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05-06:白昼夢の島

                            *『』内は日本語



 二日後、彼らはデイドリーム島を出てシュートハーバーに戻った。座席が三十日以来四日ぶりに移動したので、エレンとハガサは一番前の運転席の後ろ、ツギオとハインツの席は左側の後ろから二番目になっていた。ツギオの右隣にはライケン夫妻がいた。


 デイドリーム島の怪しい人影は結局何も盗まなかったようだった。エレンのテントの蛇のほかには、とりたてて変わったこともなかった。


 バスは海岸沿いに再びブルースハイウエイを北に向かっていた。時々海岸に丸太で囲んだ生簀のようなものが作ってあったが、ヒゲのブルースによるとそれは、この地方のスイミングプールで、周囲の囲いは鮫避けとのことだった。


 十時のお茶をボウエンの町で済ませた後、ライケン夫人は新聞を抱えてバスに帰って来た。その新聞は一面横断見出しで、前日夕方にロックハンプトン郊外で起こった交通事故を報じていた。

 “重軽傷九十三人、ロックハンプトン郊外で五重衝突”、報道によれば、ロックハンプトン郊外のブルースハイウエイで、長距離トラックにそれを追い抜こうとした乗用車が』接触、それに次々にパイオニアエクスプレス社の急行バス、AB社の観光バス、乗用車二台が、時速八十キロ前後で追突したということだった。


「あなた、お義母様に手紙を出しておいた方がよくありません?」


 ライケン夫人はその新聞を夫に見せた。


「そうだね。AB社のバスでキャンプ旅行をするって言っておいたから、心配するといけない、タウンズビルに着いたら僕が絵葉書でも出しておくよ」


 ライケン夫人はこんどは新聞を広げてそれをツギオに示した。


「こちらのお知り合いに知らせておかれたら如何かしら、あなたが無事だということを。というのも、ほら、ここをご覧なさい、AB社の観光バスが事故に巻き込まれているんですから」

「はい、そうするです。それにこれほどの事故、日本でも報道されるかも知れません。家の方にも手紙、出しておきます」


 バスがタウンズビルの公園に駐車した時には、既に正午をだいぶ過ぎていた。ツギオは手提げ袋を持ってバスから降りると、近くを通りかかった男の子に道を尋ね、公園の外れの公衆電話に向かった。

公衆電話のスペースには既にエレンがいて通話中だった。


「ええ、八百キロも北にいます」……「そうです、それで電話したんです」……「え、それで」……「本当ですか。それはちょっと」……「それはそうですけど」……「分かりました。彼らと話してみます。それではまた」


 彼女は何か釈然としない顔つきで、考え込みながら受話器を置いたが、ツギオが順番を待って後ろに並んでいるのを見ると、びっくりしたように眼を見開いてその場を離れて行った。


 ツギオの電話を取ったのはナカタ氏だった。


『ああツギオ君。どうしたね。元気にやっているかい』

『はい、元気です。それでね、昨日ロックハンプトンで交通事故があったでしょ』

『ああ、それ、心配してたんだ。確かAB社のバスも巻き添え食ってたろう、君が確かその会社のバスだって家内が言い出してね』

『今、タウンズビルにいるんです。ロックハンプトンの八百キロも北だから、昨日の事故は関係なしですよ』

『それでわざわざ電話してくれたんだね、どうもありがとう』


 ナカタ氏は生真面目に礼を言った。

 ツギオが電話から離れると、ジョルジュとヒゲなしが順番を待っており、すぐにジョルジュがフランス語で電話し始めた。




 昼食後バスは再び北上し始め、ラークがブタの貯金箱をかざしながら、ひとつの提案をした。


「皆さん、これからオークションをやりたいと思います。料金はこのブタ、ブルータスに入れて下さい。私どもの本日の商品は四人の人間です。買われた人は今日一日、召使いとして働いて貰います。最初は、誰にしようかなぁ」


「ひげのブルース!」


 ローズが立ち上がって叫んだ。


「駄目えぇぇ!」


 隣の席で頭を抱え込んでモードが応酬した。ラークが含み笑いをしながら言った。


「ブルース、君はどうだい」


「僕は構わないぜ。何しろ慣れてるから、一日だけご主人様がモードじゃなくなるだけさ」

「それじゃあ、通路を歩いてお客様によく見て貰って。それからモード、君にせり係をやって貰うよ」

「私はせりに参加できないの?」

「そう、当然そうなる。君がブルースをせり落としたんじゃあ、まるでつまらないじゃないか」


 ブルースは通路を行ったり来たりしながら、力こぶを作ったり、体をひねって見せたりした。モードはローズを軽くひと睨みして立ち上がると、前に歩いて行ってラークからマイクロフォンを受け取った。


「さあ、それでは本日の最初の労働奴隷のせりを始めます。炊事洗濯をはじめ、家事一切を仕込んであります。力は最前ご覧に入れた通り。どなたかお声はありませんか。きっとご満足いただけると思いますよ」


「五十セント!」


 ローズが手を挙げた。


「五十ドル!」


 ヒゲのブルースが自分で値を吊り上げた。


「自分で自分を買うなんて聞いたことがないよ、今のは無効だ」


 ラークが言った。値はだんだんにせり上がって行き、二ドル五十セントになった。


「はい、二ドル五十、ジュリアから声がありました。どなたかありませんか、十ドルでもお買い得ですよ。これから三度言ってもお声がなければジュリアに落とします。二ドル五十、一回目、二ドル五十、二回目。さ、ラストチャンスです二ドル五十……」


「三ドル!」


 パティがむっちりした腕を大きく振り上げて叫んだ。結局ブルースは三ドルでパティに落ちた。ブルースは給水場で紙コップに水を汲み、それをうやうやしく捧げてパティのところに持って行った。


「大事に使って、壊さないでね」


 モードはそう言うと席に戻った。


「次にもう一人、男性の召使いをせりにかけたいと思います」


 ラークがそう言ったか言わないかのうちにルイーズが叫んだ。


「ツギオ!」

「ルイーズ、君は日本人は皆働き者だと思っているのかもしれないが、彼は例外だよ……ツギ、デモンストレーションしてくれ、それからせり係はハガサにお願いします」


 ツギオは椅子から立ち上がりもせず、右手を高く挙げてそれを大きく左右に振った。


「さてそれでは二回目のせりです。今度は働き者とは言えませんが、頭のいい奴隷です。特に仕事をずるける知恵は天才的。どなたかお声はありませんか」


「一セント!」


 バジルが途方もない安値を付けた。


「二セント。これで駄目なら俺は降りるぜ」


 ハインツがそれに応じた。


「じゃあおんりしてもらおうか。こっちは三セントだ」


 ガスが名乗りをあげた。


「もっと大幅にせり上げる方はいませんか。お子様の宿題をやらせるには好適ですよ。発覚する心配はまるでありません。何故ならあんまり良い点は取れないからです」

「十セント!」


 カミーユが座席の上に上り、手を挙げた。


「皆もう、せらないで! 小学校の算数なら僕、出来るから」


 ツギオが両手をメガホン代わりにした。


「ごめんカミーユ、十一セント」


 バジルがまた、一セントベースに戻そうとした。

 ツギオは結局、ルイーズに三ドル二十セントでせり落とされた。ラークは次にローズ、最後にエレンを指名し、ローズはハリーに、エレンはバートン氏に三ドル前後でせり落とされた。




 バスは六時過ぎ、ターリィの町の手前、街道沿いの小さなキャンプ場に滑り込んだ。ケアンズまで百六十キロの地点だ。乗客たちがバスから降りると、エレンがツギオに声を掛けた。


「バートンさんのテントをお願いね。私は二人のスーツケースを運ぶから」

「そうか、君もバートン家の召使いだね」


 彼はハンマーとテントを持って彼女に続いた。バートン父娘のテントは、テント群の一方の外れに、四人がかりであっという間にたてられ、ツギオとエレンは、それからバスに彼ら自身の手荷物を取りに戻った。


 ツギオはその時、彼の手提げ袋の中から日記帳が消えていることに気が付いた。カメラのレンズキャップも見当たらない。しかし彼はそれについて誰にも言うことなく、何食わぬ顔でひょいと袋を担いだ。二人がバスから降りると、ちょうどそれを待っていたかのようにルイーズが声を掛けた。


「エレン、あなたニードルセットを持ってないかしら。パパがズボンにかぎ裂きを作っちゃったのよ」

「ええ持ってるわ、じゃ、私が縫ってあげる」


 エレンはショルダーバッグをぶらぶらさせてそちらへ歩いて行った。


 ツギオは自分たちのテントをたてるためにハインツを探した。見つけたハインツは、まだやっとテントと自分のスーツケースとツギオのパイプザックとを、バートン氏のテントから五十メートルほども離れた地点に運び終えたばかりのところだった。


「ハインツ、遅れて御免。やっとお勤め果たしてきたです」

「慌てることはなかったのに。どうせ夜は長いんだ。それにこの辺りじゃ大きな町といやケアンズ位だけど、百六十キロもあるんだから、今夜はどこにも行けやしないよ」


 二人がテントをたて終わっても、エレンは戻ってこなかった。ハガサは仕方なく彼らのテントの隣に一人でテントを設営しようとしていた。見かねたツギオとハインツが手伝って、ようやくテントをたて終わると、ハガサがぼやいた。


「こんなことなら、私も誰かを召使いにしとくんだったわ」

「誰か、って誰いいですか」


 ツギオが汗をぬぐいながら訊いた。


「そうねえ、デニスなら最高ね、他は誰でも似たようなものだけど」

「ツギオ、ルイーズが向こうで呼んでいるわよ。ストロボのつけ方を見て貰いたいんですって」


 エレンがやっと戻って来て声を掛けた。手持ち無沙汰のハインツを伴ってツギオが出掛けて行くと、バートン氏のテントの前には父娘の他にハリーとバジルが座り込んでいた。


「こんなコードいらないんじゃないの、僕のには付いてないもの」


 ハリーが二十センチ程のコネクターコードを手の中で玩んでいた。


「あなたのカメラはEEでしょ、だから簡単な作りになってるのよ」


 ツギオはルイーズに近づき深いお辞儀をした。


「どかなさいましたですか、ご主人様」

「ツギオ、これ分かる? 前に持ってたカメラだと、このコードをつなぐソケットは一つしか付いてなかったの。でもこれには二つ付いていて、どっちに繋いでも発光しちゃうのよ」


 ルイーズがカメラを彼に渡し、


「それでテントの中でさっきから試していたんだけど、どうも分からなくてね、この二人が来てくれたんだが埒が明かないんだ」


 父親の方が事態を説明した。


「それなら何でもない。二つある接点の一方がF接点で、もう一方がX接点ですよ。カメラの説明書、書いてあるの筈です」

「読んだけど、忘れちゃったんだわね」


 ルイーズが自分の頭をこつんと叩いた。ツギオはコードを受け取ってカメラとストロボを繋いだ。


「それでこの、Xと書いてある方がストロボ用接点です」


 ツギオたち二人は、自分のテントに帰るとすぐにシャワールームに向かった。彼らがシャワールームから出た時ちょうど夕食の合図があったので、食器を取りにテントに戻ったのだが、ツギオの日記帳は、すでにまたもとのバッグの中に戻っていた。何故かレンズキャップはなくなったままだったが。


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