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光芒のライト=ブリンガ  作者: Yuki=Mitsuhashi
Chapter:02
27/31

Chapter:02-19

Chapter:02-19



【???】

【?????????】



『――要らぬことを画策している者達が存在するようで、あると?』

 新しくもたらされた情報の数々を受け、『・・・』は自らの深層意識に揺らぎが発生するのを自覚した。そうだ、これはかつて……そう、遠い昔、『苛立ち』だとか『不快感』と呼ばれるものであったと記憶している。


『――政治体制の激変、これが『計画』に悪影響を及ぼす可能性が六割を越えています、極めて深刻です』

『全く想定出来なかったというのか。情報収集、そのあらゆる手段と質に問題があるようだ。改善せよ』

『提言。第五惑星に移送した『COURPUS』群を先立って起動、投入させるべきである。強行偵察による正確な情報収集は不可欠であると考える』


 報告、提言の数々に『・・・』はしばし、自らの思考を整えた。


『状況の推移をただ、いたずらに見守るわけにも行かぬ、か』


『計画自体の前倒しは必然かと考える。現状、『計画』は極めて良好に推移している』

『不確定要素の発生で『計画』に多大な変更を行うのには賛成しかねる。予定通り、粛々《しゅくしゅく》と進行させていくのが得策。時間は幾らでも存在する』


『……ふむ?』

 計画の前倒しに関しては条件付きの賛成、が反対のそれを大きく上回るか。なるほど。自分を含めて皆、微睡まどろみのような停滞にいてきているのかもしれぬが。


『極めて薄弱な推測だが、彼等が新たな概念、戦闘固体の製造と運用に成功している可能性は否定出来ない。また同様に新鋭船舶の建造が進行中と推定される』

『馬鹿な、あれだけの損害を受けておいて、彼等にそんな余力が』

『全く同感である。我等が掌上しょうじょうにあったとは言え、愚直に潰し合った宇宙戦力、その補填ほてんだけで彼等のキャパシティは破綻している、とこちらは報告を受けているが?』

『であるから、薄弱な推測と表現した。が、戦闘固体に関してはくだんの第四惑星内乱、その末期にあって既に起動を達成していた、との未確認報告もある』

『なんと、その種別や機能、諸元性能はどうなっているのか』

『その場合、我等の主力兵器『IGNIS』に形状、機能共に類似している可能性は極めて高いと考えられる』


 この報告は、自分には上げられてきていない。微かどころではない、波濤はとうのような精神の荒れを自覚した。『怒り』と呼ばれるものだったか。情報、その由来と序列が低かったからであろうが、これはいけない。しかし、全く興味深いものだな。この期にあって、『感情』と呼ばれるものが自分の行動指針に影響を及ぼすとは。


 我等の主力機に類似した戦闘体、だと???


 やはり、あの『』が動いているのだろうか。


 いや、間違いない……!!


は計画の変更をこれに達する――また、情報収集に関しては、事、ここに及んでは手段を問わぬ。その量と密度の高い収集を徹底させよ。場合によっては早期開戦も止むを得ぬ』


『……いずれにせよ、これは『人類最後の戦い』となろう』


 自らに言い聞かせるように、『・・・』は宣言した。 





   ◆ ◆ ◆



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【地球本星、オーストラリア】



「時間が掛かってしまい、申し訳ありません――ふう、どうにか資料の準備が間に合いました……至らぬ点、不備があったら申し訳ありませんが、時間は貴重なので早々と始めさせて頂きたく――」

 数人の秘書官を引き連れて会議室へと入室した空軍中将、秋山千尋はその室内に備えられた巨大ディスプレイ、その脇に設置されていたプレゼンたくへと駆け上った。既に日は変わり、夜半と呼ばれる時間帯に差し掛かっていたが、会議室の面々は誰一人欠けること無く、そこに存在していた。


「ご苦労、秋山――大使閣下も気を揉んでおられる、早く始めることとしよう」

 ティーカップを置いたヘイスティングに頷いた秋山中将、その指示で秘書官及ぶ従卒がカートに乗せられていた資料類の配布を開始した。なかなかどうして、結構な量である。

「はい、その様に――ええと、手元の資料の数をご確認頂けますでしょうか、皆様。電子端末が一、書類の束が二、でございます」

 プレゼン卓のマイクが問題無く機能することを確認した秋山である。


「ふむふむ、問題無いみたいだな」

 エテルナ大使であるダニエル・ハシモトはそう口にした隣席、深町慎二大将の手元にそれとなく目を向けた。気が進むところでは断じて無かったのだが、立場上、自分のそれが他のそれと同一なのか、確認しておかなければならなかった。もっとも、その配布に際して何らかの特別な手順が確認された訳でも無ければ、手渡された書類表紙に特別な刻印が施されているような事も無く、また起動させた電子端末も特別代わったところが存在する訳では無いようであった。まあ、仮に何かされてたとして、見抜く術なんて今の自分には無いのだが。


『結果的に、この地球、太陽系の世は事も無し、か――』

 自分を含めた遅めの昼食会よりその後、茶会名目での会合を幾度か、また各種休憩を挟みつつ夕食会にまで及んだ今日という長い一日、はそれでもまだ終わろうとしてくれていないようである。もっとも、言ってしまえば『クーデター首謀者達』、『首魁しゅかい』とも呼べる彼等がこうも『のんびり』出来ている事、それ自体が異様なことであったのかも分からない。


 国家運用のシステム、その最上位とされる筈の『政治』が存在しなくても、世界はまわる、そんな皮肉な現実を正に今、この世界に住まう人間達は突き付けられているところなのだろう。その意味では深刻な腐敗がそんな上位構造に留まっていたことが救いは救いだったのかも知れないな、ダニエルはそんな事を考えてしまう。


 それぞれの中間機構、末端の役人が正常、健全と機能をしていればその日々は基本的に問題無く過ごせる、そんな現実を国民はどのように受け取るだろうか。心にも無い綺麗事、美辞麗句びじれいくを並べ立て、その実、自らの抱える利権と選挙の事しか考えていない政治家であったり、またそれを隠れみのとする各種団体、組織によるパフォーマンスも、政権公約を装った利益誘導諸々の一切が存在しない世界。


 一連の彼等の行動は当然、賛否両論あってしかるべき、苛烈に過ぎる荒療治では確かにあったのだろうが、これ以外の方法が果たして存在したか、と問われれば答えるものをダニエルは持ち合わせていない。


 正直なところ、ダニエルにしてもこの太陽系惑星連合共和国の各種政治家に対する印象は大使着任時からしてかんばしいものではなかった。物語の世界でしか見たことのない、さながら『王宮』における『王族』のような彼等の日常――これは演説でヘイスティングも触れていたところであったが――に違和感、言ってしまえば嫌悪感を覚え続けてきてはいたし、母国『エテルナ』がこういった習慣、慣習、伝統と無縁でいられることはややもしなくても大変な幸運なのでは無いか、と思い続けて久しかった事もある。


 今回の『クーデター』は今後、これからの人類史、長い時間を経て評価、裁断をされる事となるのだろうが、ダニエルは実の所、成功を伴った帰結、評価が下されることを確信している。何しろ、自分の愛して止むことの無い母国、『エテルナ』の政治運営方法を取り込んでいこうというのだ。いささか乱暴な論拠にはなろうが、それこそ、その成果は正に生きた実例『エテルナ』をして証明されているではないか。心から、良い影響があれば良い、とダニエルは思うし、純粋に願いたかった。


 ……ま、事がここに及ぶに至って。いわゆる普通の『大使』としての人生はもはや、送れそうに無い訳であって。そう考えると目眩めまいを自覚しそうにもなるダニエルではあった。先の茶会で、やはり隣の深町が笑いながら、

「もはや大使閣下と我々は同志のようなモンですからな、一蓮托生いちれんたくしょうですぜい!」

 と言ってくれたが、まあ……そう言う事なのであろう。どうしよう、と思わないでもないが、不快感とは全く無縁でもあったから、これこそあれだ、『考えるな、感じろ』の領域なのかもしれない。


 ああ、取り敢えず早くお家帰って一人息子の寝顔が見たい――そんなことを考えている内に、プレゼン卓の秋山中将による解説が始められるようだったので、ダニエルは慌てて筆記用具と個人の情報端末、その他を取り出した。実質、自分の為に行われるプレゼンである筈であり、失礼があってはいけない。


「はい、ではお配りした端末はあくまでも補助として――基本的にはこちらの立体スクリーンにて解説を開始させて頂きます――先立って、ヘイスティング閣下から一言」

 ん、と起立したヘイスティング元帥はそのまま、秋山のプレゼン卓へと向かった。秋山から受け取ったマイクを片手に、軽い一礼。


「大使閣下、改めて紹介させて頂きます――我等が太陽系を代表する、いわばこちら側の『大使』となる予定の人物、秋山千尋です。この者が新造艦にて閣下と同行する事となります、どうか宜しくしてやって下さい」

 ヘイスティングのそんな紹介に合わせて、秋山は敬礼仕掛かった右手を戻し、深々と一礼を行った。

「太陽系惑星連合、駐エテルナ大使の内定を受けている秋山千尋、現時点では日本空軍の中将、年齢は34です。宜しくお願いします!」

 これよりは武官では無く、文官としての在り方、スタイルを意識していかなくてはならない――頭を下げながら改めて秋山千尋は自らに言い含めた。取り敢えず敬礼したくなるくせは本当にどうにかしなければならない……って、骨のずいまで染み込んでいるこの習慣が簡単にどうにかなるとも思えないが……。


「全く……情けない話でありますが、彼女が史上初の太陽系側の大使、という事にはからずも相成あいなりました……」

 これは本当に情けない話であり、『太陽系惑星連合』がなんだかんだと『エテルナ』の事を対等国家として認めていない、そんな具体例の一つ、最たるものでもあった。当然、『エテルナ』に太陽系側の大使館や領事館に類するものは一切が存在していない。


「ともあれ、彼女を宜しく頼みます、ダニエル」

 心から深々と一礼するヘイスティングと、再度その頭を下げる秋山であった。


「改めてダニエル・ハシモトです、こちらこそ宜しくお願いいたします――それにしてもこんな若く、美しい女性とは驚きましたなあ」

 同じく起立を実行、一礼。世辞抜きで二代目エテルナ大使でもあるダニエルはそう口にした。実際にこの秋山は化粧っ気のほとんど存在しない、大変な美人であった。濃い目の口紅を使っているぐらいだろうか。


「まっ! 私らのようなジジイは、行ったところ、辿り着いたところで何年も生きられませんしな!! 若いのに行って貰う他ねえですわ!! ガハハハハ!!!!!」

 円卓の向かい側、確かミルフォード中将と紹介された英国紳士からそんな反応が返ってくるのはこれは予想外ではあったが。それも、なんとも……下品な物言いで。


「がははははは!! 違いないぜジョージ!! 俺なんて途上でくたばっちまいそうだわいな!!」

「ぬははははは!! 史上初の『リーヌ』内宇宙葬ってか!! ええなっ、それ!!」

「ひっひっひ、いや、深町は殺しても死ななさそうじゃよ??」

「やめてください、死んでしまうわー!!」

「お前等、場所を弁えんかい――なんつってな!! もっとやれガハハハハハ!!!!!!」


 果たしてこれは一緒に笑ってしまって良いのか、疑問に囚われたダニエルであったが、まあ、その周囲がともかく盛り上がっていた事もあり、追従の笑みをやや、演技的に行うのだった。それにしても何と言うカオスなじじい共なのだろう。そこに自分という『部品』が組み込まれている、そんな現実は決して悪いものでは無かったが。


「はいはーい、爺さん達――話が進まなくなるので、各自、自重して下さいねー」

 ばんばん、とプレゼン卓を勢い叩く秋山に対し、へいへーい、といずれも将軍格の『爺さん達』が大人しくなる、そんな光景はちょっとどころでなく、かなり異質なものにダニエルの両目には映った。この秋山女史という個人存在、只者ではないというところなのだろう。そう改めて考えると、この場所ってどう控え目に言っても恐ろしい。


「『船』、及び計画に関してはお前がいない間に、本当に軽くだが説明はしておいた――大使閣下が一番、気にされるのはやはり君を含めた人材、乗組員のことだろうと思うのでそちらを優先して解説を頼む」

 指定席に付き、卓上の水差しを自らコップに傾けてヘイスティング。


「……確かに、そうですね……長く、航海を共にするとなると――私には家族もおりますし」

 地球に降り立って程なく、恋愛結婚へと至ることとなった歳の離れた妻テレサ――彼女はエテルナ大使館が雇用したメイド長であった――と、やはり奇跡的に授かることの出来た一粒種、長男のマクシミリアン、これがダニエル・ハシモトにとっての掛け替えのない単位、家族であった。

 また、大使官邸にて家族同然の生活を共としている執事のヒューベルトもまた、彼にとっては掛け替えのない存在である。馴れない地球生活でのサポートであったり、いわゆる政治社交場での儀礼、振る舞い諸々と、とにかく未熟で無知な主人であるこちらを厳しくも暖かく、世話をしてくれた男。自分やテレサは無論、息子マクシミリアンも大変に懐いており、将来は『ヒュー兄ちゃんのようになりたい』とのこと。そうだな、執事、バトラーを目指すのならば彼以上の存在は中々無いだろう。父としては心から応援してみたいところだったりもしていた。

 そんな彼、ヒューベルトはどうするのだろう――その身寄りが無い事は知っているが、果たして自分達家族に随伴、着いてきてくれるのだろうか、あるいはそもそも自分が家族以外の人間を連れて行くことは許されるのだろうか――ダニエルはこれはこれで、尋常ではない不安に駆られてはいるのだった。それでも、だ。考えないことにしている、『最悪の状況』からすれば、今のこれは天国みたいなものだとは思っている。まあ、現状がそうなだけであって今後、どうなるか知れたものでは無いのだが。


「はい、大使閣下以外にも詳細を未だ全容を知らない方もいらっしゃるようですし、人事面のそれから簡単に紹介、説明をさせて頂きます。先程、ヘイスティング元帥閣下より紹介を賜ったように小官、秋山千尋が太陽系は大使、特使として乗船する事となります。その『艦長』、或いは『船長』職は、これはまだ本人には通達もしていないのですが、実はこちらで内定が決まっていますし、その他、乗組員もやはり確定ではないのですが、筋が固まってきているところ――とまあ、未確定が多くて申し訳ありませんが、これが現状です」

 さながら一般企業のカリスマ女社長やらCEOがそれこそ堂々とプレゼンを行っているように、秋山大使(予定)。第一種軍服を装備していなければ、やはり彼女が軍人の、それも高位の人間だ、なんて想像は難しいだろうと思われる。


「ああ、本当に全てが仮定、ということですか――あらゆるものが『これから』なのですね」

 実の所、何もかもが決まっていない、そう断言しているに等しい秋山の発言だったのだが、これはこれで純粋な安堵感あんどかんを得ることの出来たダニエルではあった。自分が含められた状態で状況の推移を見極められる、これは彼の立場としては正直なところ大変に助かるものだと感じる一方で、これもヘイスティング元帥及びその他面々の計算、だとかだったりするのだろうか、とすればその計算、半端無い精度高さにうなりたくもなるところでもあったのだが。いやあ、怖い怖い……。


「ご理解が早く、助かります大使閣下――『船』に関しましては、その新技術は元よりとして、大変に『おっきーい』、『はっやーい』とだけ認識して頂ければ差し当たり、問題有りません――さて、まずは船長、その候補筆頭から紹介させて頂きます」

 ごほん、一つせき払いを行って、秋山がプレゼン卓を操作した。


「――名前は沖田クリストファ、年齢21、階級は宇宙軍、正確には統合軍少佐。現時点にあっては『第101特殊作戦航空団』の隊長職にいている『男』です」

 秋山による操作で、立体スクリーンにそんな軍人の上半身が展開された。ほう、と溜息が会議室内を満たした。宇宙軍第一種軍服、軍帽をバリと決め込んだそんな映像の沖田クリストファは、授与されたあらゆる勲章他をフルに装備した状態だった。純白の軍服に白い肌、そして銀色の髪。一切の感情がその顔には乗せられていないものの、どこか年齢不相応の凄みを感じさせる、そんな映像写真ではあった。


「……あー、この方、男性なんですか……」

 円卓を囲んでいるメンバー、それを代表してダニエルが呟いた。そんなエテルナ大使以外にも首を傾げている提督衆が数名。沖田クリストファの勇名は耳にしていても詳細を知らなかった、そんな人々なのだろう。いや、本当に……なんというか、『絶世の美人女性』にしか見えないのが、ダニエルとしても困るところだ。町中を歩いていれば、自分のようなじじいでも目を張ってしまうかもしれないのだ、なにしろ……。

「はいー、誤解されることが多いようですが――かくいう私も、最初は勘違いしていました。こいつ、本当に美人なんですよ。腹立たしい程にねぇ」

「は、はあ……」

 実際、そう言われなければ『男性』だとは思いもしない、そんな存在の沖田氏。どこか妖怪じみた美貌びぼう振りである、とダニエルは感じたのだが、さすがにこれは口には出来なかった。


「ま、そんな外見はさておいて、とにかく若い彼が選出された経緯、その理由から説明させて頂きます。まず、彼の率いている『第101特殊作戦航空団』は『教導隊きょうどうたい』――つまりは『あらゆる新兵器、新装備の先行試用を行う部隊』であり、また『味方に対する教導、戦技指導を行う部隊』であることが挙げられます」

 ふむっ、その場の多くの人間が感嘆の溜息を漏らした。無論、彼等は『教導隊』と呼ばれるものの存在理由、その練度の高さを実体験をもって知っている。


「『教導隊』、その言葉が意味するところが『ウルトラ・エース部隊』である事は知り及んでおります。なるほど、これだけで生半なまなかな軍人では無さそうですね、この沖田少佐という人物は」

 専門用語が多いけれど大丈夫ですか、そう言外、視線に含めてきたヘイスティング他に対して持ち合わせている軍に対する知識がそれなりに豊富であることを示したハシモト大使の言葉である。事実、軍隊という存在そのものが無い本国にあって、言ってしまえばダニエルの興味を強くいた分野でもあったのだ、『ミリタリー』と呼ばれるそれは。その存在理由、善悪は元より、強固な組織体系として、ある意味では有機的な高次機能を発揮する集合体として、である。


「正に、その通りでして――まず、『教導隊』という特殊部隊、敢えて言ってしまうと選抜されたエリート達、猛者もさを一つ所にまとめ上げているそんな指揮実績、またイレギュラーな新装備類、その試験運用任務の処理を数多く成功させて来たあらゆる面でのフレキシビリティ、柔軟性の高さは、全惑星連合軍を含めても圧倒的に突出したものがある、と判断しました」


 そしてこちらのディスプレイをご覧下さい――そう言って秋山が新たにその背後のディスプレイに示したのは正にそんな沖田の家であり、城。『風雲クリス城』こと、衛星基地『ハイランド』――見るからにぎの外見、強引に接合された老朽船舶のある意味では前衛芸術的な、集積構造物。


「彼、及びその部下数十名は実にこの辺境宙域に仮設された、居住性の悪い、言ってしまうと極限に近い閉鎖空間に長期詰めながら、それでも心身共に、すこぶる健康的な日々を過ごすことに成功している、そんな実例――駐在している医療資格を持つ衛生兵のレポートが、またそれを証明しているのです――」

 メンタルチェック、と示されたデータが簡潔に表示されたが、実際にそこには異常を示す物は一切が、無し。


「うへえ……しっかしこれ……辺境ってレベルじゃないですね……」

 そんなダニエルは、手元の端末で詳細な情報を確保していた。最寄りの人工天体、スペースコロニー『出雲』まで片道一日以上とか、本当に酷い……。それにしても、老朽化した空母を強引に結合させたこんな酷い施設が宇宙に存在するだなんて、今まで知りもしなかった。エテルナ本国から離れてついぞ久しいが、こんな酷い宇宙施設、エテルナ建国当初にだって存在していなかったのではないか、と思う程に、劣悪なものだった。


「言うまでもなく、彼等のつちかってきた――望んだ形ではなかったかもしれませんけど――閉鎖空間での適応能力、これは大宇宙にあっては武器となりますし、これは今日明日、一朝一夕いっちょういっせきと獲得できるようなスキルでは断じてありません」

「でしょうな――いやはや、こんな顔をして、これは本当に……」

 ダニエルは、実に心の底から感心していた。閉鎖された空間での軍隊行動がどれだけストレスになるのか、想像も付かない。『大フローラ』を始めとした初期移民船団のクルーには本当に、足を向けて眠れないレベルである。彼等の味わった艱難辛苦かんなんしんくは、それこそ想像の範囲外。


「どれだけ精神的、メンタルタフなんだろうな、こいつらは。例えば海軍であれば、潜水艦乗りにだってどこか調子悪くするのが少なからずいるもんだて。それこそ海上艦であっても精神をこじらせるのは絶無ではないしのう」

 深町大将がそう頷き、感心している。


「レーダーサイト詰めの人間でもそうですよ、閉鎖空間及び辺境、僻地へきちにおける士気の低下、各種ストレス値の増加はどこでも軍、共通の問題です」

 空軍服を着たなんとか提督もそう捕捉してくれたので、ダニエルは自分の想像が乖離かいりしたものでは無い事を間接的に知ることが出来た。


「また現状、この船に関して肝心の宇宙軍が割くことのできる人的余裕は『全くありません』。質、量共に一切の蓄積、予備余剰が存在しないのです――」

 秋山のその厳しい表現に、はっ、となるエテルナ大使であった。どうして今まで気付かなかったのだろう、なんと、ここには『宇宙軍』の人間が一人だって存在していない。秋山の剣呑けんのんな発言でそれに気付くというのも、情けない話ではあるが……。


「言うまでも無く、先の『火星沖会戦』の悲劇的帰結、にこれはるところであります。宇宙軍は現在、再編の途上にありますが、果たして真に有効な策を講じているかどうかは、はなはだ疑問であり――また、その、ええと……」

 おや、才媛さいえんが言葉に詰まるとは、これは。って『才媛』って表現は今日日、不適切なものとなるのだろうか。


「秋山が説明、にくいようなので、私が代わりに発言します。端的に言ってしまえば『宇宙軍のクズ共』は使い物にならんので、最初っから我々の計画、計算には全く含まれていない、と言う事です」

 ヘイスティングのそんな身もふたもない発言に、ガハハハハハ、と提督陣が部屋を揺らせる勢いで呵々大笑かかたいしょうした。取り敢えず、ダニエルは苦笑を装いながらも、そんな彼等の決起動機に『火星沖会戦』のそれが強く含まれていたことを思い出している。まあ、完全なる部外者である自分の目からしても、『宇宙軍』の無能振りを通り越した無法振り、は救い難いものではあったが。


「――この規模の船としては極めて異例でしょうが、搭乗人員はその数よりも質をこれは重大視しなければならない、そして肝心の宇宙軍はもうどうしようもない、そんな悲しく厳しい現実もここにはあるのです。少数精鋭による航宙船舶の運用しか我々には選択肢がないのです――」


「静止画になりますが――沖田少佐の率いる『第101特殊作戦航空団』のものです」

 ふぅっ、と一つ息を長く吐いた秋山の操作によって、スクリーンに映し出されていた沖田及び他の写真が切り替わっていく。ある場面では船外活動に自ら重気密服で従事している姿が、また別の映像では整備ツナギを油塗あぶらまみれと汚しながら、整備士と共に艦載機の点検整備に当たっている構図等、諸々が展開されていった。


 隊長が整備にまで付き合うのか、深町大将が腕を組んで感心している。


 他、写真が切り替わるたびに好意的な溜息を漏らしていた提督陣だったのだが。問題は次の一枚だった。カシャッ(擬音)。


「な、なんとっ――」

「これは……一体……」

「ぬふう……」

「アッ――――!!!!!!!」


 想定外のそんな聴衆の反応に、秋山は慌てて自分の後背、スクリーンに振り返る。


「うぼぉあッ――――――!!!!!」

 その意志にらない、由来の分からない叫び声が声帯から直接飛び出した。


 そこには。


 そこには。


 赤ら顔で『かむり』、マッチ棒を器用に鼻と下唇に渡し、ザルで泥鰌どじょうすくっている、沖田クリストファ、他の姿があった。


「……す、すみません!! なんかの間違い!!」

 慌てた秋山が必死になって操作を試みるが、激しい動揺もあって、なかなかスムーズに行かない。強面の提督達が円卓を囲む、そんな状況下でただただ無情に沖田のそんな痴態ちたいは晒され続けた。ようやく写真が切り替わったと思えば、これまた今度は和服着用、入念なメイクを決められた白塗り、文字通りの女形おやまを決め込んだものだったり、セーラー服(※軍服ではない、念の為)を着用、歌い踊り狂っている図だったり。なお、掛けられたたすきには『火星に代わって折檻せっかんよ!』と記されている模様。


「あばばばば――ちょ、ちょっと一度閉じますね、ゴメンナサイ!!」

 事、ここに及んでようやく涙目の秋山は端末の電源を切断した。


 切断した……したのだが、最後のミニスカ沖田が――恐ろしく妖艶ようえんであった――観衆からおひねりを大量に浴びている画面でフリーズ。いや、フリーズと言うより、ディスプレイはただただ純粋、愚直ぐちょくに最後に出力されたデータ、その表示を維持していただけなのだが……。仕様的に。


「あ、その、あのね……ちょっと、ディスプレイの電源どこーーーーっ!?!?!?」

 混乱する秋山を見かねてか、秘書官の一人が駆け寄る事で、どうにかディスプレイ、セーラー戦士マーズこと沖田クリストファの艶姿あですがたは妙な余韻よいんを伴いながら消滅した。おおぅ……誰かの残念そうな溜息が印象的に会議室を響き渡った。


「……メンタルの強さ、確かにはかり知れぬッ――隊長自ら士気向上に務める、その意気や良しッ!!」

 頭を抱えているヘイスティングがぐぬぬ、とどうにか無理筋のフォローを行ったが。


「いや……まあ、いいんですけど……それよりどうして秋山さんがそんな画像を所有しているのかが凄く気になるんですけど……どぅふふっ」

 笑っちゃ駄目だ、と思えば思う程におかしくなる、悪循環。堪えに堪えた結果、ダニエルの顔は恐ろしくゆがんだものになっていたのだが。


「大使閣下に激しく同意――ミスはともかく、その保存していた理由を知りたい、つか教えろ、そこな女中将よ」

「……なんか目覚めちゃいそう……」

「こんな可愛い子が女の子のはずないよね!!」

「他の画像のうp、はよ。はよう!!」

「zipでくれ」


 いやあああああああっ、とやはり有り得ない悲鳴が会議室に響き渡った。




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