04-01:ゴールドコーストの銭儲け
サーファーズパラダイスから南へ十キロ、カランビン野鳥園から北へ五キロの地点で、パシフィックハイウエイは幅五十メートルほどの川を渡る。この橋の南、国道の両側にまたがって、広大なキャンプ場がある。キャンプ場の東側は波の高い遠浅のパームビーチ、西側には動物学者デビッド・フレイによって創設されたフレイズ動物園がある。
十二月二十七日、このキャンプ場の南のはずれの国道沿いに、大きなサインボードが立てられた。そこにはたどたどしい字で『ペットのホテル受付所・一日三ドル』とあり、下に机と椅子が並んでいた。その傍らに二人の男、横には二台の自転車が止めてある。
「ティキ、ワシはもう国さ帰らして貰うだ。こんな訳の分からねえこたァ聞いたことがねえだよ」
大男が調子悪い義歯をかたつかせながら唾をとばして喚いていた。
「何がどう分からねえだ、ええ、フランク。いちいちもっともだっつう理由があってやってることだァに」
小男の方は吐き捨てるように言った。
「だってそうだろうが。これから仕事に行こうっつうに、ハジキは持ってっちゃなんね、ヤッパもいけね、メリケンサックまで置いて来ただ。そんでもって、最初の仕事がメルボルン空港での置き引き、そいつが急にやめんなったと思やあ、埒もねえ、ブーメランやウーメラやジャベリンなんか買い漁ってよう」
「そいつの何処が分かんねえだ」
「何処もかしこもよ。分かんねえことだらけで、分かることっちゃ爪の先ほどもありゃしねえ」
「だからおめえは馬鹿だつうだ。これっぱかしのことも分からねェで」
「へええ、不思議なことを聞くもんだ。仕事師(殺し屋)っちゃ、人を殺るだ、それがハジキもヤッパも持たねえで殺るつうだか、そんでもっておめえが利口でワシが馬鹿だっつうんか。どこの旦那衆も言うだろうよ。フランクそれァおめえの言うことが正しいってよ」
「あァ、誰にでも訊くがいいだ。どうせまた黒い衆にからかわれるのがオチだろうさ」
「こりゃ珍しいことを聞くもんだ。ワシが黒い衆にからかわれたつうだか。そりゃ金輪際ありっこしねえ話だァに」
「あんだけおちょくらいて気ぃ付きもしねえってかよ。とんだ糞袋めが……ありゃ忘れもしねえクリスマスイブの夕方のこんだ」
「フィリピンからの電話で泡食ってシドニーからメルボルンまで飛んでったあげく、ちっちゃな公園でブーメラン投げの稽古ばしてた時のこんだべ」
「んでねえ。そうやって奴の宿を見張ってたのよ。それつうのが奴の宿がその公園の際にあったからだに。ちょうどそのときのことよ、ごっつい単車に乗っかって通りかかった黒いあんちゃんのことを、おめえよもや忘れちゃいめえ。おめえはそいつをとっ捕めえて“黒いあんちゃん、おめえ方じゃこいつでもって肉牛ぐれえは殺るんだべな”と、こう聞いただ」
「そいつの何処がいけねえだ。上手くおだててやり方を教えて貰えば、そいつで奴を殺れるでねえか」
「そんだば奴がどう答えたかは覚えちゃいめえ。奴は“あにこくだ白い爺様、ワシら肉を食いてえ時にゃブーメランでねえでドルを使うだあよ”とぬかしやがった」
「……」
「ほれ見せ。ていよくからかわれやがって。そいつに気がつかねえからカボチャ頭つうだ。そいでもこれだけはそのカボチャ頭に叩き込んでおくだ。こんだのワシらの仕事は、ただの仕事じゃねえ、ワシらが一生一代の大仕事よ、おめえがこれから仕事師を続けてえなら、この仕事を逃がしちゃなんねえ」
「そこんとこよ、分かんねえつうのは。犬っころ集めてそいでブーメラン投げの練習をやり直すってか。そりゃ、ご免ば蒙りてえもんだ」
「あの忌々しい武器の話はよしにしやがれ。何やるにも元手がなくっちゃなんねえ。これはほんの銭儲けよ。おめえが埒もねえ大食らいだから、銭はもう底をついちまったって話だ」
「そこんとこをはっきり、筋道立てて話して貰いてえ。なあティキ。そんでなきゃ、国に帰っても話ひとつ出来やしねえ。オーストラリアへ犬っころ集めに行って来たって言うだか、仕事師がよう。もう決めただよ、ティキ。おめえが訳の分かるように話してくんねえうちは、梃子でも動かねえだ。そいでもっておめえが、もう一度ワシのこと馬鹿の薄のろの言って見せ。そんときゃ、もう二度と口きいてやんねえだ」
「手数のかかるこったよ、まったく。そいじゃあ仕方ねえから、おめえみてえなお利口さんにも分かるように話して聞かせるだから、ようく聞くだ」
フランクは椅子に座りこみ、両手で頬杖をついてティキを見つめた。ティキは忌々しげに話し始めた。
「先週の日曜日のこった、ボスがワシを呼びに若いもんを寄こしなすったのは」
「そりゃあ、おめえがワシを呼びに来た日のこった」
「そうともよ、そいでボスの仰るにゃあ、ティキ、お前にどえらいチャンスをやるだから、これからすぐシドニーに行きやがれ、とこうだ」
「そんでもって、犬っころ集めて牛殺しの稽古ばして来いと仰っただか」
「馬鹿こくでねえ、おめえが本当ん所を知りてえと言うから話してやってるだ。いつまでもそったら馬鹿言ってるんなら、話はもうよしにしてもいいだぞ」
ティキがじろっと睨みつけると、フランクは肩をすくめて黙り込んだ。
「そいでボスの言わっしゃるには、これからシドニーへ行って荷物を一つ頂いて来いつうだ」
「ティキ、おめえだけかと思やあ、ボスも随分、分かんねえこと言わっしゃるもんだ。そりゃチャリンコの仕事でねえべか」
「それがそうでねえ。その荷物つうのがヤバイ荷物だで、ことによったらドンパチやらねばなんねえってこった」
「そんだばハジキがいるでねえか。なんで置いて来ちまっただよ」
「そこんとこよ、そいつが分かるか分かんねえかが、アタマとカボチャの分かれ道よ」
「……?」
「ワシがなんで旅行のガイドブックを読んでたか分かるめえ。此処が大事んところよ。いいかフランク、ワシらは荷物を持って来る奴の素性も顔も分かんねえ。そいで分かってることっちゃ、奴が着くまでに飛行場へ行って張ってねばなんねえつうことだけよ。それまで万に一つも間違いがあっちゃなんねえ。ハジキなんか持って飛行機で来て、パクられて見ろ、もう何にも出来やしねえ。いいか、ガイドブックにゃこう書いてあっただ。“持ち込み禁止品、動植物及びその製品、家畜用品、生菌、生鮮食品、麻薬類、武器弾薬、わいせつ書籍・図画”ってな。こういうもんは持って来ちゃなんねえだ、パクられねえためにゃあな。そいで、いるときにゃ、オーストラリア行ってから買やあいいと思っただ」
「本当に買えるべえか。ブーメラン以外のエモノがよう」
「そら造作もねえこった。フランク、わいせつ書籍っちゃ枕絵のこった。こいつあ持って来ちゃなんねえことになってるだが、どこの街角にもあったでねえか」
「そいで分かった、ワシらは今、銭がいるだ」
この時、一台のキャンピングカーがキャンプ場の方からやって来て彼らの前に止まった。
「ペットのホテルの受付はここですか」
運転席の窓を開けて一人の男が声をかけた。フランクは車に近づこうとしたが、ティキが慌ててそれを制した。
「へえ、そいつはここでよかんべと思うども、ワシら通りすがりのもんだで、詳しいこっちゃ、何も分かんねえでがす。へえ」
ティキは愛想笑いを作りながらそう答えた。フランクが何か言いたそうに口をもぐもぐさせたものの、結局何も言わなかった。男は車の中で連れと何か相談していたが、やがてキャンプ場の方へ戻って行った。
「フランク、愚図愚図してねえであの車を追っかけるだ。そんでもって何処行くか見て来るだ」
ティキは大慌てで言いつけた。しかしフランクは相変わらず言葉にならないもぐもぐを口の中で繰り返して、のっそりと立っているばかりだった。
「この薄のろが、おめえのカボチャ頭のせいで二百ドルがとこ儲けそこなっちまったでねえかい」
「また分かんねえこと聞くだ。三ドルなら分かるだ、二百ドルっちゃ途方もねえ」
「ワシゃ明日までに五千ドル儲けるつもりよ。馬鹿は馬鹿らしく言われたことをハイハイやってりゃそいでいいだ。いいか、一匹三ドルで百匹預かって三百ドルだ、そげな銭でおめえは満足か。それじゃただの半端仕事よ。さっきキャンプ場の前でおめえも看板を読んだろうが。もしおめえに字が読めればの話だがよ」
「……」
「ここのキャンプ場じゃあ、犬っころを連れて入っちゃなんねえだ。そんでもって犬っころ連れて入ったひにゃあ五百ドルがとこ取られるだぞ」
「そいで犬っころ集めて三ドルずつ頂いたうえで、今度は犬っころ的にして槍投げの稽古ばするだ、こりゃいい考えだと思うだが、ティキ、何でさっきの客にとぼけただ」
「んでねえ、ワシゃ五百ドルの罰金の方に目をつけただ。フランク、おめえ、五百ドルんとこ三百ドルに負けてやるつったらどうするだ」
「そりゃ三百の方がいいだ」
「そいつよ、そいつをワシらがやろうっつうだ」
「だんだん分かって来ただ」
フランクは興味ありげにティキの顔を見つめた。
「キャンプ場で、犬っころとっ捕めえてこう言うだ“この犬はお前様んとこのだべか。このキャンプ場では犬は連れて入っちゃなんねえことになってるで、気の毒だども五百ドルがとこ払って貰わねばなんねえ。んだども、ワシも犬は大の好きだから犬飼ってる人の気持ちも分からねえこっちゃねえ。どうだべ、この先に犬のホテルがあるだから、これからそこに入れとくだ。ワシも規則を破るだから、幾らかにはなんねばなんねえ。三百ドルで話つけべえ、そいでお前様が黙っていさえすりゃ、金輪際何も起りっこしねえだ”」
「そりゃ儲かるに決まってるだ」
「そいでこんだけの広いキャンプ場だ。どこに犬っころがいるか分かったもんじゃねえ、それだで、この看板を出しとくだ。犬連れてる奴は、ここに来て預けようとするべえ。だどもここには誰も居ねえだで、諦めて帰るしかねえ。そいつを隠れて見ていて跡をつけて、奴らがどこに泊まるか見とくだ。そいでテントに印つけといて、後で集金して回るだ」
ティキはようやく納得したフランクを急かして、近くの物陰に隠れた。