13:後日談 ボックスヒルにて(写真あり)
*『』内は日本語会話
一九七七年一月二十九日、昼下がりのボックスヒル。
ナカタ邸のリビングルームの一角に陣取って、ツギオがスーツケースや手提げ袋を広げ、せっせと荷物の詰め直しをしていた。傍のソファにはシロ―が、日本から送って貰った栗饅頭を肴に、水割りウィスキーを飲んでいる。そして、そんなわが子を嫌そうに横目で見ながら、緑茶を飲むナカタ夫人の姿もあった。
『ワイプルダンヤがダーウィンから帰って来るまではこっちに居るんだろ。まだ帰国する訳じゃないのに、早すぎないか、荷造りするのは』とシロー。
『そうだけど、こまめに荷物の整理をしておくと厄除けになるみたい、って最近学んだのさ』
『マニラ空港で小荷物の整理をしたことね。……あ、その交通標識模様の枕はどうしたの。使い古しっぽいけど、前から持ってはいなかったわよね』
ナカタ夫人から目敏いチェックが入った。
『これですか。同じテントを使っていたハインツのなんです。ツアーの途中で一度なくなって、戻って来た時には縫い目をほどいて雑に縫い直した痕があった、という曰くつきの枕でね。彼、ずっと奇妙だと思って色々推理していたらしいんだけど、エアーズロックの一件の後に駆けつけて来た、前にツアーに潜り込んでた警察官を締めあげて訊いてみたそうで。枕の中にクスリを隠してあるんじゃないかってんで、そのお巡りさんがやったことだったんです。僕とハインツがとてもスムーズにテントメイトになったものだから、ハインツも僕の共犯じゃないかと疑われたようでね。彼、大笑いしてましたよ。それで今度の旅の思い出にと、別れ際に渡されたんです』
シロ―が栗饅頭の隣りの芋羊羹をつまんで口に入れ、それを流し込むようにウイスキーを呷ったので、ナカタ夫人はさっきよりもっと嫌な顔をして息子の方を見たが、シロ―は素知らぬふりでツギオに話しかける。
『そのキラキラした平べったいのは何? 壁掛けとか?』
『栓抜きだよ、ほらね』
ツギオがそれを二人に良く見えるようにかざした。十五センチ程の金属片はカンガルーをかたどっており、下の方に四角い穴があってそこが栓抜きになっていた。
『カミーユとハガサとエレンから貰ったのさ。三人でお金を出し合って買ったんだって』
『お、モテるねえ、両手に花以上じゃないの』とシローがからかう。
『今度の旅のいい記念になるよね。でもうちに帰ったら妹に強奪されそうではあるかな』
にっこりと、別に残念でもなさそうに答えて、ツギオは枕の下に栓抜きをしまい込んだ。
『それにしても、とんだバスツアーだったわねえ。……バスツアーといえば、スマート一家とやらもバスで追いかけて来たのよね。ギャング一味が団体観光バスを使うなんて』
『あの一家のことだし、ティキ並みに小才の利いた奴がほかにもいたんでしょう。その筋の者らしく黒塗りの乗用車なんか連ねてたら目立ってしょうがないですから』
『それにバスなら効率よく大勢を運べるしね。バス会社から派遣された運転手は、銃を突きつけられて運転させられてたらしくて、災難だったけど』
キッチンからのんびりとナカタ氏が現れ、『そぅれ、死ね死ね、さっさと死ね』と物騒なセリフを吐きながら、手にした深皿のアワビに酢をふりかけた。
補筆者注:伯父の遺品、交通標識模様の枕とカンガルーをかたどった栓抜き
= 完 =




