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19.校内案内

 最近、黎冥に不穏な噂が立っている。



 新しい彼女を妊娠させたというものだ。





 アヤネの周りで妊娠というものはあまり珍しいものでもお祝いものでもないので特にどうも思わないが、あまりいい噂ではないのでアヤネにまで飛び火が飛んでくる。



 そりゃ出来たばかりの彼女を妊娠させたとなれば相当だろうが、もしかしたら今までものすごく仲が良かったが付き合ってはいなかったとか、そんな感じかもしれない。

 違うだろうが。






「てことであの噂否定してほしいんだけど」

「好きにさせとけよ」

「せめて良い方に変えろ。指輪でも付けて実は結婚してましたで良い噂に変えろ。私に集まる同情の目が鬱陶しくてしょうがない」

「そんな苛立つなよ。Ca(カルシウム)不足?」




 机の下で優雅にコーヒーを飲む黎冥の足を蹴り飛ばし、強く睨む。



 なんなら一部の所ではアヤネが彼女ではないか、アヤネが妊娠しているのではという謎の考察や、相手は慧ではないか、兎童では、ついには(うば)が、と色々と憶測が立ち始めているのだ。



 お前が良くても周りが迷惑している。





「そもそも俺彼女いるって言っただけだし。誰だよ妊娠とか言い始めたの」

「裏切られたって被害妄想膨らませた女子だろ。こうなるから異性は面倒臭い」

「なんで普通にファン出来ないんだか」




 アヤネも隈を消して少々肉付きを良くすればそれはもう絶世の美女並みの顔らしいので、異性に追いかけ回される気持ちはよく分かる。



 しかもアヤネに関しては家も金も血も普通なのに顔と性格だけで追いかけ回されるのだ。他人に押し付けれない分、余計に疲れる。





 二人が異性ファンに関することをぶちまけ、溜まった毒を吐きながら論文と課題を進めていると今日も今日とて呆れ顔の慧とご立腹の(ゆだ)がやってきた。

 早津(さず)はいない。




「お二人さん」

「慧」

「こんにちは慧先生」

「こんにちはアヤネちゃん。黎冥、到着したよ」

「何が?」




 黎冥の不思議そうな顔に、慧はさらに驚き呆れた。


 アヤネも分からず首を傾げる。



「北校の人達だよ。広間行かないの? 授業見る時に普通見るけど」

「授業出てないので知りませんでした〜。……北校って何」

「……忘れてた」




 黎冥はペンを置くと椅子から身を乗り出しアヤネの肩を掴んだ。




「俺体調不良って言っといて」

「はぁ?」

「無理だよ。もう入口にいるし」




 ここから寮に帰るには入口の前を横切り、広間の奥に行く必要がある。

 それ以外、近道も回り道もない。





 黎冥は頭を抱え、アヤネは更に混乱し慧を見上げた。




「北校ってのは本校の北にある秘学神話学校の略称。南にももう一つある。で、明後日からの三日間、死の女神と生の神と命の神に祈りを捧げて死者を弔い、これから産まれてくる赤子を迎える敬意を示す。そのために今日から一週間、北と南の生徒が本校に集まる。……聞いてる?」





 二人で頭を抱える黎冥とアヤネを見下ろし、眉を寄せた。



「メイクしてない……」

「メイクしちゃった……」



 アヤネはこの後、出掛ける予定があったので今日はフルメイク済みだ。

 逆に黎冥は仕事もないしアヤネを見つけ次第実験室に引き篭もるつもりだったのでメイクをしていない。




 二人は頭を抱え、吐き出したばかりの毒が溜まっていくのを感じる。





「大変だ、そろそろ二人が壊れる」



 慧は危険を察すると少し考え、二人の背を揺すった。



「二人と……」



 慧が譲った瞬間、食堂に大声が響いた。




(つずみ)アヤネ! 黎冥(れいめい)圜鑒(るいが)の弟子の座を賭けて今すぐ俺と勝負しろ!」

「面倒臭いやつが来た……!」

「俺はアヤネ以外の弟子を取る気はないし弟子になる気もない。用が済んだら黙れ」



 黎冥のよく通るその声に反応して入口からも何人かが集まってきた。



 アヤネは黎冥の足を蹴ると立ち上がり、慧の肩を掴んだ。



「御手洗行ってきます」

「行ってらっしゃい」

「おい逃げんな」

「私の化粧品貸すから隠れて研究室に行け。これ以上目立つな、目立たせるな」


 二人は視線で同意を得ると静かに頷いた。




 アヤネは椅子にかかっていた鞄からブロウパウダーを渡し、二人は行動を開始した。





「なんだ、息ピッタリじゃないか」

藥止(やくど)先生、客人前にしてあれって失礼……」

「委、昔犬に追いかけ回された事があるって言ってたね。二人はその状態が毎日続いてるんだよ。それが犬避けの臭いスプレーを付けるだけで収まるなら君もやるだろう?」

「……相手は話の通じる人ですよ」

「人を追い掛けるのは話の通じない馬鹿だよ」




 人の状況を理解出来ない子を弟子にしておくつもりはないと言えば、委は黙って小さく謝った。






 約四分後、素顔になったアヤネが戻ってきてもう一分もしないうちに黎冥も戻ってきた。


 二人とも満足そうな顔だ。




「早かったね」

「もう適当」

「保湿したい……」

「保湿クリームならあるけど。全身用だよ」

「慧先生の弟子が良かった……!」

「いつでも受け付けてるよ」



 アヤネは少しだけ保湿クリームを貰うと顔に塗り、違和感のない程度にパフで押えた。


 黎冥は慧の足を踏んで何かを訴えているが黙ったままなので分からない。

 慧は分かるようだ。





 準備の整った二人が入口に降りると、兎童が死ぬ気で話を伸ばして待っていてくれた。


 新入生のためと言い、神話を挟んで長引かせていたらしい。

 皆が飽き飽きした顔で立っている。




「兎童、長話ばっかりじゃ嫌われんぞ」

「黎冥先生!……終わりましたか」

「キリのいいところで終わった」




「黎冥社の長男だ……」

「見て、黒ネクタイ。あの子も黒だよ。噂の弟子かな」

「土地の祈りを七日で終わらせたんでしょ。寝てなかったんだって」

「死の女神と生の女神の加護が強いのかな。あの女の子も可愛い顔してるよ」

「中学ぐらいかな、仲良くなりたい」




 そんな囁き声が聞こえ、黎冥はアヤネを見下ろすと何も言わず歩き出した。



「それでは本校内を案内します。どうぞこちらへ」



 兎童は慌てて黎冥について行き、黎冥は後ろが付いてこようが来ていなかろうが無視して歩き続ける。



 説明がある場所は止まってくれるので本当に案内人に徹するつもりだ。

 配慮のない案内人。





「ちょっと黎冥先生、少しは気遣いをして下さいよ」

「てか当たり前のように案内してるけどあの餓鬼どこ行った。毎年アレの役目だろ」

「集まって会議です。土地の祈りと黒の扱いについて」

「……またやる気か。反省してないな」




 兎童は職員室に足を向けた黎冥を止め、よく分かっていないアヤネに牽制してもらいながら続きを案内する。




「この下が理科室です。理科の授業はこの下ね」


「こんな時でも授業ってあんの?」

「祈り捧げんのは一時間だけだからな。命の神が飽きっぽいし生の神は神出鬼没だからそんな長い時間やってられない」

「……死の女神の苦労が分かるかもしれない」

「生の神は時の女神が牽制してるって説もあるけど」



 黎冥とアヤネは小声で話しながら平均よりもかなり早い足で歩き続け、慧が二人の首根っこを掴む。



「二人とも早い。低学年が付いてこれてないよ」

「……帰っていい?」

「いいわけあるか。黒だろ」

「ただの職員じゃん……!」

「私は職員でもないんだけど」

「お前は助手だろ」

「意味分からんし」





 暴論を振りかざす黎冥を睨み、睨まれる前に慧に視線を移した。




「私、予定があるので抜けていいですか」

「だからメイクしてたんだね。いいよ」

「ちょっ……」

「君は暇だろう? しっかり仕事してもらうよ」




 アヤネは慧にお礼を言うと小走りで寮に戻り、着替えてからいつものカフェに向かった。











「いらっしゃいませ」

「待ち合わせです」



 いつも通りの席に座り、アイスコーヒーを頼んだ。



「今日は羽耶(はや)は病院だって」

「統合し始めるのかな」

「本人は嫌がってたよ。昔の記憶は音弥(おとや)の中にあるから思い出したくないって」

「絶対に統合しないと駄目ってこともないみたいだし、本人が嫌がってるなら無理には勧めないんじゃない? ていうか親が過保護だから強制する病院は行かないでしょ」



 羽耶の家族、両親と兄はびっくりするほどの過保護だ。


 昔、ちょうど悠海(ゆみ)の人格が出来た頃。

 状況を理解出来ず、存在感の得られなかった悠海は癖でリストカット(自傷行為)を行っていた。


 結果、家族は家にあった刃物をほとんど捨て、ハサミは鍵付きの箱に、包丁は子供が使うような手は切れない包丁を、カッターナイフは全て捨て、今もその状態が続いている。



 結果、悠海のリスカ癖は徐々に収まり、それと同時に現状理解と羽耶との協調性も取れて今は普通の十一歳として過ごしている。




「まぁ大丈夫そうか。……アヤネの方はどう?」

「動いた後に食欲がちょっと出てくるようになったんだよね。ドーナツ作ってからこのくらいの二つは食べれたよ。あとコーヒー一杯」

「おー! 最近は皆、コロコロ変わってきてんな」

「いい兆しだよ」

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