見える
次章開始です。
モノカミの章構成には一章、二章とかないのでちょっとめんどくさいです。
○○編とかに脳内変換しといてください。
彼岸に渡らず、此岸に留まる魂は少なくない。
例えば、大切な家族への言葉や、愛おしい恋人への想いだとか。或いは己を殺した犯人への怨念や、裏切った友への憎悪だとか。正負入り乱れた強い感情で魂を此岸に縛り付け、救いを求め、或いは破滅を望み、死の直後の姿で生ける者全てに声無き言葉を発する者達。それら超常に敏感に反応するのは犬猫動物達であり、人間には届かず、見えもしない。
では、見える人間が存在したらどうだろう。言葉を、想いを、怨念を、憎悪を、届けられる人間が存在したら?
死した誰もがその存在を追い掛けるだろう。
休日の駅前通りはやかましい喧騒と、汗が滲む程の熱気を帯びた空気で一杯だった。歩道の脇の道なりには、町内の有志たちが作った植え込みがあり、薄水色の紫陽花が咲き誇って風に揺れていた。フェンスで囲まれた路線電車の線路脇にも赤茶色のプランターが備えられており、色とりどりの梅雨の花はフェンス越しの通行人の目を楽しませている。
清々しい快晴の空の下を走る電車は駅に入り、それなりに空いている車内から一人の少女が走り出てきた。余程急いでいるのか、駅員の注意を聞かずに階段を駆け上がり、改札口に乗車券を突っ込むと、勢い良く飛び出した。
桃色のパーカーに緑のチェック柄スカート、今時の子には珍しく一切染めていない黒髪を同色のゴムで纏めたポニーテールは少女の動きに合わせて揺れていた。見栄えの良い顔はまだ幼さを残しているが、天使のように整った愛らしい顔は特別に可愛らしく、ぱっちりと大きい瞳が特徴的で、ナンパ目的の男共が互いに牽制しながらもこぞって狙う程アイドル顔負けの容姿とスレンダーな体型をしていた。
少女はその小さな肩を震わせ、普段はきらきらと輝いている瞳に涙を滲ませ、柳眉はへにょりと力なくうなだれていた。体を縮こめて俯き気味で足早に人の波をすり抜けていく様は酷く儚く、男女問わず目撃した者の庇護欲を大いに誘った。
歩道橋下の横断歩道で信号が変わるのをを待つ少女は俯かせていた顔を上げた。
対岸には少女と同じく信号待ちをする者がいた。退屈そうに携帯をいじる青年もいれば友人同士で姦しく喋る少女達もいる。その中で、少女の瞳に映る中でも異質なのは無惨な姿を晒した幽霊達だった。白線の上で蠢き、半身が潰れている霊もいれば半ば腐敗して骨が露出している霊もいる。性別は様々で、その気持ち悪さや恐怖、悪臭を感知出来る少女はその姿を見た途端に顔を伏せ、決して目を合わせずに待ち続けた。信号が青に変わると同時に少女以外の人間が歩き出した。
幽霊に触れることも、気付くこともなく通る人達を尻目に、少女は幽霊にぶつからないために早足で渡った。雑踏も気にならない程に集中していたが、途中子供の幽霊にぶつかり掛けたがなんとか横断歩道を無事渡り切り、ほっと息をついた少女は直後に硬直した。少女の細い足首を白骨化した手で掴み、伏せた顔を見上げる顔面の半分がぐちゃぐちゃの女の幽霊と目が合ってしまった。弾かれたように手を振り払い、目を見開いて悲鳴を手の平で押し込みながら駆けていく。その後ろから何体もの霊がすがって腕を伸ばし、悲痛に歪んだ顔を向けて足のあるなしに関係なく追いかけていた。
少女の体質は生まれつきだった。初めの内は生者と区別がつかなかったが、それも小学校へ上がるまでで、学年が上がる時には自分の瞳が他人とは違うものを映していることにおぼろげながら気付いていた。丁度その頃から死者の方も少女が己を認識出来ていることに気付いた。親に相談しても冗談だと思われた。由緒正しき寺坊主や、胡散臭い霊能力者にも頼ったが出来ることと言えば死者達と目を合わせず、見えない人と同じように過ごすしかなかった。
そして今日、仲の良い友人数人と隣町まで遊びに出掛けたのだが、何故か気分が優れない上、道行く人の背中に幽霊がのしかかっているのを目撃してしまい青ざめていた。だが幸運にも友人の一人に急用が入り仕方なしに解散となったのだ。そして今に至る。
親愛なる妹に暴力の命令もとい、無言のお願いをされ、渋々お使いをさせられていた最上兄はコンビニから出た途端、目の前を猛スピードで駆け抜けていく少女にあっけにとられ、見送ったがその後ろから追い掛ける霊魂達を見て顔色を変えた。
怨嗟の声を上げながら、誰かを追い掛けるというなんとも危ない状況に、少女を追いかけながらポケットに手を入れた。




