16.慣れた看病
一体これはどういう状況だろうか。
昨晩、冷や汗が止まらなかったので黎冥の部屋に来ると黎冥が高熱を出していた。
ので夜中ながらに看病して、ベッドに腰を掛けながら眠ったはずなのだが。
何故黎冥の腕の中で、二人で添い寝状態で寝ているのだろう。
腕枕をされ、もう片腕は腰に回され、向かい合った状態で、足は絡められている。
これは誰かに見られたら確実に誤解される体勢ではないだろうか。
いや鍵を持っている二人が中にいるし、鍵はかけた。かけたし無断で入ってくるような人、稔想以外はいない。稔想は鍵を持っていないので見られることはないはずだ。
はずだが。
「起きてるなら離してくれません?」
「おはよ」
「離せって」
「おはよう」
「おはようございます離して下さい変態教師」
「お前が潜り込んできたんだろ」
「零が腕離さなかったから」
ベッドを滑り落ちてジャージを整え、昨晩よりは回復した黎冥に経口補水液を渡す。
もう看病も慣れたものだ。
だって嫌というほど看病させられるんだもの。
「熱測っといて。着替えてくるから」
「ん」
体温計を咥えながらアヤネを見送り、鈍い痛みが響く頭を抱える。
頭と心で自覚し始めたことに関して自問自答を行い、時々体温計を見ながら三十九度以下である事を確認するとベッドから這い出た。
今日は授業があるのだ。
アヤネにも無理をさせたくないし、精神健康状態な黎冥なら多少大丈夫なはず。
そんなことを考えてベッドの傍でうずくまっていると、アヤネが帰ってきた。
「寝相悪すぎ」
「着替える……」
「熱は?」
「八度六」
「いくら馬鹿で命知らずだからって授業は行くなよ。匡火先生と生咲先生に頼んできたから。病原菌振りまくな」
アヤネは一通り言ってから出て行き、黎冥は少しむず痒いような笑みを浮かべながらおとなしく黒の半袖と長ズボンの部屋着に着替えた。
内側から声を掛けるとアヤネが少し扉を開けて顔を出し、ちゃんとベッドに戻った黎冥を見て安心したように肩の力を抜いた。
「また寝とく?」
「ううん」
「お粥作ってくるから絶対休んどいて」
「うん」
本を渡してくれたが読む気になれず、ただ丸まって自問自答を繰り返す。
同じ事を聞いては何回聞くのだと突っ込み、結局同じ問いに戻っていると、いつの間にか小一時間経っていたらしい。
枝豆と卵のお粥と、小鉢に豆腐と大根のそぼろ煮も。
あとアヤネが食べる用の無糖ドーナツ。蜂蜜でほんのり甘み付けはされている。
無糖なので色薄め。
「食べれる?」
「た、ぶん……?」
「無理しないでよ」
机を軽く片付けてお盆を置き、黎冥を椅子に座らせるとアヤネはベッドに座る。
お互い、作法や行儀は厳しく躾られてきたが、いやそれ故の反動かもしれない。
そんな、人を不快にさせない程度の行儀の乱れは特に気にしない。
黎冥は愚痴を零しながら肘を突いて食べる時があるし、アヤネはアヤネで本を読みながら足を組んで食べる時もある。
さすがに刺し箸や箸移し、寄せ箸はやらないが、たまに食べさせたり食べさせられたりはしている。
「うま」
「私の料理の腕前なめんなよ」
「ほんっと万能な……」
「まぁ自分でやらないと誰もやらなかったからね」
「嫌な育ち方」
とろとろになるまで火の通った大根を頬張り、久しぶりに温かい食事を食べたなとそんなことを考えて切ると、アヤネがいきなり覗き込んできた。
間近で視線が合い、それでもお互い動揺しない。
それだけ微塵も意識していないから。
「何」
「食べて寝ろ。熱でおかしくなってる」
「はぁ?」
黎冥は眉を寄せたが、アヤネはベッドに座り直して小さくあくびをする。
昨日黎冥が寝たのが二時半過ぎで、アヤネが寝たのが四時前。
今が六時前なので二時間も寝ていない。そりゃ眠いわけだ。
と言うかよく起きれたな。黎冥が授業に出るかもしれないという警笛か。
アヤネがベッドに寝転がって閉じそうなまぶたを必死に堪えていると、黎冥が目に手が被せてきた。
危うく意識が飛びそうになるのをハッとして飛び起きる。
「やめろ」
「また隈濃くなるぞ」
「嫌な脅し……」
「脅しじゃなくて」
アヤネの手を引いてベッドに寝転がらせ、そのまま押し倒すような形で押さえる。
「寝ろ。お前こそ寝れる時に寝とけ」
ストレスからだろう。
最近は悪夢を視ることが多いようで、全然眠れていないと言っていた。
黎冥はもう十分眠れたし、なんなら今はアヤネの方が睡眠を要している。
目が完全に寝不足の目をしているのだ。
いつ神からの接触があるか分からないのに、そんな絶不調が続いた矢先に倒れられるとこちらの心臓が持たない。
本当に、数日か数週間はまだしも、一ヶ月も昏睡されると神も罵倒したくなる。
「頼むから寝ろ。てか寝てくれ」
「……そんな心配しなくてもちゃんと寝てるけど」
「目が寝てないから寝てるに入らない」
初めて聞いた。
毛布を掛けられたアヤネはベッドに座る黎冥を横目に、毛布に潜って眠り始めた。
「アヤネ〜」
声を掛けられ、深い深い眠りから起こされたので布団に丸まって耳を塞ぐ。
いつも誰かに起こされる時はこうやっても剥がされて、抵抗しても必ず力で負けるのだが。
警戒心を張っているだけ無駄と言いそうなほどあっさり引き下がられ、その体勢でまた眠り始めた。
再び目を覚まし、亀状態から手を突いて起き上がる。と、足が痺れた。
気持ち悪い感覚に絶句して動かせずにいると、扉が開く。
「あ、起きてんで」
「ちょうど良かった」
稔想と黎冥の声が聞こえ、そちらを向くと、妙に顔に違和感のある黎冥の顔が見えた。
「何やってんの」
「足痺れた……」
「あんな体勢で寝てたらそりゃ痺れるわ」
「なんか顔に違和感がある」
「二重幅広くしてセンター分けで眉見せた」
あぁ、二重幅だ。
目を見て話すのに、目元に違いがあるとすぐに気付く。
あとはいつも前髪で隠れている眉が見えたぐらいか。さして気にならない。
「熱は?」
「下がった」
「何時?」
「一時過ぎ。声掛けたんは十二時半」
「そんな経ってない……」
アヤネはあくびをして髪を整え、ウキウキと言うかワクワクと言うか、そんな輝いた目で見つめてくる稔想に視線を移した。
「期待しても何も出てこないよ」
「お前ら同じことしか考えないじゃん」
「だってや!?」
だって、思春期女子と、ひねくれ男。しかも相性抜群で、完璧二人の最強ペア。
誰が想像しないというか。
「暇人め」
「忙しい時でも想像ぐらいするわ!」
「すんなよ。てか忙しいならそっちに頭回せ。ただでさえ要領悪いんだから」
「悪口! 弟いじめんな!」
「いじめられるような性格すんな」
三人で寮を出るとまずは昼食を食べに行く。
「あ、私明日の午後に降臨するから」
「また唐突な。お告げ?」
「いや……直感?」
「がんば」
今日は稔想もいるので四人席に三人で座り、アヤネは黎冥に貰ったフルーツを食べる。
十六分の一りんごを一つとぶどうを一つだけ。
ちなみにアヤネが残していたドーナツは消えていた。
「アヤネちゃんってさぁ」
「何」
「栄養足りてんの?」
「さぁ。足りてんじゃない?」
「足りてないから点滴打ってんだろ」
「やっぱり? 拒食症……やったっけ? そんなん?」
「さーねー」
他人に言って哀れまれる気も気遣われる気もないのでぶどうを刺したあとの爪楊枝を噛み、茫然とする黎冥に声を掛けた。
「零、八月朔日さん来た」
試しに嘘を言ってみれば肩を震わせ振り返り、振り返った後に嘘だと気付いてアヤネの頬をつまむ。
普段なら顔も上げず一蹴して終わるからかいだ。
「八月朔日ってあれ、悆絢姉ちゃん? 兄さんまだ関係続いとったん?」
「どういう関係?」
「幼馴染やけど兄さんの親友と結婚して海外飛んでん」
「わぉ。十六歳差?」
「そー、みーんな反対しとったけど今も仲良しこよしの夫婦やで」
稔想とアヤネが黎冥を見ると、先程とは打って変わっていつもの黎冥に戻り、先に食べ終わっていた。
稔想も慌てて食べ始める。
「てか親友って何? ここ以外でも友達いんの?」
「いや芸能界の人。親があんなんだから生まれた頃から周り芸能人だらけ」
で、母が芸能ママ友繋がりで連れて来た子と親友になり、その子は幼馴染と結婚。
めでたく三人の子宝に恵まれてます。
終わり。
「そもそもあの二人は俺が信徒関係者だってことも知らないし神話の事も知らないからさっさと縁切れって言われてたし」
「で、長年の片想い?」
「お前まで同じ思考してんのか」
「いや言ってみただけ」
「一生言うな」
そもそも黎冥の好みとは真逆の人だったので有り得ない。惹かれることすらない。
あと今旦那も俳優なだけあって良い顔なので眼中になかったと思う。
完全塩顔の優しいパパ。
「じゃあなんで文通してんの?」
「なんでだろ。いつでも芸能界戻れるようにするためじゃない?」
「えぇ兄さん戻る気あるん!? あんだけ嫌がっとったのに!?」
「研究に飽きて貯金が尽きたら」
「あ、ないねんな」
黎冥も意図して続けているわけではない。
ただ、何か知らんが勝手に続いてるだけ。
「兄さんの好みってなんなん? 羽鄽さんみたいにはっきりしとらんやん?」
「歳下美人の普通の子」
「美人は普通じゃねぇんよ」
「同い歳でもあり」
「歳上は?」
「同い歳か歳下! 犯罪じゃなかったら……あいや嘘。十未満差がいい」
「案外はっきりしてんな……」
なるべく歳下、同い歳でも慧のような性格は無理。
身長は自分より低かったらいい。羽鄽みたいな不健康だとか目付きは本人の顔次第なのでマチマチ。
年齢差は零から九。十は人による。
顔よりも性格重視。あと身長と年齢。
「身長は気にしてんのは分かるけどなんでそんな年齢にこだわんの?」
「歳上って威圧的じゃん。私社会知ってますって態度が嫌い。でも歳上のくせに気が弱い小心者もなんかやだ。歳下なら良し」
「頭の良さは?」
「話が通じればいい」
そんな化学の基礎知識も動物知識も雑学知識も計算も語彙力もいらない。
趣味があって、柔らかい芯を持っている人ならそれでよし。
硬すぎると、黎冥もまぁ硬いので衝突しかねない。
「なんかさぁ」
「何」
「今までの黒歴史詰め合わせましたみたいな好み」
「黙れ平均しか求めないやつよりマシだろ」
「平均こそ究極」
「何言ってんだ」
顔、頭、身長も性格も家も金も人脈も趣味も才能も、全て平均値を当て嵌めました。
そんな人がいるかは知らないが、とにかくそれぐらいでいい。
歪んだ性格も限界愛情表現も、女ばかりの人脈も散財で尽きない金も、一声上げれば民衆が同意する名声も皆が欲する才能もいらない。
街を歩けば全員が振り返る顔も、その界隈からは喉から手が出るほど求められる頭も、落ちたハンカチを一枚一枚拾うような性格もいらない。
ただ、ちょうどいい愛情と平均的な金銭感覚と、異性とはある程度距離を保って、私が落としたものだけ拾ってくれる優しささえあれば、その人こそ私が求める理想の人です。
「お前こそ黒歴史詰め合わせましたみたいな好みじゃん……」




