第1話
「悪魔の子だ!」
「気色の悪い」
「嫌だわ、どこかへ行ってくれないかしら」
「こっち見てるぜ」
「ああ恐ろしい」
―――またこれだ。僕は何もしていないというのに。
「ママ、あの人」
「目を合わせちゃいけませんよ」
「気持ち悪い」
物心ついた頃からこれだ。向けられる視線。小さな話し声。
声をかける人もいない、まともに人と会話したこともない。
―――偶に町へ降りてくるとこれだもんなあ。
こんな人間たちと会話しようとも思わない。
あからさまに向けられる敵意を心地よく思う人間がいるのか。
―――髪が変ってだけでこうも嫌われるなんて。
この国の外には、色とりどりの髪を持った人間など腐るほどいるだろうに。
少し前読んだ本には赤や金、紫などの髪をもつ人間がいると書いてあった。
―――こいつらはそれを知らないのか。
今更気にすることでもない。街に住んでいた頃は苦痛に耐えられず、人々が忌み嫌う髪の色が少し抜けた。
今じゃこの年で白髪交じりだ。
こんな目にあうことを分かっていながら街に降りたのにはわけがある。
母に与える薬草を買うためだ。
薬屋の主人は、自分の事をそこまで嫌ってはいない。
頼み込めば薬を貰える。相変わらず嫌そうな顔をされるが。
―――なんだあの人だかりは。
新しそうな家の角に10人ほどの人だかりができている。
「離してっ!離しなさいよっ!!!」
少女の悲鳴が聞こえる。僕の足は知らずとそこへ向いた。
「お前の両親は死んだ。お前のような部外者は消えろ!」
「嘘つかないで!あんたたちが殺したんでしょ!?」
「うるせぇ小娘だな!」
「俺らが黙らせようか」
「そりゃいい考えだ」
少女に男たちの下卑た眼差しと、手が向けられる。
輪の外にいた僕は意識もせず少女の前へ出た。
「やめろッ!」
「何だお前」
「おい、コイツ例の!」
「うわ、悪魔の子かよ」
「丁度いい、コイツも殺そうぜ」
「ちょ、やめとけよ!」
僕が男たちを一睨みすると、ありもしない噂が功を奏したのか
男たちは上ずった声で逃げて行った。
「大丈夫?」
「べ、別にアンタに助けてもらわなくてもあたしは平気だったわよ!」
「大丈夫そうだね。じゃあ」
「ちょっと、待ちなさいよ!」
「何かあった?」
「えっ、いや、その………ぁりがと…」
「…どういたしまして」
彼女はどうやら僕が嫌われていると知らないらしい。
そのまま立ち去ろうとするとまた止められた。
「待って!」
「…まだ何かあるの?」
「えっと…名前教えなさいよ」
「…名乗るほどのものじゃないです」
今度こそ立ち去ろうとすると右ストレートが僕の頬にヒットした。
「な、何するんだよ!」
「あたしが教えろって言ってんだから教えなさいよ!」
随分我儘な子だなぁ。
「僕はアベル。じゃあね」
「だから待ちなさいってば!私はメリエル。メリエル・バーロウよ!」
「へぇ、そう。さようなら」
「待って!なんであんたってそんなに素っ気ないのよ」
「僕に関わって欲しくないから」
「何よ…あんたもあいつらと同じであたしを嫌うの?」
「違う。君のことは別に嫌いじゃない。僕に関わると君が損をするからさ」
「…?どうしてあんたに関わるとあたしが損をするの」
どうやら本当に知らないみたいだ。様子からして最近この村に移り住んで来たのか。
「…詳しい話はあっちでしよう。ここじゃ人が見てる」
男たちは行ってしまったが、またちらちらと覗く人間が増えてきた。
嫌われているらしいメリエルと僕が一緒にいてはまずいだろう。
「ついて来て」
路地裏を通り、林道を通り抜ける。
視界が開けると、そこにはお気に入りの野原があった。
そこには皆が神からの贈り物と讃える、古代兵器の飛空艇が倒れているのだ。
いつも薬草を買った後、ここで休憩をしていく。
街から自分の住む家までは小一時間かかるから休憩には丁度いい。
しかも人が神聖な場所と寄りつかないから本当に便利だ。
「綺麗な所ね」
「だろう?僕のお気に入り」
「へぇ…。それで、さっきの話をしましょう」
「僕は村のみんなから忌み嫌われているんだ」
「何故?」
「この髪のせい」
くしゃりと耳元からかき上げる。
メリエルは何ともいえない微妙な顔をしている。
「確かに変な髪ね」
少し傷ついた。偏見じゃない素直な意見だと、また違う意味で傷つく。
「でも…綺麗よ、この野原みたいに」
「そんなにいいものじゃないよ。白髪混じってるし」
「…それもそうね。変だわ」
なんだか…素直な子だな。
「ちょっと嬉しいよ、そんな風に言われたことないから」
「はぁ!?別にアンタを褒めたわけじゃないんだからね!この野原が綺麗って言ってんの!」
…前言撤回、素直じゃない。
「僕は買い物をして帰るよ。君も帰ったら」
「君じゃない、メリエルよ」
「…メリエル、帰ったらどうかな」
「思い出したわ。帰るところないの」
「え…?」
そういえば、絡まれていた時に男たちは何と言っていただろう。
『お前の両親は死んだ』
そうか。メリエルにはもう親がいない。
「アンタが気にすることじゃないわ。ちゃんと家事だってできるしね」
「でも、」
「気にしないでいいの!さっきはアンタが来たから何もしなかったけど、
あたしこう見えてかなり強いの」
「いや、でも僕は」
「アンタさっきは素っ気なかったのに急にしつこいのね」
「僕の家に来ない?」
「せっかくのご厚意だけど必要ないわ。あたしは平気よ」
「じゃあなんで!」
気が付くと僕は声を荒げていた。
「なんで…メリエルはそんなに泣きそうなんだ?」
泣きそう、と表現したが、既にメリエルの頬には大粒の涙が伝っていた。
「なっ、泣いてなんかないわよ…」
「嘘」
「嘘じゃない!」
「泣いてるじゃないか」
「泣いてないって言ってるでしょ!」
メリエルの腕を掴んだが、強い力でふり払われた。
そろそろ日暮れだろう。それを知らせる鐘がなっている。
「わけわかんないのよ…家に帰ったら、パパもママも死んでて…
急に村の人は冷たくなるし…もういやなの!」
「……」
「平気なんかじゃないわよ!1週間我慢したけどもう耐えられない!」
「…」
「あたしなんか…あたしなんかもう死「甘えるなっ!!!!」
声をあげて泣きじゃくるメリエルの肩を掴んでいた。
急に何をされたのかわからないメリエルはポカンとした様子で僕を見上げている。
「たった1週間!?そんなもんで音をあげてんな!僕は生まれたときからだ!
だからこうやって白髪になってんだよ!」
自分の髪を引っ掴んでメリエルに見せつける。
キレた僕に呆気をとられたメリエルは強調された僕の髪を見ている。
「辛いなら、苦しいなら!一回限界まで耐えてみろ!君は強いんだろ!?
それでも文句あるなら!その長い髪全部真っ白にしてから僕に言えっっ!!!」
はぁはぁと肩で息をする。こんなに大きな声を出したのは久しぶりだ。
「ご、ごめんなさい…」
「いや…気にしなくていいから」
「…」
「僕の方こそごめん。声おっきくして」
「いえ…悪いのはあたしだから」
「……」
「…」
僕もメリエルも黙ってしまった。
沈黙を破ったのは僕の方だった。
「僕の家に来る?」
「え?」
「病気の母さんがいるけど…、家事も君が居てくれた方が簡単になりそうだし」
「え?え?」
「さっき、耐えろって言ったけどさ…、僕はメリエルが泣きそうなの我慢して過ごすよりはいいって思うんだ」
「…」
「だから、僕の家に来ない?」
「そんな簡単に言えることなの?」
「ああそうだよ」
実際女の子一人といえども満足な食事をあげられるか分からない。
3年おきに帰ってくる父さんから貰った金塊も底を尽きそうだ。
でも、なんとかなると思っている。
「けど…アンタの言う通りもう少し頑張ってみようと思う」
「え…」
「だってあんたに甘えてるみたいでかっこ悪いのよ」
「そんなの気にしなくていいじゃないか」
「あたしが気にするのよ!…でも約束して。また、街に降りてきて」
「…」
「それぐらいできるでしょ!…アンタと話して、結構楽しかったのよ」
「え、本当に?」
「うるさいわね!何でもないわよ!」
分厚いブーツで爪先を蹴られた。
出会った時から思っていたが、メリエルはかなり暴力的だ。
「じ、じゃあ…明日来るよ」
「そうしなさい!」
メリエルはそうそうに来た道を引き返して行ってしまったが
ちらりと見えた顔が真っ赤だったのは、夕陽のせいだろうか。




