表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

44/45

12-03:岩の上には二十と九人

 バスには四十人程の人質が閉じ込められていた。皆のロープが解かれてから、エレンは車内放送のマイクを持った。


「皆さん、エアーズロックの上ではまだ戦いが続いています。それで皆さんの力を借りたいと思ってこうして参った訳です」


 エレンの言葉に車内がざわめいた。彼女は笑みを含みながら続けた。


「でも皆さんにこれから岩山に登って戦って下さいと申すつもりはありません。皆さんにはここにいて出来ることをしていただこうと思います。それならいいでしょう、ねえラーク」


 彼女はここで言葉を区切って車内の反応を楽しんだ。


「何でもないことなんです。皆さんに歌を歌っていただきたいのです。私たちが岩山の上で作った歌です」


 車内にため息が漏れた。


「最初に私が歌いますから、それについて歌って下さい。元気良く大きな声でお願いします」


 ツギオとワイプルダンヤ、それにティキの三人は、残ったバスの入口の横に身を潜めた。やがて前方のバスから大きな歌声が湧き起こった。


 岩の上には二十と九人

 おまけにラム酒がひと樽さ……


「うるせえな、静かにさせねえか」


 バスの中から苛立った声がして、男が一人降りて来た。が、たちまちツギオの拳銃の台尻による一撃を首筋に浴びて蹲った。


「大変だ、夜討ちだ!」


 男は辛うじてそう叫んだ。


「何だ、何処だ!」


 飛び出してきた二人目も、ワイプルダンヤに背後からライフルを突きつけられてしまった。二人を縛り上げた三人がバスに乗り込んだ時、後部座席から大声で呼びかける者がいた。


「ツギオ、君じゃないか。覚えているだろう、私だよ。ほら、フィリピンであったウィルヘルムだ」


 声の主は、バスの最後部にあるトイレの横で、ひときわ入念に縛り上げられていた。


「ミカエリスさん、久し振りです。私、あなたにお会いしたかったです」


 馬鹿丁寧なツギオの応対に眉を曇らせた男はそれでも、


「他人行儀はよしてくれよ。友だちだろう私たちは」


 と、すぐに微笑を取り戻した。


「友だち? 本当にそうでしょうか」

「当たり前じゃないか。一時は君のために酷い目にあったと思ってたけど、君も被害者だって分かったんだからね。そんなことより早くこの縄を解いてくれないか。ちょうど奴らの置いてった缶ビールがあるんだ。皆で祝杯といこうじゃないか」

「駄目ですよミカエリスさん。そのまま警察へ行って貰います。あなたが真犯人なんでしょうに。そうでなければ何でツギオが犯人でないと分かるんですか」


 ワイプルダンヤが二人の会話に割って入った。


「誰だ君は、何を言い出すんだね。言いがかりはよしてくれ。スマート一家が犯人に決まってるじゃないか。こんな酷い目にあっている私が犯人だなんてとんでもない」


 ミカエリス氏の顔から微笑が消えた。


「ミカエリスさん、事件がここで終わっては僕らにとってハッピーエンドって訳には行かないんですよ。そうでしょう、あなたが空港で押収されたヘロインは五百グラム、ところがスマート一家がフィリピンから送ったと言っているのは五キロなんです。このままではツギオは残りの四・五キロの責任を負わされてしまいます。それがあなたたちの狙いなんでしょうが」

「私たち、だって?」

「そう、あなたと運び屋のスマイリーです。あなたは彼と共謀して四・五キロのヘロインを横領したんでしょ」

「いい加減にしたまえ。何の根拠があってそんな出鱈目を言うのか知らないが」


 ミカエリス氏はワイプルダンヤを睨みつけた。ワイプルダンヤはそれには構わず一語一語決めつけるように話し続けた。


「ツギオはヘロインなんて一グラムも持ってはいませんでした。これは警察が家宅捜索までして調べています。……あなたの荷物も空港ですっかり調べられたでしょう。その結果出て来たのは五百グラムだけでした。ですからフィリピンから送り出されたのはそれだけだということです。残りはスマイリーが横領したんです」

「そこまで分かっているならそれでいいじゃないか。何で私が密輸犯扱いされなければならないのかね」

「スマイリーは何故五百グラムなんて半端な量を送ったんでしょうねえ。どうせ横領するなら五キロ全部盗ってしまえば良さそうなのに」

「そんなこと、私に分かる訳ないだろうが」

「知ってる筈なんですがねえ。例えばツギオがヘロインなんて全然持って来なかったということになったら、スマート一家はどうするでしょうね。第一に疑われるのはスマイリーでしょう。彼はそれを避けてツギオに罪を着せようとしたんです。しかしツギオのバッグにヘロインを入れて、ツギオ本人に発見されては何にもなりません。彼はそれを真っ直ぐ警察に届けるかもしれないからです。税関吏に発見されても同じことです。どちらにしたって、彼が持って来たのは五百グラムだとテレビや新聞に載ってしまうからです。一番いいのは彼が麻薬を持って逃げ回っているという状況を作ることです。あなたはそのために一役買っているじゃないですか。ツギオの手荷物と称するバッグを持って税関で捕まり、警察にはツギオを密輸の真犯人、スマート一家には四・五キロ持ち逃げの張本人と思い込ませたんです」

「それは偶然そうなったというだけだよ。飛行機の中でバッグを間違えたという偶然が、スマイリーに好都合に働いたということさ」

「ところがナカタ家で警察が押収したバッグの中身は、ツギオの記憶している彼の土産の品々とそっくり同じものだったんですよ。これも偶然ですか。ツギオが持って降りたバッグはツギオのものに違いありません。あなたが持って降りた麻薬入りのバッグはあなたのものですよ」

「しかし私は彼の持って降りたバッグの中身を全部知っていたんだよ。ツギオも同じものを持っていたというなら、中身までそっくりのバッグが二つあったということだ。ただ重要なのは、麻薬入りのバッグの中身にはツギオの指紋が付いていてもう一方には私の指紋が付いていたってことだよ」

「あなたたちは、マリンドゥーケのホテルでツギオの荷物をいちいち調べたんでしょう。彼が泊っていたのはニッパ・ハウスだったんで、戸締りはないに等しい。そしてツギオの買っていた土産物とそっくり同じものを買い込んで、あなたの指紋をベタベタ付けた上で、ツギオのバッグに入れておいたのです。もちろんツギオの土産物はあなたのバッグの中です」

「それじゃあスマート一家の方はどうするんだね。ツギオが空港で彼らに捕まってしまっては税関相手にどんな小細工をしたって何にもならない筈だよ。君の推理は矛盾だらけだ」

「そのための対策もやってますよ。スマイリーがティキに連絡したのは大変遅くなってからだそうです。それでティキがメルボルンに着いたのは飛行機の到着予定時間より大分遅れていたんです」

「それで君の結構な推理の全体が分かったよ。しかしその推理には重大な欠点がある。君の推論を裏付ける証拠はないんだ」

「今のところはその通りですが、でもそんなものはすぐ揃いますよ。ひとつめですが、僕らはマリンドゥーケのホテルの経営者のオカンポさんに問い合わせの手紙を出しました。その島の土産物店の店員がやたら細かく注文を付けたお客のことを覚えているかどうか。返事はもう、メルボルンでのツギオの滞在先、ナカタ家に届いているころです」


 ワイプルダンヤは言葉を続けた。


「ふたつめの証拠になるのは、そのぐるぐる巻きの縄です。どうしてあなただけ入念に縛ってあるんでしょうねえ。あなたにとって一番まずいのは、ツギオがスマート一家に捕まること。あなたはツギオの動静に大変興味を待っていたらしいですね。私立探偵のバートンさんを騙して雇ったりして。そうそう、シドニーの街中で僕らをつけまわしていた男たちがいましたが、彼らはあなたたちの仲間だったんでしょう。買い手のみなさんだったのかなぁ。あわよくばツギオを拉致して死人に口なしをやるつもりだったんじゃないんですか。スマート一家はまだあの時点でティキとフランクしか動いていないし、警察はツアー客に紛れこんで様子を探っている段階だった。後はあなた達しかいませんよねえ。お気の毒でしたね、計算外の僕がいて上手く行かなくて」


ワイプルダンヤが一息入れたところで今度はツギオ。


「バートンさんの報告で僕やスマート一家の立ち回り先がおおむね明らかになったところで、あなたまた、僕殺して口を塞ごうとした。きっと、普通の観光客には不似合な武器持ってエアーズロックにいたですね。スマート一家が警戒したくなるような武器持ってた証拠、その厳重な縛り方です。僕らがこれだけ騒ぎ大きくしたので、警察そろそろ来る頃です。もうじきスマート一家は全員逮捕されるですから、あなたがピストル持っていたのかマシンガン持っていたのか、証言して貰えるですね」


 ワイプルダンヤが謎解きをさらに続けた。


「第三は、あなたがツギオに罪を着せる武器にした指紋です。警察ではあなたが持って降りたバッグの中身からツギオの指紋を発見しているでしょうが、バッグ自体からは発見できていない筈。それでは彼はバッグを開けないで土産物を中に入れたんでしょうか。それとも指紋だらけの荷物を中に入れておきながら、バッグからは丁寧に指紋を消したのですか。明らかに不自然ですね。つまりあなたが持って降りたバッグはツギオのものではないということです。もしまだこれに警察が気付いていなかったら、喜んで教えてやりますよ。マニラの空港の待ち時間で、ツギオが新しいバッグに荷物を入れ替えたのは、あなたたちにとっちゃ不運でしたね」


 窓の外では、一緒に戦った仲間たちや解放されたツアー客、その他の人々によって、大きなキャンプファイヤーに点火されるところだった。ガソリンを掛けられ一息に強まった火勢に、周りを囲む人々から歓声が上がった。歓声はやがて一つの歌声に変わった。


  岩の上には二十と九人

  おまけにラム酒がひと樽さ

  ロウソク灯して行ったけど

  帰って来たのは一人だけ

  それも見事な千鳥足

  おまけに真っ赤な顔してた


 白みかけた東の空を、エアーズロックの輪郭が黒々と区切っていた。


次回完結

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ