僕たちの戦いはこれからだ
ぴぴぴぴ……
目覚ましの音で起こされる。午前七時。いつもの起床時間だ。
うぁぁぁ。ねむひ。
あくびをしながら起き上る。
近頃よく眠れていない。そろそろテストがあるけれど、それが原因じゃないのは分かっている。
あのレース以来、向こうの世界にいっていない。呼ばれてもいない。
それは当然。リーザとの契約は切れちゃったから。
召喚士と精霊の契約は、基本的(給さんみたいな例もあるけど)に一年ごとに結ばれる。そして僕は、リーザに呼ばれて正式にエルハとなってから、もうじき一年が経つ。
レースの後、給さんの祝勝会がどうこうで周りが盛り上がっている中、僕はリーザから直接、契約の件を伝えられた。それは半ば覚悟していた内容だった。
「今までと同じように、給と二人とも召喚士として契約したいけれど、二人同時ってのは、やっぱり身体に堪えるのよ」
そう言うリーザに疲れの色が見えていたのは、周りからの祝勝疲れではなく、僕と給さんが長時間全力で飛んだ後だったからだろう。
「ピングリーヴ市杯を勝った給は、これからもっと大きく注目させるわ。彼女なら、もっともっと活躍できるはずだから、全国各地のレースに出場させるつもりだし、マスコミとの対応も忙しくなるわ」
僕は無言でこくりと頷いた。
距離不安のあった給さんが、長距離のピングリーヴ市杯を勝ったわけだけど、実はリーザなりに勝算があったみたい。
もともと給さんが早くばてていたのは、スピード調整が効かず、いつもスタートからぶっとばしていたから。それは給さんが、身体も小さく猫みたな短距離型で、最初から最後まで手を抜けない性格の真面目だから。
けれど精霊は魔力で飛ぶわけで、見た目や体格は本来なら関係ないはずだ。
そこでリーザはあえて給さんに向かって直接、期待しているのはトキヒサだから、あなたは出場するだけで気楽に飛んでいればいい、と言って、いきなり未経験のマラソンレースに参加させた。
結果は、見ての通り。
気楽に肩の力を抜いて飛んでいた給さんはばてることなく、レース終盤に先頭組に追い付いてきて、早めにスパートをかけた僕たちを見事指し切って優勝した。
「……だから、その。ごめんね」
そのとき見せたリーザの表情はとても印象的で、僕は何も言えなかった。
ピングリーヴ市杯の優勝者と惨敗者、どっちを選ぶかなんて、考えるまでもない。
それなのに、リーザがとても辛そうな表情を見せてくれて……それだけで、僕の気持ちは十分だった。
だから僕は、笑顔でうなずいた。
☆ ☆ ☆
最後のレースで、僕が給さんに勝利を譲るようにしたことに、後悔はない。
けれどエルハの生活が少し懐かしく思う。
まだ過去にするほどじゃないけどね。またいつもの普通の生活に戻るだけ。
けれどやっぱり、半年前の生活が、ずいぶん昔のように感じる。
そして今日も、一日が終わり明日起きるため、ベッドに潜り込んだ。
気づくと、僕はパジャマ姿のまま外に立っていた。
「……え?」
外というよりここは……
朱色に染まる木々。風が舞って、湖のせせらぎが耳に届く。
懐かしい、いつものあの湖の湖畔だった。
そして視線の先には、笑顔――ではなく仏頂面のリーザがいる。えっ、何、これ? もしかして、夢? でもこの身体全体に感じる感覚は……
僕は恐る恐る、言ってみた。
「あの、リーザ? ちょっとぽかりしてくれませんかね」
ぽかりされました。うわっ、痛い。やっぱり――本物だぁぁぁ。
「リーザっ」
僕は歓声を上げて突進、したら払い腰で投げ飛ばされてしまいました。ううっ、相変わらずひどい。
「……でも、どうして?」
僕が地面に倒れたまま聞くと、リーザは相変わらずのふくれつらで答えた。
「給に、逃げられちゃった」
「……はい?」
僕が還された後に行われた給さんの祝勝会で、リーザたちのところに一人の男性が現れた。それは、僕が初勝利したとき、リーザに給さんの話を持ち掛けた仲介業者さんだった。
何でも、見事長距離適性を見せた給さんに、他の実力も経験もある召喚士からさっそくオファーが殺到しているとのことだった。何も給さんとリーザの祝勝会の時にそんな話をしなくても、って思うけれど、僕が初勝利をあげたときに別の精霊を紹介してたけど、相変わらず空気の読めない人みたい。
もちろん、リーザはその話を断った。
けれど当の給さんの口から、これからもっと上で活躍するためには、リーザより実力も経験も上の召喚士の方が良い、という話が出たのだ。
「え?」
僕は思わず聞き返してしまった。あの給さんが? そりゃ猫はすぐに恩義を忘れるっていうけれど、猫じゃなくて猫娘だし。
「というわけで今、私にはエルハがいなくてね。給の移籍金で、新しい精霊を探してもいいんだけど、あたりはずれがあるし。だったら、トキヒサの方がいいかと思ったの。契約からまだ一年経っていないから、まだ契約更新は可能だし、協会に払う更新料も、新たな『卵』を買うより割安だし、どう?」
給さんの件にどこか釈然としないものはあったけど、僕の答えは決まっていた。
こうして僕はもう一年、エルハローネに参戦することになった。何だかんだで僕もAランクなのだから、去年の契約したての頃と違って、心に余裕がある。ふっふっふ。何ていうか、優越感、ってやつ?
そんな思いを抱いて、僕はリーザと一緒にいつものトレーニングセンターにやってきた。契約更新してから最近、湖じゃなくてこっちで練習することが多くなってきた。リーザと二人きりの愛の巣特訓でないのは、ひじょーに残念! だけれど、こっちはこっちで知り合いも多いし、いろいろ特訓できるので悪くはない。
「あ、おーいっ」
トレセン利用者の精霊の中に、ナジカとぬんらを見つけ、僕は大きく手を振った。僕に気づいた二人は、ナジカは嫌そうな顔をして、ぬんらは笑顔で駆け寄ってきた。
僕はぬんらに向けて笑顔で祝勝する。
「おめでとー。ぬんら、最優秀新人だって」
「はいっ」
そう言ってうなずく彼女は、いつもの切羽詰まったような表情が微塵も見られない、本当に幸せそうな笑顔だった。
ピングリーヴ市杯の成績は、一着が当然給さんで、ミレイユは三着だった。
で、その間の二着は誰かというと、最後の最後でミレイユを抜き返したぬんらだった。
ピングリーヴ市杯後、前期が終わって、新しい期になった。
エルハローネ協会は、その期の一年ごとに優秀な精霊、召喚士を表彰している。その中にある最優秀新人賞に選ばれたのは、ぬんらだった。
最優秀新人の選考はかなり難航した。当然、ぬんらの対抗はミレイユだ。
Aランクのレースで快勝したミレイユ。けれどその彼女にピングリーヴ市杯で先行したぬんら。けど過去のレースの直接対決では、ミレイユが勝っているし……。
結局最後は選考者による投票が行われ、僅差で新人王に選ばれたのはぬんらだった。
「教官は、お祝いとか全然してくれませんでしたけど、背中で『よくやった』って語ってくれたんですよ。きゃーっ」
「うんうん。愛だよねっ」
僕たちは手を取り合ってはしゃぐ。その様子を、またかとナジカが見つめている。
そのナジカも無事契約を更新された。今期は短い距離のレースにしぼって、参加してゆくらしい。長い距離を飛ばない(飛べない)トレーニングセンターでの練習では、ぬんらとそれほど差がなく戦えることから、召喚士のおばあさんと、決めたんだって。
「まぁ頑張ってくれたまえ」
「あっ、その目、ムカつく」
Aランクとして上から目線で言ってやったら、案の定ナジカが突っかかって来た。
そんな彼女から逃げていると、今度はミレイユに会った。
「あれ、ミレイユもこっちにいるの珍しいじゃん」
「最近ではそうでもありません。ユーリカが来たがるのでお付き合いですわ。近頃は、お目当ての人もよく来るようになったからかしら。おほほ」
お目当ての人? 誰だろう。そういえば、リーザも前と違って、よく連れて来てくれるなぁ。
「――それに、ここには彼女がいますし」
ミレイユの見つめる先にはぬんらがいた。
気づいたぬんらもミレイユに顔を向ける。
うわっ、いつの間にか僕を差し置いて、ライバル関係になってるし。しかも二人とも、笑顔が怖いっすよ。
というわけで、僕はこそこそ逃げ出した。
すると、今度は一匹の猫――じゃなくて猫娘を見つけた。
「給さんっ」
「おう。久しぶりだね」
給さんも以前と変わりなかった。まぁ猫だし。
彼女とこうして会ったのは、ピングリーヴ市杯以来だ。さっそく別の有名な召喚士と契約したって話は聞いているけれど、直接給さんから聞きたいことは山ほどある。
だから、僕は真っ先に給さんに尋ねた。
「ねぇ。どうして移籍したの?」
せっかく大きなレースに勝ってこれからだというときに。リーザを捨てるように、別の召喚士のもとに行ってしまうなんて。
おかげで僕は戻ってこれたけど。ずっと釈然としなかった。
猫は三日で恩を忘れるというけど、給さんは違うと思っていた。
「悪いかい? あたしゃ、リーザが望む通りにしたんだよ」
「えっ? それって、移籍金のこと?」
猫パンチされました。
「言っとくけど、私はピングリーヴ市杯の結果に満足していないよ。あんたはあたしをサポートしたつもりで満足げな顔しているけれど、大きなお世話だったんだよ。あんたとはもう一度、本気でやり合わないとね」
「そっか……そうだったんだ」
給さんの言葉に僕はすんなりと納得した。
リーザと共にいたら、本気で勝負する機会なんてなかなかない。だから給さんは移籍をしたんだ。僕と勝負するために。まっ、給さんの言う通り、ピングリーヴ市杯の勝利も、半分は僕のおかげだしね。
と思ってたら、猫パンチをもらった。
「勘違いしているようだけど、リーザのためだって言っただろ。……あの子があんたに会えなくなるのが辛そうだったから」
「えっ――?」
「おや、敵が来たようだね。あたしゃ帰るよ」
給さんが去ってゆく。代わりに来たのはリーザだった。確かに今の給さんにとっては敵かもしれないけど、一言くらい話をして言ってもいいのに。
「いまのは、給?」
「はい」
僕は給さんの揺れる尻尾を見つめながら思った。給さんはリーザを裏切っていない。むしろ感謝しているのは言葉の端端からうかがえた。
じゃあリーザが辛そうだったからって、僕がいなくてさびしかったってこと? これってもしかして期待していい?
僕のそんな視線に気付いたのか、リーザがごほっと咳払いをする。
「……給に何を言われたか知らないけれど、今の彼女は、もうライバルだからね」
「うん。分かってる。ちゃんと頑張るから」
一時期、ちょっとだけ抜いたと思っていた給さんとの差は、逆に大きく離されてしまった。給さんだけじゃない。ミレイユにぬんら、それにまだ見ぬAランクの精霊たちも、これから僕のライバルだ。去年に比べてランクは上がったけれど、それは対戦相手もずっと強くなったってこと。リーザに愛想尽かされないよう、今年一年も頑張らなくっちゃ。
そして、自分でも満足できる成績を残せたら、給さんが言っていたリーザのこと、ちゃんと聞いてみよう。そして二人は……むふふ。
「……何だかよくわからないけど、頑張ってね」
「うん。任せてっ」
ちょっと引き気味のリーザに、僕は笑顔で答えた。
というわけで。
最後はやっぱり、あれだよね。
――僕たちの戦いは、これからだ!
おしまい
ようやく終わりましたー。
かなり昔に書いた作品の改稿だったのですが、予想以上に難儀しました。
キャラの名前は書いていてかなり適当だなーと思いつつも、当時のままにしました。もう少し手を加えたい点もあったのですが、他にも書きたい話があるので、これでひと段落といたします。
それでは。
最後までお読みいただいて、ありがとうございました。




