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兄弟子? は猫娘

「トキヒサに必要なのは、集中力だと思うの」


 あのミレイユとのん子とのレース後の、最初の召喚。

 レースによる疲労が強かったのか、こっちの世界に召喚されたのはずいぶん久しぶりに感じた。


「前のレースを見ても無駄な動きが多かったからね。それをなくせば、あれくらいの差は逆転できるはずよ」


 いつもの湖畔に呼び出された僕は、特訓に入る前に、リーザによる説明を受けていた。リーザの解説を聞きながら、僕はうんうんうなった。

 そーなんだよねー。結果的には、あのミレイユと差はほんのちょっとだった。

 僕があとちょっとまともに飛んでいれば、僕の勝ちだったかもしれない。あらら、僕って結構強かったのね。うふふっ。


「……その集中力をつけるのが、一番大変な気もするけど……」

 あれれ、なぜか不満げなリーザ。でもいいの。SかMかと問われれば、Mな僕(服のサイズじゃないよ)。さぁ、思う存分、しごきプリーズ。

 そんな僕の前で、リーザは召喚のカードを取り出した。ありゃりゃ、もう還されちゃうの?

 けどリーザが持っているカードはいつも僕が帰るときに見るものとはちょっと違うみたい。色とか書かれている文字とか……

「――暗証番号8813258.契約者リーザ。雷光の精霊『たま』の召喚を要請する」

 リーザがカードを顔の前で掲げながら、そう言葉を発した途端、風が巻き起こった。その風の中心に、魔力による空間が生み出されていく。

 へぇ。召喚ってこうやってるんだ。いつも呼ばれた後だから、こうやって傍から見ていると新鮮だよねぇ。

 ――って、雷光の精霊ってなにっ? なんでリーザが召喚するのっ?

 なんて僕の戸惑いをよそに、魔力の風が収る。そこに現れたのは……


「わぁっ。なに、可愛いーっ!」

 僕は思わずそれに抱き付いてしまった。

 それは可愛らしい女の子だった。身長はちょうど1メートルくらい。いわゆる幼女さんなんだけれど、その頭には、ぴょこっとネコ耳、平らなお尻にはぴょこっと尻尾、そして小さなお手てには肉球。そう猫娘ちゃんなのだっ! うーんやわらかい。お口のおひげがいいアクセント。幼女さんに抱き付くのは犯罪だけど、猫娘ならいいよね? 犬か猫かと言われたら、断然猫派(でも僕はリーザの犬になりたい)な僕にはたまらない。

 なんて感じですりすり頬ずりしていたら――

「何気安く触ってるんだいっ」

 と、ぽかりと猫パンチされてしまいました。

 容姿に似合わぬ、ちょっと大人びた感じの口調。これってもしかして、「ロリババァ」というやつですか? おぉっ、ミレイユがいたら涙を出して喜びそう!


「ごほん」

 リーザの咳払いに、僕はようやく我に返った。おっと、正妻を放っておいちゃいけないよね? でもでもここはあえて嫉妬を誘うという手も……

 そんな僕の思惑を無視して、リーザが話し始める。

「紹介するわね。彼女の名前はたま。こう見えてもBランクのエルハなのよ」

「えっ?」

 僕は耳を疑った。

 Bランクってことは、先日のレースの繰り上がり2位で、Cランクになった僕よりも上ってこと?

「ま、まずはこれを見て頂戴」

 リーザはモバイルを僕に差し出して、給さんのレース映像を見せてくれた。


 その映像の中では、確かに、ほうきに乗った給さんがエルハローネに参戦していた。

 そしてそれを見て、僕は給さんの実力を認めざるを得なかった。

 まさにロケットスタートと言っていいほどの爆発的なスタートから、最後まで先頭を譲らずゴールする姿は、鬼気迫るものを感じた。

 そういえば結局失格になっちゃったけれど、しっぽ子ちゃんののん子も、先頭で飛んでいたし、尻尾娘(給さんも当てはまるのかな)って、みんなこんな感じなんだろうか。

 けれどペース配分がしっかりしていたのん子と違って、給さんは「ペース配分? 何それ美味しいの?」みたいな感じで最初からぶっ飛ばし、最後の方はさすがに疲れが見えるけれど、それでも最後まで押し切ってしまうところに、能力の高さがうかがえた。

「どうだい? これがCランクのレースだよ。まぁ下位レースでぎりぎり繰り上り2位のあんたには、無理だと思うけどねぇ」

 給さんが嫌みたらしく胸を張る。ちなみに、無い乳である。よかったね、リーザ。――じゃなくってっ!

「そこにいる『給さん』がエルハなのは分かったけれど、それをどうしてリーザが召喚しているわけ? リーザの精霊って、僕だけじゃなかったの?」

「えーと。それは……」

 珍しくリーザが言いよどむ。

「いいよ。あとはわたしが説明してあげるから」

 横から給さんが口をはさむ。

 その様子に、リーザが言いよどんだ理由が、僕に対する遠慮ではなく、給さんに対するものであることに気づいた。


「わたしゃ、リーザに拾われたんだよ」

 そう前置きして、給さんが話し出した。


 エルハローネとは、僕たち精霊にとってはほうきに乗って空飛ぶレースだけれど、こっちの世界の人にとっては、多額のお金が動くエンターテイメントという一面もある。最高ランクのS1のレースでは、普通の人が一生働いても稼げないほどの賞金が、たった一レース勝つだけで手に入る。まさに、一攫千金である。

 お金が動くところには、当然、いわゆる「ビジネス」も存在している。その一つが、精霊の仲介業だ。

 精霊を召喚してエルハローネに参戦したけれど、結果が出ずにお金が無くなってしまい、レースに出場するどころか、生活も苦しくなった人から、精霊の権利を「買い取り」、別の召喚士にその精霊の権利を「売る」ことで、お金を稼ぐという仕事である。

 中には、最初から「売る」ことを前提に精霊を召喚して、レースで賞金を稼ぎつつ精霊をある程度鍛えたのちに業者に売り渡して、さらに多額の金額を安定的に手に入れようとする(上位ランクに昇格して、それでも勝てればいいけれど、まったく賞金圏内にも入れなかったら、出費がかさむだけなので)召喚士もいる。

 給さんは、後者のタイプの召喚士によってこの世界に呼び出され、Bランクに昇格して勝てなくなってきて、仲介業者に売られた。


「トキヒサもちらりと会ったでしょう。初勝利のインタビューのあと、私に話しかけてきた人」

「あ、あの人……」

 その人がいわゆる仲介業者さんで、給さんの権利を買わないか、と持ち掛けてきたんだって。

 僕の前でする話ではない、ってことで強制的に還されちゃってそれっきりだったけれど、確かにそういう意味なら、納得だ。

「お金の問題もあるし、トキヒサも初勝利をあげたばかりだったから、その時は保留させてもらったけれど、ミレイユちゃんに力負けしたレースを見て、もしかしたら、召喚士の私より、同じ精霊としてトキヒサのいい兄弟子になってくれるかもしれないかなってOKしたの」

「けど、お金は? まだ僕一勝しかしていないし……」

 と心配げに言う僕に向けて、リーザは「いい顔」をして言い切った。

「うんっ。おかげで借金生活よ。給ちゃんとトキヒサに頑張ってもらわないと、真面目にヤバいっ」

「えっ、えぇぇっ!」

 思わず声を上げてしまう。いくら僕のためだからって、それはどうなの?

「というわけで、トキヒサ。給ちゃんに、ちゃんと鍛えてもらってね♪」

「えっ、えぇええええ」

 えええパート2.ううっ。SかMかと言われたらMな僕だけど、リーザ以外に叩かれるのはノンなのよ。

 けれど、そんな僕を置いて、「二人召喚するのってやっぱり疲れるわねー」と言いながらリーザは去ってゆき、僕は、給さんと二人っきりで残されてしまった。

「……ってゆーか、一人と一匹っきり?」

「あんた、一言多いよ」

「でも、一匹っきりって、意外と言いづらいよ。いっぴききり? ほら」

 僕が言うと、給さんは小さな口を動かして――あ、噛んだ。そして、八つ当たりの猫パンチ。

「そんなこと、どうでもいいんだよ」

 いたた……それにしても、リーザにしろ給さんにしろ、どーして手が早いんだろうペットと飼い主、というより召喚士と精霊は似るんだろうか。――はっ、だとしたら僕もリーザに似るように頑張らなくちゃ。

 僕は重心を腰に落とし、両腕を伸ばして給さんとの距離を測りつつ、少しづつ差を詰める。

「……なんだかわかんないけど。やる気にはなったようだね」

「ええ。僕はいつでも本気ですもん」

 いまだっ! とりゃぁぁぁぁっ。

 でこピン、でこピン、でこピン――は全部かわされ、代わりに猫パンチはことごとく受ける。それでも懲りずに僕は突進を繰り返す。

 しばらくして――山の上の湖畔には、大の字になって息をしている一人と一匹がいた。

 ううっ、さすが猫。すばやひ……

 あっ、でも手が早いというのは攻撃することであって、命中や結果は問題ないよね?

「うしっ、オッケーっ!」

 がばっと身を起こす。

「……何がいいんだか」

 給さんは呆れた感じ。

「まあ、リーザに頼まれたから仕方ないね。わたしが練習に付き合ってやろうじゃないかい」

「はい、お願いします」

 気分を直して素直に挨拶する僕を目の前に、給さんは懐からぱらぱらと小銭を放った。もしかしてお小遣いってやつ?

 そういえば、僕はまだリーザからお金をもらってないことに気づいた。レースで一着や二着になってるんだから多少は賞金が入っているはずなのに。ずるいっ。まぁ服はリーザが用意してくれるし、交通費は掛からないし、よく考えたら、この世界の食べ物も、練習の合間にスポーツドリンクみたいなものしか口にしていないし……てな感じで、お金を使う機会はないんだけれど。

 小銭を前に給さんが言う。

「まずは町に行って、これを使って鰹節を買ってきな。もちろん、削ったやつじゃなくて、塊のやつだよ」

「なっ、何で僕が」

「余ったお釣りで好きなもの買っていいよ」

「了解しましたっ。給軍曹っ」

 僕はびしっと敬礼すると、素早く小銭を拾い集め、近くに立てかけておいたほうきを手にとって、空へと飛び立った。



 僕は大きく上昇してあたりを確認する。右手の方角にそれなりの街があるのは知っている。この辺りは人気がないから飛んでも問題ないみたいだけれど、街まで飛ぶのっていいんだっけ? まっ、ばれなきゃいっか。

 練習やレース以外で飛ぶことって滅多にないから、ただ移動するだけの行為がとても楽しい。新芽が覆う山の斜面を、自分の世界ではなかなか見られない角度から眺めつつ、ゆっくりと斜面を下ってゆく。

 景色を楽しみつつ、気づいたら町並みが近づいていた。ちょっと寂れた商店街って感じだけど、まいっか。僕は人気のないところでほうきから降りて、町を歩くことにした。

「ところで、鰹節を買ってくることに何の意味があるのかなぁ」

 今更ながらに疑問に思ったけれど、まぁきっと何か意味があるのだとポジティブに考える。

 さて鰹節ってどこで売ってるのかな。スーパー? なければ魚屋さん? それとも乾物屋さんかなぁ。

 考えながら歩いていたら、運よく乾物屋さんを発見。軒先に置いてあるのはまさに鰹節だった。

 僕は料金を確認する。文字はまだちょっと無理だけど、数字くらいなら精霊用の変換機能が付いていなくても、何とか読めるようになったのだ。えっへん。

 えーと……僕が給さんにもらったのが784エクル(単価)で、鰹節が……って、1980エクル? 高っ。倍以上じゃん。てゆーか、この世界にもあるのね。いちきゅっぱ。

 はっ。もしかするとこの店は王室御用達(王室あるのか知らないけど)のお店で、あれも特別な鰹節かもしれないっ。

 と店内に目を向けると……あっ、天井にクモの巣発見。

「あら、いらっしゃい。精霊さんが一人で来るなんて珍しいね」

 店員さんが現れる。人は好さそうなんだけれど、とても王室御用達を扱っているお店の人には見えない。

「あのぉ、この鰹節なんですけど……」

「安いでしょ。いまどきこんな値段じゃ買えないよ」

「……すいません。また来ます」

 僕はぺこりと頭を下げ、店を後にした。


 それからほうきを引きずるようにして町を歩いてみた。意外にも鰹節を打っている店はそこそこ見つかった。けれどどれも高くて、最初の店員さんが言ったように、あそこが一番安かった。

「あらら。またいらっしゃい」

 結局、その店に戻ってきてしまった。

「えっと……今これだけしかなんですけど」

 僕が全財産の784エクルを見せると店員さんは絶句。けれど、ちょっと待っててね、と一言残し、鰹節を手に店内に戻っていった。しばらくして帰ってくる。その手には、鰹節が半分。

「はい。じゃあこれ、784エクル分ね」

「えっ……でも」

 半分に割っちゃって、残りの半分は売り物になるのだろうか。それに、約2000エクルだった商品に784エクルしか払えないのに、半分も。

 僕のそんな視線に気付いたのか、店員さんがぱたぱたと手を振る。

「いいのよ。あなたエルハでしょ。私、ファンなのよ」

「えっ? 本当!」

 ファン。ああ、何て甘美な響き。くるくる回るプロペラの羽ことじゃないよね。

「……言っとくけど、エルハローネ自体が好きなだけで、あなたのファンってわけじゃないからね」

 ……ま、そんなことだよね。くすん。

 僕だって、レース三戦して、2・1・2着って、そこそこの成績なのに。

 まあいいや。これから有名になればいいんだもんね。

 というわけで、僕は頼まれもしないのに、サインを書いて(ときひさ、と平仮名を丸文字風に仕上げてみました)店員さんに何度もお礼を言って、空へと飛び立った。

 今は紙くず同然のサインかもしれないけど、いつか活躍して有名になればいいな。

 ――それまで捨てないでね♪



 山をほうきで登りながら、僕は二つ後悔していた。

 一つは店員さんの名前を聞きそびえちゃったこと。そしてもう一つは784エクル全額を使っちゃったこと。これじゃあ僕のお小遣いがない!

 どーせなら500エクルを見せて、それを全財産と言っておけばよかった。って、さすがにそれは店員さんに悪いか。

 それもこれも、少ししかくれなかった給さんが悪い!

 湖が見えてきた。いつもの場所に戻る。給さんの姿は見えない。ほうきから降りて捜し歩いていると、近くの木の枝から給さんが下りてきた。どうやら、木の上で昼寝していたらしい。

「ずいぶん、遅かったじゃないかい」

「はい。これ鰹節」

 少しむっとしつつも、給さんに鰹節を渡す。

「ご苦労さん。思ったより小さいけれど、悪くはないね」

 給さんはそう言って、鰹節にかぶりつく。ぽりぽり食べる姿は、まるで猫そのもの。

「ねぇ、給さん。これってなんの練習だったの? 金銭の交渉で駆け引きを覚えるとか、いかに早く買うかで、レースの戦術性が――」

「いんや。何にも」

 我ながら無理やりなこじ付けを、顔を上げた給さんが一蹴してくれた。

「リーザに頼まれたけれど、わたしゃ、あんたのこと認めてないんだよ」

「――ぷちん」

 切れた。ついでに、切れた感をわざわざ口にして、怒りを強調。

 死にさらせやぁぁぁ――――っ

 でこピン、でこピン、でこピン――は全部かわされ、代わりに猫パンチはことごとく受ける。それでも懲りずに僕は突進を繰り返す。

 しばらくして――山の上の湖畔には、大の字になって息をしている一人と一匹がいた。

 給さんが言った。

「……わたしたちは精霊なんだから、エルハローネで決着つけないかい?」

「……はぁはぁ……賛成」

「負けた方が、リーザから手を引く。いいね?」

「いいよ」

 冷静に考えると、大変なことを賭けちゃったけど、もう後には引けなかった。

 よしっ。やってやろーじゃないのっ。




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