14.サイコパス診断
布団を掴んで亀のように丸くなり、瞬きもせず奥歯を噛み締める。
苛々というか、むしゃくしゃする。
特に理由はないが、今人に会うと絶対に当たってしまうので引きこもり中。黎冥のベッドで。
自分の寮は周囲が五月蝿いし狭いし。
許可は貰っていないがここにいる。もう自分の寮がどうなってもいい。
と言うか全てどうでもいい気がする。
何故逃げてきたのだろうか。
本が読みたい。パンでも作ろうか。大福買ってこようかな。薬品の整理でも行こうか。
頭の中で気分が瞬きよりも早く変わり、無性に苛立っていると鍵が開いた音がした。
「……何やってんだ」
布団が剥がされ、黎冥が覗き込んでくる。
「半泣きだし。またなんかされた?」
「むしゃくしゃする」
「よしよし」
頭を撫でられ、それすら嫌なので手を押し返す。
「なんかする?」
「知らん」
「何が効果的かな」
アヤネの背をさすり、何をしようかなと考える。
帰ってきてもすることを決めていなかったので本当にやることがない。
黎冥がやり残していることはないか思い出していると、アヤネが起き上がった。
「動きたい」
「うご……体育館行くか」
「やることないじゃん」
「高跳びでもやっとけ」
「縄跳びあるかな」
人の意見をことごとく潰しやがって。
アヤネが着替えている間に体育館の鍵を借りに行く。
「あれ、黎冥先生、なにかするんですか?」
「アヤネのストレス発散」
「すと……れす……」
「付いてくんなよ」
鍵のフックに黎冥の札を掛け、アヤネを連れて体育館に降りた。
この学校に部活という概念は存在しないので授業がない限りは使い放題だ。
倉庫から縄跳びを出して長さを調整し、手始めに普通に飛ぶ。
「二重跳び出来る?」
「えー……後ろなら」
「なんで難易度上げんの」
前飛びから前二重跳び、あやとびとあや二重、交差二重も飛んで、片足二重を飛ぼうとして転けた。
片足では支えきれないらしい。
拒食で筋力がないならではの理由だ。
「やっぱ片足は無理」
立ち上がると後ろ二重と後ろあや二重をやって見せ、昔どれだけ練習しても無理だった後ろ交差二重を練習する。
腕の交差が浅くなり、足が通らなくなってしまうのだ。
加えて二重飛びなので非常に疲れるし、疲れると支える筋力もないのですぐ倒れてしまう。
「アヤネって文武両道だよなぁ」
「元々運動は大っ嫌いだったけどね。医者にやれって言われてやってたら部活に呼ばれるようになって」
元々一人だったアヤネは自己主張が弱く、と言うか抑える癖がついていた。
親が親なので当たり前だ。
その結果、人形だとかミイラみたいと嘲笑の目に晒され、一人になっていた。
元から父譲りで頭は良かったため、医者に運動しなさいと言われてからは栄養管理と筋トレを自分で行い、段々運動能力が上がった。
結果として六年生から中学一年生になる頃には運動部に引っ張りだこ、兼部部に入り、数々の部活と委員会で名を残している。
学年で二人、全国で最難関の高校に入って、入試で二位、確認試験で一位を取った。
スポーツ推薦を蹴って、自ら受験してそこに入ったのだ。
「努力の証か」
「まぁそんなもん」
最後に二重を三回と三重を一回飛んでから、縄跳びを止めた。
「落ち着いた?」
「うん」
縄跳びを縛って片付け、黎冥の用事をしに職員室に戻る。
と、職員室は妙な話題で盛り上がっていた。
「あ、大本命来た!」
「兄さん遅かったなぁ! 兄さんもやってや!」
「何?」
「サイコパス診断!」
黎冥とアヤネは並んで長机に座らされ、前にボードも渡された。
稔想に続いて一番乗り気な兎童の私物だ。
アヤネはおとなしく蓋を開け、黎冥も問題が気になるので従っておく。
どうやら稔想が心理学の本に載っていたのを見付けたそうで、皆に出していたらしい。
結果、匡火と荷が怪しかったが正常範囲内、と。
「サイコパスに正常もクソもないだろ」
「たまたまやって。ほな出すで」
問一
ある家で一家殺害事件が起きた。
殺された家族の死体はダイニングで発見。
捜査の結果、犯行後、犯人は一日以上この家に滞在していたことが判明した。
何故犯人は一日留まっていたのか。
「これ当てればいいの? サイコパスになりきれってこと?」
「そう!」
「心理学って嫌いなんだよね。人それぞれ思考って違うじゃん」
「思考より正常な思考判断が出来るかどうかの問題だろ。書けた」
「読める文字で書けよ」
アヤネが注意すると黎冥は置いたボードを見て、軽く首を傾げてからまた伏せておく。
「俺は読める」
「たぶん誰も読めへんけどええよ。どうせ読んでもらうし」
「書けた」
「じゃあまともそうなアヤネちゃんから!」
ペンを置いて、ボードを皆に見せる。
黎冥もそれを覗き込んだ。
「失血死させたかったから。逃げたり手当しないように」
「兄さんは?」
「死体で家族団欒の人形劇」
既に答えを知っているであろう皆は顔を引きつらせ、アヤネは呆れた目でにこやかに笑う黎冥を見た。
「まぁ、まぁ予想通りやで? 兄さんは正解なんよ」
「なんでちょっと不満そうなん」
「人形劇って何!? 死体で遊ぶなや!」
「サイコパスなんだからそんぐらいするだろ!」
「しいひんわ! てかサイコパスじゃない限り思い付かんからな!?」
「人の心ないんだからサイコパスと同類だろ」
勢いよく立ち上がった二人を、真顔のアヤネが見上げると稔想は静かに座り、黎冥は怪訝そうな顔をした。
「そんなおかしい?」
「自分で思ってる五十倍はおかしいよ」
「言い過ぎ」
「割と本気。次行こう」
問二
夫の葬儀中、そこに来た夫の同僚に一目ぼれをした未亡人。その夜に息子を殺害した。その理由とは?
「アヤネちゃんから」
「一般回答。再婚にそれが邪魔だったから」
「それって言うなよ」
「あれ、アヤネちゃん知ってんの?」
「持ってるし図書館にもある」
と言うことで黎冥の狂いをより魅せるため、アヤネは記憶力診断に変更。
「目指せ完全回答」
「趣旨変わっとるで。合ってるけど。……じゃあ問題兄さん」
「元夫の血を引いた奴はいらないから殺す。あわよくばそれの葬式でも会えたらなーと」
「だから答え超えてこんといて!」
「わーいせいかーい」
全く感情の篭っていない声でそう言いながらさっさとボードを消す。
皆、一歩その場を引いた。
問三
今回で五回目となる連続殺人犯がターゲットにしたのは一人暮らしの男。
男の部屋は足の踏み場もないほど汚く、男はベッドで眠っていた。
犯人は男を殺した後、その部屋を片付け始めた。何故か?
「え、これって殺し方についての言及は?」
「ないで」
「えー……じゃあ適当」
「アヤネちゃん書けた?」
「うん」
アヤネは伏せていたボードを立て、それを読み上げる。
「部屋を片付けて強盗に装うため」
「殺してんだから意味ねぇだろ」
「どうぞサイコパス」
「サイコパスじゃないし……。……記念の五回目だから綺麗に残したかった。男の血で汚したくなかったからたぶん絞殺か窒息」
犯人が医療技術のある奴なら空気塞栓の可能性もある。
真のサイコパスなら部屋を片付けて男の血で彩りたかったから。
俺ならわざと指紋を残して五回も殺されてんのに捕まえれない馬鹿な警察を遊んでやりたい。
「です」
「待って最後の何? 俺ならって何? 兄さん人殺すん? 計画中?」
「もしやるならな。やる気も予定もない」
「サイコパスやん! 狂人! アヤネちゃんこいつ危ないで!?」
「知ってる」
いつかに稔想が言っていた。
黎冥は彼女を毒殺しようとしたことがある、と。
それを聞いてなお離れなかったのはこのサイコパスが面白いと思ったからだ。
上手く操ればアヤネは無罪で黎冥に全て擦り付けられるから。あとこれの顔は価値があるから。
「こいつが一番サイコパスじゃん」
「サイコパスというより腹黒やない……?」
「ほぼ同類」
「零、私から特別問題」
立ち上がって頭にのしかかってくる黎冥に声をかけると、黎冥は座り直してアヤネの方に体を向けながら頬杖を突いた。
特別問題
貴方には運命の恋人がいます。
その子は皆の人気者で、その中でも貴方の親友とよく話すようになりました。
彼女を愛してやまない貴方は徐々に距離を縮める二人をどうしますか。
「二人を別の部屋に監禁して男は放置で餓死か入り浸って死なない程度人体実験。そんな奴なんかで殺人罪にはなりたくない」
「人体実験するなら?」
「心理実験一択だろ。恐怖で求めるのは助けか彼女か。それの性格と俺の気分によってはちょっと変わるかもしれないけど」
それを言える時点で想像は出来ると。
「彼女の方は?」
「えー……? だって運命の恋人って思ってんだろ。発狂するまで可愛がるか放置しながら甘やかして依存させる……? 運命ってよっぽどだろ。他人を求めさせて俺で絶望させるか俺で死ぬほどの幸福を感じさせるか……の二択」
「なんで絶望なわけ」
呆れ半分軽蔑半分の横目で見ると、黎冥は満面の笑みを浮かべた。
「人って幸せな記憶よりストレスのない恐怖の記憶の方が残りやすいじゃん?」
「はーいこいつサイコパスー!」
アヤネは立ち上がると兎童にボードを押し付けて稔想の後ろに回った。
「サイコパス! ヤンデレ男ー!」
「お前が聞いたんだろ!」
「普通は男を殺すか恋人に相談するかのどっちかだろ! 誰も監禁なんて言ってねぇよ!」
「するだろ!」
「しねぇよ!?」
挟んで言い合いをされる稔想は黎冥の圧とアヤネの勢いに押され、他の教師、特に生咲は飛んで逃げていった。
慧に助け出された稔想は胸を撫で下ろし、アヤネの頬を引っ張る黎冥を見る。
「この人あかんわ……」
「周知の事実だよ」
頬の限界が来たアヤネは黎冥の手を掴んで引き剥がし、自分の両頬を包むと離れてしゃがみ、黎冥を睨み上げた。
「だからいつになっても零から一にならないんだよ!」
「マイナスじゃない限り問題ない」
「マイナス男!」
「おんこっち来い」
「こっち来んな!」
黎冥はアヤネの頬をつねり、アヤネは黎冥の脛を蹴ると逃げ出した。
「騒がしいなぁ」
「あんだけ元気になってくれたならもう大丈夫かな」
「兄さんもずっと心配しとったしな。最近は余計過保護になっ……」
稔想はふとそんなことを思い、慧を見下ろした。
慧も恐る恐る稔想を見上げる。
愛してやまない彼女を覆う影と、彼女に照らされた影。
その影はやがて、光をも飲み込もう。




