Chapter:02-18
Chapter:02-18
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【北方高速航路】
「あー……暇だぁ……」
『ヤマト運輸』、とトレードマークと共に船殻に大きく刻まれた牽引輸送船、その牽引母船のドライバーシート上で大きく欠伸を噛み殺してみた。
「楽でいいじゃねえですか――居眠りだってできますし」
サブドライバーである相棒はそう呟きながらも、その手元の電子クロスワードから目を離すつもりは露も無いようだった。
「……俺はなあ、宇宙船乗りになりたくって免許を苦労して取ったんだぜ――それが、実際になってみたら――」
はあ、と溜息を漏らしながら端末を操作。牽引母船、つまり今、彼等が乗り込んでいる母船に直結、数珠繋ぎと続く、無数の10トン級コンテナ群に異常がないことを確認。北方高速航路公団管理局との情報連結にもまた、一切の異常は無し。
「つまんねえ時代になっちまった……」
がたんごとん、船体を揺らしたそんな微震動に合わせるように、再度の溜息。軌道エレベータである『ノーザンクロス』、その宇宙側起点でもある宇宙ステーション『フリーダム』と、人類史上最大の規模を誇るスペースコロニー『出雲』方面を結ぶ『高速航路』、それが通称『北方高速』であり、正にこのクロネコクルー達が恩恵に与っている真っ最中、それこそネコまっしぐらの存在なのだった。
人類の宇宙進出が本格化した頃よりの懸案、推進剤及び各種燃料の徹底的な消費抑制を目的として開発、建造、そして実現されたそんな『北方高速航路』は、しかし太陽系側のオリジナル、発明、技術では無かった。完全に発想それ自体からしてエテルナ側から供与された新技術であり、その意味では太陽系の技術的停滞と、それに反比例するようなエテルナの発展を如実に象徴する施設の、これまた一つであったとも言える。
数キロ単位ごとに設置された『電離ゲート』によって、船舶本体に対する等加速度の付与を可能とする大掛かりな施設群であり、この時代にあってはほとんどの航宙船舶がこのシステムへの対応を果たしている。
規模こそ異なるが、超電磁砲、いわゆるレールガンとその原理構造は大差ない。月面に向けられた同一のシステムは『北月高速』と呼ばれており、こちらも大いに絶賛稼働中の代物であった。
なお、火星以降方面にも設置されて然るべき『それ』は計画段階で中止、初期工事すらも行われていなかった。元より、その建造費が捻出も出来なかったこと――これは正に、まともに機能、動けなくなった政治、その運営体制に理由があった。全く、何が愚かかと言えば、建造時の費用は確かに莫大なものになるとは言え、数十年単位で容易に減価償却が可能であることを他ならない先達、『北方高速』が証明していたのにも関わらず、それでも政治としての舵取りを行えなかった、その一点。
公共への投資、公共事業それ自体を『悪』と決め付けた勢力の蔓延は、こうも一国家の身動きを取れなくさせたのである。
そして、めでたく最大の衝撃、トドメとなったのが先の『火星沖会戦』、その勃発であった。その深く大き過ぎる傷痕は完全に、完膚無きまで、ありとあらゆる宇宙開発計画を頓挫させる事となったのである。
「楽は楽だが、楽疲れっていうかなあ……」
そのシステム上、利用する全ての船舶が操縦主権を管理局、そのコンピュータ群に預けることとなる結果、ドライバー、操縦士としては実質に手透きとなってしまう、そんな背景が手伝った結果としての、この彼の愚痴となるわけで。
「いずれ、俺等もお役ご免になるのかねえ……」
デコトラで演歌を大ボリュームで鳴らしながら宇宙空間をドヤ顔でヒャッハーと疾走する、そんなトラック野郎なんてもう過去の話だ。
「先輩、寂しい話はやめてくださいよ、ったく――」
ネガティブな発言を続ける先輩に対し、いい加減に相棒が不快感を隠さなくなってきた。何だかんだとしばらくはこの二人っきりでもあるし、その空気、雰囲気が悪くなるのは避けておきたい――話題でも変えるかと先輩格が自前の携帯端末を取り出した、その時。
『警告、軍の緊急船舶が通過します――警告、軍の緊急船舶が通過します』
突然、操縦室内を満たしたサイレン。同時に、公用無線の着信を示すシグナルが派手に点灯した。
「――え? ぐ、軍??」
泡を食った先輩が慌てて受信チャンネルを開く。相棒もまた、クロスワード端末を放り投げるようにして指定席に飛び付いた。
『北方管理局より通達します。軍の緊急船舶通過に付き、貴船の針路をこちらで変更させていただきます。発生する震動に、留意願います』
「……乗車番号RTE587459号、了解しましたあ」
『市民の皆様、ご協力に感謝します』
この一帯、現通過中、全ての航宙船舶に向けられていたのかもしれない、そんな返答だった。
「……珍しい……ってか、初体験っす、軍の緊急船舶通過とか」
相棒はそれでもどこか楽しそうに、後方のカメラアイ映像をその正面に出力させる。
「こっちしばらく、めっきり宇宙軍さんも見なくなったもんなあ」
先輩の呟きは全くの事実であり、火星沖会戦が終結してなお、宇宙軍はまともな再建を果たせていない。人材、機材、余りにも多くのものを喪ってしまっていたのだ。
「航宙警察に行ったダチがこぼしてましたよ、とばっちりの激務にも程がある、って」
「だろうなあ」
ここで、一つ軽めのアラーム音が鳴った。接近警報である。
「いよいよか――あっ、来た来た……」
『AUTO-PILOT』のシグナル点灯と共に、ジリジリと電離ゲート範囲内の、それでも端へと緩Gを伴った進路変更を彼等の輸送船が開始する中、派手な赤色灯を伴った影が後方画面、その領域を占領し始める。
「うっあ!! むっちゃくちゃ速いのが来るっすよ!!」
そもそも宇宙空間では物の大きさであったり、速度の判別が元より付きにくい。
キン、キンと接近警報を示すチャイム音の間隔が次第に短いものとなるのに比例し、そんな影は画面中でもいや増しに大きくなり、その船体各部に備えられた無数の端灯がそれこそクリスマスのイルミネーションのように判別出来る段階となってきた。
「すげえ!!」
先輩の呟きと同時、連続するアラーム音を伴い、実にこちらの数倍に値する速度で輸送艇がそれこそドドドと通過して行く。全く、どれだけ『飛ばしている』んだ、軍人さんは。こっちだって実質、最高速度の筈だと言うのに。
「ひええええ……」
壁一枚を隔てた向こう側、非常な近距離を過ぎ行く圧倒的な高速移動存在に、風圧めいたものまで感じた相棒がそんな情けない声を漏らした。
「……今まで色々と宇宙軍のものは見てきたが、明らかに初めて見た形状だったな」
特に造詣が深い訳でもなかったが、そんな先輩にあっても始めて目の当たりとする種類の宇宙軍、輸送艇ではあった。
「新しく作られたのかもなあ」
「外装に小さく『RL-0』、って刻まれてましたよ――ついでに、輸送艇ってより、ヒコーキに見えた気がしますが!!」
目の良い相棒は抜け目なく観察をしていたらしい。先輩は正直、そこまでは見ていなかった――一応、計器類に目を落としていたこともある。
「ああ、なんか世界が無茶苦茶なことになっているからなあ……軍人さんも軍人さんで色々大変なんだろうな――あ、念のために言っておくけど、Twitterに書き込んだりするなよ、今は我々は勤務中であるし、なんかあったら叱責どころじゃすまないかもしれん。バカッター炎上騒ぎはゴメンこうむる」
プシ、と何本目かのコーヒーパックを空け、先輩格としての仕事は行った。
「……分かってますよ、僕だって身は可愛いですから――写真や動画だって、撮らなかったんですから」
わかってりゃいいんだ、そう口にした先輩は取り敢えず、管理局からの連絡を待つことにした。出来れば早い内に針路を正規のものへと戻してはおきたかったのだ。
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「管理局管制、こちら『RL-000(アール・エル・ゼロ)』。現時点で一切の問題無し」
『こちら管理局管制、了解。追加加速に問題は無いか?』
「全く問題無い」
『了解した。良い旅を』
「感謝する、管制。Good-Day」
『Good-Day』
胸部前面、と言うよりもその全身、両足までをもカバーする程の巨大シールドを抱え、『北方高速』内を疾走する『ライトニング』、その内部。仮設された『補助席』の沖田は通信を解除した。いやはや、しかし『Good-Day(良き一日を)』とはなんとも皮肉な。
「はっふぅ……やっと落ち着いてきた……」
『ライトニング』は『主操縦席』にてパック詰めの水を神経質に舐めながら日村瑠璃子は長い息を吐いた。浅黒い肌でありながらも、その顔色の悪さは充分に伝わってくるものとなっている。
「……だから言ったじゃないすか、補助席だとキツイっすよ、って。代わって良かったでしょ、席」
仮設補助席に座っている、言うまでも無く本来の主操縦士である沖田クリストファ。
「……乗り物は得意なつもりだったけど、ここまでGがしんどいとは思わなかったんだよ……ごめん、そっちの席だったら私、今頃伸びていたかもね……」
「まあ、現時点での『最強最速機動兵器』なんでね、これ……釈迦に説法ですけど。『ワイヴァーン』だったら問題無かったかも、ですけれど」
響きだけは民間輸送船、その実『ラリー・インダストリー』が抱える巨大輸送船『りゅうぐう』は主格納庫にて大気圏突入用の改修を終えた『RL-000』こと『ライトニング改』だったのだが、等しく改装されたコックピット内部を覗き、まず沖田は軽からぬ絶望をすることとなったのである。
「これ、瑠璃子さん、貴女、最悪失神しちゃいますよ……」
これは予言では無く、確定された未来である、までは付け加えなかった。
「何言ってんだよ、ちゃんと数値計算、出来てるわよお!」
どう控え目に言っても似合わない、パイロットースーツに身を包んだ瑠璃子のドヤ顔はそれはそれは力強いものであり。
「……それ、パイロットを前提にしちゃってると思います……悪い事言わないんで、メインシートにお座り下さい。今回のミッションだったら大気圏突入までは『ルミナ』に一任でやれますから」
「えー、大丈夫だってのにい」
初めてのパイロットースーツがこれはこれで楽しいのか、オイッチニー、オイッチニーと両腕両足を振り回し、すっかりご機嫌の瑠璃子。
「……メインシートで『何ともなければ』、後で『なんでも』言うこと聞きますから……ちなみに、馴れてないとメインシートでも割合、酷いことになると思うけどな……」
こうでも言わなきゃ、この頑固娘は言う事なんて聞いちゃくれんだろうな、と諦めている部分は間違いなく存在している。
かつての地球上の戦闘機もそれはそれは慣性負荷、Gがえげつないものだったと仄聞するが、最新鋭のこの『ライトニング』や『ワイヴァーン』にあっても、その軛から乗り手は完全には逃れられていない。様々な中和、緩和システム、果ては耐G気密服が採用されているのにも関わらず、である。百戦錬磨で知られる『第101特殊作戦航空団』の面々にしても、その日の体調だったり疲労の蓄積によっては簡単にその意識を喪うことすらあるのだ。
普段、いわゆる強力な慣性制御の施されている輸送船だとか旅客船にしか乗ったことの無い人間には想像も付かない恐ろしい世界は、頑として存在しているのだ。
「『なんでも』って言ったか!! ヒャッホーーーーウ!! ああ、沖田君には何をやってもらおうかしらぐふふ、まずは『ブリンガ』の――」
こちらの気持ち、善意と言っても良いそれも知らず、大喜びしてくれているが……にしても。
「『ぶりんが』って何です?」
どこか、聞き流せない響きのような。ブリンガ? プリンが?? そう言えばいつだったかマリベルさん他が厨房で作ったバケツプリンは凄かったなあ……なんて事を思い出す沖田だったが。まあ、その処理を強制された事もあって、正直二度と見たくないけどな、アレ……。
「ぶ、ぶ、ぶうぅらああああ、なんでもねえ!! ま、まあそこまで言ってくれるんだったらメインシートに乗ってあげても良いわね!! か、勘違いしないでよねっ、アンタに言われたからじゃないんだからねっ!!」
どんだけツンデレ動揺してんだよ、と突っ込みたくもなったが、ともかくこちらの勧め通りに主操縦席に座ってくれるようなので、それは良かった。
「そう言うの良いから、とっとと乗った乗った」
瑠璃子の尻――無論スーツ越しだが――を操縦席に押し込む沖田であった。
「みぎゃあ!! エッチ、スケッチワンタッチ!!」
よっぽど蹴り入れてやろうかと思ってしまったが、沖田さんは紳士なので、ぐっと堪えるのだった。
……程なくして『りゅうぐう』を離船。この時までは瑠璃子さん、ゼッコーチョーであった。
「なぁんだ、肩透かしーもイイトコじゃん。さすが瑠璃子さんだ、なんともないぜ!!」
「命令には取り敢えず従うしか無いので、予定の加速に入りますよ――」
仮設の副操縦席から器用に端末を操作した、沖田。うん、予定進路はこれで問題無いようだ。後は、『ルミナ』に丸投げで。念のため、こちらでも制動、ブレーキを掛けられるようにコッソリ設定、と。
「いっちゃえーーー!! 銀河の、果てまでーっ!!」
行かないし行けねえよ――ふっ、と小さく呟いた沖田であった。
「『ルミナ』、絞りながらで良い、加速を開始しろ」
『了解しました。非戦闘員が搭乗している事を前提とします』
「ばっちこーい!!!」
「ぬ、ぬわーーーーーーーーーーっ!!!」
「ぎょえーーーーーーーーーーーっ!!!」
「ばよえーーーーーーーーーーーん!!!」
「おろろろろろろろろろ――」
その直後、加速に伴う慣性負荷に耐えかねた瑠璃子は盛大な嘔吐に見舞われていた。もはや、ギャグも常の憎まれ口一つ言う、余裕も無く。状況を完全に想定していた沖田に軽いムカツキ、怒りを覚えないでもなかったが、彼の完璧なサポートのお陰でコックピットをゲロ塗れにせずに済んではいたのも事実。
「えっと、予定ではあと数回の加速を経て『北方高速』にダイブすることになってますが」
「…………ごめん、もうちょっとだけ待って貰っていいがじら……おろろろろろろ」
吐瀉物生産装置にしかなっていない瑠璃子は、ガチの涙目で懇願するのであった。しかし情けない……ゲロ吐くヒロインでゲロインとか設定が雑で酷すぎンだろ……おろろろろ。
「ええ、ぶっちゃけ数十分程度の遅延は問題無いでしょうし、それで行きましょう。あ、あとしんどくても水は飲んでおいた方が良いですよ。脱水しかねませんし胃袋空っぽだとキッツイですよ」
「……沖田君は平気なの??」
気の強さもあるのかもしれないけれど、良くもまあ、この状態で他人の心配をする余裕があるものである。そこだけは認めてあげても良いか。
「いや、やっぱしんどいですよ、この補助席だと。まあ、許容範囲内ですけど」
ぐい、と両肩を回す沖田。実の所、何とも無い、と言うのが最も正確な表現ではあったが、それをわざわざ口にする程、意地悪にもなれない。
「すまぬ……すまぬ……」
「そう言うの良いから、ほんじゃま、緩く行きますよ」
「おねがいしまちゅ……」
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「データと現実がこうも違う、とか勉強になったわ……現実は非情である……ってか」
「……まあ、戦闘状態になるとこの比じゃないですけどね」
「文字通り、骨身に染みる程、分かったよ……」
「特にこの『ライトニング』と『ワイヴァーン』はえげつないんですよ。それだけパワーがある、って事ですが」
「……後の発展、後継機にご期待下さい……」
うわあ、と顔中でうんざりしながら沖田クリストファ。この口振りだと、『ワイヴァーン』から『ライトニング』への乗り換えがあったように、また何らかの謎存在が自分を待っているのか、等々。もう何が来ても驚かない程度には、感覚がマヒしているが。
この『ライトニング』への乗り換えに際してはかつての『ワイヴァーン』のコックピットが埋め込まれる事となっていたから、差し詰め、その発展機やら後継機は更にこの『ライトニング』を中核としたものにでもなるのかな、なんてね。あれだ、ロシア人形の『マトリョーシカ』を彷彿とさせるな、これは。分割すればする程に、より小さな人形が無限に出てくるアレ。
「……ま、これから丸一日はこんな感じなので取り敢えず眠っちゃったらどうですかね。大気圏突入前に余裕を持って起こしますんでね」
「うん、しんどいし、そうさせて貰う。君は?」
素直、この上ない瑠璃子さん。いつもこうだと助かるんだけどな。
「ちょっとやること、事務仕事があるんで二時間程、ちゃっちゃと。それから僕も眠ります。何かあったら『ルミナ』が起こしてくれるので、博士はそのまま眠っちゃってくれて構いません」
取り出した物理キーボードを示しながら、沖田。一時期、軍関係のそれら端末はそのほとんどが物理的なものからタッチパネル形式のものに変更されていたのだが、誤操作が相次いだ事、また例えば宇宙軍の場合は気密服、グローブ着用での操作に当たらなければならない場面も多く、端よりその評判が芳しくなかった結果、こと入力装置端末に関してはあっという間に物理形式、従来のそれに戻された経緯が存在していた。
更に軍隊に基本限定された部分ではあろうが、『各種攻撃命令』やそれに準じた命令を送るのに際し、画面接触式のそれと物理的スイッチではそれこそ決定的、利便的な差が存在していた事も大きい。例えば各種物理スイッチ、ボタンの類は指を掛け、或いは乗せた状態での『待機維持』を容易に可能とするのだが、画面接触式、タップのそれとなるとそんな当たり前の準備行動が極めて困難、とならざるを得なかったのである。設定次第でどうとでもなる、そんな許容派の意見も存在するには存在したのだが、事が事、特に『攻撃スイッチ、ボタン類』による指示は極めてデリケートなタイミングで行われるものであったから、これらも結果的には全て従来、旧来のそれへと戻される事となっていた。
情報出力には優れているものの、その入力には圧倒的に向いていない、そんなタッチパネルの根源的問題は過去からこっち、引き摺られっぱなしであり、明確な改善は今のこの時代に合っても果たされてはいなかった。
「分かった、先に眠らせてもらうね……場所を変わりましょう」
そう言って瑠璃子は気密服とシートの連結解除を行った。
「大丈夫ですか?」
「眠っちゃえばこっちのもんですたい!」
狭い空間でよっこらせー、とそれぞれの身体を入れ替えた。いや、本当に狭いにも程がある……。沖田が小柄であったからどうにかなっているが、例えば自分がシモーヌさんよろしく180近い身長の持ち主だったとしたら自ずと別の問題が発生していたことだろうな。
「えっと、よいしょ」
瑠璃子が補助席のそれに気密服を接合させる事に成功。念を入れて沖田は目視確認。うん、問題無い。もっとも、この『北方高速』にあってはまず、極端な慣性の発生は無い筈だけど、それこそ念のため、である。
「そんじゃ沖田君、おやすみ」
「はい、良い夢を」
「望み薄だな、それ」
ヘルメットを入念に装着し、バイザーを降ろしてからパイロットスーツ、その手首に備えられた端末の操作を行った瑠璃子。
「ほんじゃね」
次の瞬間、瑠璃子の身体が完全に脱力した。薬剤による極短時間の、いわゆる瞬間人工冬眠に入ったのである。パイロット達のみならず、宇宙船乗りの間からは『寝酒』『ナイトキャップ』とも呼ばれるこれは酸素消費を劇的に抑制する事が可能な事もあり、緊急時の備えとしてのみならず、長期航海に際して使われることが多い。人体への悪影響はほとんど無い、との触れ込みではあるものの、何しろ『どう見ても身体に良くない』こともあり――何しろ、それまで飛び跳ね笑っていた人間がこのガスを一度吸引すると一瞬で脱力する――船乗り達の評判は必ずしも芳しいものではなかった。
「躊躇無く吸引するとか、凄いなこの人」
ガックー、と伸び、その右手を空中に力無く漂わせる瑠璃子を見ながら沖田。
『額に『肉』とか落書きするのなら今の内ですぜ、沖田さん』
『ルミナ』が恐ろしい提案を行ってくるが、冗談じゃ無い。今でこそ殊勝な瑠璃子さんだが、これが本来の生気、元気を取り戻した日にはこちらがどんな目に遭う事となるか。想像するだけで尿が出そうではないか。
「あほ――さて、と」
取り出したキーボードを展開、正面ディスプレイに慣れ親しんだテキストエディタを反映させた。
『何をなさるんです? あ、お邪魔でしたら私も黙りますが』
「ちょっと僕にしか綴れない『ライトニング系:虎の巻』をね。あ、喋ってくれていて良いぞ。寧ろ、君の意見を聞きながらやっていきたいぐらいだから」
保存先のフォルダを入念に確認、新規作成、と……まずは箇条書きで良いかな。
『心得ました、それにしても『虎の巻』、ですかぁ、ほっほーう。まあ、マニュアルとかアンチョコ、ってとこですかね?』
「良くもまあ、アンチョコなんて言葉を捻りだしてきたな」
『ルミナ』表現に苦笑するしか無い沖田である。人工知性ビバ。
「部下達――『101』の面々が少しでも速く『ライトニング』系列に馴れてくれればな、ってね。実体験があるのは僕だけだしなあ」
『とても素敵な発想です、沖田さん。そう言う事であれば微力ながら私も協力させて頂きたく思います!』
「頼むよ」
『北方高速』を文字通りに大疾走、燦めき輝く外部映像をバックにテキストを打つのもまた一興であるな、そんな事を沖田は考えた。




