけた。


 普通に考えればその解に辿り着くだろう。しかし愁翔はこれまでに時折見てきた『彼』の追憶によってその解を頭の中で否定した。


「いいや、マスター権限どころかこのミッドガルドさえも拾い物だ。この世界は現実世界のどの時期からかは分からないが、加速時間の中でひとりでに千年もの歴史を刻み続けていたんだ。ミッドガルドは時間加速によって外部からの接続を遮断していたんだよ」


 この四ヶ月でミッドガルドのあちこちを巡ったが、その場所にはそれぞれ歴史があり、千年の時を重ねてきた世界ということにも納得ができた。


「遮断されていた世界に何故接続できたんだ」

「管理者がいない状態で千年もの時を自動的に重ねていたんだ、世界の方がそれに耐えきれずに不具合を起こし始めていたようだね。私が接続するとすぐにマスター権限が譲渡されたよ」


 電脳世界のことはよく分からないが、言っていることの道理は何となく理解出来た。


「けどそれがどうして俺たちを引き込むことに繋がるんだ?」

「ここにいる五人に聞くよ。君たちはこの世界の風景を初めて見た時にどう感じた?この世界の住人と触れ合って何を思った?」


「「……」」


 ミッドガルドでのこれまでの戦いで幾度も命を落としかけたにも関わらず、その問に否定的な答えを口に出せる者はいなかった。


 それほどまでにこのミッドガルドという世界は途轍もない完成度であったのだ。


 風景は現実世界には存在しない幻想的なものばかりであり、人々はAIとは信じられないほど人間らしく、現実世界の人間よりも綺麗な心を持っていた。


 それに「想いが形になる」というこの世界の仕組みは、現実で絶望していた愁翔にとって夢のようなものであったのだ。


 この世界であれば現実とは違って強い自分でいられる。


 どんな困難にだって立ち向かえる。


 愁翔の脳裏には日々そのような考えが過ぎり始めていた。


「そういうことだよ。私はこの世界の素晴らしさを自分以外にも感じて欲しかったんだ」


 黒鉄はミッドガルドの蒼天を仰ぎながら呟くように言った。


「だ、だからって無理矢理巻き込まれても困ります!!」

「なら君たちはあっちの世界で生きていて楽しかったのかい? 」

「ッ……」


 愁翔はその問いかけの答えに窮した。


 現実の全てを諦め、否定して死を待つだけだった彼はあちらの世界に絶望していたのだろう。

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