表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

あるスイッチ        :約2000文字

作者: 雉白書屋
掲載日:2026/05/05

 朝。布団から体を起こした、その瞬間だった。

 ふと違和感を覚え、おれは目を細めて部屋を見渡した。寝起きで視界はぼやけていたが、その正体にはすぐに気づいた。


 ランプが……点いている。


 この部屋の壁には、妙なスイッチが一つ取り付けられている。手のひらにちょうど収まるほどの丸いスイッチで、その上部に緑色のランプが埋め込まれている。だが、これまで一度たりとも光ったことはなかったのだ。

 気になって、これまで何度も押してみた。通り過ぎる際にさりげなく。時には思いっきり。無意識に指先が伸びることもあった。だが、いずれも反応はなかった。

 それが今、点いている。点いているぞ……!


 じわじわと実感が込み上げ、おれはごくりと唾を飲み込んだ。

 い、今押せば何かが起きるはずだ……。

 だが――本当に押していいのか? 


 おれは思わず周囲を見回した。もちろん誰もおらず、外も静まり返っており、人の気配はない。一人きりだ。

 ランプが点いているということは、押していいってことだよな……?


 おれは口をすぼめ、長く息を吐いた。それから、とりあえず布団を畳むことにした。いつもの作業だが、興奮のせいか手が震え、かなりもたついてしまった。ようやく畳み終え、部屋の隅へ押しやると、その場に正座した。呼吸を整えながら、改めてスイッチを見上げた。


 押したい――。

 あの手のひらに吸いつくようなフィット感。押し込む直前のわずかな反発。そして押し切った瞬間に鳴る、あのカチッという音――。

 たまらない。しかも、今回はただの空振りじゃない。これまでのは言ってみれば一人遊びだ。壊れたおもちゃみたいなもので、押しても何も起きず、ただ虚しさだけが残った。

 だが今度は本番だ。緑の光が確かに灯っている。何かが起きる。押せば必ず反応が返ってくるはずだ。


 押すか。

 押していいのか。

 いいだろうな……。


 このスイッチについて誰も説明しなかった。だが『押すな』とも言われていない。なら押してもいいはずだ。いや、そもそもこの部屋の主はおれだ。つまりおれのスイッチだ。おれが押していいに決まっている。


 しかし……何が起きるんだ?

 ははは、まさか部屋ごと爆発なんてことはないだろうな。そんなわけがない。緑のランプだぞ。信号なら『進め』って意味だ。つまり押せってこと。

 でも……怒られたりしないだろうな……。ははは、だとしたらなんだってんだ。こんな場所に意味ありげなスイッチを設置しておいて、押したら文句だと? ふざけるな。


 おれは小さく笑いながら、ゆっくりとスイッチに手を添えた。ひやりとした感触が手のひらに広がった。体温がすぐに押し返し、ぬるくなっていった。


 よし、押すぞ……。

 いや、やっぱり一応誰かに聞いてみるか。いやいや、何を弱気になっている。押したいんだろ? じゃあ押せよ。それに、ダメって言われたらどうするつもりだ。押さないのか? おいおい、勘弁してくれよ。

 押すよな? ああ、押すとも。押すに決まってるだろ。

 ああ、そうだ。押したら何かもらえるかもしれないぞ。押した瞬間、軽快な音楽が鳴ってドアがぱっと開き、何かうまいものでも運び込まれてくるとかな。

 ……いやいや、おれにそんな都合のいいことが起きるわけがないだろう。これまでだってろくなことはなかった。ちくしょう。そもそも、そんなサプライズを用意される理由がない。誕生日か? ちげえよ馬鹿。

 いや、だからこそだ。これ以上悪くなりようがない。

 さあ、押せよ。押せ。ほら、スイッチちゃんも言ってるぞ。『ねえ、おねが~い、早く押して~』ってな。

 あー、女が欲しいな。ドアが開いて人が雪崩れ込んできて、『おめでとー!』『ありがとー!』ってな具合で、美女が頬にチューなんて。

 ああ、いいなあ。そうだよ。それくらいのことが起きたっておかしくないだろ。だって、こんなスイッチがまさかただの照明のオンオフなわけがないしな。

 もしくは……うんこがしたくなるスイッチだったりして。なんつって! おれは一人で何をニヤニヤ考えてるんでしょうね! ひひひ、いやあ、楽しいなあ。ずっとこうして何が起きるか考えていたいなあ。……え? じゃあ押さないの? 嘘でしょ。え、待って。押さないの? いいえ、押しますとも。ふふふふふふ。ちょんちょんって突いちゃってさ!

 いやあ……でも、あんまり引き延ばして肩透かしだったら最悪だな。

 でもなあ、押すとなあ、終わっちゃうもんなあ。こういうのって一回きりだろう? じゃあ、もっと焦らして焦らして、女のあれみたいになぞって……いや、待てよ。時間切れって可能性もあるぞ。危ない危ない。馬鹿を見るところだった。ああ。“押して知るべし”って言うしな! ははははは!

 よーし、押すぞお…………だー! やっぱり無理だ!

 押せないよお。押せない押せない! 押したくなーい! ははははは!





 その頃、同施設内。やや離れた別室にて――。



「あの、まだですか……? あの、どなたかいらっしゃらないんですか……? だ、誰か……。あの、いつまで待てばいいんですか? も、もう、早く、押すなら早く押してくださいよ。どうせ押すんでしょ……? はは、ははは……く、首が擦れちゃって……時間かかるなら、ちょっと縄を緩めてほしいなあなんて……ははは……嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ。でも、早く……」



 ―――――――




 ああ、楽しいなあ。死刑囚にもこのくらいの楽しみがないとなあ。ひひひ……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ