11-04:エアーズロックで決戦だ
C地点ではティキとハガサが向かいあって座っていた。フラッシュとバックはC地点の先に新設されたD地点に移されていた。
「今しがたバックが得意になって話してたのを聞いて思い当たったことだども」
「バックってさっきツギオたちにつかまったあの男ね」
「んだす。あのカボチャ野郎め、おめえ様を脅してやったと得意がっていやしたが」
「それで? あなたも同じ手で脅してみる気になったのかしら」
「馬鹿こかねえでくらっせ。ワシとあのクソ袋を一緒にしねえで下せえ。おめえ様は奴が言ったことぐれえは最初から読んでいなさったに違えなかんべ。そんでもって奴をからかったつうことはこのティキめにはよおく分かってるんで」
「それじゃあそのバックの話から何を考えたの」
「スマートの親分のこってがして。親分はハァ、ワシが裏切ったと思っていなさるようで、へえ、バックっちゃあの通りのお利口さんだども、そいだけ嘘もつけねえ道理でがす。……そんでもってワシ、知ってることは何でも話しちまう気になりやんした。だどもその前に一つだけ条件を聞いてくらっせえ」
「あなたをスマート一家から守るってことでしょう。もしあなたの話にそれだけの値打ちがあればね」
「んでねえ、そんなことではねえんで」
ティキは激しく首を振った。
「私たちに助けて欲しくない、ってそれはどういうことなの」
「そりゃ無理つうもんだからでがす。おめえ様方が一番怖れていなさるのは、ヘリコプターでねえでがしょうか。そいつで空から来られたらA地点にいる兄さん方を追っ払うのも造作ねえことでがして、そうなりゃ勝負はもう付いたようなもんでがす。だども今ん所は奴らもヘリコプターまじゃ手に入れてはいねえようで、さっきも飛行機で来やがって、よりによってワシばかり追っかけ回して行きやがった。そんでもこげなことはいつまで続くか分かったもんじゃねえ。多分明日になれば奴らもヘリでやって来るべえ。そんでもっておめえ様方の運もそれまでのことでがす」
「そう言ったものでもないと思うけど。だってエアーズロックの上って広いのよ。警官が来るまで逃げ回っていられるかもしれないわ」
「そこでがす、ワシが考えたつうのは。誰かがうまく生き残ってこの忌々しい岩山から降りられた時にゃあ、これからワシが話すことをサツに密告して貰いてえつうのがワシの条件でがす。ワシはそうやって、長年一生懸命尽くしたこのワシを信じてもくれず、簡単に殺そうとした親分に仕返しをする腹でがす。ツギの旦那がここの連中にどんな話でもって上手く騙くらかしてるか分からねえども、ワシの話はそのまんま皆に話して貰いてえつう訳でがして」
「分かったわ、戦闘班は持ち場を離れられないから、救護班の人たちで話をうかがいましょう」
「へえ、そうして貰えば文句はありやせん」
早速救護班の五人がC地点に集められた。
「それじゃ話を聞きましょうか。そもそもあなたはツギオにどんなことをしようとしていたの」
「へえ、そのことでがす。ワシらがシドニーに着いたのは十二月の二十二日でがした。んでもって、フィリピンからの連絡を待っていやした」
「メルボルンじゃなかったの」
「シドニーでがした。そん時はまだツギの旦那のことも飛行機の番号のことも分かっちゃいやせんで、分かってることちゃ、フィリピンから飛んでくる観光客の荷物を盗まにゃなんねえつうことだけでがした」
「それでメルボルンに行ったのはいつ?」
「二十四日の昼過ぎでがす。それつうのが、連絡があったのがそん時だからで。何でもフィリピンの離れ島から電話してるつうことでがしたが、その島つうのがひでえクソ田舎で、なかなか電話が通じなかったつう話でがす。そんでもってワシらが大慌てでメルボルンに着いた時にあ、そのPR二七〇便つう飛行機はとっくに着いてる時間になっちまったつう次第でがして、へえ。そんでも運のいい時つうなあ大したもんで、その飛行機の着くのが六時間も遅れてたんでがす」
「その電話でツギオのことを聞いた訳ね」
「へえ、派手なショルダーバッグを持った、ヒッピーみてえな日本人つうことでがした。そんでもって待ってると東洋人が三人降りて来たんでがす。二人はきちんとした身なりのビジネスマンでがした。そいでワシが待っていたのがツギの旦那だつうことが分かった訳で」
「それであなたが盗ろうとしたのは麻薬だったの?」
「さいでがす。その派手なバッグの中に土産みてえに包んで、五キロつう値打ちもんのヤクが入ってるつう話で。そんでもってワシが国さ出る時に親分に聞いたことっちゃ、ツギの旦那はワシらのブツについちゃ何も知らねえつうことでやした。そんだば何の用心もしてねえ道理で、楽な仕事と思っていやした。そんでもここで話が妙な具合になって来ちまったつうのが、旦那はそのバッグをいかついパイプザックにしっかり括り付けていやした」
「それでどうしたの」
「気軽に肩からぶら下げているんならともかく、腰にベルトの付いたいかついザックに馬鹿丁寧に括り付けられてたんじゃ、チャリンコでもあるめえに、手荒なことでもしねば盗れるもんじゃありやせん。そんでもってずっと後をつけていやした」
「でもあなた、結局手荒なことをやったのでは?」
「二日も三日も追い回してみやしたが、旦那の荷物は他の観光客と一緒で、どんな時だって留守番が付いていやした。そんで迂闊に手を出そうもんなら、たちまち物見高い観光客に取り囲まれちまうつう仕掛けで。こりゃあ、旦那が観光バスに乗っかってる限り手も足も出ねえつう次第で。そんでもって、旦那が怪我でもしてバスを降りなきゃなんねえようにしねばなんね、と考えましただ」
「それで?」
「一回目がシドニーのフリーウエイで、バスにブーメランをぶつけやした」
「それに失敗して、次に毒蛇を使ったんでしょ」
「ありゃゴールドコーストのスネークセンターで手に入れたもんで。物好きな金持ちに化けて買いやしたが、えらく吹っかけられやんした。どうせ相手もまともじゃなかったに、足元見てもっと値切りゃあ良かったと、今更ながら心残りでがす」
「それでも分からないことがあるのよ、あなたの話に」
「何でがしょ」
「ツギオはあなたの仲間でもないし、麻薬商人でもない。ただの観光客でしょう。あなたたちもそう思ってたんでしょう」
「最初のうちはその通りでがした」
「それなのにどうして彼の荷物の中身まで知っていたの」
「そのブツが親分のものだからでがす。親分がホンコンのブローカーから買ったつう話でがす」
「フィリピンじゃなくて?」
「へえ、フィリピンに行ってたのは一家の運び屋のスマイリーつう野郎で」
「フィリピンに行ってたのはその人だけなの」
「へえ、そんでもってホンコンの売人からどっか人目に付かねえところでブツを受け取って運んで来るつうのが奴の役回りでがした」
「それが何故、ツギオの荷物の中に入っていたの」
「それは聞いちゃいやせん。だども、多分こうでねえべかつうことは想像できやす。それつうのがツギの旦那から上手くヤクを盗んだ暁にゃどうしろと言われてたかつうことだども、ワシは誰でもいい、ニュージーランドへ行く観光客の荷物ん中に入れとけつうて言われてやした。土産物を全部抜きとって、その代わりに気付かれねえようにヤクを入れたら、そいつの人相風体から乗る飛行機の番号まで調べて知らせるんでがす」
「それと同じ手をフィリピンで使ったというのね」
「んでねえかと思うども」
「でも少し変ね、だってそうでしょ。マニラからニュージーランドへ送るんなら何もメルボルンに来ることないじゃない」
「そりゃもっともでがす。そいでも荷物の着く予定が遅れてたつう話で。ワシ考えますだが、こげな手の込んだやり方はまともじゃねえ。きっと何かこうするしかねえ、よんどころねえことがフィリピンの方で起こってたってことじゃありますめえか」
「例えば?」
「サツがうるさく嗅ぎ回ってて運び屋の動きがとれねえとか何とか。……そんでもって急いで送らねばなんねえ、運び屋はいねえ、で、こんな手を考えたどもニュージーランドへ行くよさげな観光客が見付からねえで、苦し紛れにオーストラリアまで送って来たんでねえべかと」
「そういうことかも知れないわねえ」
「ツギの旦那についてワシの知ってることっちゃそんだけでがす。そんでもスマートの親分についちゃ言いてえことは山ほどあるだに、皆に聞いて貰ってもよかんべか」
「そうしたいならどうぞ。でもここまで話を聞いた以上、あなたの身は私たちで守ってあげますよ。だから多分そのことは、あなたが自分で警察へ言って話すことになると思いますよ」