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21.大怪我と静かな怒り

 祈り一日目が終わった翌日の午前中は動ける力持ちがアヤネだけだったので午前は休みになり、アヤネは一人で気ままに過ごす。



 と言ってもベッドで寝ている黎冥の隣の椅子で本を読むだけだ。




 昼の十時、まだ起きる気配はないので本を変えてこよう。

 ついでに黎冥の昼食も作らせてもらおう。




 そんなことを考え、呑気に図書館に向かっている途中。いきなり後ろから水を掛けられた。


 頭だったので本は濡れずに済んだ。セーフ。



「ねぇ、昨日の神服何あれ。目立とうとしすぎじゃない? 知らないの? 刺繍の色は加護の色。黎冥先生の弟子だからって調子乗ってんじゃないわよ」

「問題事は起こしたくないからあれを刺繍したのは黎冥本人だってことだけ言っておく」



 アヤネがまた歩き出すと後ろから陶器のマグカップが飛んできて頭に直撃し、流石に痛みで頭を押えた。



「死ねクソブス!」



 神様の学校もたかがこんなものかと、朦朧とする意識のまま図書館に向かうと藥止に本を渡した。



 意識の限界を感じながら舌を噛んで痛みで意識を保ち、結局職員室前で意識は途切れた。








 寝返りと同時に痛みで起きると、頭を押える。



「いっ……た……」

「あ、起きた」

「……なにこれどういう状況」



 アヤネが黎冥の膝に寝転がり、黎冥は本を読んでいる。



 いわゆる膝枕状態。


 するのは慣れていたがされたのは初めてかもしれない。

 されたか、してもらったか。今回は前者。



「普通に寝転ばしたら痛がるから考え抜いた結果」

「首に何か置くとかあっただろ」

「人一人抱えたまま探せると思うなよ」




 何故か口の中に血の味がして、舌でも切ったかなと思い起き上がると口より鼻から血が出てきた。



 黎冥は本を閉じるとティッシュを押え付ける。



「何がどうしてこうなった」

「神服の僻みで陶器のコップを投げられた」

「……女子怖すぎ」

「平気で刺し殺そうとしてくる男子も怖い」



 これ以上行くと危ない話になるので二人とも黙り、アヤネは止まらない鼻血と痛む頭を抑える。




「体調は?」

「ある程度回復した。たぶんもう大丈夫」

「今日の祈りってあるの」

「まー俺とお前だけだわな」

「別々?」

「俺もこんなんなったんだからそりゃそうだろ」




 正直、一人で一時間も祈りを捧げていたら精神が狂う気がする。

 これも根性だろうか。






 アヤネはティッシュを鼻から離すと血が止まったことを確認する。



「私、倒れてなかった?」

「このベッドで倒れた」

「職員室前から意識がない」

「大丈夫か」

「頭切れてる気がする……まぁいいや」

「いいんだ……?」




 アヤネは頭を抑え、横向きに寝転がった。



 黎冥にタオルを敷かれたのでそこに頭を乗せる。


 人の布団に血をつける気はない。




「何時?」

「二時半」

「まだ大丈夫か」



 黎冥はアヤネの神服第二を取り出し、原案を見ながら細いペンと定規を使って軽く線を引く。




 今回は腰の部分で少し裾の形を変え、それに合うように刺繍している。




「変に器用だよね」

「変って」

「ラットの解剖とか刺繍もそうだけどさ。字汚いしすぐ忘れるのに」

「字が汚いのはバランスが取れないからだし忘れるのはただ興味がないだけ。言っとくけど俺家事全般できるからな?」

「いがーい」




 本当に驚いたように目を見張ってそう言うのだから腹が立つ。



 お前の師匠は案外凄い人なんだぞ。




「あ、着替えよ」

「ちょい待ち。先に手当直す」

「直すって何」

「包帯巻き直すからこっちこい」



 椅子は一つだけだし医療箱は机に置くしかないので黎冥に膝に座らされ、髪を上げて巻き直してもらう。





「……あ、これ刺さってる」

「うっそ。痛いわけだ」

「待って取るから」




 ピンセットを持つとアヤネの額を押え、グズグズに切れた肉の中から破片を六つか七つほど取った。


 一番大きかったので直系一センチほどのもの。


 あとは三ミリ以下が多かった。




 他の傷口にもないか確認し、大丈夫と確認してから血を拭って消毒をする。




「……相当強く投げられてんな。こんな刺さる?」

「そんな刺さってる?」

「これしばらくかかるぞ……」

「時間ないんだけど」

「どうせ二人だし。問題ないだろ」






 三十分ほどかけて傷から破片を取り出し、頭と怪我をしていたらしい耳の後ろも手当をした。








 寮で着替えたアヤネは先に祈祷室に降りる。




「アヤネちゃん、遅かったね」

「あれ慧先生。体調大丈夫なんですか」

「祖父が回復促進薬を完成させたんだよ。皆に配ってね。……髪濡れてるけど」

「そうなんですか。そんなんもあるんですね」




 髪を無視して首に触れる。


 これ、首も怪我している気がする。



 頭に包帯を巻いているので髪が結べないのだが、髪が擦れて痛い。

 擦りむいているだけだろうか。


 額の包帯は髪で隠せたので気付かれていなさそうだ。






 アヤネが首を押さえて少し離れたところに立っていると黎冥が降りてきた。



「なんでいんの」

「促進薬が完成したんだよ」

「後で聞いとこ。……アヤネは一番小さい部屋な。前にやったところ」

「一時間祈ってればいいんでしょ」

「無理すんなよ」

「まぁぼちぼちと」



 アヤネは黎冥達が中に入っていくのを見送ってから自分も一番奥の小さな部屋に入った。




 初めて祈りを捧げた時の部屋だ。

 三十六畳の、五大神だけの石像が飾られている部屋。




 一人で中心に座り、指を組む。







 我ら、聖なる五大神に仕ふる者なり。


 死の女神ヴァイオレット

 生の神ウィリアム

 命の神アーネスト

 時の女神ミシェル

 星の神ルーメルウス



 全死者を死の女神のお導案じより天に招き

 新たなる命に多くの加護のあらぬことを。



 生の力に生まれ、命宿し、生きしほどを全うし、死迎へ星となる。



 彼らの死に敬意を払ひ、生まるる命に祝福掲げ、この祈りを捧ぐ。







 ふわりと風が吹き、髪が揺れた。




 等間隔でそれを繰り返すだけだ。




 本当はこの続きもあるのだが、勝手に変なことをすると収集のつかない事になるのは学んでいるので無心でそれを繰り返す。







 やがて風が強くなり、アヤネを目として風が強く吹いていると扉が強く叩かれた。



 蝶番の高音が鳴ると同時に顔を上げると風がピタリと止み、扉を開けた黎冥がやってくる。




「一時間過ぎたけど」

「もう? 案外早い」




 と言うか体感的に十分かそこらだったと思っていたが、もうそんなに経っていたらしい。






「気分は?」

「変化なし」

「……本当に人間の域超えてる。行くぞ」



 黎冥に手を借りて立ち上がると祈祷室を出た。



 廊下では水色の何人かが気分の悪そうにしゃがんでいる。グレーもしゃがんだり、中には気絶している子も。




「何やってんの」

「お前のせいな?」

「別れてたじゃん」

「石像がお前につられて吸収しだした。微弱だったけど少ないヤツは気絶したしグレーは中てられた」

「……ふーん?」




 では別の部屋で祈った意味はなかったらしい。

 これ、アヤネだけ時間をズラされるやつじゃないだろうか。


 皆が制服の中、一人だけ神服は悪目立ちするのでなるべくやりたくない。




 こんな特異体質に生まれた理由が知りたい。






「まぁどうでもいいけど。明日は俺も一緒な」

「看病したくないんだけど」

「石像に引っ張られるって言ったろ。先頭にいた俺基準になるから水色が死にかねない。……別にいいけど」

「私ってそんなに異常?」

「まぁな。ま、新世代が進化してる証だろ」




 たぶん貧血だろう。


 少し眠そうなアヤネの背を支えながら階段を上がり、先に食堂で水を飲ませて休憩させた。





「気分悪い……」

「なんであんな状況になったわけ?」

「神服の刺繍で目立とうとしすぎだそうですよ。死ねと」

「女子こわ……。……こんな事が増えたらまた胃潰瘍出来るぞ」

「怖い怖い」



 アヤネは立ち上がると首を抑え、黎冥を見下ろした。





「じゃ、帰る」

「首どうした」

「なんか痛い」

「こっちこい」







 また膝に座らされ、髪を前に流すと首にも何本か切り傷があったらしい。

 血は出ていないもののかなり深く切れている。



「痛いなら保健室行ってこい。化膿する」

「大丈夫でしょ。じゃーねー」



 アヤネは立ち上がると首を押えながら去っていった。





 アヤネと入れ替わりで慧と兎童がやってくる。



「アヤネちゃん孕ませたんだって?」

「デマだろ」

「手出てないですよね?」

「そこまで落ちてない」




 黎冥は頬杖を突き、見下ろしてくる兎童を慧を見上げる。

 なんだろうか、怒られる気がする。






「何してた」

「手当」

「なんの?」

「傷。コップ投げられて頭切れてたのと首と耳も切れてたみたいで」

「投げられた!? どういう事ですか!? 投げたんですか!?」

「俺じゃない! 誰かは知らないしどこでやられたのかも知らないけどたぶん試着室に続くあの辺り。神服の刺繍が原因らしい」





 あの辺りに陶器の破片があった。


 傷が痣になっているのを見るに相当重たいものだったのだろう。


 大きな破片はなかったが木の隙間に小さなものが落ちていた。





 本人が大事にする気はないようなのでこちらも大っぴらに犯人探しをする気はないが、神の箱庭で問題を起こされたら色々と問題が起こる。




 何よりアヤネに被害が出ると異様に強い加護を掛けていた死の女神が何をするか分からない。



 死の女神が傷付くと生も命も時も怒るので神の人形遊びが始まる。




 それを処理するのは人間だ。

 これ以上研究の時間と副業の時間を取られるわけにはいかない。





「そんな状態で祈りに来させたのか」

「命の神に気に入られてるんでね。アヤネだけいないとなると探されるかもしれないし、死の女神が出てくると面倒なんで」





 死の女神は心優しき暴君女王だ。


 五大神に何かあれば、相手にどんな事情があれど躊躇いなく殺す。




 あれだけの加護を下ろしているのは本人が死ねばすぐに分かるよう、簡単には死なせないようにするためだろう。



 それほど気に入っているアヤネに何かあれば確実に降りてくるし降りてくれば眷属含め加護の一切かかっていない黎冥は殺される可能性が高い。


 今はまだ死ねないのだ。

 死なないために命の七日間も死ぬ気で祈り続けた。





 黎冥は生が二つと時が三つ、星が一つ。


 生に関しては生の神の加護が非常に強いので、死の女神が信徒を優先するか生の神を優先するか。




 備えあれば憂いなし、という事で。







「さてと、炙り出すか」

「出来るのかい」

「やるんだよ。最低限自主退学」

「……アヤネちゃんに迷惑掛けるなよ」

「本人の意思を尊重するさ」

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