第20話 ~もう一押し~
「さぁ、もう一押しだ……!」
立ち上がった愁翔が五人を背にして、ラヴィーネがいるであろう黒煙の方向を睨み付ける。
黒煙の周りには紅の炎が消えることなく揺らめき続けている。
しかし突如として、黒煙が激しく渦を巻いて吹き飛び、その中心から放たれたであろう冷気が揺らめく炎を凍り付かせた。
『グルァァァァァァァ!!!』
黒煙が晴れると、そこから尾の先や脇腹を大きく欠損したラヴィーネが怒り狂って途轍もない冷気を放っていた。周囲の炎を凍り付かせたのもその冷気だろう。
「不破、音無。全力で本郷を守れ……。俺たちが必ず隙を作ってやる」
愁翔は無言の肯定を背中で感じて一歩踏み出した。その瞬間、神速の氷柱が愁翔に向かって放たれる。
「ッッ!!」
しかしその氷柱は振り払われた大剣による爆炎で粉砕される。その様を見てラヴィーネはじり、と少し後ずさったように見えた。
『グルル……』
ラヴィーネは愁翔を睨みつけながら低く唸り始めた。
するとラヴィーネの足元に、いや愁翔たちの足元にまで及ぶほどの超巨大な魔方陣が形成され始めた。
「大魔法だ! 陣の外まで退避して!」
即座に判断したクロウの指示に五人全員が全力で魔方陣の外へと退避した。
直後、魔方陣から蒼色の柱が天を突き、数秒間その形を保った。
「攻撃じゃない……のか?」
「けどあれだけ大きな魔方陣、何も無いなんてことは無いはずですよね……」
本郷の推測は的中していた。魔方陣から発生した蒼色の柱が消失すると、その中央にいたラヴィーネの姿が豹変していた。
「んなもんありかよ……」
愁翔たちは揃って言葉を失った。
ラヴィーネの傷が全て蒼色の氷で修復されていたのだ。
眼球はただ凍り付かせて止血させているだけのようだったが、翼は全て蒼色の氷と化しており、欠損させた脇腹と尾の先は氷で補われていた。
先程の大魔法は自身を修復、強化する類の魔法だったのだ。つまり状況は振り出しよりも最悪なものとなっていた。
「そんな……」
「これまでの戦いが全部無駄だったってこと……?」
音無と不破が顔に影を落として絶望を滲ませていた。
「諦めんじゃねぇ!」
その様子を見かねた灰葉が一喝する。びくっとして音無と不破が恐る恐る顔をあげて灰葉を見つめる。
「よく見てみろ。あいつは回復したわけじゃねぇ、息も絶え絶えで今にも倒れそうだ。ただ失った身体の一部を補ったってだけなんだよ」
灰葉が吐き捨てるように状況を説明した。この絶望的状況でそこまで敵の様子を観察できる彼の洞察力は途轍もないものだ。
「その通りだ。それにこっちには本郷の力がある。俺とクロウだけで戦っていた時より圧倒的に倒せる可能性が高くなってる」
音無たちはその言葉によって絶望がほんの少し薄れて戦意を取り戻した。
ただ、本郷だけがその重圧によって身を震わせていたことはこの時誰も気づいていなかった。
『ガァァァァァ!!!』
大気を震撼させる大咆哮。立ち向かう者の戦意を容赦なくへし折ってくるような恐ろしい大音声だ。
その咆哮によって振動した大気中の粒子が凝固し、氷柱と化して愁翔たちの周囲を覆った。
「不破! 本郷たちを守れ!!」
指示を飛ばした愁翔と、その隣にいた灰葉はラヴィーネに向かって駆け出した。
それと同時に、本郷たちを取り囲むように四つの盾が形成された。遅れて、発生した氷柱郡が一斉に【想造】された盾に降り注いでいく。
「必ず……守るから!!」
不破が盾の方向に手をかざしながら叫ぶ。背後にいる音無と本郷に一つも当たらないように氷柱の連撃を耐え続ける。
「ボクも力を貸すよ」
不破の隣にいたクロウが小さく微笑みながら魔法を詠唱し始める。
「【母なる光よ――我らを魔の凶刃から護りたまえ】」
詠唱が終わる頃にクロウは不破の盾に手をかざす。
「【聖光条】」
直後、柔らかな光が不破の作り出した盾を包み込む。すると先程まで響き続けていた、盾に激突した氷柱の破砕音がぱっとやんだ。
「え、どうなってるの……?」
不破が自身の盾にかかる負荷がほとんどなくなったため、きょとんとしながら盾の前面をうかがった。
未だに氷柱は降り注ぎ続けているものの、氷柱は盾に触れるや勢いを失い地面に落下していた。
「これはあの氷柱の魔法的要素を打ち消してるんだ。あの速度で放つことが出来るのは魔法の力あってこそなんだよ」
クロウは余裕の笑みを浮かべながら説明をする。そして未だに降り注ぎ続けている氷柱に構わずに盾の外側へ出ていった。
「さて、ボクも攻撃側に移ろうかな。カレンちゃんはいつでも撃てるようにしといてね」
「は、はい!」
クロウは本郷にそう言い残すと、愁翔と灰葉がラヴィーネと応戦している方向を見て地を蹴った。
「【光星】」
直後、クロウの身体が光に包まれ、引き寄せられるようにラヴィーネの元へと高速で移動していった。
氷刃と化して再生したラヴィーネの右腕が高速で飛来する。それをバックステップで回避すると息付く暇もなく槍のような尾が放たれる。
「くッ……!」
辛うじて大剣の面で致死の一撃を逸らすと、流星のような速度で地面に突き刺さった。
あまりの勢いで突き刺さったため、ラヴィーネは尾を抜くのに時間を要している。
「どっ……らぁぁ!!」
その隙を見逃さなかった灰葉は跳躍してラヴィーネの頭部に、黄金に煌めく拳を放った。
しかしラヴィーネも左腕を振るってそれを迎撃し、拳と爪が一瞬拮抗する。
そして完全に相殺してラヴィーネの腕と灰葉の身体が弾き飛ばされた。
そのタイミングで地面から尾が抜け、ラヴィーネが翼をはためかせる。
「させる……かッ!!」
愁翔は魔法を付加した大剣を振り下ろす。
紅の斬撃が、今にも飛び立とうとしているラヴィーネの真上に飛ばされる。
それによって飛び立つことを一瞬ためらったラヴィーネに生じたタイムラグ。そこに吹き飛ばされた灰葉が再び攻撃に移る時間は優にあった。
灰葉が吹き飛ばされた先はせり上がった岩場。彼はそこを足場にして弾丸の如き加速で再び飛来したのだ。
「いい加減……当たれッッ!!」
再びの拳撃は先程の比では無いほどの輝きを放っており、ラヴィーネの肩を捉えてその巨体を後方へと弾いた。
『オォォォ……』
その威力に肩の鱗は剥落してラヴィーネは低く呻いたものの、致命傷にはなり得なかったようだ。
「おい、黒井。なんかでかいの一発叩き込めねぇのか?」
愁翔の隣に着地した灰葉は、喉を鳴らすラヴィーネを視界の端に捉えながら問うてきた。
「あいつの動きを止められないことにはどんな魔法も外すだけだ」
「なら止めりゃいいんだろ、やってやるよ!」
灰葉は不敵な笑みを浮かべながら拳を掌に叩きつけた。そして彼は屈伸をし始めた。
「詠唱して待っとけよ。絶対止めてやるからよ」
「あ、あぁ……」
愁翔が戸惑いながら返事したその瞬間、爆発音と共に灰葉の姿が掻き消える。
先程まで彼がいた場所には焦げ跡とひびが残っているだけであった。
「オォォォォ!!!」
ヒットアンドアウェイ。灰葉の戦法は超高速で行われるそれであった。
一撃を叩き込み、反撃が来る前に退く。そして再び地面や岩壁を蹴って弾丸の如き速度でラヴィーネへと飛来する。
速度を重視している攻撃のため、一撃一撃には大した威力は無い。かと言って無視できるほどの低威力でも無いためラヴィーネは迎撃せざるを得ない。
「【我が矛に宿るのは地獄の業火】」
愁翔はその様子を視界に捉えつつ、先程ラヴィーネに大ダメージを与えた魔法を再度詠唱し始めた。
『グオォ……』
ラヴィーネが完全に翻弄されている。反撃は全て空を切り、灰葉の攻撃は全て命中する。それが続くとラヴィーネは瞳を閉じて反撃をやめた。
「あ……?」
灰葉は怪訝な表情をしながらも、再び岩壁を蹴り砕いて突っ込んでいく。
『キュッ!!』
灰葉の直線上にラヴィーネの腕が正確に振り下ろされる。
「!!??」
先程まで全く反応できていなかったのに何故。そう考えた時にはラヴィーネの腕が灰葉の真上から降り注いでいた。
「ちッ……!」
灰葉は苦々しい表情でそれを睨みつけ、ほとんど無駄と分かっていながらも咄嗟に腕を交差させて防御体勢に入る。
「灰葉!!」
愁翔は魔法をチャージした状態で叫んだ。
魔法を撃ったとしても灰葉を巻き込む可能性がある。しかしキャンセルして駆け出したところで届かないのは明白だ。
「さっさと撃ちやがれッッ!!」
灰葉が愁翔に目もくれずに叫ぶ。
彼が言った隙とはこういうことだったのか。
しかしこんな自己犠牲のような隙の作り方は彼のやり方ではないはずだ。
「光が見えたんだッッ!!」
「!!」
愁翔はその言葉によって全てを理解する。
「【その斬撃は全てを灰燼へと還し永劫に燃え盛る――獄炎招来】!」
すると即座に大剣を振り下ろして躊躇いなく魔法を放った。
紅の斬撃は地面を抉り、焼きながらラヴィーネの元まで数瞬でたどり着いた。
斬撃がラヴィーネに命中して大爆発へと変貌する直前、振り下ろされた腕の真下が小さく煌めいた。
刹那、紅の斬撃が赤黒い炎を巻き上げながら大爆発を起こしてラヴィーネを包み込んだ。
「こんな大魔法、一体何発撃てるんだい?」
背後から呆れたような声が投げかけられる。愁翔はその声の主が誰だがを理解していた。
「ナイスタイミングだったぞ、クロウ」
「間に合ったのは奇跡だよ? ねぇ、エイくん?」
「ギリ間に合ってねぇよ。服と髪が焦げた」
クロウに抱えられた灰葉が不貞腐れたようにそう言う。
確かに彼の服は左肩部分がほんの少し、左側頭部の髪の毛先が焦げていた。
「丸焼けになるよりいいでしょ?」
「そうなってたらお前を呪ってる」
「談笑してるとこ悪いんだが、まだ終わらないらしい……」
愁翔が黒煙に包まれているラヴィーネの方に目を向けて呟く。
「あ~、しぶてぇな……ゴキブリかよ」
「ゴキ、ブリ……?」
クロウはその響きに怖気を感じたかのように身を震わせた。この世界にもあの黒い悪魔は存在するのだろうか。
愁翔のそんなどうでもいい思考は状況が動いたため打ち切られた。
黒煙が晴れてまず愁翔たちの視界に飛び込んできたのは、雪の結晶が肥大化したかのような氷の結界であった。ラヴィーネはその結界で愁翔の魔法を防いだのだろう。
しかしあの威力を正面から受け止められるはずもなく、氷の結界は中央に大穴が空いていた。
その大穴から炎が流入したため、ラヴィーネは咄嗟に自身の尾を盾にして直撃を避けていた。そのため氷で補っていた尾の先は溶け落ち、全体が焼け焦げていた。




