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モノノケカミカミ  作者: 水島緑
古より十字架は今と変わらず
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消えない

 昨日の雨は朝になっても続いていた。細い水滴が固いアスファルトの地面を打つ音が僅かに聞こえ、飛沫が四方八方に飛び散っていく。それは徐々に溜まっていき、小さな水たまりを作った。自動車が水たまりを跳ね上げ、車道近くで傘を振り回す子供がタイミングを見計らって水を防いで遊んでいた。

 曇天から降り注ぐ粒を、色とりどりの傘で受け止める通行人はせわしなく動いている。時折、ぶつからない様に傘を高く掲げ、急ぎ足で歩く人もいた。その中で一際目立っている、短い金髪に碧眼、白い肌には制服を纏い、その甘い容姿を藍色の傘で隠しつつ、口元には笑顔を浮かべた外国人の少年が一人いた。彼の横を通り過ぎる女子生徒や通勤中の女性達はおおよそ同じ感想を持って熱い吐息をこぼした。

 その少年に良く似た容姿の少女が、後ろから少年に近付いた。明るい青色の傘を差した少女は少年の肩を叩き、それと同時に上向きに人差し指を突き出した。振り返った少年の頬に指が刺さると少年はのけぞり、頬を押さえて小声で喚いた。

「ちょ、カレンチャン痛いよ! なんで爪で刺すの!? 普通指先でつつくだけでしょ!? ちょ、やめて。痛い痛い痛い手の甲に刺さってる! 見惚れる程神々しいボクの手がぁぁぁ!」

 頬を押さえた手を更に手で押さえる最上兄。その上から爪を突き刺す最上妹はやはり無表情だった。

 押さえた手の平の中で、浅く傷が入り流血した傷口がすっと消えた。手を離すと同時に血を拭い、何事もなかったかの様な表情を浮かべた。

「痛いなぁもう。少しは手加減してよねカレンチャン。ちょっと! 痛いって! 手加減! 手加減してよ!」

「…………」

 首をすくめて手を振る最上兄を無視して最上妹は早足で歩いていく。その後ろからなにやら最上兄が叫んでいるがその全てを無視した。周りの視線を集めている事に気付いていない様子だった。

「朝からうるさいと思います」

 赤い舌がぺろりとほくろを舐めた。

 きゅっと傘の柄を両手で握り、白い頬を微かに赤く染めて恥ずかしそうに呟いた。


 コンビニで買えるビニール傘を差した衛は、胸の内でくすぶる感情を持て余していた。弱火で煮込まれているような、消化不良のような気持ち悪い感覚だった。

 昨晩から脳裏に浮かぶのは一人の女。少し吊り上った目つきは鋭く、黒が濃い灰色の髪は後ろでひとくくりにまとめられている。年は二十台前半程で、身長は衛よりも高く、グラマラスな体型だ。どこか冷たく感じる顔つきも一般的には端正と呼ばれるものだ。もっともいつからその容姿なのかは分からないが。

 狼にも、人間にもなれる人狼の女は衛を化け物にした人物だった。

 元々、衛は人間だ。

 沸々と湧き上がる怒りを抑えながら、奥歯を噛み締めた。そこから滲み出た血を吸い上げて飲み込んだ。まるで抑えきれない感情を飲み込むように。

 ぐっと拳を握り、心の中でもうひとつの自分を思い浮かべた。漆黒の狼は化け物だ。外から入り込んだ異物。それを追い出す為に原因となった女を探し、人間として意地でも拳だけに頼る。何よりも自分を人間から遠ざけるもうひとつの自分をかき消したい程嫌いだった。

 爪も牙も使わない。何故なら自分は人間だから。

 やるせない気分になって息を吐いた。それと同時に力が適度に抜けていく。知らずの内に力んでいたようだった。

 気付けば、学校は目前だった。前方には最上兄妹がおいかけっこしていた。

 今更ながらに鉄の味を感じて、一瞬だけ顔をしかめる。

 最上兄が手を振っていた。片手を上げて応じると小走りで急いだ。

 くすぶる感情は、小さくなっていた。


 川幅を押し広げる濁流に、透明な雫の波紋が広がった。連続的に拡散して止まらない波紋はそれぞれ吸収し合い、規模を広げて水面を跳ね上げる。円を描き連なって川を揺らす雨粒の下から真紅の光がゆらりと顔を出した。人間体型をとっていない牛鬼は水中から瞳を出すと、波を立てながら辺りを見回した。折れた前足は既に完治していた。

 目を出したままのっそりと動き、上流に昇っていく。その時、上空でカラスが鳴いた。

 牛鬼は気にせずのんびり進んでいくが、カラスはやかましく鳴きながら追い掛けていく。思わず、といった様子で牛鬼が目を向けると、カラスは突然小回りに旋回し出した。それはまるで狙いを定めているかの様で、牛鬼は深く潜った。その直後、ぽとり、と白く、それでいて黄緑色のフンが牛鬼の眼前に落っこちた。一瞬後、強烈な水鉄砲がカラスを吹き飛ばした。牛鬼の前方に墜落したカラスの横を牛鬼は何事もなかったかのように通り過ぎた。

 流されながら陸に揚げられた魚の如くのたうち回ってカラスは喚いていたがその全てを徹底的に無視していた。

 カラスは悲しげに鳴いた。

これで今章は終わりです。

次回からは章が変わります。

同時に更新間隔も開くことになりますのでご注意を。

未定ですが週一になると思います。

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