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12-02:岩の上には二十と九人

「さあ行くよ、音をたてないように」


 岩肌に耳をつけて様子を窺っていたワイプルダンヤが、そう言って先頭を歩き始めた。ゆっくりと足音を忍ばせて。彼は黄色いハンカチのところまで来ると、ルートの右端に寄って身を伏せた。十分、二十分。もう十二時は過ぎているのだろう。腹這いになった岩肌から、昼間の暑さが嘘のように冷気が伝わって来る。しかし辺りを包む静寂は身震いすることすら許さなかった。乗客の誰もが大声で叫び出したい衝動を辛うじて抑えていた。


 突然ツギオのすぐ下で布の擦れあう音がした。誰かが不安に耐えきれず動いたのだろうか。しかしそうでないことはすぐ分かった。続いて鎖の触れ合う音がしたからだ。


 また気の遠くなるような静寂がさらに続いた。もう彼らはA地点に着いていて不思議でない時間なのだが、しかしまだ何も起こっていない。ワイプルダンヤも止まったままだ。おそらく連中は頂上に近付いたため、より慎重になっているのだろう。


 かすかな風が頬を撫でて行く。と、上方で恐怖に満ちた叫び声がした。何かが岩で擦れる音がして、それがツアーの一行のすぐ右を通り過ぎ、ずっと下まで落ちて行った。同時に二発、拳銃を連射する音がした。続いて五発、怒号と共に発射された。ワイプルダンヤが立ち上がった。


「行くぞ、愚図愚図している時間はない」


 彼は足を速めた。A地点の銃撃戦は間断なく続いていた。


「下の登山口に誰かがいるなんてことはないの」


 エレンがツギオの耳元に口を寄せた。


「大丈夫、彼ら腰抜け。流れ弾恐れています。彼ら、シロ―が他所に向けて拳銃撃ってること知りません」


 やがてワイプルダンヤの足取りが慎重になり、不意に止まった。彼はそこから一人で下まで降りて行き、戻ってきた。目的地は目と鼻の先にあった。

 三分後、A地点と思しきあたりで懐中電灯が明滅した。


「やったぞ!」


 歓声とともに観光バスの明かりがともされ、その陰から手に手にライフルや拳銃を持った男たちが現れた。彼らはやがて懐中電灯で足元を照らしながら、大岩の脇十メートルほどのところをA地点目指して登り始めた。


「兄貴、そんな手じゃハジキも撃てねえでしょう。ここはあっしらに任せて休んでいて下せえ」

「何言ってやがる、俺は奴らがくたばるところをこの目で見届けなきゃあ腹の虫が治まらねえのよ。親分まで行きなさるってえに、俺だけ下で子守りでもあるめえ」


 ダンディの声だ。





 シローはA地点を退いたあと、エアーズロックの上を右に左に走り回り、拳銃を撃ち懐中電灯を点滅させ、最後に岩山の東端に行き着くと、ハンググライダーに乗り、砂丘地帯へ向かって一息に夜空に飛び出した。彼は着陸灯のつもりで点灯した懐中電灯を首からぶら下げていたのだが、それが音もなく天駆けるさまは、この世のものとも思えぬ不気味な光景だった。


「おいチャック、起きてくれろ。変なものが飛んで来るだ」


 シロ―が近づくが早いか、砂丘の間から不安に駆られた男の声がした。シロ―は一気に高度を下げ、声のした方に突っ込んで行った。


「ワシゃあぁぁぁティィィキィィィだあァァァにいぃぃぃ」


 シローはおどろおどろしい作り声で叫びながら、声のした谷を掠め、再び上昇し、右に旋回して砂丘の上に着陸した。下には一台のジープが停まり、二人の男が言い争っていた。


「おい、ティキだって言ってなかっただか。奴はもう化けて出ただあ」

「馬鹿言え、フランク。俺は何も聞かなかったぞ」


 チャックは眠そうに眼を擦りながら大きな伸びをした。


「そんでも尋常な物でねえことは間違いねえ。気味の悪い青い光だったに」

「おおかた鳥の目玉でも見たんだろうさ」

「おめえ見てなかったで、そげなこと言ってられるだ。鳥の目ん玉ならありゃあ十メートルはあろうかつうでけえ鳥だ。何しろ一フットはあっただ、その目ん玉つうのがよう」

「怖い怖いで見てりゃあ何でもでっかく見えるもんだ。せいぜいハジキの玉くれえのもんだろうよ。それもおめえが本当に見たとしての話だがよ」

「そうでねえ、ワシ本当に見ただ。確かに一フットはあっただ。それがエアーズロックの方から音も立てずに飛んで来ただ」

「そうともよ、確かに音はしなかった。そいだけのことよ」

「信じてねえだな。そんでもこりゃあ嘘も隠しもねえことだに」

「ああ、信じてねえともよ。そんなべら棒な話はな」

「そんだば勝手にするだ。そんでもってティキの幽霊に食われて死んじまえばいいだ」

「怖気付きやがって何を言い出しやがる。第一ティキの幽霊ならば、何で俺たちのところにやって来るんだ。俺たちが殺ったもんでもあるめえに」

「そりゃあ理屈だ。だども幽霊に理屈は通じねえだ。考えても見るだ。奴が殺られたについちあ後ろめてえ気持ちがねえって言えるだか。幽霊にゃそいつが分かるっちゅうこった。幽霊にゃ隠しごとは通じねえつうのはそこんところを言うだ。そんでもって通じるものっちゃ神様だけよ。そんでもこげな砂漠の真ん中にまでお目が届いてればの話だがよう」


 シロ―は砂丘に腹這いになってこのやり取りを聞いていたが、懐中電灯を点けたまま、思い切り遠くに投げた。青い光が弧を描いて反対側の砂丘の陰に消えた。


「おめえの見たってのはあれかい」

「んだ。あれに間違いねえ。まだ近くにいるだ。そんでもってワシらを狙っているだ。長い間の仲間を殺っちまったに、良い報いがある訳はねえだよ。ワシら、なして奴を殺っちまっただ。他にやりようもあったろうによう」


 フランクはその場に蹲って十字を切った。


「おめえ、まだそんなこと言ってるのかよ。奴を殺るについちゃあバーク一家に対する心配りもあってのことだ。今すぐ奴らと事を構える気はねえからな。奴のことは俺たちの一存じゃ決められなかったのよ。どっちにしたって奴の助かる道はありゃしねえ」


 チャックはそう言うと、光の飛んで行った方向に砂丘を登り始めた。足を踏み出す毎に砂が崩れ落ち、道はなかなか捗らない。フランクは車を回し、ヘッドライトで後ろから砂山を照らしていた。チャックがようやく砂丘の頂上近くに差しかかった時、ひと息に砂丘を滑り降りたシロ―は、フランクにピストルを突きつけて言った。


「静かにしろ、俺はティキの幽霊だ」


 彼は拳銃の台尻で激しくフランクの後頭部を殴りつけた。フランクは低くうめき、二、三度頭を振ったかと思うと、言葉にならない喚き声を上げて、闇の中に駆けだした。


「どうしたフランク!」


 慌てて振り返るチャックにシロ―の拳銃が火を吹く。


「銃を捨てろ!」


 ヘッドライトの陰からシロ―の声。


「そのまま降りて来い。手を上げたままだ。走るんじゃない。静かに歩いて来るんだ」


 チャックは手を高々と上げながら歩いて来た。


「良い報いがある訳ねえだ。長い間の仲間を殺っちまっただかんね」


 シロ―はフランクの声音を真似て言った。





 男たちのざわめきが遥か上方に去ってしまうと、ツギオはワイプルダンヤにライフルを預けた。ワイプルダンヤは持っていたショットガンから弾丸を抜き取り、ティキに渡した。


「念には及ばねえでがす」


 闇の中で肩をすぼめたティキはツギオに続いて岩陰を出た。バスは三台並んで道に沿って停めてある。ツギオとティキは足音を忍ばせてそのうちの一台に近付いた。細めに開けられた窓から中の話し声が聞こえてくる。耳を澄ませて聞いていたティキが指を二本立てた。中にスマート一家の身内が二人いるという意味だ。ツギオは別の車に行くように合図した。そちらには明かりがついてなかった。ティキは恐れげもなく足音をたてて入って行った。


「兄貴、ダンディの兄貴でやすか。痛くってたまらねえ、何とかして下せえ」


 呻くような声だった。おそらく昼間次雄たちに撃退された中の一人なのだろう。他には誰もいない様子だった。


「ダンディの兄貴は上にいるぜ。俺はバックだ。今助けて貰ってよう。ハジキを取りに戻ったところよ。おめえ知らねえか」

「分かんねえ、痛くって、苦しくって、何も分かんねえ」


 男は途切れ途切れに言った。ティキはそれだけ聞くとバスから出て来た。残りのバスには見張りは一人しかいなかった。ツギオは親指を立てて“ゴー”の合図をした。


「おおいチャンス、手伝うだ」


 ティキは運転席の窓を叩いて言った。窓が開いて男が顔を出した。


「ツギをとっ捕めえただ。ワシは片手しか使えねえだで、ちょっくら手伝って貰いてえ」

「なんだおめえ、ティキでねえか。おめえ、裏切ったんでねえか。親分も生かしちゃおけねえって言ってなさったに」

「そうでねえ証拠にワシはこうしているでねえか。そげなことより早く手伝うだ」


 チャンスはロープを持ってバスから降りて来た。


「こいつかい、ツギって野郎は。えらく手間掛けさせやがったが、こうなっちゃもう御仕舞えよ」


 彼はツギオの後ろに回って彼を縛り上げようとした。


「チャンスよぉ、縛られるのはおめえの方だァに」


  ティキのショットガンがチャンスの背中に突きつけられた。ツギオは素早くチャンスを縛り上げ、猿ぐつわを噛ませると、登山口の大岩に向かって手を振る。岩の陰からワイプルダンヤとエレンが姿勢を低くして走って来た。エレンは見張りのいなくなったバスに乗り込んで大きな声で言った。


「あらラーク、久しぶりね。それにバートンさんも仲良く縛られて、まあまあルイーズまで、一体どうなさったの」


 エレンはおどけた口調で言いながらルイーズの縄をほどき始めた。ルイーズはそんなエレンを恨めしげに見ながら答えた。


「彼らカーテンスプリングで待ち伏せしてたのよ。それでこのありさま」

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