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20.夏の祈り

 ない。




 アヤネの神服がない。


 明日から祈りが始まると言うのに、ない。


 遠征時の荷物をひっくり返しても何故かゴミと画鋲で溢れ返ったロッカーを漁っても寮をくまなく探しても、ない。




 予備も二枚あったはずなのに何故だ。


 ぐるぐると校内を練り歩き、焦りと動揺で冷や汗を流していると突然肩を掴まれた。



 焦っていた事もあり、肩を跳ね上がらせて振り返る。


「どうした」

「……神服が無くなった」

「あ、俺が持ってる」








 足を抱えた黎冥を見下ろし、アヤネは安堵で胸を撫で下ろした。



「なんで持ってんの」

「……刺繍入れろって言っただろ。お前が起きないからこれに間に合うように一着は勝手に入れといた」

「センスなかったら捨てる」

「俺のセンス疑ってんのか」

「うん」




 まだ脛をさすっている黎冥について行き、黎冥の寮に行く。





「お前の加護が複雑すぎて何が何だか分からなかったからとりあえず黒基調に入れといた」

「そんな複雑なんだ?」

「教師全員が頭ひねった結果分からなかった」




 普通、加護は二種から三種、黎冥は六種だが、それでも異常な数なのだ。



 それをアヤネは、確認できただけでも十八種。

 加えて加護同士が絡まり違う加護が生まれたりもしていたので、本来何種の加護があるのかが分からなかった。





 加護は非常に繊細なもので、例えば花の女神の加護に相性の悪い火の神の加護が混じると花の加護は消える場合が多い。


 二つの強弱にもよるが多くの場合は消えるのだ。




 アヤネの加護はそれが複数起き、加えて似た加護が何故か混ざっていたのでわけが分からなかった。




「よく分かったのは一番強い加護が死の加護だったって事」

「加護ってどうやったら分かんの?」

「祭壇に置いて他者が祈る。アヤネの場合は俺な」

「またお告げとかそんなの?」

「いや、神の加護が現れる。現れ方はそれぞれ違うけどアヤネは組編みたいな紐が現れてねじれてた」





 組編の組み編み方も教えなければならないし加護の調べ方や物への降臨のさせ方も実践させた方が早い。


 まだまだやることはいっぱいだ。







 物を退かし終わった黎冥はクローゼットからハンガーにかかった神服を取り出した。




 マントの裾角には黒い刺繍が入り、アクセントで青と緑も使われている。


 腕から肩にかけても刺繍が伸び、チェーンで留められた胸元にも刺繍が入っている。

 胸元から背中にかけて羽に見えなくもない刺繍が広がっていた。




 死の女神は天へ羽ばたき、死者を導くための大きな翼があるそうだ。


 神話に登場した雰囲気と刺繍を見るに、それを意識したのだろう。


 あまり派手に羽だと主張していないので小洒落ている。



 後ろは黒で羽と誤魔化しの刺繍を描き、アクセントに金と水色、濃い桃色と青みがかった濃い灰色を。


 袖の刺繍は薄紫と濃い紫、赤紫で縁取られている。



 リボンも金と赤と少しの黄色で、角に沿うように刺繍が入れられている。



 リボン自体が金色なので違和感がない。





「……わぁ」

「素直に褒めろ」

「凄いです」

「よろしい。……本当は中のベストとか裾にもやりたかったけど時間がなかったから今はやってない。とりあえずマントだけ」





 これ、本当に一ヶ月弱で仕上げたのだろうか。


 プロでも半年はかかりそうだ。




「……業者?」

「一人の手縫いですけど。デザインから考えてんだからな」

「恐れ入りました」

「よ……」

「残りの二枚も頼みます」



 黎冥は黙り込み、アヤネは試着室に行ってくると黎冥から神服を取ると走って逃げて行った。




 三日間徹夜しては一日熟睡、その繰り返しで仕上げたのを、残り二枚。


 まぁ初めて尊敬されたし見直された気がするので、仕方ないがやっておこう。


 その原案は既にあるのだが。








「アヤネー、どんな感じ?」

「いい感じじゃない」



 神服に着替えたアヤネは試着室から出ると手を広げて背中側を見せた。


 黎冥の狂いなしの計算とその技術により、本当に肩甲骨に羽の付け根が来ている。


 よく見れば周りのごまかしも落ちた羽に見えるし、私物の中で一番お気に入りかもしれない。




「……化粧する?」

「え、うん。なんで?」

「顔に負ける気がする」

「自分の顔に言えや」

「俺は負けても勝ってもないだろ」



 黎冥はアヤネに近付き、背を向けさせてから振り返ってもらう。



 うん、負ける。



「脱いで、もうちょっと付け足す」

「今から? 中途半端なのは着たくない」

「そうなりゃ死ぬ気でやるわ。いいから脱げ」



 アヤネはマントを脱ぐと黎冥に渡した。




 黎冥が帰って行ったのでアヤネも着替え、また寮に行く。




 寮では黎冥がベッドにマントを広げ、羽の魅せたい部分を金と紫のラメ付きの刺繍糸で縁取っていた。


 アヤネは刺繍をやった事がないので難しさは分からないが、ずっと集中して針を動かしている。



 たぶん普通の人より数倍早い。










「……出来た」


 三時間後、糸を切った黎冥は顔を上げるとそれを座って本を読んでいるアヤネに渡した。


 アヤネはローブを脱ぐとそれを羽織る。



「派手すぎない」

「化粧するんだろ。ちょうどいい」

「そんな強い顔じゃないけど」

「いや相当だから問題ない」

「ふーん……?」



 アヤネはマントを見て上機嫌に笑うと本を放置して寮を出て行った。







 翌日、今は昼の三時。


 皆が神服の姿で集まり、各々師弟と近い場所にいる。



 アヤネと黎冥も例に漏れず隣に並んで待機しているのだが、なんせ注目される。



 アヤネは完全メイクだし黎冥は素顔だし、何より目立つのはアヤネのマントだ。




 マントの刺繍は基本、加護がある数だけ色を使う。




 黎冥は青、黄、紫、金、薄青緑、褪せた朱色。


 黎冥に加護が六種あると言うのは有名な話だし、稀代の天才と謳われているので何ら不思議ではない。




 が、アヤネは違う。



 今年の春にいきなり出てきて、黎冥の弱みに漬け込んで弟子になったと思われている醜女のチビ。


 それが十八色も使われた刺繍をされたマントを羽織っていればどうか。

 本当にただの目立ちたがりと思われてしまう。





「……これ色減らしたら駄目なの……?」

「特に規定はないけど加護のある神に私は信徒ですって教えるためのものだからな。神中心のここで刺繍の色を減らす方が珍しい」

「この色数はもっと珍しいよね?」

「まぁ史上最多だろうな」




 頭を抱えてしゃがみ込みたいのを我慢し、代わりに盛大な溜め息を吐いた。


 また立場を弁えない醜女としていじめられる気がする。





 黎冥から静かに距離を取れば見下ろされ、少し首を傾げられた。


「名誉な事だぞ」

「私にとっては不都合なんだよ」

「お前目立つの嫌いだもんな」

「それはお互い様だろ……」



 二人とも幼少時から目立ちすぎたが故に目立つのが嫌になった。

 正直、そろそろ隠居してもいいのではと考えているほどに。




「次はもうちょっと抑える」

「本当にお願いします……」

「実験の記録用紙作れよ」

「作るから本気で抑えろよ?」

「気持ちは理解してるんで」



 何気に、その言葉が一番信頼出来る気がする。




 お互いやられたらやり返す精神が根付いている。それを理解しあっているため、ふざけたら確実にやり返されると分かっている。


 気持ちが理解出来るということはどこまで抑えたら目立たないか理解しているということ。



 本当に、これは似た者同士でしか共感出来ない事柄だ。




「まぁ黒だし既に目立ってるし。力の差見せ付けとけばだいたいはファンに回る」

「絶対ファンにならないやつが一番の脅威なんだよなぁ……!」

「……心中お察し申し上げます」

「察するなら助けろ」

「俺も関わりたくない」




 二人で大きな、本当に盛大な溜め息を吐いているうちに、本校の中で最も大きい祈祷室の扉が開いた。




 黒として先頭に立っていた二人は表情を切り替え、作法通り左足から中に入った。






 全員で大きな円を三重で作り、五大神の石像のある正面を向いた。



 石像に近い人ほど力が強く、遠い人ほど弱い、薄水色の人だ。



 黒は黎冥とアヤネの二人だけなので二人と赤はかなりの間隔が空いている。




 力なしの生徒は別室でお祈りだ。






 我ら、聖なる五大神に仕ふる者なり。


 死の女神ヴァイオレット

 生の神ウィリアム

 命の神アーネスト

 時の女神ミシェル

 星の神ルーメルウス



 全死者を死の女神のお導案じより天に招き

 新たなる命に多くの加護のあらぬことを。



 生の力に生まれ、命宿し、生きしほどを全うし、死迎へ星となる。



 彼らの死に敬意を払ひ、生まるる命に祝福掲げ、この祈りを捧ぐ。







 本当に古くから伝わるもので、今まで一度も変わっていないため祈りは全て古語になる。

 初めてのものは噛まないようにするので精一杯だが、慣れたら目を瞑ってでも言える。



 これを今から一時間、ずっと繰り返す。





 二回目が終わった頃からそよ風が吹き始め、黒二人のところだけ明らかに様子がおかしいまま祈りは進んだ。





 両膝立ちで指を組み、頭を垂れる。


 かなり辛い(膝が痛い)体勢だが、祈りとは根性なので根性で乗り越える。







 それから三十分が経った頃だろうか。


 二人のところだけ突風が吹き始めた時、兎童の叫び声が聞こえた。



「黎冥先生アヤネちゃん終わり! 止めて!」




 焦燥に駆られたその声で二人がハッと顔を上げ、指を解いて手を下ろし、振り返ると後ろは酷い惨状だった。




 黒の聖なる力に中てられないよう離れていた薄水色の全員が倒れ、赤も半数が倒れ、紺色ですら気分が悪そうにうずくまっているものがほとんどだ。



 比較的軽症でも顔面真っ青でフラフラとしている。





「……やりすぎたかも……」

「かもじゃないでしょ。大丈夫なのこれ」

「…………ちょっと待って」



 黎冥も座り込み、一人平然としたアヤネは慌てる。



「……問題なし?」

「特には……」

「……これは上が相談するのも分かる。アヤネ、明日からお前は一人で祈れ」

「分かったけどなんで」

「なんでも」



 黎冥すら倒れているのだ。


 薄水色の弱い者は瀕死になっていてもおかしくない。




 黎冥は動けないのでアヤネに応援を呼びに行かせ、黎冥はその場にうずくまる。




 もしかしたらあの七日間で耐性がついていたのかもしれない。

 自分の体の異変に鈍くなってしまった。


 これは悪い傾向だ。






 とりあえず元凶のアヤネは明日から別で祈らせるとして、明日祈れるのは何人だろうか。


 と言うかこの人数ぐらいならアヤネ一人で補える気がする。




 星の神のお告げで迎えに行った子だが、これは思ったよりも厄介者かもしれない。






 まぁ、同じ厄介者の黎冥にはちょうどいいか。

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